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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第一章 エンデルの森
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マーレの頬にカルの涙


「マー-----レェェッ-――――------ッ」

 カルの悲痛な叫びを聞いて、エレンは即座に振り返り、目の前の光景に凍りついた。


 マーレは、頭をゆっくりと動かし、俯きつつ、両手で槍を抑えている。

 両膝が地面につく。

 即死なのだろうか。

 あまりの凄惨な光景を目の当たりにして、一瞬止まりはしたが、カルは直ぐに駆け寄った。リエルも半身で起き上がる。


「マーレ!! しっかりしろっーー!」

 カルは無心で、両手で槍を引き抜くと、強く抱きしめた。

 見たことのない量の血が流れ出している。


「リエル、ヒールを、早く、ヒールを!」

 カルが必死で叫ぶ。


 そこへ、下卑た笑い声が聞こえてきた。

「ヒヒャ、ヒヒャハハッ、ヤッテやったぞ! ギャヒッヒッヒ!」


 カルが怒りの形相で声の主をみると、そこには二本の小角がある蝙蝠と、肘から指先までの左腕が宙に浮かんでいた。

 エレンが、即座に|光の矢(ライトニングアロー)で攻撃するも、左腕は高く、高く、上空に逃げてしまった。

 蝙蝠の方はヒラリ、ヒラリと躱す。


「仲間を、ましてやこの場の無抵抗の魔物らを殺しやがって! イイ気味だ、次はお前の首を刎ねてヤルッ!!」

 光の矢(ライトニングアロー)を躱した勢いそのままに、蝙蝠はカル達に真っ直ぐに向かってきた。

蝙蝠の翼が、刃へと形状変化する。


 カルは剣を抜こうと、背へと手をかけるも、剣がない。

 エレンを負ぶった時に左腰へと移し替えていたのである。

 左腕でマーレを抱いているので、左腰にある剣が取れない、右腕がまわるはずもない。

 

 もう、剣は抜けないと、あきらめたカルは、マーレを守りたい一心で抱きしめたまま、あろうことか敵に背中を向けてしまった。


 この時、不思議とカルの頭からは、自己の生死は抜けてしまっていた。


 咄嗟の反応だった。

 反撃の糸口もなく、無抵抗の状況である。


 光の矢(ライトニングアロー)も間に合わない。

 エレンの絶叫が鳴り響いていた。



 声がした。


『……馬鹿な』

 呆れたような声である。


 それは、期待していた『内なる声』では無かった。

 だが、聞いたことのある声であった。


 カルの体はマーレを抱いたまま、左廻りで急回転させられると、抱きしめていた左腕が敵方目掛けて伸びきった。まるで、左腕を引っ張り込まれた感覚であった。


 カルは、なすがままである。

 理解する時間もない。

 次に彼の目に映ったのは、真っ直ぐに敵方向に伸びた左腕。

 その、さらに先には、白銀色に輝く道が伸びていた。


 正体は、ルバートであった。

 彼は、形状を変化させて巻き付いていたカルの左腕から、本来の彼の姿である槍斧(ハルバート)へと変化し、蝙蝠へと向かっていったのだ。


 一瞬の出来事であった。


 二本小角の蝙蝠は、突如として目の前に現れたアーティファクトに突き殺され、翼が砕かれ、肉塊となり果てて、落下した。

 蝙蝠自身は、目の前が白銀色に染まった瞬間、絶命した。

 どうして死んだのかも分からなかっただろう。

 いや、死んだことすら、分からなかったかも知れない。


 蝙蝠が落下した音を聞いて、カルは正気に戻った。

「あ、は、あぐっ、リ、リエル、ヒールを!!」

 再度、叫んだカルだが、リエルは俯せで倒れていた。

 魔力、体力が尽きていたのである。

 下手をしたら、意識がないかもしれない。


 カルはエレンの方を向くも、彼女は首を振っている。

 エレンは、治癒魔術を使えないのである。

 持っていた薬は全て、リエルの回復に使ってしまった後である。

 手当のしようがない。


 カルは涙が止まらない。

 仮面から涙が、滴たる。


 自分の腕の中で、人が死んでいくなんて、今までに経験したことなんてない。

 ありえない。

 彼女を支える俺の腕は、震えていた。


 今、彼女には俺の姿が見えているのだろうか

 死にゆく彼女を見て、何一つ、言葉が出て来ない。


「カフッ」

 マーレが吐血した。


「マーレ! 聞こえるか! 聞こえるか、マーレ!!」

 カルは涙が止まらない。

 仮面の中は、涙でぐっしょりである。


「…き、こえています。カ、カル様。さ、い、ごに、お顔が…見たい…で、す」


「マーレ、元に、元にもどったのか!!」

 マーレは涙しながら、ゆっくりと僅かに頷く。

 そして、細く、真っ白な指が、カルの仮面に触れていた。


「も、もう…助かり…は、し…ません。お、願い…です」

 マーレは微笑んでいた。


「カル!」

 エレンも頷いている。

 

 カルは、右手で仮面を外そうとするも、うまく、外すことが出来ない。

 …これ迄に、一度も外したことがなかったのである。


「外れない、外せないんだ!」

 

 マーレの微笑みから、ゆっくりと生気が抜けていく。

 彼女の指も、力なく離れていく。


「ま、待て、待ってくれ! だい、大丈夫だ、何とかなるから、まって!」

 カルは錯乱していた。

 


「ヒールだ、ヒールが、ヒールが必要なんだ! ヒールをかけてくれ---------ッ!!!」


 洞窟中に響き渡るカルの声……。

 混乱していた。

 

 すると、どこからやって来たのか。

 無数の翆色の光の粒子が集まってきた。


 そして、カルの心からの叫びに呼応するかの如く、翆色の淡い光がカルとマーレを包み込んだ。

 翆光は、緩やかな風のように二人の周囲を、幾度も、幾度も、流れている。

 エレンは跪いて祈っていた。


『………』


 そして、ゆっくりと翆光が風の如く、消えていく。


「エレン、マーレは治ったのだろうか?」

 カルはマーレを見つめたまま、話し掛けた。

 傷口が塞がったのだろう。流血がとまったようである。


 ふと、マーレの唇が微かに動いた。

 カルは、それを見て驚き、微かに顎を引いた。

 すると、仮面の先端が軽く喉に触れた。


 ピキキキッ、パカッ、


 カルの仮面は、縦に亀裂が入ると、真っ二つに割れたのであった。


 二枚となった仮面を右手に収めると、カルの顔が露となった。


 ふと目が合う。マーレは涙目で微笑んでいる。


 カルの顔は涙で、ぐしゃぐしゃである。


「カル様、カル兄さま。……私、生きて…います。助…かった…ようです」


「よ、良かった。本当に良かった」


 喜びの一声は、二人して鼻声である。


 マーレの頬に、カルの涙が一滴、二滴と零れる。



「リエルさん! 大丈夫ですか!!」

 エレンの声が響いた。

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【御 礼】

今回、DUをお読みいただきまして、ありがとうございました。

また、ブックマークや評価にて、応援していただき、重ねてありがとうございます。

更新の原動力に、本当になります。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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