98 女の顔
多くのゴブリンが、こっちを指さして笑っている。
ビグルらの腰の引けた姿が、大分可笑しかったらしい。
屈強そうなゴブリンも、笑みを浮かべている。
ゴブリンらは、俺達が戦意を喪失したと思っているようである。
振り上げていた剣が地に置いてあるのだ。
既に殲滅したあとの分け前を考えているような手振りをしている者さえ見受けられる。
カルは無言で、背負いの剣を抜く。
『攪乱獣魔の剣』は、あいも変わらずに赤い電撃を放ち続けている。
ジルは、この剣の威力を何度か見ているので十分に分かっている。
この剣は、相手を斬るためのものではない。
振ることで、敵にダメージを与える剣なのである。
魔物や獣の魔力を攪乱させる。
ジルは、この剣を見ているだけでも怖い。
彼は人族であって、獣ではない。
だが、獣人である彼は、やはり怖く感じてしまう。
赤い電撃の音を聞くだけで、体が縮こまる思いなのだ。
カルは何の合図もなく、剣を振り始めた。
横薙ぎに振られた剣は、無数の赤い電撃を創り出し、次々と24層の魔物に襲いかかっていく。
無造作に放たれた電撃は、まるで獲物を見つけた野獣のようにゴブリンを屠っていった。
笑い転げていたゴブリンらは、身構える暇もなく、切り裂かれていく。
直撃を逃れた岩場の上のゴブリンらも末路は同じようなものである。
魔力の流れに異常をきたし、苦しみ藻掻き、足をふらつかせ、最後には意識がなくなり、落下しだした。
落下の途中で、魔石へと変化するため、周囲から光の結晶が降りてくる。
情景としては美しくあるが、直前に聞こえてくる断末魔の叫びは最悪としか言いようがない。
ここ五層ではゴブリンらの叫び声が、繰り返し木霊していた。
ビグルらは、あっけにとられていた。
女性冒険者も同様である。
テッドにいたっては、もう訳がわからなくて泣いていた。
今になって、先程エスティルが放った言葉「カル、全部お願い」の意味を、全員が理解できたのだった。
見廻すに、ゴブリンはもういない。全滅したようである。
そつなく、ジルとフェルビーが魔石を集めている。
いつの間にか、倒した後の魔石回収は、この二人の仕事になっていた。
皆が、ある程度回収を済ませると、再び、歩き出した。
「どっちに行けば…」
「道なりに行くだけでしょ。こっちよ。って、そこっ、近くに寄らない!」
女性冒険者が、カルに声を掛けようとした時、エスティルが遮った。
それでも、彼女はカルの傍に行って名乗った。
カルを魅了したいのか、可愛いらしい女の顔になっている。
「あ、あの。遅くなって申し訳ありません。わたしの名は、アイナといいます。あなたのその剣で、どうか、わたしの主をお救いください」
「急にそんなことを言われても…。俺達は、今回初めてダンジョンに挑戦するFランク・パーティーなんだ。だから、なんの知識も経験もない。それが24層に行って救い出すなんて、無理な話しだよ」
「そ、そんな」
アイナは泣きそうな顔になる。
「さっき、言っただろ、姉ちゃん。今は『うねり』の最中だ。24層が24階にあるとは限らない。もとに戻るまで3カ月はかかるはず。探すどころの話じゃない。こうなると地上に無事、戻れるかさえ、あやしいぜ」
ビグルの言葉は厳しい。
先程から、やたらとアイナがカルの傍によるため、エスティルは気になって仕方がない。
苛々が募ったあげく、ついには、フェルビーを呼んで強引にお姫様抱っこをさせてしまった。
これには、アイナも驚いて真っ赤である。
「ダンジョン内で寄りかかられると、カルも危ないしね。これなら、みんなの移動にも支障はないわ」
エスティルはそう言うと、機嫌も直り、明るい顔となり、颯爽と前を歩きだした。
ジルが小声で、オルガに話す。
「あいつ、今回は、結構我慢したほうだよな」
「エスティル様は寛大なお方なのです」
オルガは誇らしげな顔をしている。
「か、寛大………」
「「……」」
カルとジルに言葉はなかった。
魔物がいなくなった五層を俺達は抜けた。
途中、アイナの連れらしい者はいなかった。というか、俺達以外に生きている者はいなかったと思う。
俺達は五層の階層主の部屋の前まできた。
ここが本来の目的地である。
正確には、ここの階層主を倒し、六階層への扉を開き、脇道の回避ルートで戻って、ギルドでEランク登録をすることが、今回の目的なのである。
「これって、この扉を開いたら五階層の階層主じゃないなんてことないですよね」
「何、縁起でもないこというんだよ! カル! 俺様を怖がらせて楽しいのかよ!」
「ビグル……そういうことも、可能性としてはあるわけ?」
「わからねぇ。無いとはいえねぇぜ、女指揮官」
カルは、なぜか嫌な予感がしてならない。
というのも、扉がこれ迄と違って、少しばかり立派になっているのだ。
「カル様、ここは24層の階層主の扉となります」
上から大声をだしてきたのは、リグルスである。
リグルスは幽霊であり、声を聞くことが出来るのは、主であるカルと、女神と慕われているエスティル、そしてアーティファクトであるルバートだけである。
彼女は聞いた途端、嬉しくなった。
「やったじゃないの! 確か、転移の門は10層の次は30層でしょ。このまま、30層まで進むわよ!」
いきなり、エスティルが大声で口走ってしまったので、皆がざわつく。
仕方なく、カルは目の前の扉が24層の扉であることを皆に伝えた。
それを聞いた『鉄戦士』らは固まってしまった。言葉もでないようである。
テッドにいたっては腰が抜けたらしい。座り込んで動けない。
今、『うねり』によって、階層の地形や魔物の位置が歪んだ状態となっている。
冷静に考えると、階層が順番通りに出現するわけでないので、エスティルの言うように30層に順当に辿り着ける可能性は少ない。
だが、転移の門がある階層を目指すのは良案である。
というのも、転移の門は塔の入口へのみ、移動ができる門であるからだ。
リグルスの話しだと、従来、帰還するためにある回避ルートでさえも、『うねり』の影響によって消滅しているという。こうなると、転移の門を探し続けるしかないのである。
だが、ここで意見が割れた。
エンセンが、このまま進まずに、この場所に留まるべきだと提案してきたのだ。
というのも、今、この場には魔物がいないからである。
それも一案である。
けれども、現時点で食料が不足しているという問題がある。
解決するには、階層主の部屋で階層主を倒すか、特定の階に辿り着かなければならない。
この2点しか、現時点で考えられ得る食糧補給の方法はないのだ。
『うねり』は収まるのに最低3カ月はかかるといわれている。
言いだしたエンセンも黙り込んでしまった。
しばし、沈黙した。
『女神の祝福』は既に進むことにしている。
別に、ビグル達について来るよう、説得する気もない。
留まるのなら、勝手に留まってくれといった感じである。
因みにだが、『女神の祝福』はテッドの食糧は用意していない。
当然、これに関してはテッドも承知している。そういう契約であるからだ。
テッドは、日帰り登山のイメージでいたので、用意してきたのは二回分の軽食程度であった。
そんなこともあり、彼は『女神の祝福』について行くと即決していた。
彼にとっての問題は食料の量だけではない。
自分の実力を考えれば、一人で24層に残ることは自殺行為でしかないのだ。
後はビグルらとアイナが、どうするかだけの話なのである。
暫くは留まっていた方が良いとも思える。だが、この先、24層で『女神の祝福』なしで生き延びることが出来るのかというと、それは無理な話しである。
どちらが良い判断なのかは分かっているのだが、このまま、進んで深層魔物と出くわす可能性があることを考えると怖さが先立って、返事が出来ないのである。
アイナは、ふとカルを見た。
目が合ったので、カルは微笑んだ。
その直後、勇気づけられたのか、彼女はついて行くといいだした。
釣られるようにビグルらも、頭を抱えながらも返事をした。
結局、全員で進む道を選んだのである。
ビグルは、決まり悪そうに話し出した。
決断に時間がかかったのが、恥ずかしかったのである。
「そうだ。そもそも、女指揮官は、何が目的で、天塔迷宮に来たんだ?」
「私達は、『全癒の翆石』を取りにきたのよ」
ビグルはそれを聞いて、目を丸くした。
なぜなら、いくら何でも、無謀だと感じたからだ。
『全癒の翆石』を取得するには、60層を制覇しなければならない。
現在、騎士団の最高到達階層が59層である。つまり60層の階層主を倒せていないのである。さらには、61層から正規のルートとは別のセカンドルートという道があるらしく、そのルートを進んで行かなければ取得は出来ないのだ。
ビグルはエスティルらにそのことをそのまま伝えた。
驚いたのはジルである。
ジルは初めて聞く内容に、どうしていいのか分らなくなってしまった。
騎士団でさえ、突破が出来ない階層に挑戦させるとは、ジルフリード様はあまりにも酷い。自分は、そういうことも分かっていないで、生きて帰れるかわからない冒険に、二人を付き合わせてしまった。
そう、思ってジルは固まっていた。
「ジルセンセ、また何か変なこと考えていませんか? 俺達は仲間なんですよ」
「そうよ。ジル。何度も言わせない!」
「カル~、エスティル~」
「だから、泣かない! 何で、やってやろうじゃないか! って、気持ちにならないの! 行くわよ!」
エスティルの中で、更なる闘志が沸き起こっていた。
時折見る彼女の行動力に、ビグルは、ある意味惚れ込んでいた。
「この階層主の部屋は、最大2パーティー入ることができます。つまり12人可能です」
アイナの言葉を聞いて、俺は人数確認をしてみる。
『女神の祝福』5人にテッドで計6人と、『鉄戦士』はビグルを含めて5人とアイナで計6人なので、合計12人。丁度である。
う~む。丁度、12人……リグルスは数えていないが、まあ、問題はないだろう。
余談だが、この『鉄戦士』というパーティー名はビグルが命名したという。
俺的には格好良く感じて、少し羨ましくも感じる。
ここまで振り返ってみると、まだ一度も、俺達は階層主とは戦ってはいない。
ギルドで正式なEランク認定を受けるには、階層主の魔石が必要になってくるのだ。
今のままでは、ロビーに戻ってもバレッタは何も認めてはくれないだろう。
24層の魔物であるゴブリンの魔石を見せても、たまたま、拾ったものでは? といわれても可笑しくはない。なぜなら、俺達はFランクパーティーであるのだ。実力評価はゼロに等しい。
全員一致で決まったのだ。
いずれにしても、ここを進むしかない。
ここで、俺は扉に触れる。
すると、各人のギルドカードが光だした。
エスティルに限っては左掌が光っている。
恐らく、光った者は入室が認められたという証しなのであろう。
扉が、ゆっくりと開いていく。
部屋の中は真っ暗であった。
けれども、足を踏み入れると壁に掛けられた燭台に次々と明かりが燈り、室内の全容が明らかになっていく。
意外と室内は広く、天井は高い。
左右上下を見た直後、正面奥の壁が発光し、大きな魔法陣が描き出された。
俺達は咄嗟に左右に分かれた。
何か、魔術攻撃がくるかと思ったからだ。
だが、そうではなく、魔法陣の中からは艶っぽい『女の顔』だけが現れた。
こちらを覗き込むように顔だけだしてきたといった雰囲気である。
「ヒュー、イイ女だぜ」
口笛を鳴らしながら『鉄戦士』のメンバー、フィリップが一人で前に出た。
金貨以上に、女が大好きな奴である。
アイナを発見した時も、下卑た目をしていた。
「俺好みだ。今、ここで押し倒して、食べちゃいたいくらいだぜ~」
両手を掲げて、受け入れるような仕草をしだした。
「おいっ、前に出過ぎだ! 気を付けろ」
ビグルの声を全く無視して、フィリップはさらに一歩前に出た。
「へへっ、女の扱いは、あんたより断然、俺の方が上だ。黙ってな。ビグル」
「危ねえって言ってるんだ!! もどれ!!」
「俺がそこから救い出してやるぜえ」
フィリップには、ビグルの声は邪魔でしかなかった。
好みの女を救い出して、ものにすることしか頭になかったのである。
女は左から近寄ってくる男に気が付き、僅かに微笑んた。
二人の目が合う。
限られた灯りの中で、彼女の美しさを目にすると、フィリップはたまらなくなり、さらに歩を進めた。
女の唇が僅かに開く。
「どうだい、俺のもとへ来るかい。たっぷりと可愛がってやるぜぇ。子猫ちゃん」
フィリップは、いつもの下卑た目で若気けている。
二人はともに舌なめずりをしていた。




