92 試験官は鞭打ちがお好き ②
カルは走り出した。
変態露出女との距離を詰める訳でもなく、もといた岩場の方へである。
「ちょっと~。勝手に戻るなんて、許さないわよ~。私、体の芯が熱くなってきたのよ~。責任は取って頂戴っ!」
転移陣の方へ戻ろうとしたカルに、変態露出女は、少し怒りを覚えた。
すぐさま、進路方向に幾つかの鞭が放たれてきた。
樹木は削られ、地面が抉られる。
音をたて、散乱する木片や小石。
その間、カルは大きく後退した。
結果、変態露出女の視界から、消えることができたのだった。
鞭がこなくなった。
やはり、俺を見失ったのだ。
きっと、この靄のお陰だろう。
俺は魔力探知されても引っ掛からない。
即ち、音を出しさえしなければ、変態女は俺の位置を特定できないはずである。
「んんん。焦らすのね~」
そう言うと、変態露出女は、鞭で周囲の岩を破壊し始めた。
重みの増した鞭が暴れ出す。
打たれた岩は無数の破片となり、四方へと弾け飛んでいる。
物凄い破壊力である。
要は、あぶり出す作戦なのであろう。
岩の大小の破片が、カルを襲う。
「くっ!」
たまらず、声が漏れてしまった。
今の声が、もし、聞かれていたとしたら…。
そう思い、念のため、移動を試みる。
「いい声。だ・す・の・ね~」
敵は左手中指を唇に添えながら、舌なめずりをしている。
……聞かれていた。
変態露出女は、やや興奮気味に鞭を放ちだした。
カルは、今度は岩場から樹々のある方へと走る。
先程とは違い、鞭が地面を波打ち、追って来た。
カルは足を取られそうになるが、バランスを崩しながらも避け切る。
「お前、俺を痛めつけて、楽しいのか!」
「今、分かったの? 分かったのなら、もっと、楽しませてね~」
魅惑の唇から、やや濡れた声が返ってくる。
言葉とともに放たれた鞭は、今度は真っ直ぐに伸び、カルが身を隠そうとしていた樹木の幹を粉砕した。
「うおっ!」
カルは低い体勢で逃げ出すと、すぐに隠れた。
あいつ、俺の苦痛の表情や声を聞いて楽しんでやがる。
それならば…。
「ま~た、かくれんぼ? 試験に落ちちゃうわよ~。まあ、どうせ、受からないだろうけれど~、たまらないから、相手しているだけ♡ なんだけれどねぇ」
靄の中。
微風が漂う。
風にのって、音も緩やかに運ばれてくる
変態露出女は溜め息をついた。
動きがないのが、つまらないのである。
「……はい、はい。ちょっと、言い過ぎたわ。どうしても、合格したいのよねぇ。それなら、私を斬り殺す気で来なさ~い。そうでないと不合格確定よぉ。……安心してぇ。あなたの鈍ら剣では、…ましてや魔力なしの剣では、私に傷一つ付けることなんて出来ないから。そうねえ。もし、出来たらな~んでも、言う事を聞いてあげるわ。だから、もうちょっと、楽しませて~」
変態露出女の言葉が終わらぬうちに、無表情でカルが突進してきた。
距離を詰めていたのだ。
表情や声は、一切、出さない。
敵を楽しませると、その分、喜んで戦いが長引くと思い、無音、無表情を決め込むことにしたのだ。
ギリギリで、鞭を躱しながら、全速力で、カルは特攻を試みる。
変態露出女は、鞭の躱し方に僅かだが、違和感を感じていた。
その程度の動きなら、これで。
「フロー!!」
いきなり、彼女は叫んだ。
すると、瞬時に左手元から水の流れが生じ、カルの膝下を目掛けて、水魔術が放たれた。
カルの膝下が泥へと変わる。
「泥?」
そう、突進してきたのは、カル人形であったのだ。
本人の姿が、見当たらない。
変態露出女の、やや、右腰あたり、低い姿勢から剣が煌めく。
「鈍らの一刀だ!!!」
ガギギッ
!!!
「ざ・ん・ね・ん~♡」
カルが気付くと防がれていた。
それも鞭ではなく剣で。
「これ、ただの鞭じゃないのよ。ロッドソードっていって、部分的に剣に変化させられるのよね~」
彼女の言う通り、剣は手元の途中までで、大半が鞭のままである。
接近戦にも対応できるよう、変化が出来る鞭なのである
「…だけど、傷一つは付けることが出来た」
「えっ?」
ゼリハネイトの剣は、カルの剣を根元で受け止めていたため、カルの剣先部分は、彼女の腰に触れており、僅かではあるが、一筋の血が流れていた。
肌を露出していなければ、傷一つ付けることは出来なかったであろう。
しかしながら、ゼリハネイトにとっては、衝撃的なことであった。
彼女のノヴァは、これまで武具で破られたことなんてなかったのである。
それが、魔法付与がされてもいない剣で、掠り傷とはいえ、傷を負わされたのである。
自己のノヴァが、初めて破られたことで彼女は自分の負けを認めた。
同時に、いろいろと楽しみを諦めなければならなくなったのである。
「信じられないけど。結果を見れば合格ね」
カルはその言葉を聞くと脱力した。
結構な、プレッシャーだったのである。
変態露出女と一緒に転移で、ラッツ・ウルブスのロビーに戻ってきた俺の疲弊した姿を見て、それ見たことかといった視線を送ってくるバレッタ。
「少しは世の中というものが分かりましたか。身の程を知るというのは大事なことです。ですよね。モンティ様」
「それは~、確かに大事な事よね~。でも、彼は合格よ」
「ですよね~。身のほ・ど………!? 合格!!!」
バレッタは合格と聞いた途端、唖然とした。
「そう。合格なの~」
「ご、合格」
バレッタは分かりやすい。
動転した後、黙り込んでしまった。
……自分の目は節穴だったと。自分は、まだまだなんだと。独り痛感しているようである。
一人でブツブツと何か言っているのだ。
恐らくは、彼女は人の倍、仕事熱心で、かつ優しく、正義感も強いのだろう。
その内に反応がなくなり、その場で立ち尽くしている。
そんな彼女を余所に、俺達のパーティー担当官の女性がやって来て、仲間のもとへと案内してくれた。
合格したのである、
なのに、なんだか、女子二人の様子が変である。
「どうして、この変態露出狂の女性と、一緒に出て来るんですか!」
マーレが訴えて来る。
「そうよ! 心配して待っていたのよ! こんな女と何してたのよ!」
エスティルのこの顔は、許せないといった顔である。
それと、一言いいたい。
マーレは別として、お前は心配していなかっただろう。
「何してたぁ? ナニしてたのかも~」
ゼリハネイトは嬉しそうな表情をする。
「何言ってんだ! お前!! ……試験だ! この女が試験官だったんだよ」
誤解を解こうと、カルは必死である。
バレッタにはモンティと呼ばれていたこの女。
ゼリハネイトは俺を一瞥した後、厭らしく、笑みを浮かべた。
「酷いのよ~、水浴びだけでなく、着替えまで覗かれた挙句、その後は………んふ。腰は痛いし、初めて破られて、出血して、同意もないのに……私…傷物にされたの。そう、それと一度だけ、この人の命令を聞かなければならないのよ~」
ロビーで、馬鹿でかい声で話したため、注目の的である。
会話を聞いていた男性冒険者らは、羨ましいと思う反面、彼女の実力を知っているが故に、Fランクが打ち負かしたことに信じられないといった表情で固まっている。
それだけではない。
彼女へ命令が出来る権利があると聞き、彼女のスタイルをあらためて見直すと、益々羨ましそうな顔をしだした。なかには、既にだらしない表情の者もいる。
女性冒険者からは、「女の敵」というレッテルを瞬時に数えきれないほど、俺は貼られたようである。
「最低」、「獣」、「魔物」、呼ばわりされている。
「お前、言い方、もっとあるだろ! 訂正しろ!」
聞きようによっては、大体あってるけど…。
「嘘はついてないわぁ。衝撃的な出来事だったし。今夜は、何を要求されるのかしら~」
後半の言葉は棒読みである。
ううっ。なんか、エレンより性質が悪い。
いや、将来、エレンはこういう風になるに違いない。
「こいつは、こういう奴なんだよ。目を覚ますんだマーレ!」
何故か、イシュルミットは嬉しそうである。
エスティルは……状態異常を起こしている。
「な、な、なんてことをしてくれるの! こ、この変態! 変態! 変態! 寄りによって、こんな変態露出狂女となんて、男好きが滲み出ているような、こんな女と!!」
「………ひどい、言われようね。私」
「子供が出来ていたら、どうするつもりですか!」
マーレに至っては若干、涙ぐんでいる。
「なぁんか、勘違いしていない~。別に靄で何も見られていないし~。ノヴァを破られて初めて、剣で傷を負わされたっていうだけだし~。だから、傷物にされたのは事実だけど…でも、お楽しみは、多分、今夜なのだし~」
「「 へ 」」
事実を知った二人。
カルは、これで、誤解が解けたと思い、ホッとしていたところ。
話しは次の展開に。
「今夜、何をしようとしているのよ! あんたは!!」
「そうです。あの女とは、二度と会わないでください!」
「そうよ、そうよ!」
二人は収まらない。
やんや、やんやと、ピーチク、パーチクと言葉が出てくる。
とまらない。とまらない。
ジルセンセも巻き込まれて、とまらない。とまらない。
何故か、ジルセンセは泣きそうだが、とまらない。とまらない。
さらに、イシュルミットが、カルの悪口を連発するので、激熱となっている。
ゼリハネイトはカルを見つめながら、艶のある唇を動かす。
「なぁにぃ? あの二人は、あんたの嫁なのぉ? 少なくても、同じ指輪をはめているエルフは嫁なのでしょう」
カルはゼリハネイトに言われて、指輪を付けられていたことに、今、気付いた。
どうやら、ルバートがもとに戻してくれていたらしい。
何も、言ってこないところを見ると、ルバート的にも、どうやら試験は合格なのだろう。
「いや、いや、嫁だなんて、他のメンバーでも、同じ指輪を付けている者もいるし」
実際、ジルセンセもオルガもフェルビーも着けているのだ。
ゼリハネイトはカルにだけ聞こえる声で続けた。
「…そう。形はどうであれ、あれは短命だから。エルフだからと言って、遊びで、つきあうようなことはしないでね」
少し、寂しげな口調でいう。
意外な表情に、カルは戸惑った。
「人の心を大事にしない…裏切るような奴は、絶対に許しはしないからな。覚えとけよ」
一転して今度は、冷ややかな口調で、耳元で囁く。
カルは彼女の別の一面に接して、背筋が凍った。
「そうそう。二次試験は、今夜ベッドでよね~。どこに泊まっているんでしたっけ?」
その言葉を受けて、やんや、やんやが、一瞬とまる。
カルは、強烈な視線に襲われた。
「二次試験なんて、ないだろが! ややこしく、しないでくれ!!」




