74 暗殺集団 = ペイジュス = 再戦②
放り投げた人形が床へと落ち、物音がするも反応は無かった。
だが、カルが店内に飛び込んだ途端、当然の如く、真上から敵が襲ってきた。
同時に正面からも、一人、飛び込んできた。
二人揃って、先程と同じ動きである。
カルは冷静であった。
敵二人は、自分らの動きが予測されているとは思いもよらない。
そもそもが、二人いることさえも気付かれていないと思っているのである。
けれども、現実は違っていた。
目の前にいる魔力のない男には、動きが見えていた。
カルは低い姿勢で腰の剣を抜きつつ、右へと回転して移動した。
回転したのは、目の前に味方が倒れたままであったため、一歩目の足場が不安定になっていたからである。
すかさず、体勢を立て直し、刀身を見ると血が付着している。
恐らくは、真上から来た敵の血だ。
どこをどう斬ったのかは分からないが、手ごたえは得ていた。
一方で、正面から来た敵には、もう一人のカルが一直線に突っ込み、同様に傷を負わしたようである。
もう一人のカルとは、先程、放り投げられた人形である。
この人形、ルバート戦で使用したあの人形の二代目となる。
カル専用の人形であるため、本当に微量の魔力を注がないと使えない。
注がれた魔力量が微量であるが故に、その存在が魔力で感知がされづらい。
ましてや、移動されると敵は、ほぼ感知出来ないと言っていい。
それ故に、敵に一撃を与えることが出来たのだ。
ただ、このカル人形は、本人の70%の力しか反映ができないという欠点があり、まともに敵と戦うとなると粉砕されてしまう。
カル人形の目の前の敵は、相当な使い手であった。
今、俺と対峙しているペイジュスは真上から襲って来た敵で、どうやら前回戦った相手で間違いない。
仮面を被ってはいるものの、断言できる。
なぜなら、斬り落とした部位が一致するからである。
前回、斬り落とした左腕は肘から先が剣となり、同様に斬り落とした右手首から先には、鋼玉のような殴打用の武具が装着されている。
あれで殴られでもしたら、骨を砕かれるかもしれない…。
それにしても、俺に斬り落とされた両腕に武器を仕込み、再び襲ってくるとは凄い執念である。
だが、今、この男の右腕は、だらんと真下に伸びきり、大量の血が滴っている。
どうやら、咄嗟に斬り裂いたのは右腕だったらしい。
ここから見るに右腕は使い物になりそうにない。
止血しようにも、あの左腕では無理だろうし、回復魔術を使おうと動けば即斬り込む。
対処させる時間を与える気はない。
仮面の奥で、苦痛に歪む顔が見えるようである。
僅かにだが、苦しむ籠り声も聞こえる。
思った以上の深手を負ったようである。
「お前、誰の差し金で俺やランドルを狙う」
「………」
カルの問に対して無言であった。
いきなり、ピシピシと音が鳴り出した。
敵の仮面に亀裂が入ったのだ。仮面は、間もなく、幾つかの欠片となり落下した。
敵の顔が露になった。
平静を装うとしてはいるものの、右頬に力の入った顔には違和感がみてとれる。
何かを悟ったのか、敵は僅かに微笑むと、左腕の剣を水平にし、左肩を向けて駆けて来た。
床へ落ちている血の量からして、右腕からの攻撃は脅威とはならないだろうと思っていたが、半身で迫られために右腕の動きが全く見えなくなった。
通常、敵の腕が見えなくなるとそれだけで脅威となる。
だが、カルには、なぜか余裕があった。
人形に、少し魔力を注いだせいなのか、体が軽く感じていた。
「ははっ、何か、『内なる声』が聞こえなくても、何とかなりそうな感じだな」
『 == 二人共逃すな。必ず、斬れ == 』
などと、思っていたら『内なる声』が聞こえてきた。
二人に恨みでもあるのか、知らないが、命令してきた。
打って変わって、緊張が走る。
一方で、エスティル以下は泡喰っていた。
レストランの店内の入口付近で、カルが二人になって戦っているのだ。
何の打ち合わせもなしに二人いるカルを見て、エスティルは強い口調でジルに問いただす。
「何なのあれっ! 聞いてないわよ! 教えなさいよ!!」
「俺様だって知らないよ! どっちかは本物だろ! 偽物だって味方だろ! 援護しろよ!!」
「そんなことは、言われないでもわかってるわよ!」
まだ、文句の言い足りないエスティルであったが、ジルの言う事も最もだと思い、また猶予もないため、取りあえずは、苦戦している方のカルを援護しだした。
騒ぐ味方と一線を画し、本物のカルは無言で敵と対峙していた。
手負いの敵とはいえ、油断はならない。
なにせ、失った両手を武器にしてまで再戦しにきた敵である。
「なぜ、ここに来ると知っていた」
「………」
カルが再度問うも、返事はない。
暗殺者はこんなものかと、カルは会話は諦めたところ、右腕の負傷など関係ないと言わんばかりに、敵が特攻を仕掛けて来た。
(来たか!)
これまでと比較して、不自然に姿勢が高い。
カルは不審に思いながらも、右腕がどのタイミングで繰り出されるのか注視していた。
敵は特攻してきたが、突如、止まったのである。
それも、カルの間合いには、まだ遠い位置でである。
これにはカルも戸惑った。
だが、何か仕掛けてくるのは確かである。
カルは敵の右腕が気になり、少し引き付けてから右への移動を考えていた。
そこへ予想外の動きをされたのである。
敵は止まった後、少し半身仰け反った。
その直後である。
カルのいた場所に、敵の右手首にあった鋼玉が伸びてきて、床を貫いたのであった。
室内に床の破壊音響き、破片が飛び散る。
敵の右手首はチェーン付きの飛び道具であったのだ。
敵は表情を変えずに、移動したカルの方を見た。
彼の中では仕留めたものと思ったが、瞬時にカルの姿が消えて内心は焦っていた。
「その動きといい……やはり、貴様の剣は我らと同類のもの。………抜けた者か貴様。ならば、猶更のこと、必ず、ここで殺す」
目の前のペイジュスは、低い声でそう告げると、再び突進してきた。
途中、重心を変えながら、変則的に左右に体を揺らす。
(わざと変化をもたらしているのだろうけど、左右のバランスは、やはり悪いな)
『主よ。敵は明らかに命を捨ててきている。首だ、首を狙うのだ!』
ルバートの声である。
カルに迷いはなかった。
いや、ルバートを信じていた。
要は、自分は攻めに徹するのである。
左腕に埋め込まれた剣も、右腕の鋼玉も無視して首を狙った。
そこはルバート任せである。
敵は、突進してきた時は下を向いていたが、直前になり頭が動き出した。
顔を上げてくる。
その時、微かに頬と喉が動いた。
!!
口の中に何か含んでいる!
何か、仕掛けてくるとは思っていたが、俺の仮面の隙間、目元を狙っての攻撃か!
敵の仮面が割れたのは必然だったのだ。
しかし、カルの剣に迷いはなかった。
敵の顔が上がりきる直前に下から振り斬った。
「ぐはあっ」
口から零れでた針が疎らに舞う。
同様に宙を舞った後、右脇から斬り上げられた腕、肩、首が繋がった状態での上半部位が床に転がった。
既に左腕は床に落ち血溜まりの中である。
敵の左腕はルバートの刃によるものであった。
刃の幅が長いため、突くことで腕は落ちたのであった。
「ありがとう。助けられた」
『終わってはいない』
「ああ」
カルはもう一人の敵に視線を送った。
(……ペイジンか)
「な、なんだと!!」
敵は振り返ることなく、仲間が死んだことを気配で察知した。
そして、戦闘の最中、一瞬であるが視線を向けた際にカルが無傷であることに驚いた。
カルは駆け寄って警告した。
「武器を捨てろ!」
カルの問いに対しての回答はない。
「き、貴様、我ら同様、古来剣術士か!」
敵はカルの魔力量が人形同様にゼロ近い状態迄操作出来ていることに驚き、『古来剣術』という言葉を発したのだった。
「古来剣術とは何だっ」
カルは聞き出そうと、声を発したが敵はそれどころではなかった。
この男は相当の使い手である。
ここまで、カル人形と対峙しつつ、エスティルの刻んだウインドエッジの攻撃を凌いでいたのである。
だが、それも、もう限界らしい。
動きを見ていると、この場から逃走を考えているのが見て取れる。
「逃がさん!」
カルは退路を断とうと廻り込んだその時であった。
「何っ」
男は、この時、初めてカルの顔をしっかりと見た。
新たに現れた顔が目の前の男と同じ顔であったため、一瞬であるが意識がカルへと向いてしまった。
その隙を、ウインドエッジもカル人形も逃さなかった。
「ぐはっ」
敵は気が付くと、胸の真ん中を剣で貫かれ、両の足にウインドエッジが突き刺さった。
「ぐくくっ」
男は天井を仰ぎ、吐血すると、その場で膝から崩れた。
カルは不用意には近寄らない。
「ごふっ、貴様の流派は何だ。明らかに違う。古来剣術で残っているのは我らだけと聞いている。ぐっ」
男は吐血しながら話す。
首は動かさず、目だけがこっちを見ている。
「流派は知らない」
「…そうか。敗れたということは未熟で…あっただけのこと。まさか、本当に…古来剣術の使い手が他に…も…いるとは。…二人がかりで、この結果…とは、思いも寄らなかった…ぞ……」
そう、言葉を残すと男は事切れたのだった。
パルーも言っていた古来剣術。
俺はこの古来剣術を前世か、前前世において、確実に取得している。
それには、実感がある。
そして、今、流派を問われた。
全く、分からないのでルバートに聞いてみるも、全く知らないという。
それどころか、自分はハルバート(槍斧)ぞと、聞くならば、せめてスピア(槍)の事を聞けと、文句を言われる始末。
決着が着いたと分かって、みんなが店内に入って来た。
既にカル人形は、手のひらサイズに戻り、例によって、お辞儀をし終えて、今は手元にある。二代目も礼儀正しいのだ。
ウインドエッジで援護してくれていたエスティルが先頭である。
後方にいたため、背の低いオルガは、ほぼ戦闘を見ることができなかった。
なので、店内に入るとキョロキョロしだした。
そして、状況を彼女なりに把握したようだ。
彼女は敵二人を相手にしたカルに驚嘆した。
それは、敵二人が間違いなく、ペイジュスであるとわかったからだ。
階級はそう高くはないが、エスティルの援護があったにせよ、二人を相手にこんな短時間で仕留めるには、相当な腕でなければ出来ない。まして、カルは手傷を負わされてもいないのである。
彼女自身は、主からも声を掛けられ、やる気モードであったのだが、エスティルが戦闘参加しなかったため、戦うことはしなかった。
彼女はあくまでエスティルの護衛が役目なのである。
ランドルも店内に入って来た。
ペイジンが二人もいたことに、恐怖に駆られて膝から崩れ落ちた。
変な汗が出始め、若干、呼吸も荒い。
バスは緊急を要すると判断し、ランドルを余所に事情を騎士団に伝えなければと言い、外へと飛び出していった。
一方で、ここに機嫌の悪~~い人がいた。
エスティルである。
理由は、人形のことを聞いていなかったからである。
二人のカルの出現に困惑させられ、隠し事をされたと怒っているのだ。
この間、『臭い関連』で怒らせたばかりである。
あの時のことを想起すると、それだけで緊張する。
ペイジンと対峙するよりも緊張するのである。
ある意味、エスティルを怒らすと命の危険に晒されると、俺の脳と肉体が判断しているのかも知れない。
そんな俺の緊張している様子を見て不憫に思ってくれたのか、クミアが取り成してくれた。
お蔭で、なんとか、怒りが収まったものの、ゴーレム人形も持っていると話すはめになった。
とは言っても、俺自身は、人形について別に隠すつもりは全くない。
自分から積極的に説明する気にはならない、くらいの感覚である。
億劫だったと伝えたら、さらに激高されてしまった。
二度も取りなしてくれたクミアには、今度、何か御馳走してあげよう。うん。
エスティルの怒りは収まったものの、なぜか、ジルセンセがソワソワし出した。
「ど、どうするよ。このままここにいると、騎士団が来て事情徴収とかで連行されて、下手すると、ここで、数日足止めされるかも知れないぞ!」
ジルは、今直ぐにでも、この町を発ちたくて仕方がない。
少なくても、この場からは離れたい。
そんな時、店の入口に人影が写った。
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