81 故郷 ~ヌクリ村の家族~
誰しも、生まれ育った故郷というものがある。
そこには、家族がいて、親族がいて、友人、知人がいる。
ふと、思いでを掘り起こすと、故郷の人達に会いたいと思う日がくるもの。
けれども、誰しもが笑顔で戻れるとは限らない。
「す、すみません! ほんの少しの間だけ、この先のヌクリ村に寄って欲しいです」
突然、話し出したクミアにエスティルは、驚きはしたものの、リグルスが頭を下げていることもあり、問題ないわと承諾した。
「御者さん、ヌクリ村へ向かってください。村はすぐに見えてきます」
クミアの申し訳なさそうな声を聞いて、ランドルの怒りは鎮火した。
ランドルとしては、そもそも、御者ではないし、この馬車自体、自分の物である。
さらには、時々、自分が雇われているような扱いを受けていたことから、何度も、怒りの沸点に達していた。だが、彼女の真剣な目を見て、その怒りが一瞬にして吹き飛んでしまった。
それは、彼女の瞳が深い悲しみで、満たされていたからであった。
ランドルは、怒りの感情を気取られないように、すぐに取り繕い、快く、返事をした。
実は、ランドルは根がいい人間なのである。
村に入ってきた馬車を見て、村人は不審の表情を浮かべていた。
この村は、王都から近いのだ。
そのため、馬車の停留所もない。
大概の馬車はヌクリ村に寄ることなく、そのまま王都へと向かう。
別に寄る必要のない村なのだ。
この時点になって、クミアが、この村には自分の生家があるのだと話しだした。
二年以上も空けていた自分の家が、今どうなっているのか、どうしても知りたいのだという。
もともと、数年前にクミアら家族が、ムリアズ男爵領へと出向いたのは、彼女の婚約者を祖父母らに紹介するためであった。
クミアと婚約者であるトニーは、ムリアズ領への移住を考えていた。
勿論、クミアの両親を含めてである。
密かに、妻からその話を聞いていた祖父であるリグルスにとっては、望外の喜びであった。
だが、この移住計画には、移住をせざるをえない理由があったのだ。
クミアとトニーとは相思相愛の中であったのだが、村長の娘であるスージーが、トニーに心を寄せており、どうしても、諦めきれなかったのである。
スージーは二人の婚約後も、何かとトニーにモーションをかけ続けていた。
トニーも、相手が村長の娘なので、無下には扱えないこともあって、しかたなく、二人で出した解決策が、村を出ることであったのだ。
このような経緯もあり、まずは男爵領をみんなで下見にいこう。
であれば、ついでに、これからお世話になる、お世話をする祖父母らにも挨拶をしておこうということになったのである。
そして、事件が起こった。
事件当日。
祖父母の家に到着した後、クミアとトニーの二人は、調味料がないことに気付き、買い物をしに出掛けた。二人は散歩がてら、町中を楽しく練り歩いた後に戻ってみると、彼女の祖母と両親が腹部を切り裂かれ、惨殺されていた……。
彼女自身は、そこから明確な記憶がない。
彼女が思うに。
恐らくは、トニーが警護団を呼んでくれたのだと思う。
その後、彼がどうなったのかは分からない。
クミアは気が付くと、あの屋敷の地下で、知らない人達とともに監禁されて、魔力を奪われ続けていた。動かなくなった者は、あの領主によって順々に、腹部を切り裂かれて殺されていった。
救出された時、トニーはあの場にはいなかった。
自分と同じように監禁されていて、二年の間に殺されてしまったのだろうか
それとも、無事で村に戻っているのだろうか
クミアは自身の肉体と精神が復調してきた今、事実を知りたいという衝動に駆られていたのであった。
彼女は自分の足で、何とか馬車を降りた。
覚束ない足取りである。
フェルビーは、見ていて不安でしょうがない。
フェルビーの容姿そのものが、非常に目立つ。
クミアの洋服も、少しお洒落なものなので、二人ともに村の中では浮いていた。
「カルさん、あの仮面を貸してください」
クミアが手を出してきた。
以前、年齢を聞いた時、クミアが21歳で俺よりも、4歳上だったので、その時から『くん』付けで呼ばれていたものの、俺が公爵家の人だと分かると、いつの間にか『さん』付けになっていた。
当然、話し方も、丁重な言葉に代わったのだが、会話については、堅苦しいからとエスティルが取りなしてくれて、いまの話し方で落ち着いている。
俺としても、そのほうが気楽ではある。
「こんなの被ったら、返って目立つよ」
「もう、十分に目立っているから…」
知っている人に痩せてしまった顔を見られるのが、嫌なのか、それともクミアが戻って来たと騒がれるのが嫌なのか、彼女の真意は分からないものの、俺は取り合えず、仮面を渡した。
クミアが、仮面を被った時、ジルセンセが「あっ」と小さな声を発していた。
俺以外の人が被るのに抵抗があったのかも知れない。
そういえば、戦う俺のために準備してくれていたものだった。
簡単に人に貸すものではなかったのかも知れない…。
少し申し訳ない気持ちである。
俺達は、クミアの案内で生家を目指した。
クミアの生家は普通の家であった。
周囲に畑があり、恐らくは農作業をして、廻りの人達と物々交換をしながら、生活していたのだと思う。その畑も、今は荒地となっていた。
距離はあるものの、クミアの家の隣がトニーの生家だという。
クミアは、自分の家の中に入るや否や、何も変わっていない状況に安心したのか、両親のことを思い出したのか、その場で泣き崩れてしまった。
「畑は別として、家の中は綺麗ね。でも。人が住んでいる感じはしないわ。多分、村の誰かがお掃除をしてくれているのよ」
エスティルは、彼女の肩に手を軽く添えた。
「う、うん。お礼を言わないと」
クミアは仮面の中で号泣している。
「カル、トニーの生家で、トニーのことを聞いてきて」
「あ、ああ」
「俺様も一緒に行くよ」
「ま、待って、私も行く!」
クミアが立ち上がろうとしながら、言った。
そして、皆が心配する中、彼女は蹌踉きながらも、力強く立ち上がった。
結局は、全員でトニーの家へと向かうことになった。
トニーの家の傍まで来た時、クミアが危機迫る声で言った。
「ま、まって!」
「どうしたの?」
エスティルは、クミアの足元ばかり、気になっていたので、行き成りの声に驚いた。
「も、もういいんです。馬車に戻りたいです。ごめんなさい。みんなをこんな村の中にまで、つきあわせてしまって、本当にごめんなさい。もう、いいんです」
仮面の中から発せられたクミアの声は、こもった涙声であった。
みんなで、急にどうしたのか、こんな中途半端で返るのかと意味が分からない状況の中、エスティルが気付いた。
生家の裏から親子三人が見えたのである。
赤ちゃんを抱いている男性は、恐らくトニーなのだろう。
女性は…。
「あそこ…にいる女性は、……スージーです」
「えっ、ということは、村長の娘?」
ジルは思わず、唾をのみ込んだ。
トニーが生きていたことは、良いことである。
だが、この2年の間に二人は結ばれていたのである。
三人の幸せそうな笑顔が見える。
みんな、クミアに声が掛けられなかった。
「トニーが、……トニーが生きていてくれて、…良かった…です」
消え入りそうな声で、クミアが言う。
「お、俺様が行って、聞いて来てやる!」
「ジル、何を!」
エスティルは心配している。
「別に文句を言いに行くわけじゃない! あの後、どうなったかだとか、家を保ってくれていたのは誰かとか、聞きたいだろ! 俺様が聞いてきてやる! 俺様は、俺様キャラだからな、こういう時こそ、図太く聞いてきてやる。…カルも来てくれ」
「え、ええ。分かりました」
二人はトニーらの元へと猛進した。
ジルは途中、一度戻ったが、すぐに小走りで追いついて来た。
「す、すみ…」
カルが話そうとすると、追いついてきたジルが遮るように話し出した。
「こちらの方は、カルミュース・スワットマイツ様と申されて、ミューラー公爵家にお仕えをしている騎士であられる」
そういうと、フェルビーから借りて来た紋章入りの剣を見せた。
恐らく、ルデス村のザックがそうであったように村人であるこの二人も、紋章を見せても分かるはずがないと思ったが、見やすいように二人の前に掲げて見せた。
すると、紋章が判別できたかは別として、公爵と聞いただけで、二人は驚き、すぐにその場で、ひれ伏してしまった。
ジルの子芝居は続く。
「時にトニー。2年前、ムリアズ領へと行ったことがあるな。その時の事を正直に騎士様の前で申し上げるがよい」
(…何だろ、この言い回し)
トニーは、体全体から汗が吹き出して止まらない。
なぜなら、自分がクミアの家族を殺した犯人と、疑われていると瞬時に理解したからだ。
トニーの話では、クミアと買物をして戻ると、既に両親らは惨殺されていた。その場でクミアが卒倒してしまい、急ぎ、近くにいた人に警護団にしらせるよう助けを求めたという。そして、すぐに家に戻るとクミアが消えていたのだという。
この証言事態は、警護団にも話していて、その後、1カ月近くも拘留されたという。
一連の経緯を聞いたあと、カルは女性について聞いてみた。
「そうですか。そちらの女性は奥様ですか?」
「は、はい。そうです。あ、あの、私は人を殺したりはしません。そんな恐ろしいことは、できません。信じてください」
トニーの目には涙が溜まっていた。
信じて欲しい。
今の生活を守りたい。
そんな思いがあっての涙なのだろう。
いや、もしかしたら、クミアのことを思い出しての涙かもしれない。
そんなことを思いながら、カルは彼の瞳をみていた。
「わかりました。信じますよ」
カルは、安心して貰えるように、ゆっくりと答えた。
トニーとスージーは、カルの一言を聞いて喜び合い、何度も、何度も感謝の言葉を繰り返した。
「…ところで、あの家ですが、住人がいなくなって、2年も経過しているのに、掃除が行き届いていました。何か知っていますか?」
カルは、繰り返す二人を制して聞いた。
「あ、あれは、妻のスージーが定期的に掃除をしております。あそこには、まだ帰って来るかも知れない人がいますので」
「…そうですか。実はクミアは私の友人です。彼女に代わって、あらためてお礼を言わせてください。ありがとう。あなた方の気持ちに対してのお礼と言っては何ですが、こちらを受け取ってください」
カルはそう言うと、袋から金貨10枚を渡した。
いかに王都近郊に位置する村であろうと、金貨などで取引などしない。見ることもない。使っても銀貨であり、大半が銅銭やクズ鉄銭を扱っているのだ。そこへ金貨10枚を渡されて、トニーは腰を抜かしてしまった。スージーは怯えている。
大金過ぎて、受け取れないのだ。
「あまり、大金をお渡しになると、この者達に不幸がやってくるかもしれません。3枚ほどが妥当かと思います」
見かねて、ジルが助け舟をだした。
カルは、優しく言葉を添えて3枚を受け取らせた。
振り返ると、意外と近いところまで、皆がすぐそこ迄来ていた。
全ての遣り取りを聞いていたらしい。
トニーとスージーは、お付きの人達なのだと理解はしたものの、夫々が個性ある格好をしているので、本当にそうなのかと、頭の中が混乱している。
それはそうである。
後ろに控えているのは。
エルフの美女、赤髪・筋肉質の女ドワーフ、褐色坊主の大男、小太りの20代と中年、腰まである長髪で痩身の仮面女の6人。
その中で、スージーは痩身の女性を見て、咄嗟に何かを話そうとしたが、緊張し過ぎて、声がでない。
いち早く、その様子に気付いたカルは、言葉を遮るように。
「いきなりの訪問で、申し訳ありませんでした。私達はこれで失礼いたします」
そう言い、無理やりに話を切り上げて、背を向けてしまった。
スージーは、クミアに気付いたのかも知れない。
でも、あの場で、クミアは何も言わなかった。
強引に切り上げてしまったが、自分では何が正解なのかわからない。
今も、クミアは黙している。
せめて、表情が見えたなら、俺も何かしらの違う対応が出来たかもしれない。
そんな事を考えながら、皆の元へと歩いていた。
クミアも、吹っ切れはしないだろうが、一連の事実を知ることが出来て、トニーが生きていることも知れて、少しは気持ちが晴れたと思う。
馬車までの道のりで、付き合わせてごめんなさいと、皆に誤りまくって、明るく振舞っていた。
彼女の無理している姿を、見ていられなかったのだろうか。
リグルスの姿はこの場にはなかった。
王都は、もうすぐそこである。
今日中に、到着しようとヌクリ村を後にした。
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