忍法 その37 飛天丸の秘密
とうたの奇襲を受けた俺は傷ついた身体を引き釣りながら会場の受付広場に向った。
俺がりんと金糸雀姫を探していると肩につよしに遭遇した。
「しのぶ‼…って、うおっ⁉お前その傷はどうした‼」
つよしは身体の各所についた刀傷を見て驚く。
まあ一般人から見れば重傷なんだろうが俺のような生粋の戦士からすれば大した物ではない。
毒も致死性の量ではない為にすでに抜けている。
いや、この場合はとうたが最初から俺を殺すつもりは無ったという事か…。
「これか。気にするな。大した怪我じゃねえよ。それより俺の次の相手って誰か知っているか?」
つよしはスマホを使って大会トーナメントの対戦予定表検索する。…便利だな、スマホ。
「次の相手は…とうた殿のでござるぞ‼」
口調からしてつよしはとうたの事を知っているのだろうか妙な意気込みを感じる。
敵の事前調査など、本来は俺のポリシーに反する行為だがこうまでご丁寧な挨拶を受けては奴の素性は興味があるというものだ。
「んで…とうたって奴は強いのかい?」
俺は一先ず場所を井戸の近くに移してからつよいに聞いた。
実際、血まみれになった俺は周囲の人間の注目の的になっていたので止む無しというところだろう。
ちなみに医療区画で診察や治療を受ける事も可能だが有料なのでパスだ。
「とうた殿といえば東国でも名だたる武士よ。小太刀のあつかいにも長けているが、その本領は弓だ」
「ほう」
とうたのメインウェポンが弓というのは心当たりがある。
奴の神出鬼没の縮地もなかなかのものだったが、気配の消し方も油断ならぬものがあった。
あれほどの隠形の使い手ならば、さぞ高名な忍…いやそれは前世での話だ。
とにかくとうたの攻撃を仕掛ける瞬間の気配の消し方が尋常ではない。
完全な修身と残心にはそのような効果がある。
「だがよ、つよし。今回の大会は大弓は使えねえぜ?そういうルールだからな」
今回の力比べ大会の規定には「飛行禁止」と「遠距離武器の禁止」と「武器に毒を塗るのは禁止」というものがあった。
あの傾奇者のろくろうたも本戦では多分、大弓は使ってこないだろう。
「しのぶともあろう者がお忘れか。短弓があるではないか」
短弓。
あまり軍記物語では取り上げられないが近接戦ではそれなりに有用な武器だ。
弓の達人が使えばかならの戦力となるだろう。
とうたの野郎、マジで俺を殺す気じゃなかったのか。舐めやがって…。
俺は奥歯を噛み締める。
とうたは俺を最初から脅威と感じていなかったのだ。
ヤツは自分には大望があるみたいな事を言っていたが、目の前の強者を前に妙な気づかいを見せるとは…
俺にとって屈辱以外の何物でもない。
「しのぶ殿、いかがなされた?」
「別にどうって事無えよ…」
口では平静を装いつつも俺はとうたにガチ切れしていた。
もののついでにつよしを全殺しにしてやろうかとも考えている。
ざざっ‼
自分に向けられた殺意に気づいてか、つよしは一メートルくらい俺から離れる。
チッ‼
そのウザい頭ごとねじ切ってやろうかと思ったのによ…。
「しのぶ殿、拙者はあくまで味方でござる。みだりに傷つけてはならんぞ?」
つよしは怯えきった顔で言った。
「安心しろ。俺はセフィロス並みに穏やかな心の持ち主だ。安心して背中を預けてくんな‼」
俺は笑いながらつよしの背中を叩いた。
もっともリユニオンの時は問答無用で斬るがな…。
はっはっは、冗談だよ。クラウド。
「そういうわけで拙者は観客席に戻る。次の試合もお主に全額賭けるから勝ってくれよ。…それではおさらばー‼」
つよしは全力疾走で俺の前から消えた。
奴のいた場所には汗で水溜まりが出来ていた。
いや臭いからして小便かもしれん。
俺はつよしのいた場所に土をかぶせてからりんたちを探す事にした。
それにしても臭え…。
あの野郎、絶対に小便漏らしやがったな。
「あ、しのぶー‼」
俺が広場に辿り着くと多数の軽食と応援グッズにを身に着けたりんと金糸雀姫が歩いてきた。
俺が死ぬ気で戦っている間にこのメスブタどもはしっかりと観光気分で楽しんでいたわけだ。
クソッ‼連れてくるんじゃなかったぜ‼
「一回戦突破、おめでとう‼あの角の生えたおじさん、強かったねー‼アイスフラッペ食べる?」
りんは取り繕う様にアイスフラッペの入ったカップを俺に渡した。
ジュルッ…ジャリジャリ。
ふむ、ブルーハワイか。
スッキリ爽やかな香りと涼やかな甘みが身体に染み渡る。
色合いを除けば健康食品で通用するかもしれん。
ずるずるずる。そして一気飲み。
ごちそうさま。
俺の好みをわかっているじゃねえか。
「ありがとよ‼」
がんっ‼
俺が礼を言うとカウンターで拳骨を落とされた。
痛い…。さとしから食らった頭突きのッダメージはまだ回復していないのだ。
「アンタねえ、一口くらいなら食べても許してあげるけど、全部食べる事ないじゃない‼」
りんは顔を赤くして怒っている。
多分、俺の一回戦での激闘などそっちのけで食べる事に集中していたのだろう。
何しに来たんだよ、コイツは…。
「しのぶ、デリカシーが足りないぞ」
隣ではシャリシャリとメロン味のアイスフラッペを金糸雀姫が食べている。
俺が彼女の顔を見ると真っ先に隠してしまった。
別にお前の分を取ったりしねーよ‼
「話は変わるが、お前ら二回戦からは俺の近くで観戦してくれないか?」
出場者には専用の屋外控室が割り当てられ、選手の間近から観戦することが可能だった。
とうたがりんたちに直接危害を加えるような真似はしないだろうが、ろくろうたやヤツの雇い主であるキッカワ・たかとらなんかは信用が置けない。
「それってどういう意味?」
「一回戦が終わった後に俺の対戦相手のさとしってヤツが不意打ちを食らって大けがさせられたんだ。お前らの腕っぷしも大したもんだが万が一ということもある。おとなしく従ってくれないか?」
俺は頭を深々と下げる。
りんや金糸雀姫が野垂れ死にしても全く心が痛まないが、こいつらの帰りを待つりんの両親やリキや赤龍国の兵士たちを考えれば俺の両親もチクリと痛むのだ。
「まあ、アンタがそこまで言うなら…」
りんはやや納得がいかないという様子だったが、何とか聞き入れてくれた。
金糸雀姫はメロンフラッペをシャクシャクとかき混ぜている。
「しのぶよ、未来の亭主であるお前のいう事だから仕方なく聞いてやろう。恩に着れよ?」
などと聞き捨てならない台詞を吐く。
俺も度肝を抜かれたが、りんはそれ以上だった。速攻で金糸雀姫の襟首を掴んで締め上げる。
身長差的に大丈夫か?
「若君‼ドサクサに紛れて何という事を‼貴方は前世で男だったでしょうが‼」
ギリギリギリ。
りんは見た目は細腕だが、丸太を切り倒して薪にして家に持ち帰れるほどの腕力の持ち主である。
締め上げられた金糸雀姫の顔色は紫色になっていた。
「さえずるな、飛天丸。今の私は金糸雀姫‼前世の柵(sがらみ)など関係無い‼」
「しのぶは私をお嫁さんにしてくれるって子供の頃、約束してくれたんです‼ねえ⁉」
ギロリ。
りんは目を血走らせながら訴える。
しかし、俺の記憶ではそのような約束をした事は無く、だからと言ってこのまま無下に断れば金糸雀姫の命が風前の灯の如く消えてしまうのも時間の問題だった。
「待て。そういう話もあったかもしれないが、その前にファイアードレイク退治の時に、俺に話しておかなければならない事がどうとか言っていたよな。どんな話なんだ?」
ゆえに俺は以前から気になっていた事を尋ねた。
りんが今の時点でどこまで飛天丸としての記憶を引き継いでいるか。俺の興味はそこにあったのである。




