公爵令嬢付従騎士
二人が、ベンチから立ち上がり、少し歩いた頃に呼び止められた。
「エスティル様ッ」
「えっ? シャルティエット?」
「お前!」
「カル殿、少しだけ、エスティル様とお話をさせてください」
いきなり、現れたシャルティエットに驚いた二人であったが、彼の神妙な面持ちから言う通りにした。
「エスティル様、暫くの間、お傍を離れることをお許しください。役割故に、あの老人を放ってはおくことはできませぬ。消息を探ってまいります。恐らくは王国を一旦は去るかと思われます。………最後に、私めはあくまで、あなた様の従者であります。これだけはお忘れなきよう。それと、今後は武闘派の者が貴方様の傍に護衛として参りましょう。ご安心を…」
「ちょっとっ!」
「…参ったようです」
「覚悟ぉ--------------っ!」
大声とともに、シャルティエットの胸倉目掛けて槍が伸びてきた。
ガギンッ
カルが剣で防ぎ、槍は弾かれた。
「カル殿、流石でございますな」
「……」
「何言ってるの。あなたの実体は、ここにはないでしょうに」
「…エスティル様も、徐々にですが、感覚が研ぎ澄まされてきておりますね。半年後、私めはある方よりこの地へ来るようにと言われております。機会がございましたら、その時にでもご報告を致します。それでは」
そう言うと、シャルティエットの姿は、その場から薄らいで消えていった。
「シャルティエット!」
「エスティル様! ご無事でらっしゃいますか! あの裏切り者め!」
((何か、面倒くさそうなのが来た))
「ちょっと、あんまりじゃないの! 槍を投げてくるなんて!」
「非礼は、お詫びいたします。ですがエスティル様はご存じでないのです。既にシャルティエットは裏切っております」
走って来た彼女は、上目遣いで、自信あり気に答えた。
「今、その疑いが晴れたように感じていたとこなんだけど。って貴方は誰なの?」
「そ、そんなぁぁぁぁ !!! あまりに、お意地の悪いお言葉です」
そう言うと、彼女は両手をワナワナしながら、泣きそうな顔をし始めた。
エスティルは、……「知らない人なのに、自分を知っている人」がまた現れたのかと、内心、対応するのが面倒だなと思いながらも、彼女には記憶を喪失していることを伝え、丁寧に相手の名前を聞いた。
「自分の名は、オルガです。エスティル様の従者でありまして槍を得物としています。…グスッ」
「ごめんなさい。泣かないで、オルガ」
「そして、あちらから駆けてくる男が……」
「もう一人いるの!?」
男と聞いて、ジルと揉めないかエスティルの頭に不安がよぎる。
「はい。フェルビスといいます。ヒーラーです。彼のことは、フェルビーとお呼びください」
「そ、そう。こちらはカル。私の騎士なの。よろしくね」
「はい」
(どういう風に理解したのだろうか)
二人の従者は、やはりエルフっぽい。
オルガは、筋肉質で比較的背が低い。とはいっても、ドワーフよりは背が高いといった感じである。髪は赤みを帯びていて、ショートぎみの女の子だ。
フェルビーは、これまた筋肉質で体格が良く、背丈は190センチはあろうかといった大男だ。褐色で坊主頭の治癒回復士である。
…全然、ヒーラーには見えない。イメージ違い過ぎる。
因みに背中には、斧と弓を背負っている。
「あやつを追いまする」
「ま、待って!」
エスティルは取りあえず、止めた。
それよりも、この二人をどうしようかと考えていた。
急に従者が増えましたので泊めて下さいと言ったところで、この二人が公爵邸に入れる訳がない。けれども、二人共、これからは行動をともにすると言っている。
仕方が無いので、彼らの宿に泊めてもらおうとカルから提案を受けたものの、全然、そんな気にはなれない…。丁度、男女比が2対2だと言われても、私的には絶対に泊まるのは嫌。はっきり言って、公爵邸に泊まりたい。
二人には悪いが絶対に、汚い宿に泊まっているに違いない。
因に宿泊先を、オルガに聞いてみたら、…二人は野宿していた。
「絶対に嫌よ、カル、公爵邸で泊まらせてもらお」
「……」
俺としては、どうしても泊まりたくない。絶対に質問づけにされるだろうから嫌だ。けれども、エスティルは公爵邸にどうしても泊まりたいらしい…。
この問題は、すぐさま、強引に解決した。
気が付くと、俺らは警備兵に囲まれていたのである。
原因は、街中で槍を投げた奴がいたからだ。
通報されたらしい。当然である。
二人は連れて行かれ、さあ俺らはどうするかと思いきや、俺らも捕まってしまった。どうやら、帰りが遅いので、公爵側の人達が俺達に手配をかけていたらしい。
結局、俺らは公爵邸へと行くことになったのである。
エスティルは馬車で戻れるので嬉しそうである。
しかも、戻れば美味しい料理が準備されていること間違いなしなのだ。
言われるがまま、俺らは馬車に乗り込んだ。
それにしても、あの二人。シャルティエットが護衛と称していたのだから、従者というのは間違いないのであろうが、頼りないこと、この上ない。
現にもう、問題を起こして連れていかれている。従者なのに、エスティルから離れているのだ。今後も着いてくるのかは疑問である。
馬車は邸内に到着した。俺らは丁重に室内へ通されると、そこでは、ジルとリエル、そして若い紳士と淑女の計四人で楽しそうに会話をしていた。
専ら、女性二人が会話を盛り上げている。
隣を見ると、エスティルが固まっていた。
「ご、ごめんなさい。このお洋服。武具店で譲り受けて、そのまま着て行ったら被っちゃってて、その」
挨拶もせずに、服にまつわる一連の話が始まり、聞き終えると同席していた紳士が笑い出した。
笑い終えると、少し申し訳なさそうに話だした。
「いや、笑ってすまない。実際、姉妹に見えるよ。それにしても、まさか、こんな美しい女性が、討伐に参加されていたなんて」
「え、そんな」
ドア口で、少し照れるエスティルを、若い紳士は優しくテーブルへとエスコートする。
笑っていた紳士は、名をジルフリードといい、令嬢フレデリカの兄にあたる。
現当主ラルフリードの孫であり、ゆくゆくはミューラー家の当主となる人物である。
兄妹二人はともに碧眼の持主であり、カルも同色であった。
ジルフリードも、フレデリカも共に、カルに対しては特別な眼差しを向けていた。
別に悪意がある訳ではない。
別人であることは、侍女のマーレから聞いてはいるのだが、幼き頃から一緒に遊び、育ってきた兄弟のような存在が、今、目の前にいるのに、目の前にいないのだ。
中身だけが入れ替わっているという現実。
身内に起きた事故と言えばそれまでだが、何とも素直に表現ができない。というよりも、どう表現をしていいのかが、分からないというのが正しいのかも知れない。
実際のところ、死んだはずのカルが、こうして目の前にいてくれる。
元気な姿を見ることが出来て、嬉しいという気持ちに嘘はない。
二人の沈黙で、少し、その場の雰囲気が変に成りかけたものの、リエルとジルがその場を取り持った。ジルがキャプテンとなった話などをして盛り上げたのである。
六人で楽しく、歓談した後、ゆっくりと皆で食事をすませて、そこで、やっと解放されたのだった。
俺は、割り振られた自室へ入ると脱力して、そのまま腰かけた。
そして、何とか、やり過ごせたと一息ついた。
特に質問攻めにあうこともなかったので、不自然なくらいだなと感じながら、無意識のうちに目を瞑っていた。
強烈な眠気が襲ってきたのである。
そこへ突然、扉がノックされた。
入って来たのは、令息ジルフリードであった。
「やあ、少し、二人で話がしたくてね」
カルの体中に、極度の緊張が走る。
貴族の対応なんか、全く知らない。
今日も、ただ丁寧に受け答えをしていただけである。
特に不遜な発言をしたとも思っていない。
「そんな、緊張しなくても、…確かに、直に訪ねて来られて、驚いたかとは思うけど。実は、カル君に相談があるんだ」
ジルフリードは笑顔である。
初対面で相談を切り出してくるとはと、少し不審に思ったが、身分を考えたら実質は相談ではないなと切り替えて、心して聞くことにした。
すると、他人事でなかったのである。
内容は、リエルの容態についてであった。
『エンデルの森』を外敵から守っているのは、メリーザ様なのだが、森そのものを再び、復活させるには、大樹・樹木精霊であるリエルの復調がかかせないのだという。
今の状態では、『エンデルガーデン』への扉さえも作り出せない状況にある。
リエルは、捕らえられている期間中、瘴気の中で精霊魔力を吸われ続けていたのだ。生かさず、殺さずの状態とされ、さぞ苦しかったに違いない。
彼女の体は瘴気に蝕まれており、現状では魔瘴石が発する瘴気で受けた傷口を、完治させることは不可能なのだという。
しかしながら、完治を可能にする方法が唯一あるという。
それは、『全癒の翆石』を使って治療を施すことである。
なんでも、この『全癒の翆石』を手に入れるためには、王都のダンジョンに行かなければならないとのこと。
「…リエルは助けたいです。けれども、そんなダンジョンにまた潜るなんて! ましてや王都なんて、どこにあるのかさえ…大体、私一人では、行けるはずもありません」
カルは正直に今の思いを告げた。
「本当に助けたいと思っている?」
ジルフリードの目に力が籠る。
「勿論」
「ジル君は、君となら行くと言っている」
「えっ」
カルが驚く中、令息ジルフリードは、ある提案を持ち出した。
「君が悪い人物ではないことは、私の能力でも読み取れるんだ。そこで提案したい。君はこれまで前任者同様に、継続して我が家に仕えてくれないだろうか」
さらに、ジルフリードの目に力が入る。
「もっと言うと、これから王家へと嫁ぐ、妹フレデリカに従って欲しい。これは君の身分を保証するとともに、ダンジョンへも入りやすくなる」
カルは言葉がでない。気圧されている。
「今は、カルアイヤと称して冒険者ギルドに登録をしているようだが、あらためて、公爵家令嬢付の従騎士 カルミュース・スアットマイツ として、生きて行かないかということだ」
カルは、この時初めて、目の前で息を引きとった男の名前を知った。
…カルミュース・スアットマイツ
ここで、区切りをつけて一章を終わりといたします。




