忍法 その28 予選終了。そして現れる四人目の転生者。
「やるな、お主」
俺がサイクロプスをぶっ倒すと棒使いの坊主が話しかけてきた。
よく見れば顔はあちこち傷だらけ、噂に聞く僧兵というやつか?
「それ以上近づくんじゃねえ、坊さんよ。まだ予選は終わっていないはずだぜ?」
「今のデカブツを倒せば終わりじゃないのか?」
坊主は耳をほじりながらうつ伏せになったまま動かないサイクロプスを見る。
「ワシの名はちけい(※漢字表記だと知啓)。元は寺の住職だったが、今は流浪の傭兵をやっている。よろしくな」
男は右手を握手をする為に差し出す。
俺は構えを解いて男の前に立った。
そして男の右手を握った。わずかな邪心を感じれば即刻へし折るつもりだった。
だが同時にここで相手の誘い応じなければ戦士としての器量が疑われるというもの。
俺とちけいは握手を交わした。
「ほう。かなりの腕力だな。これでも腕力には自信があったのだが」
「おい、坊主。俺はな、ウンコの後に手を洗わない主義なんだが」
俺は会心の笑みを浮かべる、――もちろん虚偽だ。
そんな事をお袋やりんの前ですれば尻を百叩きされるだけだ。
だが男は笑いながら言い返してきた。
「そうか。ワシもなオナニーの後は手を洗わん。これでおあいこだ…んがっ‼」
俺はちけいから手を放すと即ビンタをしてやった。
最初に確かに最初に挑発したのは俺の方だがちけいの意趣返しは想像の範疇を越えている。
ていうかキモイから止めろ。
「もちろん冗談だ。拙者は僧職ゆえにオナニーなどしない」
どうだが。
俺は変態坊主から距離を置く。
「待たれよ、ご両人。戦いはこれで終了だ」
気がつくと俺たちの間に小太刀使いの男が立っていた。
これ見よがしに武器を鞘に納める。
敵意は無いという意思表示なのだが、かなりの使い手である事は十分に理解出来る。
「⁉」
俺の一瞬の隙をついてちけいが男の顔面目掛けて突きを放った。
速度、威力ともに申し分ないが何よりも驚嘆すべきは殺意がまるで感じられなかった点だろう。
「御坊、戦う気も無いのに矛先を向けるのは如何なものかと思うぞ」
小太刀の男は棒先を掴んで向こうに返す。
坊主の月も大したものだが、この男の胆力も大したものだ。
何しろあれほどの攻撃を寸止めされても微塵にも揺るがない。
おそらくは長きに渡る精神修養の賜物である事は間違いなかった。
「済まんな、若いの、拙僧は強い男を見ると我慢ならぬのじゃ。我が名はちけい、是非ともお前の名を教えてくれ」
男は獣の如き鋭い眼光を他の出場者に向ける。
「俺はとうた。イサキの町から来た、とうただ」
とうたと名乗った男は刃を収めると会場の外に出て行った。
ちけいは棒を支えにしながら去り行くとうたの姿を見ている。
とうたがかなりの実力者である事は俺も認めよう。
だが俺という最強の力士を無視するのは得策とは言えんがな。
ちょっと嫉妬する俺。
べ、別に悔しく何かないもんねっ‼
「さて、しのぶ殿。お主も相当の使い手と見た。よろしければ名乗ってはくれまいか?」
ちけいはニヤニヤとい厭らしい笑顔を浮かべながら俺に言う。
未熟者めが…。
術者の戦いにおいて名乗り上げや宣誓は、魂の隙を与えるようなもの。
俺ほどの術巧者ともなれば易々と名乗りはしない。
「ハッ、俺は…」
「はいはいはーい‼アタシ、やよい‼クスカワの国からやってきた巫女さんだよー‼」
俺が名乗ろうとした直後、やよいと名乗る少女が突然割り込んできて勝手に名乗った。
ちけいは一瞬、言葉を失う。
「だーかーらー!私はやよい‼クスカワっていう町からやって来た噂のマジカル☆巫女プリンセスなんだってばー‼」
やよいは腰に手を当て、クルっと回ってから横ピースを決める。
ここがアキバなら「聖処女神降臨‼」と大いにバズっただろうが、ここは異世界。
きっと他の連中は呆れているだろう。
「キター‼神降臨‼」
「はあはあ、やよいたそ。ボクと結婚して…」
「君になら全財産を課金してもいい…」
やよいの姿を見た特権階級の連中は既にクラウドファンディングで一千万ほどかき集めていた…。
この世界のオタク度指数高っけえな‼
流石の俺もガクッと体勢を崩してしまう。
こんな話ならサイクロプス倒すんじゃなかったよ…。
「はっはっは。やよい殿と申されるか。それは結構。拙僧の名前はちけい、我が名は頭の隅にでも止めておいてくだされ」
ちけいは豪快に笑いながら通用口に向って歩いて行く。
会場を出る際に俺とやよいを睨んでいた。
やはい何か策を講じているのだろう。
「少しは骨のあるヤツがいるじゃねえか…」
俺はちけい、とうたと行った強敵の顔を思い出しながら獣じみた笑いを浮かべる。
とりあえずやよいは徹底的に無視をするとして、今後大会で俺の敵と為るヤツはちけいととうただろう。
(ついに全力を発揮できる相手が現れたか…)
俺は強敵との激闘を予想しながら出入り口へと向かった。
ぎゅっ。
その時、万力のごとき握力が俺の腕を掴む。
(誰だ?もしかして…りんか?)
俺はりんの姿を捜して周囲を見渡すが、彼女の姿を見つける事は出来ない。
だがその代わりにやよいが俺の前に立っていた。
「久しいな、義人。いや、ふじわら巨根斎。ワシの事は忘れてしまったか?」
俺の腕を掴む手の主はやよいだった。
それにこの声、どこかで聞いた事がある…。
「お前はまさか…ッ‼」
突如、俺の脳裏には前世のおぞましい記憶が蘇えった。




