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忍法 その31 強敵 甲虫王者さとし‼


 人食いカブトムシのさとし。


 彼は生まれた時から敗北という物を知らなかった。


 「この角を見ろ、小僧」


 天に向かって反り立つ二又の雄角、男なら一度は誰でも憧れる最強のフォルマ

 力しか信じないしのぶとて崇敬を抱かずにはいらぬ角だった。


 「一部のマニアたちの間ではやれカマキリが、とか実はオオクワがとか囁かれているが真実は違う。生物最強はカブトムシ、異論はあるかね?」


 色々あると思う。


 「しのぶ、フマキラーよ、フマキラーを使えば虫けらなんてイチコロよ!」


 観客席からりんが大声で無粋な事を叫んでいる。


 (お母さん、もう帰ってくれよ…)


 この時、しのぶの内心は小学校高学年の男子のように複雑な物になっていた。


 「フッ。使え、小僧。バルサンでも蚊取り線香でも好きな物を使うがいい。だがなそれは本当の勝利と言えるのか?俺は戦士としてのお前に聞きたい。可愛い虫さんを殺虫剤なんかで殺しておいて、お前の心は痛まないのか?」


 さとしはメッチャビビっていた。

 あらゆる属性攻撃に対してB+の耐性を持つさとしだったが殺虫剤を使用された時には即死効果が発動する。


 さとし唯一の弱点だった。


 「安心しろ、さとし。俺は殺虫剤に頼ったりはしない。お前とは体一つで勝負してやるぜ‼」


 しのぶは分厚い胸筋に覆われた自身の胸を叩いた。


 「そうか。ならば存分に死合うとしよう‼」


 ぶわわわっ‼


 さとしは甲殻に覆われた背中の羽を解放し、闘志を露わにする。

 その姿はミュージィ・ポオの乗っていた方のオーラバトラー”ズワース”を思わせた。


 「来い。出し惜しみなどしてくれるなよ、しのぶ」


 「うおおおおッ‼」


 両者は同時に前方向に向かって突進する。

 しのぶとさとしの額がぶつかり合った。


 金属同士の衝突音。

 後に血しぶきを上げながら仰け反る二匹の雄。


 「久々に効いたぜ、さとしいいい」


 しのぶは強敵さとしの名を呼びながらニヤつく。


 身体の中でも特に鍛えた自慢の石頭が砕かれたのだ。


 真正面から。


 ぶつかり合って。


 これほど嬉しい事は無い。


 「舐めていた。人間と思って舐めていた」


 さとしは額から滴り落ちる青緑色の血液を舌先ですすり取る。

 天性の破壊不能とまで言われた装甲がこのザマだ。怒りを通り越してもう笑うしかない。


 「お前は…」


 しのぶとさとしの声が重なる。


 「絶対に殺す‼」


 しのぶとさとしは同時に叫び、再度ぶつかり合った。


 ぶつかり合う超高密度の鋼と鋼。


 飛び散る血しぶき。


 だが双方、ビクともしない。

 仁王立ちで相手を睨んでいる。


 「角を使えや、虫けら。そいつは飾りか?」


 しのぶは額から流れる赤い血を拭い捨て、さとしの角に指先を向ける。


 「断る。お前は勘違いしているようだが、コイツは斬撃用の武器であって打突用の武器ではない。よく研いであるからな。お前の頭とぶつかれば簡単に折れてしまうだろうよ」


 さとしは苦笑する。

 その言葉には一片の偽りはない。


 「フン。じゃあ斬撃技とやらを使わせてやろうか」


 しのぶは闘技場の地面から土を一掬いする。

 さとしは警戒しながらもあえて気に止めない。


 (目潰しか?いやこの男がそのような姑息な手段を取るとは思えぬ…)


 さとしは念のためにガードを上げて砂飛礫による目潰し対策をした。

 視界が奪われる事よりも砂飛礫の威力の方を注意しなければならなかった。


 「甘いな、さとし。狙うのは目じゃねえのよ‼」


 しのぶは砂を掴んでさとしに向って投げつける。

 さとしはこれに対して両腕の筋肉を引き締めてガードを固めた。轟。風を纏い、弾ける砂塵の弾。

 だがカナブン、カミキリムシ、テントウムシといった強敵たちの攻撃に比べるべくもない非力な攻撃をさとしは易々と受け取める。

 一方、しのぶは砂の飛礫を連続で浴びせ続けた。


 「しのぶ、何をやっている‼相撲はどうした‼」


 二人の接戦を見かねた金糸雀姫が檄を飛ばした。


 「そうだ‼そうだ‼お前らの泥遊び何て誰も見たくねえんだよ‼」


 続いて他の観客たちも野次を飛ばす。

 だが非難の罵声を浴びながらもしのぶは土を投げ続けた。


 「流石はしのぶ殿。見事な戦略で御座る」


 一般席からしのぶを戦いを眺めていたつよしはしのぶの巧妙な戦術に得心する。


 「これが狙いか…」


 土を浴びたさとしは明らかに”機”を見失っていた。


さとしの主な戦法とは超重量の突進にあらず。

 高速飛行(※低空)と角を使った斬撃にあった。

 その戦法の鍵となるのが初速を得る為の”羽ばたき”だったのだ。


 「これで俺の斬撃を封じたつもりか、小僧‼」


 さとしは羽を畳んで低く身構えた。

 背部の甲殻は砲弾でも傷つかない自信があったが、内側の透明な翅はそうではない。

 さらにもしも翅に土が付着しようものならば飛翔すること自体が不可能になってしまう。


 「俺だって伊達にわんぱく小僧(※18歳)やってんじゃねえのよ。カブトムシの弱点くらいお見通しさ」


 「ならば、真空の刃を受けてみるがいい‼」


 さとしは両手を上げて空を薙ぐ。

 一周、二週と続けるうちにさとしの周囲が歪んで見えた。


 「この技はキリギリス師匠から教わった秘拳…。見事、耐えて見せよ。しのぶ‼」


 さとしは両手をバツの字に重ねて”溜め”を作ると一気にそれらを解き放った。


 「うおッ‼」


 しのぶは状態を反らした後、転がりながら不可視の斬撃を回避した。

 否、わき腹に焼けつくような痛みを覚える。

 内臓にこそ達していなかったが斬られていたのだ。


 「野郎…」


 「これが昆虫戦技”斬殺リッパーズ夜想曲ノクターン”。冬を越えたキリギリスがアリどもを皆殺しにする為に考えた技だ」


 (いや、それどう考えても逆恨みだろ‼)


 しのぶは魂の慟哭を抑えながら痛みに耐え続けた。

 一瞬でも気を抜けば傷口が裂けて出血する。

 その瀬戸際の最中、しのぶは歯を食いしばり傷口を広げぬように心がける。


 一秒、二秒。


 さらに十秒後には傷が塞がり、出血も止まる。


 「血は止まったか、小僧?」


 しのぶの目の前に立ち、不敵に笑うさとし。


 「ハッ。お前よ、今人生最大のチャンスを見逃しちまったぜ?」


 しのぶは片膝を抑え、再び立ち上がる。

 力士と甲虫の最恐対決第二幕が始まろうとしていた。

転生したキリギリスは公園でアリを見かける度に念入りに潰していたはず…。

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