85 あからがお。
翌日。
俺達は、公爵家の馬車で、ギルド前に乗り付けるのも問題があると思い、馬車は第二の門までとして、それ以降は徒歩で出かけることにした。
案内してくれるのは、マーレとイシュルミットである。
因みに形式的だが、イシュルミットの役目は護衛である。
門を出て暫くすると、イシュルミットが一人で話しだした。
「何で、ボクが護衛なんか…マーレと二人なら最高なんだけど」
「……イシュ姉! みなさんに聞こえてるよ。もう、バカなこと言ってないで、ちゃんと廻り見て仕事して!」
イシュルミットは、折角来た王都なので、マーレと二人きりで廻りたいのだ。
腰あたりまである水色の美しい髪をもつ彼女は、目元が涼しげで、容姿はクールビューティーといったところである。だが容姿に反して、マーレのこととなると情熱的になる。
彼女は、マーレのことが好きで、好きで、たまらないのだ。
「ボクは、一女性として、マーレのことが好きなんだ。この先も、ずっと君と、一緒にいたい!」
いきなり、告白が始まったので、カル達は注目して聞いていた。
「な、何、言っているの! 皆さんが誤解するじゃない! そんな関係にはならないし、受け入れない! 私は男が好きなの!! …あ」
ここは王都である。
行き交う人々は多い。
そこへ、路上で男が好きだと、大声で言い放ったのである。
マーレは、路上の人達の視線の的になり、真っ赤になってしまった。
周囲からは、口々に「そんな風には見えないけど、意外よねぇ」とか「相当、好きなのねぇ」などと、嘲笑の言葉までもが、マーレの耳に届いてくる。
マーレは、恥ずかしくて、恥ずかしくて、どうしていいのか、分からない。
体中、火照って、立ち尽くしていた。
彼女は、わざわざ、令嬢・フレデリカが用意してくれた、カルと話すことのできるこの好機を最大限に活かそうと、人生初のお洒落をもして来たのだが、イシュルミットに容易く、木端微塵にされていた。
イシュルミットは、気にすることなく続ける。
「こいつは、カル兄じゃない。分かっているだろ! もう、諦めなよ」
さらには、カルを悪く言う一言。
今のマーレは、自分のことで精一杯で返す言葉がでなかった。
傍から見ると、美女が少女に告白をした後、口説こうとしているように見えるのだ。
人々の足が止まり始めた。
「な、なななっ、イシュ姉は、もう、恥ずかしいから帰って!」
マーレは、もうこれ以上はと思い、何とか声を発した。
「そ、そんな」
イシュルミットの美しい瞳からは、今にも涙が落ちそうである。
「ま、まあ、まあ、じゃあ、取りあえず、離れて、距離を取った方がいいな」
マーレの思いを知って、少しばかり、ショックを受けていたジルだが、この場を取りなそうとする。
エスティルとクミアは告白の現場に出くわして、いささか興奮している。
なぜだか、フェルビーもだ。
オルガは呆れていた。
因みに、カルは自分の名を公の場で出されたので、複雑である。
路上で転生者だと分かってしまうような発言だけはしないでくれと、途中から内心ハラハラしていた。
そんな状態で、注目を浴びる中、カル達は冒険者ギルド前に着いた。
到着したにも拘わらず、案内役であるマーレは、もごもごと話す。
自分の気持ちを知られたと思った彼女は、恥ずかしくて仕方がないのだ。
意識しているマーレに対して、カルは意識など、全くしていなかった。
カルの頭にあったのは、目の前の冒険者ギルドのことだけであった。
カル達が建物の中に入ると、老若男女の冒険者らの目を奪った。
俺は気付いてはいたが、一般人の中に混じるとエスティルは相当な美女である。またマーレやイシュルミット、クミアも同様に相当目立つ。
あと目立つと言えば、巨体のフェルビーくらいだ。
俺とオルガにいたっては、普通の冒険者にしか見えない。
廻りの反応もお構いなしに、オルガとフェルビーの冒険者登録とパーティー登録を申請する。
書類については、マーレがギルドの受付嬢に対応している。
見ていると、少し長引きそうな雰囲気である。
なので、俺は少しその場から離れた。
流石に、王都の冒険者ギルドである。
冒険者も多く、室内が広い。
受付カウンターも長いのである。
これは、王都に天塔迷宮があるというのが一番の理由であろう。
王国で採取される魔石の60%が天塔迷宮から採取される。
そのため、当然、腕自慢の冒険者が王都へと集まってくる。
また、王都は人口も多いため、冒険者への依頼事も多いのだ。
俺もなのだが、エスティルも居心地が悪いらしい。
目線を移しながら、言葉少なげである。
「何か、貴族の屋敷とは違うけれど、落ち着かない雰囲気ね」
エスティルの言葉を受けても、クミアはギルドというものを知らなかったこともあり、物珍しさに見入って、聞いていなかった。
返事もないので、エスティルはつまらない。
俺は壁に貼り付けられている依頼書が、気になったので読んでみようと思い移動した。
……近くまで行って、気が付いた。
俺は字が読めなかったのだ。
少し、王都に魅了されて、舞い上がっていたが、字が読めない俺は都市では暮らせないのだ。
やはり、ルデス村があっている。
そんなことを思いながら、項垂れていた。
……字が読めないので、似顔絵を見ることに専念した。
皆、人相が悪い……。
これ、多分、指名手配の掲示物だと思う。
「うおっ!」
俺は、思わず声がでた。
真後ろに、エスティルがいたのだ。
そこへ、ジルセンセが声を掛けて来た。
「お前、動くなよ。お前の後をエスティルが追うから、すると、必然的に従者も付いていくんだよ。だから動くなよ。マーレちゃんが、頑張ってくれているんだからさあ」
「あ、はい。すみません」
「そうよ。そうよ。子供じゃあるまいし」
エスティルは平然という。
俺としては、エスティルが動くなといいたい…。
「何だっけ、あれ」
「あれって何です?」
「ん?」
エスティルが無邪気にこっちを向いた。
「ひよこが生まれて初めてみたものを、親だと思ってついていくやつ。エスティルはそれだ。石だったんだろ、初めてみたのがカルだったから、ついて行くんだ。あはははっ、ヒテテッテ、エエエエーーーーー」
(また余計なことを…)
「誰が、ひよこよ! それに人を石っころだったみたいに言わないで!!」
「ご、ごめんなひゃい。…カァル、カァル、カァル~」
「エスティルも抓るの止めてあげて」
「どっちが悪いと思っているのよ」
「ジルセンセだけど、もう、涙目だし。誤ったんだから、許してあげて」
「今、許そうかどうか、考え中よ!」
「えっ、抓りながら…?」
「そうよ! カルはね。ジルに甘いのよ!!」
「そんな事言われても…」
思い起こして、カルの後をついていってたのが、流石に恥ずかしくなってきたのか、エスティルの顔は、若干、赤くなっていた。
こんな時、度々、オルガは思う。
本来なら、自分が不敬であろうと、ジルを叱責したいと思っているのだが、如何せん、ジルに対する時のエスティルの反応が早いのだ。
そのために、対応が出来ない。
常に、ジルを咎めたいと思っているオルガは、チョットばかし、ジルに対してストレスが溜まって、顔が赤くなっていた。
カル達は、ギルド内で何気に注目を集めていたために、この時、柄の悪い連中からも目をつけられていた。
申請には、結構な時間がかかっていた。
原因は、パーティーメンバー全員がFランクだったからだ。
いくら、公爵家からの推薦状と従騎士資格を用いても、追加された二名迄もがFランクとなるために、ダンジョンの入塔申請許可証が下付されないのであった。
せめて、一人でいいから、DかEランクがいないと、入塔ができないのである。
なぜに、DかEランクなのかと言うと、残りの一人がCランク以上だとすると、浅層階であれば、Cランク冒険者一人で階層を制覇できてしまう。そうなると、パーティーランクは上がらない。パーティーランクが上がらなければ、6層以上は進めないというルールがあるのだ。深層階を目指す彼らにとっては、それでは意味がないのである。
新米冒険者の安全を優先したルールなのであるが、カル達にとっては迷惑な話しである。
こうなると、どうしてもDかEランクの冒険者を一時的に、仲間に取り込まなければならない。
『女神の祝福』はパーフェクト『F』……全員Fランクであるため、このままでは、パーティーの入塔申請が出来ないのである。
今日のところは、もう、仕方がないので、俺達はギルドを後にした。
普通、これだけの美女らが揃って入ってくれば、ちょっかいを出されても、可笑しくはないのだが、オルガの鋭い眼光とフェルビーの体格が影響してか、結局、茶化してくるような輩は一人もいなかった。
マーレは仕事が中途半端に終わり、少し落胆している。
そんな中、イシュルミットが意を決し、いきなり、話し出した。
「マーレ、ボクは女として愛したいんだ」
急に、話し掛けられ、また変な事を言われたので、マーレは気色ばむ。
「もう、いい加減にして! 変なこと言ってないで、護衛に専念して!」
マーレは、こういう類の話は苦手なのである。
ましてや、カルには聞かれたくない。
変な人だと思われたくないのだ。
マーレは話を変えようと思っていたところ、突然、思い出し立ち止まった。
「あああ、もう! 天塔迷宮の申請書類の予備を貰ってくるの忘れちゃった」
マーレが言うに、申請書類を貰うには、リーダーの同席が必須というので、エスティルが同行しようとしたところ、いきなりジルが怒り出した。
「いつから、お前がリーダーになったんだよ! 俺様とカルは、お前の下なのかよ!!」
「最初に申請したのが、私なんだから。……めんどいな。じゃあ、ジルはキャプテン。カルはトップということで、いいでしょ。行ってくるね」
「お、おう」
個人的には、なんだそれ? と呆気にとられたのだが、驚いたことに、ジルセンセは、そう言われて、少し考えた後、何気に嬉しそうな顔をしている。
どうも、キャプテンという響きが気に入ったらしい。
そもそもが、エンデルでの魔人討伐の際に行った『あみだくじ』の結果、リーダーに就けて、喜んでいたくらいである。それが、冒険者を纏める役職として、グレインが呼ばれていた『キャプテン』だと言われたのである。
廻りの想像以上に嬉しいに違いない。
……エスティルは、日毎に、ジルセンセの扱いが上手くなっている。
リーダー、キャプテン、トップの三つの役職……結果的に、誰がパーティーの中心人物なのか、良く分からないのだが。
まあ、みんなで、今迄同様に、相談して決めていくということなのだろう。
この後に教えて貰ったのだが、天塔迷宮は王都から少し離れたところにあって、馬車か馬で移動するものなのだという。
途中の砦近くの休憩所で、一度、休むか馬を乗り換えて行くらしく、馬車で行くなら半日、馬ならば、一時間程度で到着するのだという。
王都のダンジョンと聞いていたので、てっきり王都内にあるものかと思っていたのだが、考えてみれば、王都内にあったら恐ろしいものである。
以前、聞いた話では、他国ではダンジョンから魔物が溢れて来たことがあったと聞いた。
他にも、毒煙が蔓延したことがあったという。
危機管理の面からしたら、王都内にあるのは、確かに危険過ぎる。
王都への途中に砦があるというのも、もしもの時の備えということなのだろう。
因みに天塔迷宮の廻りには、街があって、宿泊所や武器屋、道具屋、薬屋、食事処等が、それぞれに区画分けされて、あるのだそうだ。
ちょっとした都市である。
俺達は二人が戻って来た後、マーレに王都内の名所を幾つか案内してもらった。
それにしても、意外と冒険者が多い。
マーレに聞くと、彼女は、はにかんで頬を赤く染めつつ、教えてくれた。
実は、これには理由があった。
俺達が入塔する直近の一週間前は、騎士団が訓練を兼ねて、ダンジョン内の魔物を討伐している期間であり、この期間内は、冒険者はダンジョンには入れないのだ。そんな理由もあって、今は王都に冒険者が多いのである。
ジルフリード様から、ダンジョンには一週間後に入ってくれとの発言があったが、この討伐があったからなのだろう。
騎士団が討伐した一週間後は、ダンジョンには魔物が少ない状況となる。
そうなると、下層へいくのが容易になってくる。
まあ、ダンジョンは常に魔物を生成しているので、少しの間ではある。
ジルフリード様としては、俺達の負担が軽減されるようにと、出立日を直後と言ってくれたのだろう。
そう言えば、成功が結果とならなければ、ならないと言われた記憶がある。
けれど、そうであるならば、俺達よりも適した者が行った方が良いのではないだろうか、『銀翼』に頼めば成功の確率が高いはず。
まあ、俺達自身のことではあるのだけれど…。
でも、成功を望むのであれば、他の冒険者に依頼するのが上策なはずだ。
そんなことを考えている俺を余所に、みんなは、初めての王都で燥いでいた。
気がつくと、久方ぶりに評価ポイントをいただいておりました。
本当にありがとうございます。
嬉しくて、更新する力が湧いてきて、文章が多めになってしまいました。




