82 クミアの笑顔
エスティルが、ジルをイジッテいる。
「ま~ったく、何が、『俺様キャラだから、図太く聞いてきてやる』よ。カルを連れて行ったかと思ったら、執事キャラで、あの丁寧な言葉使い。子芝居なんか始めちゃって! 最初、吹き出しそうになったわよ」
「う、煩い! 最初は一人で行くつもりだったんだが、カルにも付いて来て欲しくて…それで、あそこにいったら、ああなっちゃったんだ」
「ふーん。面白いのねぇ。ジルセンセの頭の中ってぇ」
最後のフレーズで、ジルセンセの目がやばい。
「エスティル、もうその辺で、終わりに…」
「カル~、うううっ」
「何か、前よりも、泣くの早くなってきてないですか?」
「あいつの目って、ジワジワと俺様の心を削るんだよ」
「…何よ。それ」
「まあ。まあ」
こういう時、従者たちは見ざる、言わざる、聞かざるを通す。
要は、何の関与もしてこないのだ。
「あっ、見て、見て、カル! 何か建物が見えて来たわ! あれが王都ね」
エスティルは、目に入ってきた建物を見て、燥ぎだした。
ジルの泣き言など、関係なしである。
彼女も、当然、初めての王都なのである。
「王都に着いたら、まずは王都の公爵邸に行くのよね」
「そういうことだけど、この剣だけで、本当に中に入れて貰えるのかな」
「一応、私が手紙を預かっているから大丈夫よ」
「そうなの?」
「そうなの」
「…何それ、おうむ返し、しなくていいよ」
「ふふ」
少し、彼女は、浮かれているのである。
エスティルが見ていたのは、王都の擁壁である。
擁壁とともに、入場しようとしている者達の列も見えてきていた。
それとは別に馬車が列をなしている。
「あの長い列。そうとう待つことになりそうだな。今日中に入場できるのかな」
カルは不安そうである。
「受付官に受付して貰えれば、閉館時間が過ぎても入れて貰えるよ」
ランドルが、当然のように言う。
話し方からして、多分、もの凄く待たされるのだろうと推測できる。
フェルビーが桶と『水の魔石』を持っていった。
恐らくは、馬に水をあげるためだろう。
因みに魔石は主にダンジョン内で、魔物を倒した際に採取される。採取された魔石をドワーフが磨き、エルフが魔力加工して、初めて、一般の人達が生活で使うことができる魔石となるのである。
使い方は、水の魔石に魔力を注げば、水になるし、火も同様である。
因みに光の魔石は少々高くて、一般の人達は使うことはない。
使うのは主に貴族である。
その他はダンジョン内で、騎士団や冒険者らが使うぐらいなのである。
擁壁から続くこの渋滞。長蛇の列。
俺達よりも、馬の方にストレスが溜まるのではないだろうか。
手綱をもつ、オルガは、全くストレスはなさそうだ。
なぜなら、何度となく、欠伸しているのが聞こえてくるから。
エスティルも、さっき迄は、燥いでいたが、もう何か詰まらなそうである。
ジルセンセは、自分の耳をお手入れしながら、何気に突然喋り始めた。
「時たま、クミアがお姉ちゃんって呼んでいるってことは、お前って、それ以上の年齢ってことだよな」
「な、何よ。女性に年齢を聞いてくるなんて! ましてや、エルフの女子に年齢聞くなんて、あんた、非常識にも程があるわよ」
「えっ」
ジルは以前にも、良く考えもせずに発した言葉で、女性陣から反発を喰らった経験がある。彼はそれを思い出し、この時点で焦り始めた。
「エルフ同士だって、そんなに年齢は聞かないのよ。聞くと、上だと思っていたら、下だったりするんだから。…結構面倒なのよ。あのソリアだって、『お姉さま』とか呼んでくるけれど、私よりも、ずっと上かもしれないし! 年齢上だったり、下だったりするのって、エルフ女子の『あるある』よ」
「あるある?」
カルが聞きかえす。
「ありがちってこと! これって転生者用語じゃない。カル知らないの?」
エスティルは、ここだけ、ランドルらには聞こえないように小声で話す。
会話そのものからは、カルが転生者であることが、知られてしまうことはないのだが、エスティルは、一度失敗をしたことがあるので、この点については用心しているのだ。
「あ、いや、知っている。聞いたことある。まさかこんなところで聞かされるとは」
カルも小声で返す。
因みにカルは、転生者用語と以前、ジルセンセが言っていた冒険者用語の違いが、全くわからない。
「あ、もう、チョット! カルは、この話に入ってこないでよ!」
「え、ああ」
エスティルが、急に機嫌が悪い声をだしたので、察知したカルは会話からフェイドアウトし始めた。
ジルは必死に考えている。
なぜなら、カルがこの会話から抜けると、この先、自分が集中砲火を受ける展開となるのが、目に見えているからだ。
「そうだーーーー! ランドル、王都に着いたら美味しいお店に連れていってくれ、お前が一番おいしいと思う店だ! みんなで食べよう、行こう、是非行こう!!」
ジルの早口、かつ大きな声に対して、ランドルは平然と、「わかったよ」と一言だけ返した。ランドルはお坊ちゃん育ちなので、これまで、人間関係で攻撃を受ける経験がなかったことから、理解が及んでいなかった。
一方で、いきなり、バトンを渡されたことを秘書のバスは理解して焦った。
ジルは、突然、話を変えることによって、エスティルの怒りの矛先を回避すると同時に、ランドルを責任ある立場へと押し上げたのである。
バスは、主であるランドルが、彼女に命令されたら断れないことを知っている。
なので、店に行くことはこの時点で確定である。
ということは、料理の味が、口にあわなかったら、攻撃されるのは自分となるのだ。
たった今から、バスはエスティルの好みを探らなければならなくなったということだ。
焦るバスを余所に、エスティル自身は、美味しい物と聞いて、一気に機嫌が直ってしまっている。
けれども、ふとみると、クミアの表情は暗かった…。
そんなクミアに、エスティルも気が付いたようだ。
何を思ったのか、エスティルはクミアを馬車から強引に連れ出してしまった。
無理やり、引っ張りだすと、意外と足が動くものである。
それだけ、足も回復してきた証拠でもある。
いきなりの行動で、みんなは呆気に取られた。
馬車の列から、少し離れたところで、二人は斜面に並んで座った。
手元の芝が、風に撫でられて、優しく揺れている。
「動かない馬車の中にいるって、ストレスよね~」
エスティルは両手で伸びを始めた。
「お、お姉ちゃん、どうしたの、いきなり」
「無理して、お姉ちゃんって呼ばなくてもいいわよ」
「あっ、年齢…」
「そうよぉ。年上、年上って呼ばれているみたいだから、エスティルでいいわ」
「そ、そんな、呼び捨てなんて」
流石に、クミアには抵抗があった。
「ジルなんて、私の事、『お前、あいつ』呼ばわりよ」
「そうですね。あれはどうかと」
「嬉しいんだけどね。ジルも、本音で接してくれている。…私の心を支えてくれている一人だから」
「えっ」
「ううん。なんでもない」
エスティルは、思わず口をついて出て来た自身の言葉に照れていた。
「因みに、カルさんには何て呼ばれたいんですかぁ?」
「別に、今のままで、名前でいいわよ」
「『お前』は?」
「うーん。それなら、名前の方がいいかな」
「じゃあ、何て呼びたいんですか?」
「別に今迄どおりで、カル。…あっ、カルアイヤ、とかカルミュースってこと?」
「何ですそれ??? そうじゃなくてぇ。『あ・な・た』って呼びたいのかなって」
「ふぇっ、『あなた』って、……それ」
エスティルは、分かりやすく真っ赤になって、硬直している。
それを見たクミアは大爆笑である。
「こ、この、妹分の分際で!!」
「わあっ、ごめんなさーーーい」
ジルとバスは、彼女らが楽しく、じゃれ合っている姿を目にして安堵していた。
二人は顔を見合わせて、思わず一言でてしまった。
「「 良かった~、機嫌、直ってる~ 」」
「充分笑顔、つくれるじゃないの」
「下ばかり、向いている自分は、自分でも好きじゃないし。事実は事実で受け止めないと、いけないと思うし」
クミアは下から覗き込むように、エスティルを見ている。
案外、前向きな言葉がでてくる。
エスティルは、家族全員を失った上に、婚約者まで自分から離れていってしまったクミアを、なんとか、元気つけられないかと思って、突発的な行動をとったのだ。
クミアも子供ではない。
人の死や離れていくことは、辛いものである。
けれども、彼女が事実を受け止められていることに、エスティルは安心していた。
「………もう、前を向けているんだね。…魔法は色々と便利だけど、幸せになれる魔法なんてないから、幸せになれるように前を向いてないとね」
クミアは黙って頷いている。
少し、瞳が潤んではいるものの、笑顔である。
そこへ、二人に物凄く大きな声が飛んできた。
大き過ぎて、誰の声なのかが、いまいち、わからない。
「おーーーーい、お前らーー! 馬車は進んでいるんだからなーーーー」
「『お前』…あれ、ジルだね」
「ですね」
渋滞の中、一行の馬車は王都の門を通過した。
次回から第三章が始まります。
『王都への旅路』が思いの他、長くなってしまいました。。。
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