忍法 その30 一回戦 わんぱく坊主 しのぶ VS 甲虫王者さとし
かくして自在と密約を交わした俺は何食わぬ顔でりんと金糸雀姫らと合流する。
正直、情を交わした自在よりもこいつ等の方が信用できるというのは運命の皮肉というものだった。
「しのぶ、予選通過おめでとう」
りんは屋台で買ってきたチョコバナナを俺にくれた。
代金は全て俺が村長からもらった支度金からでているはずだが、こうして分けてもらえるだけいくらかはマシだ。
「おお、すまねえな。丁度甘い物が欲しかったところだ」
俺はチョコバナナにかぶりつく。
こいつの本当の旨さに気づくのは二十歳過ぎてからだと思うが皆はどう思う。
バリバリ、ムシャムシャ。
チョコの濃厚な甘さとバナナの酸味の効いた甘さが口の中を満たしてくれる。
後を引く旨さというものだな。
「ところでしのぶ、次は本戦なのよね?」
俺がチョコバナナを完食するとりんが怪訝な顔で尋ねてきた。
鈍いコイツでも予選で出てきたサイクロプスを見て、この大会の尋常ではない一面に気がついたか。
ここで下手に勘繰られると「辞退しろ」と言われるので俺はあえて気づいていないフリをする。
「ま、俺が相手なら誰でも楽勝だな。実戦で鍛えた力士と反復動作しかしていない自称剣豪。どっちが強いかなんて考えるまでもない」
俺はいつものように豪快に笑って見せる。
実際は出場者というかさっきの予選で生き残った連中はかなり強かった。
「さて一回戦の相手は誰だ?」
俺は会場内の集会場にある立札を見る。
「人食いカブトムシ」。
…もう一回、読んでみようか。
見間違いという事もあるからな。
「人食いカブトムシ」。
俺は目の前の事実が受け入れられずりんに立札を読んでもらう事にした。
ちなみにりんはiPadを使って小学校から高校くらいまでの右通信教育を受けているので読み書きくらいは出来る。
「仕方ないわね。一回戦のアンタの相手は全長六メートルの人食いカブトムシですって。へー。そういえば昔よくアンタと地皇と一緒に虫取りに行ったわよねー」
幼なじみの発言を聞いて俺の絶望は加速する一方だ。
「人食いカブトムシの甲殻はミスリル製だ。気をつけろよ、しのぶ?」
さらに金糸雀姫は余計な情報を加味して俺の絶望列車地獄行きをブーストさせる。
いいコンビだよ、お前ら。
「この大会、参加資格は人類以外にもあるのかよ…」
俺は顔に青い縦線を下ろしながら言う。
敵が恐いとかそういう話ではない。人間と戦いに来たはずなのに、なぜ俺は一回戦から一つ目巨人なんかと戦っているんだ?
「馬鹿ね。人食いカブトムシもサイクロプスも分類上は人間型モンスターでしょ?」
「しのぶ、人種差別は今のご時勢危険だぞ」
りんと金糸雀姫は非常識な人間或いは空気の読めない男を見るような目を俺に向けていた。
底の見えない絶望感が俺の身体に圧し掛かる。
だが俺も男だ。
このような理不尽、根性と気合だけで乗り越えてやろう。
「ハッ。こうなれば何が相手でも構いはしねえ。勝ちに勝ちまくって俺の相撲が最強って事を証明してやるぜ‼」
俺は腕を曲げて力瘤を作る。
そう日々の修行は決して俺を裏切らない。
例え相手が人食いカブトムシなんてわけのわからん怪物でも俺は必ず勝つ‼
「しのぶ選手、入場してください。準備が整いました」
「おっしゃああああ‼」
俺は着物を上を開けて本戦会場に乗り込んだ。
円形のドーム状の建物の中には大勢の人々が集まっている。
先ほどの予選は所謂”会員様限定”の観覧だったが本戦は一般客も観戦出来るようになっていた。
…と言っても富裕層がメインだけどな。
「西、村一番のわんぱく坊主しのぶ選手‼」
…。
大歓声から転じて水を打ったような静けさに会場全体が包まれた。
流石の俺も惨めな気持ちを味わう。
いや試合内容で客を沸かせてやるぜ‼
どんっ‼どんっ‼
俺は四股を踏んで気合を入れ直した。
「東、大会優勝候補の一角人食いカブトムシのさとし」
さとしって名前あるのか⁉
俺は思わず敵方の入場口を見てしまった。
ズンッ‼
大地を揺らす圧倒的な質量。
野の獣とは違った迫力に俺は身構え、命の危険を覚える。
ズンッ‼
銀色の甲殻に覆われた巨大な足先が見えた。
がっ‼
頑丈な入り口の枠を掴む、足と同じく銀色の甲殻に覆われた巨大な腕。
ガリガリガリ…ッ。
天井の建材を削る角。
先端は二又に分かれ、獣の牙のように尖っている。
そして何より目を見張るべきは甲殻にこびりついた夥しい傷痕だ。
ぶるり。
俺の全身が総毛立った。当りだ。
コイツは絶対に強い。
俺を満たすほどに、いや俺が殺されてもおかしくはないほどに強い。
そして銀の甲殻に覆われた甲虫人の姿が会場の照明によって映し出された。
「貴様が俺の相手か…」
重厚な外見に劣らぬ重低音の声、まるで声優の安元洋貴氏の声によく似ている。
巨人は鋼鉄をも容易に引き裂く剛腕を握る。
「戯れるか…」
かくして初戦にして決勝戦とまで言われた伝説の第一回戦が始まった。