67 支え合い
幾つもの寝息が流れてくる馬車の中、カルは一人眠れなかった。
先程の戦いで、腹を斬られそうになったのが原因である。
あの時、下手をすれば、上半身と下半身を真っ二つに斬られていたかも知れない。
そんなことを想像していると、後から後から恐怖が襲ってくるのであった。
斬られたとしても、すぐに味方が敵を倒してくれて、ヒールをかけてくれれば、死ぬことはないのかもしれない。けれど、敵を倒せれば、の話である。倒せなければ、当然、ヒールをかけられることもなく、そのまま死んでしまう。
カルは死への恐怖の裏返しで、ヒールの凄さにも感動をしていた。
実際にエレンの矢を受けた時に、エスティルにヒールで治療してもらった事があった。他にも、リエルがマーレの命を救ってくれたことがあった。
命の危機を救う魔術とは人々に感謝をされる魔術である。
素晴らしい魔術だと改めて思い直していた。なので、ルデス村の人達がエスティルのことを女神と呼ん でいたのも頷ける。
カルは、そう考えていると、『女神の祝福』というパーティー名は、なかなかに良い名前に思えてきていた。
…俺も出来るなら、治癒魔術を使えるようになりたい。
けれども、魔力の少ない俺では、到底、無理な話だ。
そんなことを考えながらも、また恐怖が襲ってくるのであった。
ふと思うことがある。
遥か昔にも感じるが…。
もし、あの時、白い光の言う通りに召喚された先へ行って、転生を成功させて、チート魔術が使えるようになっていたとしたら、近距離で剣を使って対峙するような戦い方はしなかったのだろうと。
カルは、男爵との戦いで、初めて人と人との戦い…剣と剣との戦いを経験した。
相手の鬼気迫る殺気と迫りくる剣撃の恐怖は、自分の中の怒りの感情が過ぎ去ってしまった今では、この上ない恐怖となって残っている。
よく生き延びることができたと改めて思う。
以前、ルバートが操る鎧と打ち合ったこともあるが、比較にならない恐怖であった。
所謂、死線を潜り抜けたという感じがする。
「なに暗い顔をしているのよ。敵をやっつけたのにぃ」
気が付くと、エスティルの顔が目の前にあった。
「近い、近い!」
「普通に話かけても、全然返答がないんだもん。だから目の前で話したのよ」
「ご、ごめん。 いや、その、エスティルやリエルのヒールって凄いなって思って」
「……ホント? 違うこと考えてなかった? 顔、暗かったわよ」
「い、いや、ほんと」
鋭いな。
確かに違うこと考えていた。
けれど、言っていることは嘘ではない。
実際ヒールのことも考えていたのだから。
「マーレちゃんの時は、リエルは意識なかったって言ってたわよ」
「……無意識だったんだ。それはそれで凄いんじゃない。あれは、タイミングはギリギリだったけど、凄いヒールだった。しかも、マーレのお腹には傷一つ、残ってないって話だし」
「確かにリエルの精霊魔術は、私が使うような借り物の魔術じゃないからね。凄いんだろうね」
リエルは妖精だが、エスティルはエルフなのである。
エルフを含め人族が精霊魔術を使うには、精霊との契約が必要である。
エスティルが言った『借り物』とは、契約の事を指している。
「そうだね。……あ、エスティルの魔術も、す、凄いよ!」
「そんなふうに言われても、嬉しくないわ」
しまった。
確かに、取って付けたような褒め方である。
ある意味、全然褒めていない。
暫く、無言が続いた。
突然、リグルスが壁を擦り抜けて馬車内に入って来た。
エスティルは、この壁抜けには、どうも慣れないらしく、嫌悪感丸出しである。
リグルスはエスティルの態度を、全然、気にすることなく、饒舌に話し出した。
表情が明るい。どうやら、良い話しのようである。
聞くと、この先に、うってつけのポイントがあるので、小休止をしては如何でしょうか、との提案であった。花も咲いているらしい。この辺は孫娘を気に掛けてのこともあるのだろう。
リグルスの姿を見ることができるのは、俺とエスティルだけである。
提案を受けたのも二人である。
そのため、皆に説明しても、なぜ、そんな場所を知っているのか等と質問がくるのも面倒なため、領内から付いて来た幽霊がそう言っていると、そのまま皆に伝えてやった。
ジルセンセは信じた。
当然である。
ジルセンセは、実際にカルの左腕に触れて、リグルスを見たことがあるからだ。
耳が動いている……もしかしたら、あれで、幽霊の場所を探知しようとしているのだろうか。
幽霊の存在を信じないハークスレイ家の三男と秘書は、この前の小休止中に盗賊に囲まれたこともあって、猛反対をしてきた。
彼らの中にも、襲われた時の恐怖が残っているのだろう。
けれども、ここで、休ませなければ馬二頭を休ます場所が、この先ないとも幽霊が言っていると付け加えると、黙り込んでしまった。
馬がへばってしまったら、元も子もないのだ。
結局、立ち寄ることになった。
馬と触れ合う機会ができて、フェルビーが嬉しそうである。
オルガも二頭の馬が気にいったようで、食べさせたい草の方へと連れていっている。
どうやら、草にも、いろいろとあるらしい。
カルは草には興味がないので、すぐに馬車から降りると、目についた大きな切り株に腰かけた。
リグルスが勧めるだけあって、休めるよう、椅子を見立てた切り株が幾つもある。さながら、公園のベンチのようである。
俺の傍には、エスティルとジルセンセの二人だけとなった時、唐突にルバートが話しだした。
『あの貴族、三本目の腕に魔瘴石の欠片を仕込んでおった。それ故にあのような動きができたのじゃ』
「魔瘴石って! あの獣目の老人が話していたやつか!」
カルが聞き返す。
『そうじゃ。魔瘴石……恐らくは、あのドライアドを捕らえ、その後、トレントから脱出できなくさせていたのも、あの石のせいじゃろう。欠片であっても強力なものじゃ』
「それって瘴気の塊なんでしょ。普通は触れられないんじゃないの」
エスティルは、ルバートの今の発言に疑心暗鬼である。
『全ては、我の推測の域じゃが。…よいか、恐らく、あの第三の腕だけは魔瘴石に触れることが出来たのじゃろう。先の戦いでは、我は欠片に狙いを定めて突いたのじゃが、粉砕とはいかず、幾つかに割れてしまったのじゃ。それを奴は、瘴気に焼かれながらも右手で搔き集め、逃げ去った』
「そ、それじゃ、彼奴は、また復活するんじゃ」
ジルは少し怯えている。
『それは分からぬ。しかし、あの第三の腕は使い物にならぬはずじゃ。であれば欠片の『力』は使えぬと思うのじゃが』
三人は言葉が出なかった。
警護団の団長が、すぐに、魔力切れになっていた領内の結界を復旧させていたので、容易には領内に戻ってくることはできないであろうが。
ザッ、ザッ、ザッ、
フェルビーが、クミアをお姫様抱っこしながら、遣って来た。
勿論、リグルスも一緒である。宙に浮いてだが。
クミアは、監禁されていたために痩身で、かつ魔力欠乏症を患っている。その上、目の前で家族を惨殺された経緯もある。つまり、彼女は肉体的にも精神的にもダメージを負っているのだ。そんな彼女が、唯一、心を開くのが、エスティルなのである。
一応は、俺も遠い親戚のような立ち位置ではあるのだが、同性の方が安心するのだろう。エスティルと話す時は、少し嬉しそうである。
唯一、笑顔で話ができるエスティルを連れてきてしまったので、馬車では、心細くて仕方なかったのだろう。途中、フェルビーが気付いて連れて来たのだ。
オルガは馬の世話を続けている。
クミアは切り株に下ろされると、すぐに足元に花を見つけ、エスティルに渡してお喋りを始めた。
…リグルスは、女神と孫娘の姿に感動して泣いている。
それと、クミアはジルセンセのウサ耳が好きらしい。
ゆっくりと、やさしく、撫でている。
ジルセンセも優しいので、黙って触らせている。
若干、緊張しているように見える。
結構、ここから見ていると微笑ましい光景である。
因みにリグルスからは、自分の事は絶対にクミアには言わないで欲しいと懇願されている。今、ここで自分の存在を話してしまうとクミアの自立が、さらに遅れてしまうからだという。
既に自分は死んだことになっているので、ここで会ってしまうと、この先の人生で彼女が、家族らの死を引きずってしまう時間が長くなるのが嫌なのだと言う。
もし、会うのであれば、もう少し、大人になって成長してから…。
自分を含む親族の死を、受け入れてくれるようになってからでないと、とそう言ってきた。
突然襲ってきた悲劇と地獄のような生活の日々から立ち上がるのには、相当な…。
いや、分かりきっていることを改めて考えるのは止めよう。
そんなことよりも、彼女を立ち上がらせるために、前を向かせるために俺達がいると、そう考えよう。
俺自身も、この世界で廻りに支えられて生きている。
人は支える側にもなるべきなんだ。
人は互いに支えあうものなんだ。
こういう事って、不安、悲しみ、恐怖を知って、支えて欲しいと思った時、本当に分かるものなんだな。
でも、…最終的には彼女が、自身の力で立ち上がらなければいけない。ことではあるのだけれど。
リグルスの言葉を受けて、ふと思いにふけっていた。
……この異世界にいて、人の命の軽さに驚くことがある。
だが、言える立場ではない。
既に俺も人を斬っている。
だから、だからこそ、人として正しい心を持ち続けなければならないと思う。
「男爵のようには、絶対になってはならない!」
ふと、気付くと声にでていた。
カルは、誰も聞かれてなかったと分かり、安心すると、傍にいたエスティルとクミアのお喋りに耳を傾けた。
楽しそうだ。
あたたかな光景を目にしている。
でも、なぜか…カルは皆の輪の中に入れなかった。
すぐに、自分の中で、考え事をしてしまうからだ。
なので、剣で素振りでもしようと馬車に向かおうと立ち上がった。
気が付くと、心なしか、少し風が強くなっている。
足もとの草だけではなく、細い枝葉も揺れていた。
リグルスは不審に感じていた。
この場所には、先代の男爵の共をして、決まった時間に何度も立ち寄った。
足元付近の風には違和感がある。
このような風は感じたことがない。
……不自然だ。風魔術か。
また、彼は幽霊になってからは、当初、発見されることを常に恐れ生活していたためか、人の気配には敏感になっていた。
リグルスは、僅かな殺気を感じとった。
「カル様、そちらに賊が潜んでいますぞ! お気をつけを!!」
リグルスは大声で叫んだ。
彼の声を聞くことが出来るのは、カル、エスティル、ルバートである。
カルも悪寒が走っていた。
小走りに駆けだす。
馬車の中には、魔力欠乏症で横になっているランドルと付き添いの秘書がいるはず。
「体調は大丈夫かーー」
カルが声をかける。
馬車の前まで来た時、一瞬、何者かの背が見えた。
カルは、瞬時に敵と判断し、腰の剣を抜き斬った。
あきらかに、自身の剣速が増していた。
『 == 逃してはならぬ == 』
内なる声であった。
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