公爵の引っ掛かり
ミューラー家当主であるラルフリード公爵の指揮のもと、援軍が砂埃とともに『エンデルの森』に到着した。駐在している王国兵士団を含めて80人ほどの規模である。
急遽、多くの兵を率い、なりふり構わず駆けて来た公爵であったが、直ぐには馬からは下りず、辺りを警戒していた。
公爵は、齢70近いこともあり、髪は真っ白である。
当然、口や顎に蓄えられた髭も白く、目尻には深い皺が目立つ。
一方で、眼光は鋭く、瞳は相手を突き刺すように力強かった。
敵らしきものが、周囲に居ないことを魔術で確認し終えると、皆、馬を降りた。
大地は血に染まり、黒い染みがそこかしこに見られる。
風が止んだためか、時間が止まっているかのようである。
公爵は惨状を目にしても無言であった。
奥で魔人の死体が発見されたとの報告があがり足を運ぶと、傍にはドースが横たわっていた。
公爵は暫く彼を見つめていた。
「……ジョーよ。よくぞ、仕留めてくれた。ありがとう」
公爵は涙こそ流さなかったが、その目には悲しみと感謝の意が溢れていた。
公爵からみればドースは2廻りほど若いが、20年以上の付き合いである。
本当なら膝を折り、腕をとってあげたいところではあるが、その様な訳にもいかない。
全17人もの部下が命を落としているのだ。
ドースひとりを特別視はできなかった。
公爵は無言で、魔人の死体を検分していた。
検分が終わると即座に立ち上がり、皆に告げた。
「魔人の死は確認できた、儂は領内へもどる。主力も撤退準備にかかれ」
「ははっ」
「ニチカ、戻るぞ」
「はっ」
少し歩を進めたその時である。
「閣下、た、ドース隊長の、い、息があります! たっ助かるやもしれません」
「神官たちは皆集まれっ! 直ちに回復魔法を!」
兵士らの声のもとに神官たちが集まり、詠唱のもと光が発せられた。
公爵は、聞こえてはいたが振り向きはせず、現場をコールにまかせて帰還の途についた。
公爵はまだ魔人が他にもいるのではないかと考えていたのである。
何者かにより仕組まれていた場合、この現場が陽動である可能性もあるのだ。
次に何が起きるかもわからない。
とりあえずは、守りを固めたいというのが本音であった。
「ニチカよ。魔人の死体をどうみた」
鐙に足をかけながら、公爵は彼女に尋ねた。
「見事な程に、一突きで「魔核」が砕かれておりました。相当な『腕』と『魔力』です。魔人との戦闘を何度も経験したことがあるのではないかと思う程です」
彼女は仲間の死のショックを隠しながらも、気丈に返答した。
「そうなのだ。魔人の肉体を突くには、それ相当の『魔力』と『剣』の技術が必要なのじゃ。それをあそこ迄、見事に突き壊すとは。もし、出来るとすればドースくらいかと思うが、そのドースは足止め役をしておる」
「別の者がそこにいたのでしょうか?」
「第三者がいたとしたら、少なくともドースが味方として『信』をおけた者なのであろう」
「それらしき者がいるかどうか、周辺を探して参りましょうか」
「いや、よい。少しばかり、心あたりがある。それに、ドースに聞けばわかることじゃしな」
「ははっ」
ニチカも一声だけ返し、領内の守りへ意識を向けることにした。
彼女は、ニチカ・シュトラウスという。
公爵の直属護衛騎士のひとりである。
若くして、既に王国からの騎士称号を取得している公爵家の次世代リーダー候補である。
扱う武具は槍。公爵家きっての槍使いであり、領内では短槍の扱いにかけて、彼女の右にでるものは、もういない程である。
ニチカは馬上で考えていた。
あの剣跡は背後から、『魔核』の中心を正確に貫いていた。
あれでは、魔人は何もできずに絶命したに違いない。
『魔核』の位置は胸から腰にかけての胴体部位にあるが、決まった位置にはない。魔人ごとに違う。とどめを刺した者は、正確な位置がわかっていたのであろうか。いや、仮に分かっていたとしても、300年出現していなかった魔人を目の前にして、あのように見事に突けるものなのか。そもそも、騎士階級でもハイクラスの者でないと出来ない芸当だ。あの場に運良くそのような者が出くわしたとでもいうのか。
……わからぬ。
ニチカは自分の槍が、魔人に対して、どこまで通用するのだろうかと考えながら、公爵らとともに帰還した。
公爵は領内に帰還すると、即座に結界の守りを確認した後、執務室へと戻った。
先ずは、領民を安堵させるため情報統制の指示をしたのである。
魔人が『エンデルの森』に出現したが、既に公爵家騎士団によって討伐し終えたと。
次に王家や隣接領主へ状況説明の書状を送った。
隣接地域でも魔人らしきものの姿が、幾度と確認されていたからである。
また魔人の死体においては、王都へ運ぶ手続きも並行して進めさせた。
公爵にとっては、目まぐるしい一日となった。
魔人討伐の報を聞いた人々は喜び、街は沸いているらしい。
だが、彼の心内では何かが引っ掛かり、晴れることはなかった。
そんな思いを誤魔化すという訳ではないのだが、彼はゆっくり立ち上がると食器棚へと向かった。
そして、食器棚の中を覗き込むや、長年使い慣れたグラスを静かに取り出し、いつものテーブルの位置に置いて『お気に入り』を注ぐ。
グラスの半分ほど迄注ぐと、最後に僅かな魔力で、味変させてからワインを楽しみ始めた。
これが、公爵の一日に終わり方である。
深夜、公爵のもとにドースが命を取りとめたとの報告が届けられた。
死の直前に回復魔法と仮死状態となる魔術がかけられていたため、助かったのだという。
彼の肉体には、精霊魔術の痕跡が残っていたとの報告があり、それを聞いた公爵は、安堵の表情でひとり何かを呟いた。
後日、酒を持ち、森へ出向いて行ったという。
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