忍法 その35 兇刃のろくろうた
名前をつける時には「訓読み」=平仮名、「音読み」=カタカナみたいな感じで。読み方は「姓」→「名」の順番で読みます。
迫りくる、ろくろうたの白刃。
対してしのぶは頭突きで応戦する。
ぶつかり合う、鉄と肉。
ガギンッ‼
砕けたのはろくろうたの太刀だった。
「温いぜ、ボンボンが」
しのぶは気を嵩じて灼熱の息を吐く。
もしも敵がその気ならばしのぶは両断されていただろう。
それに気がつかぬしのぶでは無い。
「ギヒッ‼こんな鈍らじゃお前を切れないのも承知の上だ。次は真剣勝負と行こうぜ?」
ろくそうたは上着を開ける。
若草色の着物の下には歴戦の勇士の証たる刀傷の数々だった。
「とんだ上玉じゃねえか、お前」
「ギヒヒヒッ‼お褒めに預かり光栄だぜ、しのぶ君。ついでと言っては何だが俺の戦技も味わってくれねえか?」
ろくろうたは五指を開いて高い位置で構える。
体躯は筋張った痩せ型だが、筋量では決してしのぶに見劣りしない勇壮たる物だった。
(この男、強い…)
しのぶの中の野生の勘が脳裏でそう囁く。
ろくろうたもかつてない敵との遭遇に高揚し、今にも口が裂けてしまいそうなほどの笑みを浮かべていた。
「待たれよ、御両人‼」
壇上から鎧兜を身に着けた武者がしのぶとろくろうたの間に向って飛び降りてきた。
「ああんッ⁉誰だ、テメエは‼」
ろくろうたの顔が一瞬にして憤怒の赤に変わる。
先ほどまでの道化じみた笑みは偽りの物でこちらが彼の本性なのだろう。
「私は近衛兵団を束ねるツヅキ・ときおだ」
鎧兜で身を固めた武者は正々堂々と名乗る。
ときおはろくろうたの好戦的な性格を知っていたので万が一の為に闘技場を監視していたのだ。
ろくろうたはギョロ目をさらに大きく開いてときを睨みつける。
二人は高名な武術家の道場に同時期に通っていた間柄で兄弟弟子にあたる。
当時は”技のときお”、”力のろくろうた”ともてはやされたものだが自らの力に溺れたろくろうたは見境なく殺生するようになり、道場を追放される立場と為った。
その際にろくろうたは道場主を斬っているので二人には不倶戴天の因縁がある。
ぎひっ‼
まず最初にろくろうたが不吉な笑みを見せた。ときおの気配が一気に逆立つ。
怒りを発しているのだ。
「冗談だよ、ときおちゃん。僕はしのぶ君がちょっと気になっただけだから安心してよ。大会をぶち壊すつもりなんて無いからさあ」
そう言いながら、ろくろうたはときおの肩当てや銅鎧を軽く叩く。
怒りに打ち震えるときおは周囲の風景が歪んで見えるほどの義気を発していた。
ぎひっ。
ときおの耐え忍ぶ姿を見て満足したろくろうたは二人に背を向けて会場を出ようとした。
「あ、そうだ。いっその事、今ここで大会出場者全員を僕一人で殺っちゃうのもアリかな」
ろうくろうたは去り際に周囲を挑発するような台詞を残して消えて行った。
気炎未だ収まらぬときおはろくろうたの出て行った方向を睨み続けている。
「お侍さんよ、さとしの馬鹿を手当てできる場所に運びたいんだが…」
しのぶはさとしの身体を抱き抱えながらときおに尋ねた。
体格的に倍近くあるさとしを抱き抱えるしのぶの腕力にときおは驚きを隠せない。
「ああ、すまない。こちらだ」
ときおは負傷者であるさとしの安否を失念していた自身に恥じらいながら、二人を医療区画にまで案内した。
さとしを運ぶ際には数回、抵抗されたがしのぶは頭突きとパンチを使ってさとしを気絶させていた。
(人間より数倍は頑丈な昆虫人間とはいえ、怪我人だぞ?大丈夫か…)
ときおは出来る限りしのぶたちの方を見ないようにしながら天幕の出入り口をくぐる。
「この俺をお姫様抱っこするとは…死にも勝る屈辱とはこの事だぞ、しのぶ‼」
さとしはゴザの上で横になりながら文句を垂れている。
幸いにしてろくろうたの放った矢は急所からズレていた為に致命傷にはならなかったらしい。
もっとも医師の話では全治には一か月の時間を要するというものだった。
暴れん坊のさとしが医師の話を素直に効くとは思えないが…。
「まあ、いいじゃねえか。さとし、せっかく助かった命だ。大事にしてくれや」
しのぶはさとしの無事を確認して安堵する。
好敵手は一人でも多い方がいいという強者ならではの考え方だった。
「しのぶよ、この大会は一筋縄では終わるまい。くれぐれも背後には気をつけろ。そして忘れるな。お前を倒すのはこの甲虫王者さとしだという事を」
「ハッ。じゃあさっさと優勝して来るぜ」
しのぶは軽口を叩いた後に医療テントを後にする。
その後ろ姿をときおは見守っていた。
「公儀の者か」
不意にさとしがときおを呼んだ。
その瞳には先ほどのまでの猛々しさはなく、穏やかな物だ。
おそらくはこちらがさとし本来の人格なのだろう。
「貴殿はイワキの国の昆虫ランドの戦士、さとし殿か。存じている。私は…」
「近衛兵長のツヅキ・ときおだな。覚えがある。もっとも以前とは風体が違うようだが…」
さとしはアマヤスを通じて彼の親友であるツヅキ・ときおとは旧知の間柄だった。
当然、鎧の中が別人である事にも気がついている。
「さとし殿、私は…」
ときおが秘密を打ち明ける前に、それをさとしが片手で制した。
彼の知るツヅキ・ときおは重病でいつ死んでもおかしくはない身の上だったのだ。
「存じていると言っているだろう。アマヤスがときおではなく、俺を頼ったのが何よりの証拠よ。それより気にかかる話が一つある…」
ときおは意気消沈して項垂れている。
やはり自分にはツヅキ・ときおの代わりさえ務まらない、実父の言うう通りの役立たずである事を思い知らされていた。
「お前はお前でいればいい。それよりも気になっているのは大会で得られる宝具の話だ。アマヤスやキッカワ公は正気か?よりによって国宝の”天翔鳳翼扇”を授けるとは…」
天翔鳳翼扇、それこそは一薙ぎで山河を産み出すと言い伝えられている魔性の宝だった。
次々回あたりまでシリアスな話が続きます。ご寛恕を。




