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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第一章 エンデルの森
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契約の左腕

 一行は、ルデス村に戻り、二日ほど滞在していた。

 既に負傷者を運ぶための、迎えの馬車は呼んである。

 取りあえずは、全員で、領都・エンデルへと帰還する予定となったのである。


 皆が心配する中、リエルは意識をとりもどして微笑んでいる。

 リエルによると、魔瘴石の強い瘴気に当てられて、敵に捕まってしまったとのことだが、それまではホーンラビットらの魔物を退治していたらしい。


「最初は、可哀そうだったので、脅かして追い払う程度で良いかなと思っていたのです。1回周囲を光らせれば、驚いて逃げると思ったのですが、敵意剥き出しで、向かってきて、可愛くなかったので、2回目以降の発光後は八つ裂きにしてやりました」


 丁寧に話してはいるが、内容は過激である。


 ジルはこの話を聞いて思った。

 思いも寄らないところで、彼女に命を助けられていたのだと。


 リエルは気を使っているのか、ここぞとばかりに喋り出した。

 何でも、悪いことばかりではなかったのだと。


「私、寝てる間にカルに唇を奪われたのです。キスなんて貴重な体験でした」

 リエルは少し、ウットリしている。


「寝ている相手に何をしているのよ! この変態っ!! 何度も言わせるな!!!」

 久方ぶりに、エスティルの逆鱗に触れたようである。

 右頬を引っ張られる。


「誤解を招く言い方を何でするんだ! 回復薬を飲ませただけだろ」

「ええ、でも」

 リエルが恥じらう。


「あんたが、口移ししなくてもいいでしょ!」

「緊急事態だったんだぞ」


「カルは、さあ~、優しいけど、そーゆーとこあるよねー」

 声を聞いて青ざめた。

 エレンである。こいつは、200% 碌な事は言わない。

 絶対にエスティルが、怒るよう差し向けてくるのだ。


「マーレちゃんを必要以上に抱きしめていたしさあ。あの子の胸の大きさ気にしてなかったぁ」

 エレンの目が嫌だ。

 『災いよ、巻き起これ』と暗唱しているような目である。


「そこを気にしてたのは、お前だろ!」

 カルの反論は命懸けである。


「おっ、そう言えば、あたいも右腕を引っ張られて、地面に押し倒された時に胸を鷲掴みされたことがあったなぁ。別にいいけど」

 グリアがそこにいた。

(『別にいい』のなら、この場で喋るなと言いたい。)


 面白そうな展開だと思うと、この獣人は乗っからずにはいられないらしい。


「お前、そのお蔭で命が助かったんだろ! 大体、あの時、気にするなって、言っただろ!」

「確かに言ったが、あたいは気にしている。今、思えば態と、とか? なんてぇ。きゃっ」

(何が、『きゃっ』だ。柄にもない声だしやがって!)


「だ・い・たぁい~、エスティルって人使いが荒いんでしょ~、カルが愚痴ってたもん」

(エレン、お前は未だ喋るか……それは事実だけど。)


「また、あんたは私がいないとこで、ディスっていたのね!!」

(…もう、だめだ)


 ……その後、エスティルからは、廻りの者達が、引くくらいの鉄拳制裁を受けた。

 ここまで、ボッコ、ボッコにされたのは、石化から救った時以来である。

 あの時程、いい思いはしていないのに、フルボッコ…。割りにあわない。

 天然、我儘、悪ノリ女、碌な奴らじゃない。


 エスティルって、あいつ、結構、接近戦もいけるな。

 グリアは思った。



 多数の馬車が到着し、皆でルデス村を後にする。

 友人のサックが手を振ってくれている。

 一際、体が大きいので、何処にいるのかがすぐわかる。

 娘のメイも肩車されて嬉しそうに手を振ってくれている。


 当初、カル達は領都へは行く気はなかったが、リエルの状態を診てもらいたいことと、メリーザの容態が気になっていたので、同行することにしたのだ。


 だが、公爵邸の中に、入る気はなかった。

 入りたいのは、ジルだけであった。


「お前ら、何で邸内に入ろうとしないんだよ」

「……」

 正直なところ、カルはいろいろと公爵家の人達から質問されるのが嫌であった。直ぐに自分が『転生者』であることがバレてしまうと思ったからだ。


 一方で、エスティルも、畏まった場所は苦手であった。

 特に、今はシャルティエットと話が出来ない。しづらい。疑こちなくなっていた。

 心の底から恐怖した石化の記憶が、頭をよぎるのだ。

 泥人形が話していた時の直感が原因である。

 泥人形は、シャルティエットのことを、『魔人を裏切った男』と言っていた。となると、元々は、魔族に与していた輩なのかも知れない。そう思うと、エスティルはシャルティエットと話す気にはなれなかった。


「ジルッ、私、防具のお礼を言いに、エッダ様のお店に行ってくるわ。カルも行こ」

「あ、ああ」

「では、私目も」

「シャルティエットは、…その、今回の報告をしてあげて、会議に出席していたから、その手の人達と面識もあるでしょ。私はカルと行って来るから」


 エスティルは二人にそう言うと、カルの腕を取り、そそくさと行ってしまった。

 ジルが、追いかけようとするシャルティエットを止めた。あんな状況で離れ離れになっていたんだし、二人で話したいこともあるんじゃないのかと告げると、シャルティエットも足を止めた。



 エスティルは、カルの腕を取ったまま、そのまま歩いていた。

「カル、折角リエルを助け出せたのに、何かスッキリしないね。むしろ、面倒事が増えてるよね」

「うん。そうだね。…それに、メリーザ様とリエルも容態が気になるし」


「………ねえ。あ、あのね。そ、その、シャルティエットは魔人側にいたと思う?」

「泥人形の言葉を気にしているの?」

「気にするわよ! カルは知らないだろうけど、魔族は他種族と約束を交わす時、左腕を要求してくるわ」

 エスティルは、あの時、泥人形の傍で宙に浮く、左腕を見ていたのである。

 彼女の瞳には悲しみの色が滲んでいた。


 カルには、言っている意味が分からなかった。

 だからどうなのかと。


 !!ッ 咄嗟に思い出した。


 マーレを槍で刺したのは、左腕だった。


「教えてくれ! その左腕の話を詳しく!」


「……実はシャルティエットの左腕は義手なの。ホーンラビットに襲われた時、心配させまいと彼が私にそう言ったことがあったの。あの義手…魔力コーティングしてある精巧なものだから、普通は気付かないと思う」

「じゃあ、契約を交わしていると」

 カルの腕に力が入る。それもそのはず、カルは魔人殺しとあの場で認定されたのである。即ち、魔人側からすると敵なのだ。そうなると、契約を交わしているとなれば、シャルティエットに命を狙われても、おかしくはないということだ。


「まさか、マーレを傷つけたのは、彼奴の左腕なんじゃ」

 カルは冷静を保ちながら、聞き返す。

「落ち着いて。例えそうだったとしても、それは彼がやったことではないでしょ! 奪われたんだから無関係よ」

「う、…そうだね」


 エスティルは、組んでいる腕からカルの感情を感じ取っていた。


「でもね。これまで、彼は私の安全を最優先に考えて、献言してきてくれたわ。それが廻りの人達にとって、不利な状況に追い込まれることになっても。それに記憶の無かった私に魔術を思い出させてくれたのも彼なの」


「エスティル。現状では、君の従者であることは間違いないんだと思う。けれど、魔族と契約しているのが事実であれば、庇い立てする余地はないよ」


「けれど、彼も裏切り者として命を狙われているのよ! 今はカルと同じ立場よ」


「……確かに」

「……ね」

「ああ」


「「 …… 」」

「「 …… 」」



「ここ、どこだろ」

「……私達。迷子になったみたい」

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