マーレの頬にカルの涙
「マー-----レェェッ-――――------ッ」
カルの悲痛な叫びを聞いて、エレンは即座に振り返り、目の前の光景に凍りついた。
マーレは、頭をゆっくりと動かし、俯きつつ、両手で槍を抑えている。
両膝が地面につく。
即死なのだろうか。
あまりの凄惨な光景を目の当たりにして、一瞬止まりはしたが、カルは直ぐに駆け寄った。リエルも半身で起き上がる。
「マーレ!! しっかりしろっーー!」
カルは無心で、両手で槍を引き抜くと、強く抱きしめた。
見たことのない量の血が流れ出している。
「リエル、ヒールを、早く、ヒールを!」
カルが必死で叫ぶ。
そこへ、下卑た笑い声が聞こえてきた。
「ヒヒャ、ヒヒャハハッ、ヤッテやったぞ! ギャヒッヒッヒ!」
カルが怒りの形相で声の主をみると、そこには二本の小角がある蝙蝠と、肘から指先までの左腕が宙に浮かんでいた。
エレンが、即座に|光の矢で攻撃するも、左腕は高く、高く、上空に逃げてしまった。
蝙蝠の方はヒラリ、ヒラリと躱す。
「仲間を、ましてやこの場の無抵抗の魔物らを殺しやがって! イイ気味だ、次はお前の首を刎ねてヤルッ!!」
光の矢を躱した勢いそのままに、蝙蝠はカル達に真っ直ぐに向かってきた。
蝙蝠の翼が、刃へと形状変化する。
カルは剣を抜こうと、背へと手をかけるも、剣がない。
エレンを負ぶった時に左腰へと移し替えていたのである。
左腕でマーレを抱いているので、左腰にある剣が取れない、右腕がまわるはずもない。
もう、剣は抜けないと、あきらめたカルは、マーレを守りたい一心で抱きしめたまま、あろうことか敵に背中を向けてしまった。
この時、不思議とカルの頭からは、自己の生死は抜けてしまっていた。
咄嗟の反応だった。
反撃の糸口もなく、無抵抗の状況である。
光の矢も間に合わない。
エレンの絶叫が鳴り響いていた。
声がした。
『……馬鹿な』
呆れたような声である。
それは、期待していた『内なる声』では無かった。
だが、聞いたことのある声であった。
カルの体はマーレを抱いたまま、左廻りで急回転させられると、抱きしめていた左腕が敵方目掛けて伸びきった。まるで、左腕を引っ張り込まれた感覚であった。
カルは、なすがままである。
理解する時間もない。
次に彼の目に映ったのは、真っ直ぐに敵方向に伸びた左腕。
その、さらに先には、白銀色に輝く道が伸びていた。
正体は、ルバートであった。
彼は、形状を変化させて巻き付いていたカルの左腕から、本来の彼の姿である槍斧へと変化し、蝙蝠へと向かっていったのだ。
一瞬の出来事であった。
二本小角の蝙蝠は、突如として目の前に現れたアーティファクトに突き殺され、翼が砕かれ、肉塊となり果てて、落下した。
蝙蝠自身は、目の前が白銀色に染まった瞬間、絶命した。
どうして死んだのかも分からなかっただろう。
いや、死んだことすら、分からなかったかも知れない。
蝙蝠が落下した音を聞いて、カルは正気に戻った。
「あ、は、あぐっ、リ、リエル、ヒールを!!」
再度、叫んだカルだが、リエルは俯せで倒れていた。
魔力、体力が尽きていたのである。
下手をしたら、意識がないかもしれない。
カルはエレンの方を向くも、彼女は首を振っている。
エレンは、治癒魔術を使えないのである。
持っていた薬は全て、リエルの回復に使ってしまった後である。
手当のしようがない。
カルは涙が止まらない。
仮面から涙が、滴たる。
自分の腕の中で、人が死んでいくなんて、今までに経験したことなんてない。
ありえない。
彼女を支える俺の腕は、震えていた。
今、彼女には俺の姿が見えているのだろうか
死にゆく彼女を見て、何一つ、言葉が出て来ない。
「カフッ」
マーレが吐血した。
「マーレ! 聞こえるか! 聞こえるか、マーレ!!」
カルは涙が止まらない。
仮面の中は、涙でぐっしょりである。
「…き、こえています。カ、カル様。さ、い、ごに、お顔が…見たい…で、す」
「マーレ、元に、元にもどったのか!!」
マーレは涙しながら、ゆっくりと僅かに頷く。
そして、細く、真っ白な指が、カルの仮面に触れていた。
「も、もう…助かり…は、し…ません。お、願い…です」
マーレは微笑んでいた。
「カル!」
エレンも頷いている。
カルは、右手で仮面を外そうとするも、うまく、外すことが出来ない。
…これ迄に、一度も外したことがなかったのである。
「外れない、外せないんだ!」
マーレの微笑みから、ゆっくりと生気が抜けていく。
彼女の指も、力なく離れていく。
「ま、待て、待ってくれ! だい、大丈夫だ、何とかなるから、まって!」
カルは錯乱していた。
「ヒールだ、ヒールが、ヒールが必要なんだ! ヒールをかけてくれ---------ッ!!!」
洞窟中に響き渡るカルの声……。
混乱していた。
すると、どこからやって来たのか。
無数の翆色の光の粒子が集まってきた。
そして、カルの心からの叫びに呼応するかの如く、翆色の淡い光がカルとマーレを包み込んだ。
翆光は、緩やかな風のように二人の周囲を、幾度も、幾度も、流れている。
エレンは跪いて祈っていた。
『………』
そして、ゆっくりと翆光が風の如く、消えていく。
「エレン、マーレは治ったのだろうか?」
カルはマーレを見つめたまま、話し掛けた。
傷口が塞がったのだろう。流血がとまったようである。
ふと、マーレの唇が微かに動いた。
カルは、それを見て驚き、微かに顎を引いた。
すると、仮面の先端が軽く喉に触れた。
ピキキキッ、パカッ、
カルの仮面は、縦に亀裂が入ると、真っ二つに割れたのであった。
二枚となった仮面を右手に収めると、カルの顔が露となった。
ふと目が合う。マーレは涙目で微笑んでいる。
カルの顔は涙で、ぐしゃぐしゃである。
「カル様、カル兄さま。……私、生きて…います。助…かった…ようです」
「よ、良かった。本当に良かった」
喜びの一声は、二人して鼻声である。
マーレの頬に、カルの涙が一滴、二滴と零れる。
「リエルさん! 大丈夫ですか!!」
エレンの声が響いた。
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