再会
「カル! リエルさんを見て」
エレンが、リエルを抱き起していた。
『待て! 主よ、剣を抜くのだ!』
「ルバート!? そうだ、さっきは助かった、ありがとう」
『礼はよい! 敵は未だ上空にいるのだ! 早く抜け!』
カルはルバートの言う通りにする。
カルはマーレを下すと、少し、敵よりへ歩を進めてから『攪乱の剣』を抜いたのである。
ルバートは、この剣の適性を見抜いていた。
今、上空にいる敵であれば、この剣を抜いているだけで近寄ることも出来ない。ましてや攻撃魔術を発動させたとしても、こちらに当てることは困難であろうと。
案の定、『左腕』は距離を取ろうとした。
そこへ、カルは『左腕』へ向けて一振り、二振りし、攪乱の波を起こしたところ、『左腕』は空中でふらつき出し、仕舞には落下してしまった。
『左腕』は身に纏っていた魔力に異常をきたし、空中で浮いていられなくなったのである。念のため、カルは、さらに二振り、三振りした後、急いでリエルの方へと向かった。
エレンはマーレを抱きしめた後、必死に介抱している。
だが、リエルに意識は無かった。
「こんな状態で、ヒールをつかってくれたのか」
カルは彼女の手を取っている。
『……』
「ここは、危険過ぎるわよ。またいつ、敵がやってくるか分からないわよぉ。早く移動しないと!」
「確かに。…リエルは俺が負ぶるから、手を貸してくれ、エレン」
「うん。マーレちゃん、外への出口を探して! お家に帰る出口よ」
……エレンは、マーレがもとに戻っていることに、未だ気付いていない。
「少し、お時間を下さい。探してみます」
「へっ?」
「マーレは元に戻ったらしい、エレン」
「そ、そうなのぉ。あんなに可愛かったマーレちゃんが、もう、こんなに大きくなって!」
エレンは親戚の叔母ちゃん、みたいなことを言う。
「…あ、あの、大きさは変わっていないと思います」
「変わっていないと言うか……。い、意外と大きかったわ。ショック受けたもの」
エレンはボソッという。
「何のお話ですか?」
…胸の話だろう。
「エレン、変な話しするなよ! 早く、移動するんだから!」
「……そんな、怒んなくたって。ううっ」
強く、言われて、エレンは少し凹んでいる。
「……初中後、抱っこしてたんだから、マーレちゃんの胸が大きいの、カルは知ってたんでしょ!」
悔しまぎれのエレンの一言である。
「えっ!?」
「お、おい、誤解を生むことをいうなよ」
「ふーーーんだ」
エレンはソッポを向いている。
マーレは、真っ赤になり、俯いてしまった。
ま、まずい。いや、不味くはない。
何かした訳ではないのだ。
ただ、彼女にとって、俺は外見だけは知人であるが、中身は知らない男だ。
そんな、知らない男に何度も抱っこされていたという事実はある。
…普通、こういう局面になった時、立場的にエレンがフォローしてくれるものなのではと思うのだが、まさか、自ら局面を作り出して、そっぽを向くとは…。
ま、まずは事実を正直に説明しよう。そして、その後に謝罪をしよう。
「だ、大丈夫です。だ、抱っこは、守って頂いていたという事ですよね。別に着衣に乱れがあるとか……」
マーレは言いかけて止まった。硬直している。
着衣に違和感があるのである。
カルは気が付いた。
「そ、それはエレンが着替えさせていたからだよ」
変な声がでてしまった。
「知、ら、なぁいも~ん」
今度は、エレンが5歳児になったかと思うほどの低レベル対応である。
マーレは、エレンの対応を見て自分達は揶揄われているのだと理解した。でも、幼い時から見てきた『カル兄』が慌てている姿を見て、少し可笑しく感じ、軽い一言がでた。
「そういうことは、起きている時にして下さいね」
マーレは言い終わった後、カアッと、また真っ赤になってしまった。
可笑しく感じて、少し機転のきいた言葉を返そうと思い、出てきた言葉が、誘い言葉になってしまったからである。
正直、言った内容も内容だが、子供が背伸びしている感も加わって、恥ずかしくて、恥ずかしくて、立っていられない程である。
「へ~、意外~、結構いうのねぇ。もしかして、5歳児のあれって、ずーっと演技だったりするのぉ? カルも、モテるのねぇ」
今度は、カルが真っ赤である。
前世でも、前前世の記憶でも、まだ奥さんはおろか、女性が出て来たことはない。そんな中、あんな風に言われたら、どうしても意識をしてしまう。
だが、ここは異世界である。
彼女のことも知らない。
彼女が発する親し気な言葉は、元の別な『カル』に対してであろう。自分にでは無いのに、咄嗟に出てきた言葉にオロオロしてしまう。…みっともない限りだ。
カルはある程度、自分の中で整理が出来た後、笑顔を返した。
「ありがとう」
言葉自体が適切であったかは、わからないが、取りあえず口からでた言葉だった。
今度は、受け取ったマーレの方が考えてしまう。
そんなこんなで、この緊急時に、進むことが出来ずにいた。
「早く、出発しようよう」
原因を作ったエレンが切り出してきた。
よく言ったものだ。カルは襟首掴まえて、泉に投げてやろうかと思う程である。
再度、マーレが集中を始めたところ、何やら音が聞こえてきた。
『左腕』が落下した辺りからである。
土砂が集まり、盛り上がって、人の形になろうとしていた。
「だから、早く出発しようっていったのに~」
エレンは、今にも泣きそうである。
なぜなら、回復薬系は全てリエルに使ってしまったので、スッカラカンなのである。
戦闘は是が非でも、避けたい状況である。
敵の出現に、一瞬カルも焦りはしたが、相手との距離が結構ある。
多分、『攪乱の剣』があるために、敵は近づけないのであろう。
泥人形が完成したようである。
どうも、杖を手にしており、腰の曲がった老人に見える。
距離があるが、見たことのある顔ではある。
それも最近である。
「あっ」
カルは思い出した。それは、ギルドにあった手配書の老人であった。
「エレン、彼奴は金貨200枚で手配されている獣目の老人だ」
「そんな額の懸賞首なんて、無理よ! 私達で、どうこうできる敵じゃないわ。」
「二人共、落ち着いてください。目の前の敵は泥人形です。本人ではありません。カル様の剣の発する光があるので、近くに寄れないんです」
マーレは適格に状況を把握していた。
「フォッ、フオ、その通りじゃ、近寄ればただの泥になってしまうわい。遠隔で拵えた人形じゃ。…それにしても、よくもここ迄、破壊してくれたのぉ。その上、ドライアドまで奪っていくつもりかの」
「悪いけど、彼女は恩人なので、返してもらう」
カルの声に、力がこもる。
「そうは、いか……何じゃ、そちらにもネズミが潜んでおったか」
そう言い終えると、カル達に正対している泥人形の背後に、別の泥人形が新たに創られた。
「久しぶりじゃのう」
声は冷ややかだ。
「やはり、出ばって来おったか、ミューラーよ」
岩陰から、ラルフリード公爵を筆頭に公爵家一行、銀翼、女神の祝福らのメンバーが現れた。
一行は、シャルティエットが魔法陣を修復した後、順番に転移を行い、大惨事となっているこの場所をかぎつけて、到着したばかりであった。
皆、異様な空気を感じ取っていた。
「ガルツ、…あれが、魔物を操る黒幕だよ。やっぱし、いるんだねぇ。ああいう、いかにもってやつ」
「パルーよ。泥人形から瘴気が漏れてくる。底が知れぬ。油断はならぬ」
二人は嫌なものを見てしまったかのような表情である。
そんな中、二人は、奥で座り込むエレンの姿に気付いた。
同様に公爵一行、エスティルらも、マーレやカルの姿を確認していた。
ジュノーは助けに行こうと思ったが、奥に、初めてみる魔力の畝りがあり、飛び出せなかった。
そして、再び、泥人形の目と口が開く。
「随分と大勢で、やって来たのう」
「大勢で来ても、会えたのは泥人形じゃ、がっかりじゃわ」
泥人形は面々を見渡して笑い始めた。
「これは、これは、わざわざ、関係者を揃えてきてくれたのかな。フォッ、フォッ」
「何じゃ、どういう事じゃ、言うてみい」
「そうじゃのう。まずは聞け。……くっ、くっ、くっ、偶然ではあったのじゃったが、儂は魔核を手に入れたのじゃ。そして、今まさに、我が秘術によって体内に取り込んでおる最中なのじゃ」
獣目の老人は、口角があがり、嬉しそうである。
「虚言を申すな。魔核が体内にあって、平然として居られる訳がなかろう」
公爵の眼光は鋭い。
「そうじゃ、それが定説じゃ。じゃが、人族の中でも、魔人の肉体部位や瘴気に順応できうる者が僅かじゃが、密かにおることがわかったのじゃ。儂は命を懸け、これ迄、魔術を研究して来た訳ではない。魔力を研究してきた。それ故に分かった。そして、自分が適応者であることも分かったのじゃ」
この獣目の老人は、元をただせば、若かりし頃の公爵の知人でもあり、王都魔術学院の魔術研究者である。ある事件をきっかけに逃亡の身となって、久しい。
「仮に、魔人の血や部位を体内に受け入れられたとしても、魔核は、魔人の根源となる部位じゃ、考えらぬ」
「それを、儂で試しておる。儂の体内の魔力操作でどのようになるのかをの」
「むう」
「くくっ、他にも、面白いことを教えてやろう。我が体内の魔核と殺された魔人は双子であってのぉ。記憶が共有できるのじゃ」
老人は古き知り合いにあったことが、影響してか、過ぎるほどの饒舌ぶりであった。
「…何の記憶を共有しておるのじゃ」
「くくっ、死んだ魔人はのう。自己の欲に溺れてのう、あろうことか約していた魔女殺しもせず、そこの似た服を着た女二人を隷属の首輪で飼おうとした挙句、そこの男に裏切られ、仕舞にはあっちのガキに殺されたのじゃ」
二体の泥人形が、夫々が指さしたのはシャルティエットとカルであった。
「ど、どういうこと!」
エスティルは、自分の石化と関係があると確信した。
直感である。
「儂の中の魔核が疼いておるわ、裏切った男と殺した男、お前らは必ず殺してやる、といきまいておるわ。くく」
「カル殿、何が起きるか、分かりませぬ。早急に切り捨ててください!!」
シャルティエットが叫ぶ。
カルは、自分が狙われていることは理解出来た。
だが、老人の話している内容が、いまいち、頭に入ってこないでいた。
彼はハラハラしていたのである。
もしかしたら、この謎の老人は、自分が転生者であることを知っていて、この場で喋られるのではないかと。
カルは、シャルティエットの叫びに反応して斬り込もうと、一瞬思ったが、とどまった。
三人から離れるにはリスクがあると思ったからだ。
リエルに至っては意識がないのだ。
「まあ、待つのじゃ、久しぶりじゃ、もう少し話をさせよ。今、儂の手元には、体内に取り込んだ魔核とは別にもう二つ魔核がある。そして、ドライアドを捉えたこの魔瘴石。どうじゃ。凄かろう。おもしろかろう。フォッ、フォッ」
今度は、カル達の方を向いている泥人形が喋り出した。
「そのような物、これから、何に使うつもりじゃ!」
公爵が問う。
「魔術・魔力の深淵に挑むために決まっておろう! 実現には魔人の力の解明が必要じゃ。実際、そのために、どの国にも魔核は保管されておる。たまたま、どこかの国で、実験の際に魔人が復活し、逃げられた。そんなとこであろう。そして、逃げた魔人をそのガキが殺してくれたお蔭で、残りの魔核全てを、儂が手にすることが出来たのじゃ。お主のお陰で我が人生が、再び脚光を浴びる」
カルは、今の言葉に動転した。
細かい経緯は分からないが、あの時、許せないという気持ちから必死で魔人を殺した。
それが、今回の大事件の引き金になっていたらしい。…悪い事はしていない。それは分かっている。だが、今回、多くの犠牲者が出た原因に自分は大きく関わったのか。
そう思った瞬間、耐えられなくなり、考えなしに剣を抜き、カルは飛び込んだ。
当然の如く、『攪乱の剣』の効果により、泥人形は崩れ始めた。
「今日のところは、ここまでじゃ。また会おうぞ。ミューラー、生きて出られたらじゃがの」
崩れ行く泥人形は、最後に笑っているようであった。
「!! 皆の者、退却するぞ。夫々、救出したい者の無事が確認出来たであろう。このダンジョンは崩壊するやもしれぬ、早く行くぞ!」
公爵は、もと来た道へ戻るよう指示し、皆、転移の台座を急ぎ目指した。




