91 試験官は鞭打ちがお好き ①
深き、深き森の中。
静寂に包まれた世界。
微かな水の流れる音だけが許される。
美しきエルフが一人。
泉で、水浴びをしていた。
所作に、少し妖艶さを感じる。
唇に触れていた美しい指先は、ゆっくりと離れていく。
そして、幾度も繰り返される舌舐めずり。
しなやかな指先は、やや、赤みを帯びた髪を弄りだす。
濡れ髪は、さらに彼女を妖艶に魅せる。
靄がかかる中、柔らかな灯りだけが、唯一そこにある。
彼女の名は ゼリハネイト という。
ふと、ゼリハネイトは微笑んだ。
「あら、珍しいわ。こんなところにお客様だなんて。でもなんて、無粋なこと。ふふっ」
彼女は言葉とは裏腹に、事前に知っていたような素振りである。
呟き終わると、けたたましい声が雷鳴の如く、響き渡った。
「うわあああああっーーーーー!」
突然、辺りを支配したのは男の声である。
岩場に転移されてきたのは、カルであった。
何とか着地に成功しつつ、周囲の景色に目をやるも、直には理解が及ばない。
「あら、あら、派手に登場して。大胆な覗きね」
ゼリハネイトは、少しばかり嬉しそうな声で言う。
それを聞いたカルは声のする方を振り向く。
薄靄がかかっているが、女性が立ち上がってこちらを向いているのがわかる。
恐らくは全裸だ。
(ま、まずい)
「ち、違います。決して意図した訳ではなくて、強制転移されただけで! その、覗きに来た訳では、決してありません!」
「……分かりましたわ。そういうことなら、しばし、お待ちを」
彼女は泉から上がり、着替えを始めたようである。
「よ、良かった。分かって貰えて、う、嬉しいです」
カルは心底、焦ったのだった。
異世界の法律なんて、全く知らない。
自分の尺度で判断なんてしていたら、大変なことになるはず。これで極刑に処される可能性だってあるかも知れない。身分の高そうな感じがするから猶更である。
そんな考えが、この一瞬に頭の中を巡った。
「準備が整いましたので、こちらにいらして下さい」
大人の色気を感じさせる艶やかな声である。
「は、はい」
カルの返事から、緊張が伝わってくる。
準備という言葉が、気になりはしたものの、まずは丁寧に謝罪をと思い、近寄ると驚いた。
声の主は、この前、王都であった露出狂の変態女だったのである。
相手もカルのことを覚えていたようで、厭らしく、喜んでいるようにも見える。
「まさか、貴方の方から、来てくれるなんて…。嬉しいわ~。私の名はゼリハネイト。ゼリハと呼んでくださいまし。趣味の延長で、このお仕事をお受けしております。貴方みたいな勘違いしている冒険者に、お仕置きをするというお仕事をね。うふふふ」
謝るどころの話しではなかった。
近づいてみて、分かった。
相手は武装していたのである。
この女が試験官なんだ。
俺は距離をとろうと下がった。
変態露出狂女は、すぐに、振りかぶる動作に入る。
薄靄越しだが、宙に曲線が描かれるのが見えたかと思うと、靄を斬り裂いて、一直線に鞭が襲ってきた。
カルは大きく、横に飛んで避けた。
地面を打ち付けた鞭の音は重い。
カルは避けた際に右肩を打った。一瞬だが、痛みが走る。
視界が悪いため、着地先が見えづらい。
大きく避けると、次こそ大怪我をする。
初めて来た場所なのだ。
地の利は一切ない。
それでいて、どうやら相手の間合いの中にいるらしい。
こちらからは、攻撃を仕掛けられない距離である。
ここは、逃げるに限る。
と思ったが、これは試験であった。
逃げれば不合格となってしまう。何とかしなければならない。……実戦なら、これだけ不利な状況となれば、逃げの一手だと思うのだけれど。
さて、どうやって、近づく。
「逃げだすのなら~、武器をその場において、転移してきた場所に戻るだけでいいのよ。でも、そんなことはしないでぇ。少し、興奮してきたんだから~。お互いに楽しみましょうねえ~」
あの女、やっぱり、変態だな。何が興奮だ。
剣を手放したら、開放されるまでに、どれだけ、あの鞭で打ち据えられるか、わかったもんじゃないな。
「大丈夫よ~、私が満足いくまで、この鞭で打ち据えてあげるわ~。その後は、ヒールで治してあげるから♡。その肉体に傷跡は残らないわ~」
冗談じゃない。
無限地獄じゃないか。
大体、肉体の傷は治せても、一生ものの、心の傷を負わされる。
間違いない。
「って、あれ! 俺の指輪がない」
『主よ。この指輪があると物理攻撃、魔法攻撃は無効となろう。試験であるのだ。正々堂々と対峙し、合格してみせよ』
ルバートは、自身の一部を針程の細さに形状変形させ、カルの指から指輪を抜き取ってしまい、自分の中に格納してしまっていた。つまり指輪はルバートの体内にあって、その効果は、カルの左腕にしか発揮されないことになる。
「そんな、器用なことが出来るのか!」
『ふふ。主よ。見事、敵を組み伏せて見よ』
「わかったよ!」
なんて、こった。
負けたら、あの変態女に捕まって、アイツが満足する迄、鞭で打たれる。
『内なる声』も聞こえてこないし、『ルバート』も協力拒否ときた。
最悪だ。
「一人で話し出したりして、妄想癖があるの~。う~ん、妄想。良いわよね~。高まってきたから、さっきよりも、ずっと速く、刺激的にいくわよ~」
その言葉を聞いて、やはり、これからが本番なのだと、カルは自分に言い聞かす。
突如、靄の中から鞭の先端が目の前に現れた。
「クウッ!」
何とか、躱しきった。
気絶させるのが目的なのか、正確に鳩尾辺りを狙ってくるのだが、この速度で当たれば、貫通は免れないだろう。いわゆる、串刺し状態である。
こちとら、腹部への攻撃は一度経験済なので、意識は意外と高い。
そう、やすやすと串刺しにされることはない。
それにしても、感覚としては音よりも先に鞭が現れる感じである。
結構、ギリギリな戦いである。
次が来た。
靄を斬り裂く音が、微妙に被っている。
俺は、正面に来た鞭の先端だけを左腕を使って、跳ねのけた。
ある意味、指輪の効果を使ってしまったのだが、ルバートからは特にクレームはない。
「あら、凄い。逃げないなんて~、途中から五つに分割させたの、わかったの~」
声が、さらに高揚している。
ゼリハネイトの、今の攻撃は目前の攻撃を避けたとしても、逃げた先にも鞭が襲ってくるというものであって、着地直後で防御が遅れることを見越しての二段攻撃である。
彼女からすれば、この攻撃で負傷させ、足を止めさせるのが目的であった。
彼女は思惑が外れたことで、さらに興奮度が増している。
「ああっ~、もおぉぉ、捕まえたら、たっぷりと躾けてあげるわ~」
ゼリハネイトは、鞭を地面に幾度と叩きつけながら悶え始めた。
今、僅かに音が被って聞こえてきたのは、複数飛んできていたからである。
カルは、音を判別し、襲ってきた鞭は三つ以上あることはわかっていた。
駄目だ。
レベルが違う。余裕で遊ばれている。
状況が不利なだけでなく、実力差をヒシヒシと感じる。
頭だけでなく、体で理解できた今、全身から汗が噴き出てきた。
額から流れて目元にくる汗を軽く拭う。
腕から流れる汗は、衣服で拭き取って吸わせている。
地面に落ちて、もしも、聞き取られたら、位置が特定されてしまうかも知れないからだ。
この薄靄を利用しなければ、勝ち目はない。
となると…。
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