83 王都・エーベル
王都の専用門から続く、馬車の長い列。
御者台で、ウトウトしていたオルガだったが、ジルの叫び声で眠気も吹っ飛び、完全に意識を取り戻していた。
彼女は手綱を操作し、馬車を少しだけ進ませた。
守衛に受付をすませて審査を待つ。
王都の門に辿り着くまでは時間がかかったが、入場の審査は簡単なものであった。
というのも、ランドルの身元がしっかりしていたし、カルも公爵家の人間として通ったからである。
ウイン・エーベル王国の王都である『エーベル』。
ジルセンセ曰く、もともとは、王国名もエーベルといい、王都名と同じであったそうだ。
300年前の魔人族との大戦と、勇者パーティーが魔王に勝利したことを後世に記すため、王国名に『ウイン』という名称が付け加えられたのだという。
300年前の大戦での人族の犠牲は、すさまじく、主だった4種族(エルフ族、獣人族、ドワーフ族、人間族)の軍は、ほぼ壊滅したと言い伝えられている。
馬車の中で、ジルがカルに熱く語っていた話しなのであるが、そんな昔の息苦しい話しとは対照的に、王都・エーベルは華やかであった。
路面は人々が往来する道と、馬車用の道に分けられており、幅員も十分にある。
路面に沿って3階建ての建物が立ち並び、区画も整理されていた。
王都は、領都『エンデル』以上に多くの人々が行き交い、服装も立派なものであった。
「ねえ。クミア、もう一着、服買おうか? 公爵邸に行くんだし」
「おい、お前、ふざけるな! そもそも、その格好で公爵家を出発したんだろ」
ジルはエスティルには容赦ない。
…喧嘩になると、負けるのだが。
「カルはどう思う?」
「あ、いや、到着したら直に公爵邸に行かないとまずいよ」
ジルは自分の発言をスルーされて、不満であったがカルの返答に満足していた。
「……カルって、意表を突かれると、『あ、いや』っていうわよね。ふふっ」
「そ、そう? 自分では気づかないけど」
「よくあるんですか? それ?」
「あったの」
クミアの質問に、エスティルは特に説明もせず、一言だけ返した。
当然、ジルは知っている。
思いだして笑っていた。
「このまま、公爵邸に行くんだろうから、馬車で送るよ。貴族の屋敷は、もう一つ門を通らないといけないし、まだ距離もあるから」
ランドルはここまできたら、もう、公爵邸の前まで送り届けるつもりである。
護衛されている者が、護衛している者を送り届けるといった、よくわからない事になっているのだが、これにはランドル側にも理由があった。
これからエンデルで商売を行うにあたって、領地を治める公爵家と良好な関係が構築できていると、父親にアピールをしたかったのである。そのためには、公爵邸に寄ったという既成事実が欲しかった。
公爵邸に行くには、あと一つ門を通らなければならない。
なぜなら、王都自体は、三つの擁壁の囲いからなっており、貴族の別邸等が立ち並ぶ貴族専用地域は、内側から数えて、一つ目と二つ目の擁壁の間にあるからである。
「ちょっと、美味しいお店の話はどうなったのよ」
エスティルは忘れていない。
「そ、それは、今度、エスティル様に、ご招待状をお送りいたしますので、今日のところは、ご、ご容赦を、を、」
バスが緊張しまくっている。
店の目途が立っていないからだ。
「確かに、夕飯まで時間あるわね。今は食べられないわ。うん、わかったわ」
バスは、エスティルの言葉を聞いて胸を撫でおろす。
「寛大なお言葉に感謝いたします」
バスの言葉を聞いて、ジルが口を挟んで来た。
「言っておくけど、此奴は貴族でもなんでもないからな。そんな丁寧な言葉いらないぞ」
…もとはと言えば、ジルセンセのせいで、ランドル側は御馳走する羽目になったのに、他人事のように話す姿は、大したものである。
カルは感心していた。
俺達は第二の門を抜けて、公爵邸の前迄やってきた。
公爵邸の守衛は、馬車を見て驚いていた。
恐らくは、『二の森の地中の主』の魔力コーティングに気付いたのであろう。
公爵邸の守衛ともなると、魔力量を推し量れる者でなくては、ならないのだろうか。
突然の訪問にも拘わらず、守衛は屋敷の方に取り次いでくれた。
勿論、公爵家の家紋のある剣と、エスティルが持っていた手紙を渡したからだろう。
暫くすると、執事と衛兵がやって来て、屋敷内へと案内してくれた。
そういえば、ジルフリード様からは王都の公爵邸に行くだけでいいから、到着すれば、分かるようにしておく、と言われただけであって、俺らは誰に会うのかさえ、教えてもらっていない。
俺らは待合室へと通された。
執事の方に、お会いする予定の方はすぐに戻って来ますので、ここで待つようにと告げられた。
そのため、俺達は言われた通り、この部屋で待つことにした。
退出した執事の足音が遠のいていくと…。
「何で、お前達ついてくるんだ?」
「挨拶をさせろよ! 俺はこれから、親父に強制独立させられて、エンデルで商売するんだから、エンデルのご領主の関係者には、なるべく、会いたいんだよ。頼むよ。ジル」
ジルの冷たい言葉に、ランドルは怒ることなく、答えた。
「ジルセンセと呼んでくれっ」
今、この世界でジルセンセと呼ぶ者は二人しかいない。
俺とマーレである。
ジルセンセは、相手が下出に出てきている、このタイミングで三人目をゲットしようとしている。
…チョット、姑息なやり口ではある。…本人には絶対言わないけど。
「ジルセンセ、頼むよう」
「仕方ないなぁ」
「あ、ありがとう」
ジルセンセは、案外、チョロいのである。
バスは、お坊ちゃん育ちのランドルが、すぐに相手の言う事を受け入れたことに驚いていた。
俺も驚いていた。
確か、感情の起伏が激しかったはずである。
このところ、ショックな事があり過ぎて、いろいろと考えてはいたようだが。
もしかしたら、商人としての自覚が出来てきたのかも知れない。
いや、今の彼は、命は狙われているわ、商売の準備はあるわ、ハークスレイ家を守らなければならないわで、やることが多くて、呼び方なんて気にしていられないだけなのだろう。
一度はそう思ったものの、カルは、ランドルは少しずつではあるが、成長しているのだと思い直した。
扉がノックされた。
侍女が飲み物を運んできたのである。
俺らは侍女を見て驚いた。
飲み物を運んできたのは、エンデルにいるはずの マーレ だったのである。
メイド服を着たマーレは、優しく微笑み、軽くお辞儀をすると、紅茶を淹れてくれた。
「ど、どういうこと? マーレちゃん、俺様達よりも早く着いているなんて!」
「そ、それは…私の方からは何も申せません。すぐに、戻られると思いますので、その時に、ご質問をなさってください。ジルセンセも、皆さんも、ご無事でなによりです。良かったです」
そう言いながらも、彼女の目は特定の人を見つめていた。
ランドルは、カル以外にもジルセンセと呼ぶ者がいたので、ジルはひょっとして、何かの先生なのでは、と勘違いをし始めていた。
実際は、ジルは何の先生でもなく、ただ、ただ、威張りたいだけで呼ばせているのだ。
そのことを知っているエスティルは、絶対に呼ばない。
因みに、クミアはジルさんと呼んでいる。
「ありがとうね。マーレちゃん。こっちの小太りの二人は別にして、残りの五人が『女神の祝福』で、二人が新しいメンバーよ」
その言葉に、強く反応した者がいた。
ジルセンセである。
要は、シャルティエットの時と同じである。
エスティルしか守ろうとしない仲間は、自分にとっては仲間じゃないので、『女神の祝福』のメンバーとしては認めないということである。
前回、俺も、ジルセンセの言う事は最もだと思い、その意見に賛成していた。
だが、エスティルは回答を用意していた。
もう、従者が自分を守る必要はないという。
もっと言うと、皆、お互いに仲間を守る必要性がないという。
なので、二人を加入させても、問題はないのだと。
ジルセンセが、意味が分からないと食って掛かると、彼女は軽快に説明をしだした。
ここにいる全員が、半年の間は、物理攻撃、魔法攻撃を無効化できる指輪を持っているのだから、従者の二人は私を守る必要もないのよ。
エスティルの『してやったり顔』を見て、ジルセンセは、むむむむむっ、と唸っている。
…なるほど。
エスティルは、ジルセンセがまた同じことを言ってくるだろうと思って、あの時、強気で『二の森の地中の主』に交渉していたのか。
結果、完全防御が出来るリングを手に入れることが出来た。
カルは感心していた。
「ということで、この二人もメンバーなの。よろしくね。マーレちゃん」
「は、はい。あ、あの、マーレとお呼びください」
得意げに話すエスティルに対して、子供扱いされているようで嫌なのであろう、マーレは『ちゃん』を付けないで欲しい旨を遠慮がちに伝えてきた。
紅茶を淹れ終え、マーレが退出しようとすると、扉がノックされ、見知った顔が入ってきた。今度はエレンである。
「何であんたが、ここにいるのよ!」
機嫌の悪くなったエスティルを見ても、エレンは余裕の表情である。というよりも、笑顔である。
「それはぁ、今から会う人に聞いてぇ」
「それ、さっき聞いたわよ。…はい、はい、もう、いいから出てって」
エスティルは、ソッポを向きながら、犬を追い払うかのように手を動かしている。
「何よぉ、私はカルに会いに来たんだからぁ。あら、クォーターさんもいらっしゃるのねぇ」
クォーターというのは、多分、ルバートのことであろう。
ルバート自身も自分の事だと分かって怒っているのだろう。…左腕が異様に熱い。
廻りの者に自分の存在を知られたくないので、敢えて、ここは無言を通し、我慢しているに違いない。
「カルゥ。あの後、洞窟の時のことを思い返してみたの~、あの時、夫と娘とで水辺で遊ぶって、こんな感じなのかな…なぁんて、思っちゃったりして」
エレンは横目で、エスティルを見ている。
エスティルを揶揄っているのは、明らかである。
俺らにしてみれば、あの時、…洞窟の中で泉を見つけた時は、ボロボロのヘトヘトだったのだ。衣服や体の汚れも酷く、余裕なんて全くなかった。そもそも、何が夫だ、娘だ。全く。
カルがらみの冗談は、NGだと思っているクミアはドン引きしている。
すぐさま、言い返したのは、エスティルではなく、マーレであった。
「私はそんなに小さくありません! カル様と、そんなに歳は離れていないんです!」
そう言いきった直後に、マーレは我に返ると、真っ赤になって、すぐさま、退出してしまった。
エスティルを揶揄おうと思っていたエレンだが、マーレに怒られてしまい、呆気にとられている。
エスティルも、彼女が、なぜ、怒ったのか分からなく、キョトンとしていた。
「そうだぁ。あ、あたし、おトイレの次いでに寄ったけだから、ここで失礼するね。待ってよぉ~、マーレちゃーん」
「ちゃん」付けで呼んだので、恐らくは、また訂正されているだろう。
その内に嫌われるんじゃ、ないだろうか。
それはそれとして、クミアは、見慣れないお菓子が出てきたので、喜んで、頬張っている。
一方で、ランドル達は落ち着かないようだ。
王都の公爵邸に居るだけでも緊張するのに、これから挨拶をするからだろう。
彼らが誤解するといけないので、一応、エレンは公爵家とは無関係であることは、俺から伝えておいた。
暫くすると、またマーレがやってきた。
まずは、さっき、エレンに言い返した時の態度を謝罪してきた。
マーレは、準備が整ったとのことで、応接室へと案内しにきたのだ。
彼女は、さっきのことを、少し恥じているようで、余所余所しい。
俺的には、5歳に子供返りをしていた時のイメージが強いので、あの時のように頻繁に目を合わせてくれて、笑顔を見せてくれる方が嬉しいのだが。
部屋に通されると、さっきの部屋とは打って変わって、豪華な部屋である。
なるほど、ここが応接室なのだ。
突然やってきて、想定していた人数と違うのだ。待たされても仕方がない。
マーレが、恥ずかしそうに退出しようとすると、丁度、入れ違いで、令息ジルフリードと、その妹のフレデリカが入室してきた。
お付きはダルクとスコットである。
次から次へと、入ってくるので、俺達は困惑していた。
そして、最後に入ってきたのは、『銀の翼』のリーダー、パルーであった。




