65 ハラキリ
宙に浮かぶ光球が、部屋の内部を照らすと、奥には、虚ろな表情をした若い男女が、たくさん横たわっているのが見えた。
左奥からは、女の呻く声が聞こえてくる。
男爵もそこにいた。
若い女を壁に追い込み、ナイフを腹部に突き刺していた。
虚ろな目をしながらも、女は苦しんでいる。
「無粋じゃのう。上が騒がしいとは思っておったが、一体、お前らは何者じゃ」
男爵は50歳を超えており、年齢に比した深い皺が皮膚に見て取れるが、背筋は伸びており、後ろ姿だけ見れば、若者にしか見えなかった。
「お前、何をやっている!」
カルは恐怖もあったが、それ以上に、怒りの感情が上回っていた。
そこに、屋敷の警護団らがなだれ込んで来た。
男爵が、ナイフで若い女性を刺しているのを見て、隊長らしき男は驚愕する。
「丁度良いところに来た。侵入者を全員始末せよ」
隊長格の男は男爵に命令をされるも、周囲の状況を見て困惑している。
警護団員らも動けない。
「つかえぬ、のう」
男爵は、冷ややかに、ゆっくり呟くと、訳を話していただきたいと近寄ってきた隊長格の男を瞬時に斬り刻んだ。
カルは衝撃を受けた。
敵の動きが、人の動きとは思えないほど速かったのである。
脅威を感じながらも、カルは心内で力を貸してくれと念じた後、あろうことか、敵を挑発した。
「こっちだ! こっちに来い!! 相手してやる!」
『……』
その声に反応したのか、男爵はすぐに向きを変え、剣を突き立ててきた。
勢いに押されて一歩後退したものの、カルは何とか受け止めることが出来た。
敵は二つの剣を操る。
所謂二刀流である。
左手には長剣を、右手には中剣を持ち、器用に攻撃を仕掛けてくる。
四合、五合と打ち合った後、互いに下がって距離を取った。
男爵は、50歳過ぎと聞いている。
異世界人は、あんな速さで動けるものもいるのか!
カルは、今の打ち合いだけで、汗が一気に噴き出してきていた。
「……儂の攻撃に反応できるとはのう」
男爵は感心している。余裕の表情である。
「お前、自分で何をしているのか、分かっているのか!」
カルが問いただす。
「あの女のことか? ……別にな。そんなことよりも、貴様、貴族の儂に生意気な口を聞きおって、ただで済むと思うな」
「何だと、この人殺しめ!!」
「人なんぞ、身内を含め、三桁は殺しておるわ。そのような言葉、今更聞いても、何とも思わぬわ」
「なぜ、人を殺す!」
カルは剣を構え直す。
「儂を脅してくるような、下らん奴は殺す。邪魔な奴も殺す。使えなくなったその女も殺す。儂はのう。『力』を手に入れたのじゃ、この『力』は素晴らしい。……この『力』のお陰で、このように速く動くことも出来る」
「お前のように人殺しを平気でする奴に、そんな『力』は必要ないいっ!!」
そう、言い放つと、カルの方から飛び掛かった。
意表を突かれた相手は移動する暇もなく、両の剣で防ぎきるのがやっとであった。
「ぐくっ、『力』のう。まだまだじゃ。儂が欲している『力』とは、勇者がもつような『力』じゃ!! この世界で、指折りの『力』が欲しいのじゃ。…もしかしたら、この先、お前らの犠牲のもと、儂は勇者に成れるかも知れぬのう」
「何だと! 何が、勇者…!!」
カルは、自分の中の怒りが増していくのを感じると同時に、ハッとした。
そして、直感で問いただした。
「もしかして、お前は転生者なのか」
「くくっ、そうじゃ。じゃが、そんなことは、もうどうでも良い。儂はこの歳にして、新たな『力』を得られる術を知ったのだ」
再度、二人は打ち合いだす。
カルは、目の前の狂人が転生者であると聞き、ショックを隠し切れない。
正直、同じ転生者であるなら、いろいろと聞いて見たいこともある。
だが、駄目だ。此奴は狂人だ。
この男は、もとから狂人なのか、それとも、『力』を持ったばかりに、人の心を失ったのか。
それは分からないし、この後に及んで分かる必要もない。
人の命を何とも思わない。…こんな奴は獣とかわらない。
「お前は、その『力』で、これからも、人を殺し続けるのか!」
「ハッ、ハッ、ハッ、『力』は使わなければ、持っていても仕方がなかろう。使わずして、何のための『力』じゃ! 勿論、殺し続けるわ!」
「『力』を持つ者には、為すべきことがあるはずだ! 『力』を持たない者のために、出来ることが必ずあるはずだ! それを人殺しのために使うなどと!!」
二人は、再び距離をとる。
「儂の『力』じゃ、何に使おうと勝手じゃ」
「こ、このっ!」
カルは間合いを詰める。
「……ふむ。どうやら、お前を殺すには、まだ魔力が足りん。補充が必要じゃな」
「どういうことだ! お前、魔力を吸収できる術を持っているのか!!」
エスティルは、刺された女性を治癒していたが、今のカルの言葉を聞いて身構えた。
エンデルでのダンジョンの一件が、頭を過ったからだ。
魔力を吸収できる魔道具は、相手を簡単に無力化できる。それはエスティルも例外ではないのだ。
ジルは敵の仲間が他にいないか、再度、必死に聞き耳をたてる。
「吸収できる術か。…ふふ。……石が、石が魔力を欲するのじゃ。そして、与えれば、与えるほどに、儂は『力』を得られる。チート能力と呼べるほどの『力』を手に入れる日が、何れは、やって来るはず」
男爵は狂人の笑みを浮かべている。
「お前、手にした『力』を人殺しのみに使うのか!」
「そうじゃ、何が悪い。魔力を吸収して、儂の『力』を高めていくのじゃ」
「自分自身の欲のためだけに殺すなんて、人の命を何だと思っている! お前、正しい心は無いのか!!」
カルは力の限り、剣を振るっていく。
激情が溜まりに、溜まった剣勢に、男爵は防戦一方となる。
カルの剣撃が強いため、二本使って、十字で止めないと体勢が崩されてしまうと判断したからだ。
「小僧っ! この世界は弱肉強食の世界! 強い者が弱い者を殺して、何が悪い! それこそが、世の常、道理、正しい世界じゃ」
隙をつき、長剣がカルの首元を薙ぎるも、カルは寸でで、躱す。
先程までとは違う。初めての軌道である
「殺しあうことが、正しい世界だなんて、ありえない! 人の世じゃない!」
「では、魔人の世とすればよい。それだけじゃ」
「お前っ!!」
幾合と交わる剣。
カルは打ち合いの中、気付いた点が二つあった。
一点目は、敵が打ち込んできた右の剣も、左の剣も剣撃がとても軽いのだ。
どちらが利き腕なのかが、分からないほどの弱い剣なのである。
剣の動きからすると、右手で扱っている中剣が、防御の役割を原則担っている。
二点目は、技は多彩であるが、攻撃部位が胸部よりも上に集中していることである。
攻撃してくる範囲が極端に狭いので、予測するのは容易だが、剣が二つあるために攻撃の手数が多く、しかも、二つの剣の速度を微妙に変えて打ち込んでくるために、受けるのに非常に神経を使わされる。
「面白いのう、もう一段階ギアを上げるぞ。ついてこれるか」
男爵はそう言うと、本当に速度を上げてきた。
だが、カルは戦いながら、敵が消耗しているのを感じとっていた。
苦しくてそんなには、続けられないはず。
そう思いながら、男爵の顔が見えた時、微かだが笑みを浮かべていた。
その笑みが、何を意味するのかは分からなかったが、カルは不気味に感じていた。
今、オルガはエスティルの護衛を、フェルビーは警護団隊長を治癒しており、加勢は期待できない。
いや、何をしていたとしても、今のこの二人の戦いに、加勢はしづらい。
突入前のことである。
扉を開ける直前、カルはリグルスから敵の情報を教えて貰っていた。
領内にあった死体は、全て腹部を斬り裂かれていたという。
敵は、『ハラキリ』が得意なのだと、リグルスは繰り返し話してくれた。
最終的に奴が狙って来る処が腹だとしても、二つの剣が顔の近くを襲ってくるのが現状である。恐らくは、打ち合いの隙を見て、扱い易い中剣が腹部を狙ってくるのだろう。
そう、思っていた矢先であった。
自身の腕の下に、黒い影の中に光る凶刃が、見えたのである。
カルは、「しまった!」と思うと同時に「なぜだ?」という思いであった。
敵が繰り出してくる二剣の攻撃を、今、まさにカルは対処している最中である。
そこへ、腹部を狙う影が、別にもう一つ現れたのである。
間に合わない! やられる! 諦めかけた時だった。
ドスッ
「ぐくっっ、ううっ」
男爵の呻き声が響いた。
血飛沫が舞い、床へと血が滴っていた。
カルは距離をとり、男爵の姿を見直して驚いた。
男爵の右横腹に短い腕が、もう1本ついていたのである。
だが、その腕は切り裂かれ、辛うじて繋がっている感じであった。
持っていた刃物と何かの欠片が床に落ちた。
「き、貴様。よ、よくも。な、なぜ…ぐくっ」
「領内の死体が、腹ばかり切られていた理由がそれか。その横腹の腕で殺していったのか」
「…そうじゃ。……転生したら、儂にはこの第三の腕がついておった。なまじ、貴族であったがために、悩みもしたが、人を殺すのには便利なものじゃった」
「……その腕、もう使えはしないだろう。器用な両手だが、利き腕を失っては、これ迄のように人殺しも出来まい。もう観念しろ」
「観念だと? 儂がむざむざ、やられるとでも思っているのか」
男爵は左手で右横腹の手を支え、右手で欠片を拾い上げると、悶絶しながらも横腹の腕の上に欠片を添えて、得意の速さで逃げ出した。
出入り口付近にいた警護団員が数人切り裂かれる。
あっという間の出来事だった。
カルも追おうとしたが、斬られた警護団員が出入り口を塞いでしまい、追う事ができず、逃げられてしまった。
他の警護団員らが、遅れて追っていったが、多分見つけることは出来ないだろう。
今、フェルビーに治癒された隊長の指示のもと、警護団員らは奥で倒れている若者達を介抱して、上の階へと運びだし始めている。
「助かったよ。ルバート」
カルは左腕を見ながら疲れた笑顔で呟いた。
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