66 忠節
「本当にありがとう。ルバート、君の力が無かったら死んでいたよ」
戦いの最中、奴の第三の腕を貫いたのは、ルバートであった。
ルバートが、斧槍の刃の部分に変形して守ってくれたのである。
カルが、感謝の言葉を告げても反応がない。
ルバートが返事をしてこないのは、自分の存在をなるべく、人に知られたくないからだろう。そう、解釈して、俺も問いかけるのを止めにした。
カルには他に気になることがあった。
それは、心の内なる声である。
今回も、声は聞こえてこず、協力はなかった。
あれば、こんなに苦戦はしなかった筈だ。
一つしかない、大事な命を懸けて戦っているのだ。
どうしても、あの力が欲しい。
内なる声の主と会話ができればいいのだが、一方的に短い言葉で話しかけてくるだけだし、大体、声がする時は目の前に敵がいて、一刻を争う事態の時だ。
叶うのなら、一度、話がしてみたい…。
カルは一人、茫然としていた。
光球とともに、エスティルが傍まで来た。
聞くと、壁際で刺された娘はリグルスの孫娘であったという。
少し、治療に手間取ったものの、完治して、今は安心したのか眠っている。
運ぶのは、フェルビーに任せて、俺らは地下から男爵邸の庭先まで出てきた。
みんな無事で良かったと一息いれていると、リグルスが宙を彷徨っているのが見える。
首を横に振っている。誰かを探しているのかなと思ったら、こっちに向かってきた。
リグルスは目の前に来るやいなや、顔をグシャグシャにして、号泣しながらも、慇懃に礼を述べてきた。
どちらかというと、カルもルバートに命を救われたくちである。
礼を述べられても、少し違う気がして苦々しい。
でも、助けることが出来て、本当に良かった。
この人の涙は深い。
あのまま、目の前で孫娘まで手に掛けられていたらと思うと…。
「でも、これで、お別れかしらね」
エスティルが少し残念そうに言う。
そうだった。
孫娘を救い出せたのだ。彼には、もうこの世に未練はないはずである。
もう、すぐに消えてしまうはず。
名残り惜しいが、消えるその時を待った。
……。
……。
……。
「もしかして、未練あったりします?」
カルは一応聞いてみた。
「このあと、孫娘はどうやって一人で生きていくのです。心配で、心配で、たまりません。孫娘がいい人を見つける迄は、死んでも死に切れません」
…死んでいて、死に切れていない。確かに。なるほど。
『それだけではない。我に触れたのだ、霊体として力が強まっただろうから、暫くは消滅もできまい』
ルバートが小さな声で、とんでもない事実を告げてきた。
「おいっ! 確かに、あの時は真偽の程を知る必要があったよ。だから、ルバートの言うことに意義はなかったけど、まさか、そんな消滅できなくなるなんてこと、俺は知らなかった。って、ルバート以外は知らないだろ。そういうことは、事前に告げないと駄目だろ!」
と小声で返すと言葉は返ってこない。
無言である。
でも、とりあえずは、本人もまだ消滅したくないらしいから、ま、いいかというところ。
そんなふうに思っていると、リグルスが続けて話しだした。
「この度、孫娘を救い出して頂きました。お約束通り。自分が消滅するその日まで、カル様に忠節を、お尽くします」
「「えっ」」
カルとエスティルは露骨に嫌な顔をしてしまった。
それはそうである。相手は幽霊である。
どうしても、憑りつかれてしまうのではと思ってしまう。
しかも、消滅しないかもしれないのだ。
リグルスは、元執事なので、二人の表情を見ても眉一つ動かさず、快活に話しを続けた。
職業柄、人間が出来ているのである。
「つきましては、お願いの儀が一つ御座います。身勝手なお願いで恐縮とは思いましたが、あなた方お二人にしか、私の姿は見ることが出来ないのです。即ち、世界で頼ることができる唯一の方々となります。…実は、孫娘には身寄りが一切ありません。出来ますれば、孫が生活出来る迄、面倒を見ていただけますと…」
先程の話を改めて、お願いしてきた。
「唯一………お二人に……うん」
エスティルが彼の言葉を小さな声で繰り返している。
何か、気に入ったようである。
そう言えば、彼女の好きそうなワードがはいっている。
少し、嬉しそうな表情をしだしている…。
「カル、少しの間、面倒を見て上げましょう」
「やっぱり」
こうして、連れが、一人と一霊増えることになった。
だが、孫娘は魔力を2年も奪われ続けていたのである。
今後は、リハビリをしながらの旅となる。そこまで、考えての承諾である。
リグルスは、エスティルの返答に感激していた。
彼の目は潤んでいる。まるで、神に出会えたかのようである。
後になって分かったが、リグルスの捉え方は、エスティルは女神として崇め、俺には主人として尽くすというのが基本的なものらしい。
神の方が上なのは確かなので、エスティルが上位となる。
実際、エスティルが、俺達一行の頂点にいるのは確かなことだが…。
仲間が増えるだけではない。
ここで、別れる人もいる。
パメラである。
彼女は、亡くなった若い冒険者の親族に、遺品とお金を今から渡しに行くのだ。
俺らは、彼女に、もう一つ仕事をお願いした。
今回の一件について、エスティルが認めた手紙を公爵家に届けて貰うのだ。
領民に聞いたところ、昔、この土地は、もともとミューラー領であったということなので、何かしら良くしてくれるだろうと期待を込めてのお手紙である。
公爵家への手紙と知ったパメラは、幾分緊張した面持ちで旅立っていった。
この後、警護団は仕事がてんこ盛りである。
王都へ事情説明の早馬を出す必要もある。
領内の結界も復旧させなければならない。
小さな村とはいえ、領主不在となったのだ、警護団の団長も暫くは忙しいだろう。
俺らも、そろそろ、出発しようかと考えていると、ジルセンセが耳ウインクをしてくる。
耳ウインクとは、ウサ耳の片方を曲げて合図するものだが、その場にいる全員に知られるので、これ、全く、ウインクの意味がない。
視線をこっちに向けてくるので、された方は結構恥ずかしいのだ。
ジルセンセ曰く、少しお金をこの地におとしてあげた方が良いというのである。それならばと出発前なので、また食事をとることにした。
…食べてばかりである。
相も変わらず、オルガとフェルビーは良く食う。
なので、十分にお金は落とせたかと思う。
リグルスの孫娘は、料理のいい香りで急に目覚めると、少し食べ物を口にしだした。
それを見て、リグルスは感激して泣いている。
孫娘の一挙手一投足が、可愛くてしょうがないらしい。
リグルスとの約束もあるので、食事中、彼女に一緒に王都まで行こうと誘ったところ、怪訝な表情で態度を保留された。当然である。誰一人知っている人がいないのである。
いきなり、誰一人として、知っている人がいない状況に陥る。
俺も、エスティルも経験した状況である。
信じていい人なのか、わからない中、信じないとさらに状況が悪化するかも知れないという不安は、経験したものでしか分からない。
一緒に連れていくには、彼女の不安を少しでも払拭してあげなければならない。
そのためには、信頼を勝ち取らないといけないのだ。
俺達はリグルスから、家族や親族しか知らないような話しを、教えてもらいながら彼女と話した。
小さい頃に、彼女がリグルスの家に遊びに来た時の話や両親に関係する話をしてあげるのである。
家族しか知らないような話しを互いにしている内に、笑顔も見れるようになってきた。
けれども、絶望の闇の中で、彼女は孤独と死と戦っていたのだ。
心の底から笑えるようになるには、時間がかかるだろう。
でも、今、笑顔になっている。
俺達は、信じてもいい人の部類に入れたのかもしれない。
話の流れで、俺は遠い親戚みたいな感じになってしまっている。
エスティルは、妹が出来たみたいで嬉しそうである。
二人は相性がいいらしい。
もうそろそろと、立ち上がろうとしたところ。
「クミア、馬車までは歩けないでしょ。フェルビー、お願い」
クミア・タリット、これが彼女の名である。
例によって、フェルビーは、んぐ、んぐと、いいながら、クミアをお姫様抱っこして馬車へと運んでくれた。
クミアの体は、地下で2年も監禁されていたことから、痩せ細っており、それを本人は気にしてか、抱っこされると俯いて黙ってしまった。
馬車に乗り込もうとした時、カルは、手紙を差し出してくれた初老の女性が、見送りの中にいることに気が付いた。
カルは、彼女のもと迄戻ると、もう領内に「ハラキリ」死体はでないですと笑顔で一言伝えると、新しい馬車に乗り込んだ。
ゆっくりと、馬が歩み出す。
馬車は領民に見送られながら、ムリアズ領を後にした。
新しく購入した馬車は後部の荷台のみで、12人乗りである。
12人乗りといっても、各自の荷物もあるし、病人が1名いるのだ。
横になったことを想定すると、そんなに広くもない。
とは言っても、前よりは広くなっているため、エスティルの機嫌は良い。
それと、ランドルについてだが、彼の秘書の予想どおり、地下室で監禁されていた。
出発直前になって、秘書が負ぶって運んできた。
なので、乗員は8人と1巻きと1霊である。巻きはルバートである。
御者台にはオルガが座っている。
ここまで、エスティルへのアピールが出来ていなかったことを気にしてか、立候補してきた。
出発して暫くすると、皆眠気に襲われていた。
それもそのはず、お腹一杯に食べていたからである。
当然の如く、御者も、お腹いっぱいである。
オルガも、ウトウトしている。
二頭の馬の足並みが、ズレだしていた。
それに気が付いた者がいる。
リグルスである。
彼は幽霊であるため、食事をとることも無いので、眠くもならない。馬車に乗ることもなく、宙に浮かびながら付いて来ているのである。
リグルスは手綱を握った。
ルバートに触れたことから、集中すれば何とか物に触れることが出来るようになっていたのであった。
次の町は、ビルトリアン伯爵が治める町である。
規模で言うと、「中」位の町であった。
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