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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第三章 天塔迷宮(トゥルス・ダンジョン) Ⅰ
83/130

83 王都・エーベル

 王都の専用門から続く、馬車の長い列。

 御者台で、ウトウトしていたオルガだったが、ジルの叫び声で眠気も吹っ飛び、完全に意識を取り戻していた。

 彼女は手綱を操作し、馬車を少しだけ進ませた。

 守衛に受付をすませて審査を待つ。


 王都の門に辿り着くまでは時間がかかったが、入場の審査は簡単なものであった。

 というのも、ランドルの身元がしっかりしていたし、カルも公爵家の人間として通ったからである。


 ウイン・エーベル王国の王都である『エーベル』。

 ジルセンセ曰く、もともとは、王国名もエーベルといい、王都名と同じであったそうだ。

 300年前の魔人族との大戦と、勇者パーティーが魔王に勝利したことを後世に記すため、王国名に『ウイン』という名称が付け加えられたのだという。


 300年前の大戦での人族の犠牲は、すさまじく、主だった4種族(エルフ族、獣人族、ドワーフ族、人間族)の軍は、ほぼ壊滅したと言い伝えられている。


 馬車の中で、ジルがカルに熱く語っていた話しなのであるが、そんな昔の息苦しい話しとは対照的に、王都・エーベルは華やかであった。


 路面は人々が往来する道と、馬車用の道に分けられており、幅員も十分にある。

 路面に沿って3階建ての建物が立ち並び、区画も整理されていた。


 王都は、領都『エンデル』以上に多くの人々が行き交い、服装も立派なものであった。


「ねえ。クミア、もう一着、服買おうか? 公爵邸に行くんだし」

「おい、お前、ふざけるな! そもそも、その格好で公爵家を出発したんだろ」

 ジルはエスティルには容赦ない。

 …喧嘩になると、負けるのだが。


「カルはどう思う?」

「あ、いや、到着したら直に公爵邸に行かないとまずいよ」

 ジルは自分の発言をスルーされて、不満であったがカルの返答に満足していた。

「……カルって、意表を突かれると、『あ、いや』っていうわよね。ふふっ」

「そ、そう? 自分では気づかないけど」

「よくあるんですか? それ?」

「あったの」

 クミアの質問に、エスティルは特に説明もせず、一言だけ返した。

 当然、ジルは知っている。

 思いだして笑っていた。


「このまま、公爵邸に行くんだろうから、馬車で送るよ。貴族の屋敷は、もう一つ門を通らないといけないし、まだ距離もあるから」

 ランドルはここまできたら、もう、公爵邸の前まで送り届けるつもりである。

 護衛されている者が、護衛している者を送り届けるといった、よくわからない事になっているのだが、これにはランドル側にも理由があった。

 これからエンデルで商売を行うにあたって、領地を治める公爵家と良好な関係が構築できていると、父親にアピールをしたかったのである。そのためには、公爵邸に寄ったという既成事実が欲しかった。


 公爵邸に行くには、あと一つ門を通らなければならない。

 なぜなら、王都自体は、三つの擁壁の囲いからなっており、貴族の別邸等が立ち並ぶ貴族専用地域は、内側から数えて、一つ目と二つ目の擁壁の間にあるからである。


「ちょっと、美味しいお店の話はどうなったのよ」

 エスティルは忘れていない。

「そ、それは、今度、エスティル様に、ご招待状をお送りいたしますので、今日のところは、ご、ご容赦を、を、」

 バスが緊張しまくっている。

 店の目途が立っていないからだ。


「確かに、夕飯まで時間あるわね。今は食べられないわ。うん、わかったわ」

 バスは、エスティルの言葉を聞いて胸を撫でおろす。

「寛大なお言葉に感謝いたします」

 バスの言葉を聞いて、ジルが口を挟んで来た。

「言っておくけど、此奴は貴族でもなんでもないからな。そんな丁寧な言葉いらないぞ」

 

 …もとはと言えば、ジルセンセのせいで、ランドル側は御馳走する羽目になったのに、他人事のように話す姿は、大したものである。

 カルは感心していた。


 俺達は第二の門を抜けて、公爵邸の前迄やってきた。

 公爵邸の守衛は、馬車を見て驚いていた。

 恐らくは、『二の森の地中の主』の魔力コーティングに気付いたのであろう。

 公爵邸の守衛ともなると、魔力量を推し量れる者でなくては、ならないのだろうか。


 突然の訪問にも拘わらず、守衛は屋敷の方に取り次いでくれた。

 勿論、公爵家の家紋のある剣と、エスティルが持っていた手紙を渡したからだろう。


 暫くすると、執事と衛兵がやって来て、屋敷内へと案内してくれた。

 そういえば、ジルフリード様からは王都の公爵邸に行くだけでいいから、到着すれば、分かるようにしておく、と言われただけであって、俺らは誰に会うのかさえ、教えてもらっていない。


 俺らは待合室へと通された。

 執事の方に、お会いする予定の方はすぐに戻って来ますので、ここで待つようにと告げられた。

 そのため、俺達は言われた通り、この部屋で待つことにした。

 退出した執事の足音が遠のいていくと…。


「何で、お前達ついてくるんだ?」

「挨拶をさせろよ! 俺はこれから、親父に強制独立させられて、エンデルで商売するんだから、エンデルのご領主の関係者には、なるべく、会いたいんだよ。頼むよ。ジル」

 ジルの冷たい言葉に、ランドルは怒ることなく、答えた。


「ジルセンセと呼んでくれっ」

 今、この世界でジルセンセと呼ぶ者は二人しかいない。

 俺とマーレである。

 ジルセンセは、相手が下出に出てきている、このタイミングで三人目をゲットしようとしている。

 …チョット、姑息なやり口ではある。…本人には絶対言わないけど。

 

「ジルセンセ、頼むよう」

「仕方ないなぁ」

「あ、ありがとう」

 ジルセンセは、案外、チョロいのである。

 バスは、お坊ちゃん育ちのランドルが、すぐに相手の言う事を受け入れたことに驚いていた。


 俺も驚いていた。

 確か、感情の起伏が激しかったはずである。

 このところ、ショックな事があり過ぎて、いろいろと考えてはいたようだが。

 もしかしたら、商人としての自覚が出来てきたのかも知れない。


 いや、今の彼は、命は狙われているわ、商売の準備はあるわ、ハークスレイ家を守らなければならないわで、やることが多くて、呼び方なんて気にしていられないだけなのだろう。


 一度はそう思ったものの、カルは、ランドルは少しずつではあるが、成長しているのだと思い直した。

 

 扉がノックされた。

 侍女が飲み物を運んできたのである。


 俺らは侍女を見て驚いた。

 飲み物を運んできたのは、エンデルにいるはずの マーレ だったのである。

 メイド服を着たマーレは、優しく微笑み、軽くお辞儀をすると、紅茶を淹れてくれた。


「ど、どういうこと? マーレちゃん、俺様達よりも早く着いているなんて!」

「そ、それは…私の方からは何も申せません。すぐに、戻られると思いますので、その時に、ご質問をなさってください。ジルセンセも、皆さんも、ご無事でなによりです。良かったです」

 そう言いながらも、彼女の目は特定の人を見つめていた。


 ランドルは、カル以外にもジルセンセと呼ぶ者がいたので、ジルはひょっとして、何かの先生なのでは、と勘違いをし始めていた。

 実際は、ジルは何の先生でもなく、ただ、ただ、威張りたいだけで呼ばせているのだ。

 そのことを知っているエスティルは、絶対に呼ばない。

 因みに、クミアはジルさんと呼んでいる。


「ありがとうね。マーレちゃん。こっちの小太りの二人は別にして、残りの五人が『女神の祝福』で、二人が新しいメンバーよ」


 その言葉に、強く反応した者がいた。

 ジルセンセである。

 要は、シャルティエットの時と同じである。

 エスティルしか守ろうとしない仲間は、自分にとっては仲間じゃないので、『女神の祝福』のメンバーとしては認めないということである。

 前回、俺も、ジルセンセの言う事は最もだと思い、その意見に賛成していた。


 だが、エスティルは回答を用意していた。

 もう、従者が自分を守る必要はないという。

 もっと言うと、皆、お互いに仲間を守る必要性がないという。

 なので、二人を加入させても、問題はないのだと。


 ジルセンセが、意味が分からないと食って掛かると、彼女は軽快に説明をしだした。

 ここにいる全員が、半年の間は、物理攻撃、魔法攻撃を無効化できる指輪を持っているのだから、従者の二人は私を守る必要もないのよ。

 エスティルの『してやったり顔』を見て、ジルセンセは、むむむむむっ、と唸っている。


 …なるほど。 

 エスティルは、ジルセンセがまた同じことを言ってくるだろうと思って、あの時、強気で『二の森の地中の主』に交渉していたのか。

 結果、完全防御が出来るリングを手に入れることが出来た。

 

 カルは感心していた。


「ということで、この二人もメンバーなの。よろしくね。マーレちゃん」

「は、はい。あ、あの、マーレとお呼びください」

 得意げに話すエスティルに対して、子供扱いされているようで嫌なのであろう、マーレは『ちゃん』を付けないで欲しい旨を遠慮がちに伝えてきた。


 紅茶を淹れ終え、マーレが退出しようとすると、扉がノックされ、見知った顔が入ってきた。今度はエレンである。

「何であんたが、ここにいるのよ!」

 機嫌の悪くなったエスティルを見ても、エレンは余裕の表情である。というよりも、笑顔である。

「それはぁ、今から会う人に聞いてぇ」

「それ、さっき聞いたわよ。…はい、はい、もう、いいから出てって」

 エスティルは、ソッポを向きながら、犬を追い払うかのように手を動かしている。

「何よぉ、私はカルに会いに来たんだからぁ。あら、クォーターさんもいらっしゃるのねぇ」

 クォーターというのは、多分、ルバートのことであろう。

 ルバート自身も自分の事だと分かって怒っているのだろう。…左腕が異様に熱い。

 廻りの者に自分の存在を知られたくないので、敢えて、ここは無言を通し、我慢しているに違いない。


「カルゥ。あの後、洞窟の時のことを思い返してみたの~、あの時、夫と娘とで水辺で遊ぶって、こんな感じなのかな…なぁんて、思っちゃったりして」

 エレンは横目で、エスティルを見ている。

 エスティルを揶揄っているのは、明らかである。


 俺らにしてみれば、あの時、…洞窟の中で泉を見つけた時は、ボロボロのヘトヘトだったのだ。衣服や体の汚れも酷く、余裕なんて全くなかった。そもそも、何が夫だ、娘だ。全く。


 カルがらみの冗談は、NGだと思っているクミアはドン引きしている。


 すぐさま、言い返したのは、エスティルではなく、マーレであった。

「私はそんなに小さくありません! カル様と、そんなに歳は離れていないんです!」

 そう言いきった直後に、マーレは我に返ると、真っ赤になって、すぐさま、退出してしまった。


 エスティルを揶揄おうと思っていたエレンだが、マーレに怒られてしまい、呆気にとられている。

 エスティルも、彼女が、なぜ、怒ったのか分からなく、キョトンとしていた。

 

「そうだぁ。あ、あたし、おトイレの次いでに寄ったけだから、ここで失礼するね。待ってよぉ~、マーレちゃーん」


 「ちゃん」付けで呼んだので、恐らくは、また訂正されているだろう。

 その内に嫌われるんじゃ、ないだろうか。


 それはそれとして、クミアは、見慣れないお菓子が出てきたので、喜んで、頬張っている。

 

 一方で、ランドル達は落ち着かないようだ。

 王都の公爵邸に居るだけでも緊張するのに、これから挨拶をするからだろう。

 彼らが誤解するといけないので、一応、エレンは公爵家とは無関係であることは、俺から伝えておいた。

 

 暫くすると、またマーレがやってきた。

 まずは、さっき、エレンに言い返した時の態度を謝罪してきた。

 

 マーレは、準備が整ったとのことで、応接室へと案内しにきたのだ。

 彼女は、さっきのことを、少し恥じているようで、余所余所しい。


 俺的には、5歳に子供返りをしていた時のイメージが強いので、あの時のように頻繁に目を合わせてくれて、笑顔を見せてくれる方が嬉しいのだが。


 部屋に通されると、さっきの部屋とは打って変わって、豪華な部屋である。

 なるほど、ここが応接室なのだ。

 突然やってきて、想定していた人数と違うのだ。待たされても仕方がない。

 

 マーレが、恥ずかしそうに退出しようとすると、丁度、入れ違いで、令息ジルフリードと、その妹のフレデリカが入室してきた。

 お付きはダルクとスコットである。


 次から次へと、入ってくるので、俺達は困惑していた。

 そして、最後に入ってきたのは、『銀の翼』のリーダー、パルーであった。

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