契約の左腕
一行は、ルデス村に戻り、二日ほど滞在していた。
既に負傷者を運ぶための、迎えの馬車は呼んである。
取りあえずは、全員で、領都・エンデルへと帰還する予定となったのである。
皆が心配する中、リエルは意識をとりもどして微笑んでいる。
リエルによると、魔瘴石の強い瘴気に当てられて、敵に捕まってしまったとのことだが、それまではホーンラビットらの魔物を退治していたらしい。
「最初は、可哀そうだったので、脅かして追い払う程度で良いかなと思っていたのです。1回周囲を光らせれば、驚いて逃げると思ったのですが、敵意剥き出しで、向かってきて、可愛くなかったので、2回目以降の発光後は八つ裂きにしてやりました」
丁寧に話してはいるが、内容は過激である。
ジルはこの話を聞いて思った。
思いも寄らないところで、彼女に命を助けられていたのだと。
リエルは気を使っているのか、ここぞとばかりに喋り出した。
何でも、悪いことばかりではなかったのだと。
「私、寝てる間にカルに唇を奪われたのです。キスなんて貴重な体験でした」
リエルは少し、ウットリしている。
「寝ている相手に何をしているのよ! この変態っ!! 何度も言わせるな!!!」
久方ぶりに、エスティルの逆鱗に触れたようである。
右頬を引っ張られる。
「誤解を招く言い方を何でするんだ! 回復薬を飲ませただけだろ」
「ええ、でも」
リエルが恥じらう。
「あんたが、口移ししなくてもいいでしょ!」
「緊急事態だったんだぞ」
「カルは、さあ~、優しいけど、そーゆーとこあるよねー」
声を聞いて青ざめた。
エレンである。こいつは、200% 碌な事は言わない。
絶対にエスティルが、怒るよう差し向けてくるのだ。
「マーレちゃんを必要以上に抱きしめていたしさあ。あの子の胸の大きさ気にしてなかったぁ」
エレンの目が嫌だ。
『災いよ、巻き起これ』と暗唱しているような目である。
「そこを気にしてたのは、お前だろ!」
カルの反論は命懸けである。
「おっ、そう言えば、あたいも右腕を引っ張られて、地面に押し倒された時に胸を鷲掴みされたことがあったなぁ。別にいいけど」
グリアがそこにいた。
(『別にいい』のなら、この場で喋るなと言いたい。)
面白そうな展開だと思うと、この獣人は乗っからずにはいられないらしい。
「お前、そのお蔭で命が助かったんだろ! 大体、あの時、気にするなって、言っただろ!」
「確かに言ったが、あたいは気にしている。今、思えば態と、とか? なんてぇ。きゃっ」
(何が、『きゃっ』だ。柄にもない声だしやがって!)
「だ・い・たぁい~、エスティルって人使いが荒いんでしょ~、カルが愚痴ってたもん」
(エレン、お前は未だ喋るか……それは事実だけど。)
「また、あんたは私がいないとこで、ディスっていたのね!!」
(…もう、だめだ)
……その後、エスティルからは、廻りの者達が、引くくらいの鉄拳制裁を受けた。
ここまで、ボッコ、ボッコにされたのは、石化から救った時以来である。
あの時程、いい思いはしていないのに、フルボッコ…。割りにあわない。
天然、我儘、悪ノリ女、碌な奴らじゃない。
エスティルって、あいつ、結構、接近戦もいけるな。
グリアは思った。
多数の馬車が到着し、皆でルデス村を後にする。
友人のサックが手を振ってくれている。
一際、体が大きいので、何処にいるのかがすぐわかる。
娘のメイも肩車されて嬉しそうに手を振ってくれている。
当初、カル達は領都へは行く気はなかったが、リエルの状態を診てもらいたいことと、メリーザの容態が気になっていたので、同行することにしたのだ。
だが、公爵邸の中に、入る気はなかった。
入りたいのは、ジルだけであった。
「お前ら、何で邸内に入ろうとしないんだよ」
「……」
正直なところ、カルはいろいろと公爵家の人達から質問されるのが嫌であった。直ぐに自分が『転生者』であることがバレてしまうと思ったからだ。
一方で、エスティルも、畏まった場所は苦手であった。
特に、今はシャルティエットと話が出来ない。しづらい。疑こちなくなっていた。
心の底から恐怖した石化の記憶が、頭をよぎるのだ。
泥人形が話していた時の直感が原因である。
泥人形は、シャルティエットのことを、『魔人を裏切った男』と言っていた。となると、元々は、魔族に与していた輩なのかも知れない。そう思うと、エスティルはシャルティエットと話す気にはなれなかった。
「ジルッ、私、防具のお礼を言いに、エッダ様のお店に行ってくるわ。カルも行こ」
「あ、ああ」
「では、私目も」
「シャルティエットは、…その、今回の報告をしてあげて、会議に出席していたから、その手の人達と面識もあるでしょ。私はカルと行って来るから」
エスティルは二人にそう言うと、カルの腕を取り、そそくさと行ってしまった。
ジルが、追いかけようとするシャルティエットを止めた。あんな状況で離れ離れになっていたんだし、二人で話したいこともあるんじゃないのかと告げると、シャルティエットも足を止めた。
エスティルは、カルの腕を取ったまま、そのまま歩いていた。
「カル、折角リエルを助け出せたのに、何かスッキリしないね。むしろ、面倒事が増えてるよね」
「うん。そうだね。…それに、メリーザ様とリエルも容態が気になるし」
「………ねえ。あ、あのね。そ、その、シャルティエットは魔人側にいたと思う?」
「泥人形の言葉を気にしているの?」
「気にするわよ! カルは知らないだろうけど、魔族は他種族と約束を交わす時、左腕を要求してくるわ」
エスティルは、あの時、泥人形の傍で宙に浮く、左腕を見ていたのである。
彼女の瞳には悲しみの色が滲んでいた。
カルには、言っている意味が分からなかった。
だからどうなのかと。
!!ッ 咄嗟に思い出した。
マーレを槍で刺したのは、左腕だった。
「教えてくれ! その左腕の話を詳しく!」
「……実はシャルティエットの左腕は義手なの。ホーンラビットに襲われた時、心配させまいと彼が私にそう言ったことがあったの。あの義手…魔力コーティングしてある精巧なものだから、普通は気付かないと思う」
「じゃあ、契約を交わしていると」
カルの腕に力が入る。それもそのはず、カルは魔人殺しとあの場で認定されたのである。即ち、魔人側からすると敵なのだ。そうなると、契約を交わしているとなれば、シャルティエットに命を狙われても、おかしくはないということだ。
「まさか、マーレを傷つけたのは、彼奴の左腕なんじゃ」
カルは冷静を保ちながら、聞き返す。
「落ち着いて。例えそうだったとしても、それは彼がやったことではないでしょ! 奪われたんだから無関係よ」
「う、…そうだね」
エスティルは、組んでいる腕からカルの感情を感じ取っていた。
「でもね。これまで、彼は私の安全を最優先に考えて、献言してきてくれたわ。それが廻りの人達にとって、不利な状況に追い込まれることになっても。それに記憶の無かった私に魔術を思い出させてくれたのも彼なの」
「エスティル。現状では、君の従者であることは間違いないんだと思う。けれど、魔族と契約しているのが事実であれば、庇い立てする余地はないよ」
「けれど、彼も裏切り者として命を狙われているのよ! 今はカルと同じ立場よ」
「……確かに」
「……ね」
「ああ」
「「 …… 」」
「「 …… 」」
「ここ、どこだろ」
「……私達。迷子になったみたい」




