60 赤子のラット退治② 婿入りの決意
カルはそういうと、オルガとフェルビーを畑の反対側へと移動させた。
広すぎるので、移動も一苦労である。
配置についた二人は、こちらから見ると小指と中指くらいの身長である。
フェルビーって、やはりデカいな。
「いくよーーーーー」
そう言うと、カルは意識を畑へ集中した。
ゆっくりと、背負いの剣を抜く。
黒色の刀剣からは、赤い電撃が激しく踊っていた。
中段から下段に構え直すと、すぐに右下から逆袈裟で振り切った。
赤黒い魔力が、畑の表面を這うように駆け抜ける。
その瞬間、黒い個体が、地面から弾かれるように宙を舞い、悲鳴を上げた。
カルは、流れるような動きで右足で踏み出し、そのまま膝をおると、剣を左から右へと薙ぐ。
この二撃目は、水平に表面を撫でて畑の大半を覆いつくした。
「カル、な、何したの?」
珍しく、エスティルの腰が引けている。
エスティルは、この剣を知らなかった。
それ以前に、その前に洞窟で使っていた剣、サックにあげた剣の事さえも知らなかった。
以前の剣は、『魔力 攪乱の剣』といい、その名のとおり、相手の魔力を攪乱させる剣である。ただ、攪乱させる相手に集中する必要があった。標的への集中を怠ったり、考えなしに普通に振ると、敵味方関係なく、廻りの者全員が、体内の魔力を攪乱され、具合が悪くなってしまう。ただ、カル自身は、魔力が、ほぼ、ないことから、影響がでない。
この剣は、エッダがカルに授けた一品であり、要は相手が怯んだ隙に逃げることを目的とした『振るだけの剣』であった。
実はこの剣、『エンデルの森』に魔物がでるようになってしまったため、村の護身用にと、ルデス村を離れる時に、カルはサックにあげてしまっていた。
一方で、今、まさに使用している剣は、『攪乱獣魔の剣』といい、『攪乱の剣』を使いこなせたことから、エッダから新たに授かったものである。
この剣の範囲・威力は『攪乱の剣』を凌駕するが、対象は獣と魔物のみに限られ、人族には全く影響のない剣なのである。
「はは、見ていて。解決しそうだよ。ちょっと、可哀そうだけど仕方ない。こいつら、大きくなると、村人を襲うだろうから」
カルは、剣のことは後で説明すると伝え、続けて、三撃、四撃と放っていった。
途中、向かって来た赤子ラットに対しては、容易に斬り伏せる。
オルガとフェルビーが反対方向から、畑の中に入り、半死の赤子ラットにトドメを刺しながら、こちらへ歩いてくる。
オルガの槍とフェルビーの大斧で、全部片付いてしまった。
この畑はラットの住処となってしまったため、誰も寄り付かなかったのだが、大きな音が何度も響いたので、何が起こったのかと隠れていた村人が大勢出て来た。
ラットがたくさん死んでいるのを見た途端、大歓声が上がりだした。
特に、女子供は怖かったのだろう。大喜びしている。
年老いた農夫は、カルの左腕に縋ってお礼を言い続けている。
それだけ、絶望していたということなのであろう。
男の子の目は輝いていた。
因みに、左腕に縋っているので、ルバートが文句を言っている。
ウザイから、早く除けろと煩い。
勿論、この声は俺にしか聞こえていない。
念のために、村内で徹底的に狩りをし続けた。
直接、斬り伏せたラットも意外と多かった。
100匹どころではなかったのである。
全部で、400匹くらいいて、村人は青ざめていた。
だが、もう安心だと分かると、そこからはお祭り騒ぎとなった。
気が付くと、馬車の時間は疾うに過ぎていた。
あらためて、お祝いの宴を催すので、泊まっていって欲しいという。
ラットの肉が売るほどあるのだ。
当然、本日のメインデッシュである。
村長が挨拶に来た。
年老いた村長が言うには、お願いだから、この村にとどまって欲しいという。村の若い男達が戻ってくるのかもわからない。人手が不足しているのだ。もし、男達が戻って来たとしても、耕す農地はいくらでもあるのだという。しかも、娘も多いので嫁に貰って欲しいという。
カルの頭の中に、平和で幸せな生活が思い浮かぶ。
命の危険がない上に、まっとうな仕事と可愛い嫁がついて来るのだ。
そんな生活が目の前にある…。
……どうも、表情に出ていたらしい。
「ヒテテテッ」
頬を抓られた。
「リエルが苦しんでいるんだからね!」
「わかっているよ」
…丁重にお断りした。確かにそうだった。
とはいっても、つい、つい女性に目がいってしまう。
俺の廻りにいる娘らは、俺がラットを斬り伏せたのを見ていたのだろう。結構、カッコよくみえたらしい。その時の話をしてくるのだ。…褒められると気分がいい。
…さらに目を移すと、ジルセンセが凄く、モテているのに気が付いた。
よく見ると、獣人もいる。
「カル~、俺様は楽しいよ。3日間くらい泊まっていこうよぉ」
「全く…どいつも、こいつも」
エスティルは、当然、面白くないようである。
オルガは、男性と間違われているらしく、これまたモテている。
賑わう中、三人は気付いた。
なんと、断トツで、モテているのが、フェルビーなのだ。彼の廻りには、女性がたくさん集まっている。やはり、筋骨隆々で肌が浅黒いので、働き者の印象が強いのだろう。
ただ、この男、ほぼ、ほぼ、話さない。というか、話せない。口下手というレベルでないのだ。普段は、オルガが代弁しているので、一応コミュニケーションがとれてはいるが、彼一人では丸っきり、何も伝わらない。だが、無口なところさえも、魅力なのだろう。人気者となっていた。
また、この男は食いっぷりが良いのだ。本当に良く食べる。
これも、モテている原因である。
まあ、体躯がでかく、背丈も190センチ以上というのもあるのだから、食べるはずである。
お酒も出て来て、結局一行は一泊するのである。
男性陣には夢のような一時であった。
三人とも、これまでの人生において、一番モテた時間である。
お気に入りは、それぞれ、ハミルちゃん、チュリアちゃん、ラットの煮込み(?)。
煮込みがお気に入りなのは、フェルビーである。
エスティルは、村のお婆さんからラットの毛皮で作ったミトンの手袋をプレゼントされて感激している。ジルセンセが、エスティルが寒がっていることを民家の人達に伝えていたのが功を奏したのである。彼は自分の手柄を従者二人に胸を張り自慢していた。
…碌にいいところを見せれていない、オルガは焦るのであった。
翌朝、出発の時刻が近づいていたころ。
俺達の前に、昨日の昼間の男の子がやってきた。
目が真剣である。
「オレの名前はニルス、頼みがあるんだ! 兄ちゃんほどの冒険者なら、オレの兄ちゃんを探せるはずだ! 連れて帰ってくれれば、何でもやる! 何でも言う事を聞いてやるから頼む!」
唐突に頼み込んできた。
もうすぐ、次の馬車が来る時間である。
なんでも、彼の兄は冒険者になるといって、四年程前に王都へと旅立っていったという。家族思いの兄であったため、半年毎ではあったが、定期的に手紙をくれていた。だが、つい、半年ほど前から連絡がとれなくなり、心配しているのだという
村長やお爺さん、他の大人達が、つまらない話をするでないと、止めに入ってきたが、気になるので、俺は話の続きを聞いてみた。
兄の名前はテット・ニア。痩身で火魔術が使えるのだという。
『水属性』や『地属性』ならともかく、『火属性』は農夫の仕事柄、必要性に乏しい。そんな中、なまじ、ファイアボールを創ることが出来たため、自分は冒険者になるために生まれてきたのだと思い込み、ある日、いきなり家を飛び出してしまったのだという。
ジルセンセが言うには、それだけの情報では広い王都で探すのは無理だという。そもそも、その程度の素質では、冒険者の仕事のみで食べていけるはずもない。
王都にいたとしても、とっくに違う仕事に就いているはずである。
王都にやってくる冒険者は、素質のある者が多いのだ。
「そうだ! こん中で、一番魔力の素質があるのは誰だ!」
男の子の目は血走っている。本気なのである。
皆、当然の如く、エスティルを指さした。
「と、当然ね」
褒められた感があって、当の本人は、またしても気分良くなっている。
軽く胸に手をあてて、何かしらといった感じで上品に振舞おうとしている。
「よし、わかった! 決めた! もし、お前が兄ちゃんを連れてきたら、オレは、お前の婿になってやるからな! お前は寂しそうだから、これなら嬉しいだろ、満足だろ。だから頼むな。ねえちゃん」
「…む、むこ? …はあああっ! 馬鹿にしてるの!! 誰が寂しそうよ! な~にが満足だろ、よ!! 婿の心配なんかされたく無いわ! ガキのくせに、よ、よくも!!! こ、この!」
…一転して機嫌が悪くなる。
というか、逆鱗にふれた。。。
カルが、無言で、後ろから羽交い絞めにて、何とか押さえつける。
「ガキとかいうな」
ジルが言うも、聞こえはしない。
それどころではないのだ。
「カル、放しなさい!!」
放せる訳がない。
本気で怒ったエスティルの暴力は、大人でも目の前に『死』がよぎるのだ。
ましてや、子供では…。
丁度、馬車も到着したので、無理くり、エスティルを乗せると出発してもらった。
馬に鞭が入り、車が廻り出す。
村の人達とは、騒がしい別れとなってしまった。
男の子は願いを込めて、思いっきり叫ぶ。
「頼んだぞーーーーーーっ! ねえちゃーーーーーん! 必ず、婿になってやるからな--------!」
「煩あ-------------い! まだ言うか------!」
エスティルは、エレンと話すよりも腹が立つと言って、怒りが収まらない。
あの子の兄貴を見つけたら、問答無用で殴りかかりそうである。
馬車は、次の乗り換えの中継地点を目指して進む。




