ノープラン
領都・エンデルで、話ながら歩いていた二人は迷子になっていた。
周囲を見渡しても、当然、初めて見る景色ばかりである。
いや、もしかしたら、前回来た時に見たのかもしれない。
けれども、全く覚えていない。そんなところである。
「結構、迷子になってみると不安なもんだね」
カルは取りあえず、話してみる。
「……そうね。なんか、村から出て来たばかりの二人だって、見られているのかと思うと、ちょっと恥ずかしいわね」
そう言うと、エスティルは恥ずかしくて下を向いた。
彼女は、カルに話したいことがあって飛び出してきたはいいものの、話し終えると、今はもう、帰りたくなっていた。
「あっ、そうだ。エッダ様にお礼を言いに行くんだった」
「今から、お店を探すのも大変だよ」
「お礼の言葉は大事よ! 今から、聞いて回るの。それしかないわ」
「あそこって、一般の人は出入りしないから、聞いても分からないんじゃないか? そもそも、なぜか看板は店内にあったし」
「……あの時、カルは何で武具屋だって分かったのよ?」
「窓からそれらしいものが見えたからだよ」
「あんな、ボロ小屋をよく、覗こうと……」
「「 あっ! そうか 」」
村なら目立ちもしないが、領都では目を引く程のボロ小屋である。
二人は、ボロ小屋をキーワードに聞いて回った。
そうしたら、いとも簡単に見つかったのである。
「う~む。ボロ小屋で見つかるとは、領都で一番ボロいんだろうな」
「ちょっと! お礼を言いに来たんだからね。くれぐれも、失礼のないようにね」
俺はエスティルの中に常識があったことに、少し感心しながら戸口を潜った。
俺らの元気な姿を見て、エッダ様は少し驚いた表情で出迎えてくれた。
どうやら、大怪我をして戻ってくるイメージだったらしい。
笑顔で接してくれるも、一つ誤らなければならないことがあった。
俺はメリーザ様もリエルも容態が芳しくないため、『エンデルの森』の魔物が減ることは無いと思い、成り行きとはいえ、『攪乱の剣』をサックに上げてしまったのだ。
魔力が俺と同等のサックであれば、『攪乱の剣』を扱える。振るだけで、小さな魔物であれば逃げ出すこの剣は、村を守るにはうってつけの武器である。
メイが大泣きしていたのを思い出して、つい譲ってしまったことをエッダ様に伝えた。
「何じゃ、そんなこと気にするでない。そもそも、お主に上げた剣じゃ。好きにして構わぬわ。だが、そうなると代わりの剣が必要じゃの。むむ。お主は魔力が少ないからのう。普通魔力が少ない者が冒険者をやるなんて、ありえんことなのじゃが…。あ、これで良いじゃろ、これをやるわいのう」
「何か、…すみません」
「『攪乱獣魔の剣』じゃ、前の剣とは違って、廻りの人族には全く影響はない。だが、獣や魔物に対しては、強力に魔力を攪乱するからの。森やダンジョン専門の剣じゃ。中々の一品じゃぞ! 狙いはきちんと定めてから振るのじゃぞ」
「あ、ありがとうございます!」
お礼の一言は、結構な大声であった。
なぜなら、カルはサックに上げてしまった剣とは別に一つ剣を持っていたのだが、最近、この剣はミューラー家のものだと知り、返還しようと思っていたのである。つまりは、手持ちの剣がなくなってしまうところだったため、新たに剣を貰えると聞いて、つい、つい、嬉しくなり、お礼の一言が大きくなったのであった。
さらに、エッダは二本持ちだったことを知るやいなや、店の奥に戻り別の剣を取ってくると、この剣も譲ってくれると言う。この剣は、ミューラー家の剣と重さや重心が近いもので、カルにとっては扱い易いものであった。
お礼を伝えた後、防具を返えそうとしたが、やったものだとエッダ様に言われたので、そのまま、お言葉にあまえると、さらには手入れまで無料でして貰えることになった…。
これも、全てヨルブあってのことだろう。
勿論、エッダ様がいい人であるのは間違いない。
ヨルブに感謝するとともに、なるべく、今後はヨルブの酒につきあおうと、少しだけ思うのだった。
二人は防具店を後にした。
「カル、さっきの話だけど。…シャルティエットと話す時は一緒にいてね」
「構わないけど。話し方、考えておいてくれよな」
「うん。わかった」
エスティルは俯いていた。
そこへ、いきなり、背後から声を掛けられた。
「エスティルさんとカルさんじゃないですか!」
若い男と女である。
エスティルとカルは、『知っている人はいないが、知らない人に知られている』という人間関係を共に持ち合わせている。
二人だけの世界にいたため、声を掛けられてともに驚いている。
しかも、声を掛けられたのは、二人にである。
二人に共通の友人がいるとは、到底思えない。
訳も分からず。愛想笑いで対応する二人。
(公爵家の人かしら。見たことないわ)
(兵団にも見えないし、すると冒険者か?)
「酷いです。お二人共、約束を忘れたんですか?」
女性の『約束』という言葉を聞いて、ひきつる二人。
(約束ってなんだろ。)
(私じゃないわ。カルでしょ。なんか話しなさいよ。)
「是非ともっておしゃっていたじゃないですか」
男の言葉にさらに、ひきつる二人。
「違うわ」
それを言ったのは、パルーさんよ。
「そだっけ?」
「「 あっ 」」
「あー、忘れてたんですね。僕らはハードルを上げられていた劇団員ですよ。もう! ベンジ座長も喜びますから是非とも、お越しください。良いお席を用意しますので、こちらに来てください」
ふと、見上げると『ベロニカ劇団』の看板が掲げられていた。
見渡すと人通りも多く、劇場前なので、楽器の演奏が聞こえてくる。
「二人して暗い顔して、歩くのよそ!」
エスティルは、もう、切り替えて、演劇を見るつもりである。
どうも、演目はこの前まで大人気であった作品を、急ピッチでさらに書き加えたものらしい。題名は『エンデルの女神』という。なんか、エスティルが好きそうな題名である。
俺達は特等席で見せてもらった。
内容はというと、少し事実に基づいている。
多少は調べたのであろう。
ある日、エンデルの森に魔人が現れて、森を魔物の巣としてしまう。その後、エンデルの騎士17人が戦いを挑むが、大半が命を落とす結果となる。だが、唯一生き残った隊長である騎士・ドースが魔人を何とか退けることに成功する。
その後、ドースは16人の意志を継ぎ、再討伐を国王に直訴する。そして、ドースの心に賛同した国王は彼に魔物征伐を託すことを決断する。王都兵団の兵権を齎されたドースは配下の兵団らとともに森に攻め入り、ダンジョンを制圧し、魔人を討伐し成功を修めるのだ。
だが、公爵令嬢による治癒魔術によって、全ての負傷者は復活するも、ドースだけは最後帰らぬ人となってしまう。ラストは、騎士の忠誠心と令嬢の優しさを讃えるという話である。
正直、負傷者を直していたのは、エスティルで、魔人を殺したのは自分なのだが、世の中に名前を出したくない俺らとしては、このままでいいと思う。
実際、文句があるどころか、隣に座っているエスティルは、劇にどっぷりとはまって、終盤は号泣していた。
俺達は、座長が不在だったので、劇団員の方々に丁寧に挨拶をし終えて別れると、特にすることもないので少し歩いた。
ふと、ベンチを見つけると、考えなしに二人で腰かけていた。
……依然として、公爵邸には戻る気にはなれない。
エスティルは号泣した後なので、出すもの出し切ったといった感じでスッキリした顔つきである。ただ、お腹がなっていた。
「カル、私、お腹減ったんだけど。銀貨何枚ある?」
「い、いや、それがなくて」
「あっきれた。デートで銀貨一枚も持ってないなんて! しかもノープラン…」
「エスティルに、急に腕引っ張られて、出てきたんだから仕方ないだろ」
「……うん。一理あるわね」
「何言っている。それが全てだ」
「……う。…私、お腹減ってんだから、そんなこと言われたら怒りたくなってくる」
「…と、取りあえずは怒らないで。もう、今日のところは公爵邸を探そうよ」
「そ、そうね。また迷子になってるものね」
「ボロ小屋よりは、早く見つかるはず」
「疲れたら、負んぶしてね」
(なんだろ、異世界の女は負んぶ好きが多いのかな)




