表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/65

忍法 その23 義を見てせざるは勇無きなり‼

 

 鼻を刺すような腐臭が漂っている。

 

 この臭いはよく知っている、――腐った死体の臭いだ。


 大路に死体は転がっていないが建物の陰には遺棄されているのだろう。

 全く人間というい生き物はつくづく救いようがない。

 

 俺は前世の苦い記憶を噛み締めながら町の景色を眺める。

 実に不快なものだった。


 「しのぶ、別の場所に行こうよ」


 りんが俺の腕を引いている。

 いつもは明るい彼女だが今は何かに怯えているような気がする。


 「しのぶ、お前怖い顔をしているぞ」


 金糸雀姫が俺の顔を見ている。

 前世の柵から解放されたつもりだが、そういうわけにも行かないらしい。


 つくづく救われない世の中だぜ。


 「仕方ねえな、行くか」


 俺たちは中町と呼ばれる区画に向って歩き出す。

 村長の話が正しければ”全次元界宇宙創世相撲トーナメント”が開催されるのは中町の広場らしい。

 

 俺はりんや金糸雀姫の目に嫌な物が入らないように注意しながら歩いた。

 それでも道の傍らを住まいとする物乞いの数は多く、彼らに声をかけられる度に後ろめたい思いをしたものだ。


 ギイ。


 中町と下町を隔てる丑の門を開く。

 しっかりと扉を閉じて、ようやく人心地ついた。


 他人の不幸は蜜の味と言う人間もいるが程度という物はある。

 正直、大会が無ければこんな場所に刃二度と来たくは無い。


 俺が物思いにふけっていると背後から何かがぶつかってきた。


 当たり屋か?


 俺は背後に目をやる。そこにいたのは俺と同じくらいの大男だった。

 身なりはかなり良い。

 上等な着物に、豪華な飾り太刀を佩いている。

 これが都を守る武士というものか。


 「おいおい。人にぶつかったら謝るのが常識だぜ?」


 俺は肩の埃をを払いながら笑って見せる。

 男は血走った目で俺を見ていた。


 「そこには拙者の推しグッズが入ったガチャがある。ぶつかった事は謝る。だが用事が無いなら早くどいて欲しいでござる」


 男の視線の先にはガチャがあった。

 しかも一回500円くらいする高級なヤツだ。


 この男、武士もののふか…


 俺はすぐに場所を明け渡した。


 男は悪鬼羅刹もかくやと言わんばかりの気勢で硬貨を投入、連ガチャする。


 「うおおおおおおお‼でござるううう‼」

 

 そして三十分後、全てを失っていた。


 「誇れ。…貴様は強い」


 俺は全てから見放された男の肩を軽く叩く。


 「拙者、もう失う物は何も無いでござる…。この先祖代々受け継がれてきた太刀を打って再チャレンジするしか…」


 どかっ。


 俺は男の尻を無言で蹴り飛ばした。


 「待てよ。それは止めときな。自分で稼いだ金ならまだしも太刀を打ってガチャに費やすなんてのは…バンダイさんに失礼ってもんだ」


 あこぎなぼったくり商売を続けるバンダイプレミアムとて武士の伝家の宝刀を売るまでやられてしまっては立つ瀬がないというものだ。

 何よりXとかで話題になったら外野のヤジがうるさい。


 「しかし拙者、消費者金融でも限度額ぶっちぎりオーバーなので借りれないでござる」


 男は地に額をつけて泣き出した。

 このまま頭を踏みつけて脳みそをぶちまけた方が世の為、人の為だがガチャに命を賭ける男とあっては見捨てるわけにはいかない。

 

 あくまで個人的な意見だ。


 「よっしゃ。兄ちゃん、俺がこれから超次元神話核分裂融合連鎖爆破相撲トーナメントで一丁、優勝してやるからよ。賞金を分けてやるから太刀を売るのはまた今度にしな」


 俺は景気よく二ッと笑って見せる。


 「うおおおおッ‼その者、青き衣を纏て金色の野に降り立つべし…。失われし大地との絆を取り戻さん…。貴公はそういう御仁でござったか‼」


 「ごめん、俺ナウシカ嫌い」


 

 …。



 こうして俺は何とか武士ナカガワ・たかむね(※漢字表記だと”仲川隆宗)を思いとどまらせる事に成功した。


 やっぱジブリはゲド戦記だよな。


 「たかむねさんよ、ところで大会の受付会場ってのはどこにあるんだ?」


 俺はまだ俯いてばかりのたかむねに尋ねる。

 りんと金糸雀姫はたかむねを警戒して近寄っては来ない。


 いいじゃねえか、コイツの嫁がVチューバ―のマスコットだからって全く問題ねえよ。


 「しのぶ殿、その大会の話なのだが、キナ臭い噂があってな」


 「おう」


 たかむねの話では毎年開催されるその大会では優勝者があらかじめ決まっているらしい。

 しかもその人物はアマヤス(漢字表記では天保)王の摂政を務める宰相キッカワ・たかとら(漢字表記だと橘川高虎)の腹心である右将軍ダイゴ・さだおき(漢字表記だと大伍貞興)の推薦する人物だった。


 いきなり国の重要人物の名前が飛び出してきて俺も驚くが、ある程度は予想できた。


 「それじゃアレか。参加費用が結構取られるのか?」


 「いや正規登録された選手ならば無料で参加できるのだ。ただし、一般参加者は毎年必ず死人が出るバトルロワイヤルに送り込まれる」


 「ほう」


 たかむねは渋い顔をしているが俺にとっては想定内の出来事だ。

 大きな懸賞金で参加者を増やし、もうけをプール金にして支援者を募る。

 古くから好んで使われる腐ったやり口だ。


 他愛なし、この国も長くは無いな…。


 「しのぶ殿、バトルロワイヤルには毎年死刑囚も参加しておるのだ。拙者への厚意は有難いのだがお主が死んでしまっては…」


 俺は右手を出してたかむねの言葉を遮る。

 俺の命の心配など無用。

 相手を選ぶようでは力人は名乗れぬ。


 「全然問題無えよ。面白え、最近は怪物相手ばかりで飽きてきたんだ。今度は人間相手に俺の力を試してみるか」


 俺は心の中で沸き上がる闘志を抑えながら、大会の受付会場を目指した。

  その後ろではいつの間にかりんと金糸雀姫がりんご飴を買っていた…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ