忍法 その25 蠢くは権謀術数
「ツヅキ殿、どうなされたのかな?」
会場の貴賓席からしのぶを見つめる者がいた。
その者の名はツヅキ・ときお(※都築朱鷺雄)、国王アマヤスの近衛兵を束ねる武士だった。
代々近衛兵として王家に仕える武門の出身で融通の利かない性格は宰相からは特に嫌われていた。
アマヤス王にも度々、諫言しては煙たがられている。
しかしツヅキの尽力が無ければアマヤスはとうの昔に国外追放されていた事だろう。
武力、発言力、政治力、どれをとっても一流の軍人だった。
「ダイゴ将軍…。閣下はキッカワ公は何故このような酔狂な真似を続けるのか?」
ツヅキは重厚な兜の下で歯噛みする。
アマヤスの風評は地に落ち、今や暴君と呼ばれる始末。
その一方で摂政のキッカワ・たかとらは減税と労役の軽減を施行して天下の名宰相と呼ばれていた。
しかしツヅキほど深く政治に関わっていればキッカワの政治など時間稼ぎの姑息な手段にすぎない。
天変地異、治安の悪化、他国からの干渉によってフソウの国は窮地に立たされていた。
この現状に若いアマヤスは匙を投げ、宮廷にに引き籠るようになってしまった。
そこを先王の弟であるキッカワ・たかとらが「王は場内で毎日、宴を催して遊び惚けている」と触れ回ったせいで悪評が独り歩きした。
キッカワは当てつけに国民への機嫌取り政策を実行したが、どれもが中身を伴わない空疎な政策だった為に国庫の底は尽きようとしていた。
「さてな。私は一介の軍人に過ぎぬ。閣下のような大人物の考えている事などわからぬよ」
ダイゴは大きな欠伸をする。
先日も王族から催促を受けて軍備の見直しを迫られたのだ。
宮中は悉く佞臣の住処と化し、国が滅びるまで彼らは金を無心するつもりなのだろう。
(仮に乱世となってしまえば金が何になるというのだ)
ダイゴはツヅキに気取られぬように毒づいた。
フソウの国に未来など無い。
「それでも私は国公たるキッカワ様やアマヤス王には民の苦しみを理解してもらいたいと思っている…」
「そうか.ツヅキ殿らしい立派な心掛けだな。私も見習うとしよう」
ダイゴは内心で鼻先で笑い飛ばす。
この若造は何もわかってはいない、と。
だが相手は国内最強と呼ばれる武人ゆえに卑下するような素振りは全く見せない。
時流の変化によっては上司であるキッカワ・たかとらを政敵に売り飛ばす、豪胆な見た目に反して狡猾で冷酷な本性を持つのがダイゴ・さだおきという人物だった。
そして舞台は予選会場に戻る。
「ゴオオオオオーーッ‼」
一つ目巨人の棍棒が地を穿ち、会場内を揺るがす。
攻撃を受けようとした者、逃げようとした者、はたまた許しを請う者をも関係無しに肉塊に変えた。
魔物の所業に特権階級層の人々は大いに沸き立つ。
次々と掛け金を給仕に渡し、生き残る人間を探り当てようと躍起になっていた。
彼等には必死になって生き延びようとする自分たちとは無関係な人間たちの姿が堪らなく滑稽に、そして煌びやかに見えていたのだ。
金持ちの無欲が招く狂気とはこういったものだろう。
酸鼻究る戦場の中でしのぶだけは違った。
彼は戦いを楽しんでいる。
逃げ惑うだけの有象無象など最初から相手にしてはいない。
巨木を振る木偶にも用は無い。
生と死の狭間が作り出す緊張感こそが最強の力士として生まれ変わったしのぶの愉悦だった。
「そろそろ、だな」
喧騒と熱狂、悲鳴と怒号は収まった。今この場にいるのは真の強者のみ。
ある者は逃げ疲れ、ある者は反撃の機会だけを狙っている。
しのぶは腰を落とし、単眼の巨人を見た。
あれは弱い。
戦闘能力は興奮剤か何かで引き上げ、戦わされているだけの雑魚だった。
そしてしのぶは舌を舐めずる。強者はいた。
長い棒を持った僧侶。
小太刀を持った男。
そしてこの乱戦の中でフラフープをひたすら回し続ける少女…少女⁉
(いずれにせよ、決勝であたるのはあいつらだ。ではまず腹ごしらえにサイクロプスを食ってやろうか…)
しのぶは砂地を蹴って突撃する、狙うは難攻不落の要塞の如きサイクロプス。
「‼」× 3。
三対の視線が自然としのぶに集まった。
「どぉぉっしゃあああッッ‼」
しのぶはそのままサイクロプスの顎下目がけて飛び上がる。
「ぐきゃああ‼」
頭突きによって顎を砕かれたサイクロプスの悲鳴があがった。




