94 ホーンラビット再び
前にいるパーティーは、当然、冒険者なのであろうが、何やら楽しそうである。
ダブルデートでも、しているかのような会話が聞こえてくる。
いきなり、女性の笑い声が途絶えた。
今し方、戦闘に入ったらしい。
詠唱らしき声が聞こえてきた。
魔術を放ったのだろう。
それらしい音が聞こえてくる。
俺達は助けに行こうと、走り出そうとするが、ウルテッドに止められた。
他の階層ならばともかく、ここは一層であるため、その必要はないのだという。
ランクが低く、経験の少ない冒険者に、戦う機会を与えているだけなのだという。
所謂、練習のようなものである。
仲間が見守る中で、弱小魔物を狩るのである。
浅い階層では、良くあることで、仲間の成長を見守ってのことらしい。
なんとも、余裕のあることである。
ゼリハネイトが聞いたら、怒り出すかもしれないと思いつつ、歩き続けると普通に、そのパーティーに追いついた。
若い男女が、倒したスライムを囲んで見ている。
俺らはその横を普通に通り過ぎていく。
カル達を先頭としていた隊列は、いつの間にか崩れていた。
カルとジルの二人は、ゲン爺の言葉を、訓示を確認しあっている。
一方で、楽し気なダブルデートの姿を見ていたエスティルは、少し羨ましかったのだろう。
小走りでカルの傍にやってくると、少し恥ずかしそうな表情で切り出した。
「カル! 遠慮すること、ないわよ。う、腕くらいなら組んであげるから!」
「……お前が組みたいだけだろが」
冷ややかなジルの一言。
コツンッ
「ウギッ!」
ジルは脛を蹴られ、蹲ってしまった。
「ぐぐぐぐっ」
気を取り直して、エスティルは腕を組もうとしたところ、丁度リグルスが偵察から戻って来た。
「カル様ッ」
「あっ、お帰り!」
「もうっ!!」
「な、何か……」
女神の機嫌を害したことに気付くも、リグルスは状況を把握できていないために対応ができない。
「何でもないわ! 状況報告して!」
エスティルは、何気にカルの腕だけは両手で取っていた。
彼女の突慳貪な態度を気にしつつも、リグルスは話し出した。
リグルスの報告では、どうも、入塔している冒険者が多すぎるらしく、魔物と戦っている者は皆無らしい。それを聞いて、俺達は表紙抜けしてしまった。
メンバーが全員Fランクで、かつ、初めてのダンジョン挑戦ということもあり、バレッタが気をつかってくれて、魔物が少ない状況、いわゆる安全な状態で、入った方が良いということで、俺達は最後の入塔となっていた。
そういう経緯もあり、この先、魔物が出てくる可能性は低いだろうと、全員一気に気が緩んでしまった。実際に魔物もでてこないのだ。
結局、この後、一層では一匹の魔物もでてこなかった。
それだけではない。ダンジョンに魔物を生成できるほどの魔素が集まっていないのか、階層主の部屋にも魔物は見当たらず、扉が解放されていた。
「ちょっと~。ホントに歩いているだけじゃない。最後尾だから魔物なんて退治されて残っていないのよ」
エスティルも、『エンデルの森』で経験した戦いのイメージを持っていたため、力が抜けたようである。
「あ、あの、5層まで魔物が一匹も出なかったとしても、金貨は貰えるんですよね」
ウルテッドは不安になったのだろう、確認してきた。
「約束は約束よ。破る気はないわよ」
「よかった」
エスティルは、ウルテッドの語り方に、やや、形式的な感じも受けたが、取りあえずは安心させようと返事をした。
見渡すと、あろうことか、階層主の部屋であるにも拘わらず、腰を下ろして休んでいるパーティーもいる。
顔をみると、五人揃って人相は悪く、冒険者というよりは傭兵にしか見えない。
目つきが悪いのだ。
彼らを後にして、俺達は二層への扉を開いた。
驚いた。目の前には、草原が広がっているのである。
理由は分からない。とにかく、広いのだ。
一体、これはどうなっているのか、ここはどこなのか?
青空が広がり、暖かかな陽射しまでもが差している。
ここが、ダンジョンの中だとは、到底信じられない。
一体、どういう造りとなっているのか。
そもそもが、ゲン爺の話と違うのだ。
確か、二層も通路だったはず。
目の前の風景を目にして、心地のよさに思わず仮面を外すと、微風が顔に優しく触れてきた。
…癒される。
だが、魔物が襲ってくるのは確かなようで、前方では戦闘が行われているのが見える。
ここの階層の主な敵は、ホーンラビットのようである。
カルは、懐かしいという思いと共に、あの時の緊張感が蘇ってきた。
だが、恐怖はそれほどでもない。
だからと言って、油断できる相手ではなかった。
あの跳ねる速度と角は脅威である。
個体ごとに速度も違うのだ。
ラビットといいながらも、牙や爪があり、集団で狩りをする肉食獣のような魔物である。
いきなり、最後尾にいたウルテッドが、駆けだした。
それを見て、オルガは眉を顰める。
そもそも、オルガはウルテッドを仲間としては見ていない。
何かあれば、突き殺す気でもいるのだ。
暫くして、ウルテッドが後ろを向いて大声を出した。
「お前ら! 前の奴らが襲われている内に走り抜けるぞ!! ぐずぐずしていると、ホーンラビットに囲まれるぞ!!」
カルは、その言葉を聞いて、ゲン爺の言葉を思い出した。
「ホーンラビットは、弱そうな、魔力量の少ないパーティーを集団で襲うのじゃ」
彼は、このホーンラビットの習性を知っていたのだ。
だから、全速力で駆け出したのだ。
彼からすれば、『女神の祝福』はFランクの素人パーティーであり、当然、他のパーティーよりも魔力量が少ない。つまりは、ここでは魔物の格好のターゲットとなるために、他のパーティーが襲われている今この隙に、逃げきろうと判断したのだ。
エスティルは、理由が分かると少し可笑しく思えた。
彼女には、魔力量を推し量るスキルがある。なので、当然、自分の魔力量が多いことも知っている。自分の魔力量を考えたら、まず、ここでは襲われることはないのである。
つまり、魔力量だけで言えば、エスティルの傍にいれば襲われる可能性が低いということになる。
そうなると、一人で駆けているウルテッドが、一番危ない。
彼は魔力量が少ないからだ。
因みに、『エンデルの森』にいた頃のエスティルは、石化の副作用もあって、魔力量が不安定で上下していたことから、ホーンラビットに襲われたのである。
生まれながらに魔力量が多かった彼女にとって、ホーンラビットに囲まれたのは、初めての経験であった。そういうこともあって、当時は動転していたのである。
ウルテッドは、結構、先にいるのかと思ったら、体力がそんなに続かなかったらしい。
息するのがやっとといった感じで、少し先で屈んでいるのが見える。
「ま、まずい!」
俺は咄嗟に声が出た。
確か、ゲン爺によると、足が止まった時に角で攻撃してくるって、話だったはず。
的中した。
俺達が追おうとしたところ、いきなり、ウルテッドが悲鳴をあげ、転倒したのである。
ウルテッドのもとへと向かう途中、前方で火の手が上がった。
彼なりに戦っているようである。
到着すると、ウルテッドは敵だと思ったのだろう。
恐怖に歪んだ顔で、杖を向けてきた。
体中がワナワナと震えている。
見ると、角で刺されたのだろう。太腿が血に染まっている。
俺達が到着したことで、さらに怖がっている。
「お前らまで来たら、ホーンラビットが集まってくるだろが!」
ウルテッドは半狂乱である。
「馬鹿ね。あんたを救えるから来たのよ」
エスティルが、そういうも、実際ホーンラビットが集まりだしていた。
「あ、あれ?」
エスティルはなぜ? と思ったが、自分自身を確認してみると、自分の魔力が打ち消されていることに気が付いた。
「あ、このネックレスのせいだ…」
ふとみると、俺以外…オルガとフェルビーも、同様のものを首にしている。
実は、『女神の祝福』は魔力ゼロのパーティーとなっていた。
「い、いやだーーー、魔物に喰われるなんて!」
ウルテッドが叫び出し、片足を引きずりながら逃げ出した。
だが、既に十匹程のホーンラビットに囲まれていた。
例によって、涎を垂らしているのもいる。
「いいっ、体慣らしよ。ジルとフェルビー以外は応戦! 魔術の使用はなし! 始めなさい!!!」
「畏まりました」
「わ、わかった!」
すぐに、飛んでくる明確な指示…。
これが、『女神』ではなく、『女指揮官』と一部の者に呼ばれている所以なのだろう。
俺はそう思いながら、剣を振るった。
恐怖に支配されることもなく、体が動く。
夫々、敵の跳ねる高さが違っても、難なく捌けた。
オルガはというと、ゆっくりと移動しながら、間合いに入ったホーンラビットを次々に手持ちの槍を使って、一撃で仕留めていく。
目を疑ったのは、エスティルの剣技である。
ジルセンセから聞いてはいたが、実際に見て驚いた。
俺の中では、風魔術『ウインドエッジ』を放つ魔術士のイメージであったが、剣技がこれほどのものであったとは。
次々に、宙を跳ねるホーンラビットの白い体が、鮮血に染まりながら落下していく。
俺達は、後から追いついて来たホーンラビットも含めて、全て始末してしまった。
ダンジョンの魔物は、致命傷を与えると魔石へと変化するので、余計に気を遣うこともない。なんていうか、お洒落な感じにさえ思えてくる。
気を遣うというのは、戦闘中や戦闘後でのことである。
森での戦闘であれば、死骸はそのまま放置され、血溜まりができるといった感じで、戦闘中の足場に影響してくる。また戦い終わった後も凄惨な光景と血の臭いが漂うのだ。
ダンジョン内では、それがないのである。
三人で戦ったこともあり、あっという間に全滅させてしまった。
周囲に死骸はなく、綺麗なものである。
代わりに小さな魔石が落ちている。
それを、大きな体のフェルビーが拾い集めている。
ジルに手当をされているウルテッドは、目を見開いたまま固まっていた。
「さあ、立って」
カルは手を差し出し、彼を立たせた。
「助かったよ。魔術なしで、あんなに倒してしまうなんて、お前らって、一体…」
ウルテッドは既に自分で治療を済ましていた。
正気を取り戻したようである。表情も和らいでいた。
「…どうでも、いいけど。アンタはお礼の一つも言えない訳?」
「あっ! …ありがとう。あんたらは命の恩人だよ! ありがとう」
「まったく。お礼の言葉は、言われる前にいいなさい。子供じゃあるまいし」
「す、すみません。感謝しています」
エスティルは、若干呆れ気味である。
それを察したのであろう。ウルテッドは続けた。
「お、俺は、この中じゃ、戦力とはいえないだろうから、せめて道案内だけはさせてくれ、いや、させてください」
「ふうん。そうね。良いアイディアだわ。それなら、さっさと先頭に立ちなさ~い」
「わ、わかりました」
ジルとカルは、一連の流れを見ていて、同じことを思っていた。
ランドルの時と同じだ。いつの間にか、自分の傘下にいれてしまう。
エスティルには、そういう才がある。
先程、戦闘をしていたパーティーも何とか、ホーンラビットを退けたらしい。
気が付くと、真後ろについていた。
多分、俺達の後にいれば、先に襲われることはないという判断なのだと思う。
だが、俺達はこの後、二層で襲われることはなく、真後ろにいるパーティーらが幾度と襲われていた。
これは、さっきの戦闘で30匹以上を斬ったのが影響しているのだと思う。
「ここが、階層主の部屋の扉…です」
ウルテッドは、最短ルートで案内してくれた。
彼は少し震えていた。
「何だ! お前は二層で怖いのか、俺様だって怖くはないんだぞ!」
ジルセンセは、腕を組みながら、余裕の表情である。
「あんたの余裕は、ニノ森のリングがあるからでしょ」
エスティルは呆れている。
ジルセンセの耳がふにゃる。
図星だったので言い返せず、少し、落ち込んだのだ。
「べ、別に二層が怖い訳では…」
ウルテッドは短く返答するも、様子がこれまでとは違う。
先程、人相の悪い冒険者を追い抜いた時もこんな感じだった。
…何か、気になる。
そもそも、五層まで付き合うのが契約である。
実際は、入塔さえ出来れば要はないのだが、契約は契約である。
それが、二層の階層主の前で怖がっているとは。
先程、太腿を貫かれたのがショックで、ホーンラビットのボスと戦うのが怖くなったのだろうか。いや、それにしても、震えているのは変である。
そう考えている間に、二層の階層主の部屋の扉が開いた。
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