救出。そして悲劇
三人に触れられた大扉は、ゆっくりと凄まじい音をたてて、両の扉を開き始めた。
天井から砂やら石やらが無数に落ちてくる。
上にたまっていた火煙は、大扉が開かれると勢いよく奥へと抜けていった。
代わりに、物凄く冷たい空気が流れてきて、俺達の動きが止まる。
汗をかいた後に、この冷気…正直、風邪を引きそうである。
二人は大丈夫かと心配したものの、関係ないなと思い直した。
風邪をひく可能性があるのは、ノヴァを使えない自分だけなのだ。
天井からの落下物も収まってきたようなので、俺達は大扉を潜った。
平坦なのは扉の稼働範囲だけで、その先は緩やかではあるが、登り坂となっていた。
例に寄って、上り坂が嫌いな人が、約一名いる。
「もう、絶対やだ。カル、負ぶってよう」
「マーレが歩いているのに、よくそういうことが言えるなぁ。逆に凄いと思うよ」
「マーレちゃんは鍛えてるのよ。だから平気なのぉ。あたしは鍛えたりなんかしないし。大体、光球だしているんだからぁ、その分大変なの。お願いだから、負ぶってぇ」
そんな会話を交わしている中、奥に灯りが見えたのである。
一応、用心のため、エレンに言い放った。
「エレン、光球を消してくれ!」
「……そんな、そこまで、わたしを負んぶするのが嫌なの~」
……泣き声になっていた。
「違う! 向こうに灯りが見えるから消してくれ、こっちの存在がバレルから」
「うううっ」
「早く!」
エレンはベソかきながら、全ての光球を消した。
やはり、灯りが見える。
マーレはエレンの頭を撫でている。
「エレンお姉ちゃん、泣かないで」
「うん」
…その内、マーレがお姉ちゃんになるんじゃないだろうか。
ふと、そんな事を思いながら息を凝らす。
マーレに確認すると、周辺に敵はいないという。
それならばと、背の剣を腰へと移し替えて、愚図るエレンを負ぶった。
ゆっくりと坂を登る途中、エレンがボソッと呟く。
「カル、ありがと」
「いいよ。…もう、泣かないでくれ」
ふと、見ると今度はマーレと目が合う。
なんとも、言えないような表情をしている。
どうやら、羨ましくなって、何かして欲しいようにも見える。
「マーレ、手とか繋ぎたかったら、ちゃんと言ってな」
考えなしに、出た言葉である。
でも、気持ちは伝わったみたいで。
マーレは笑顔で頷いた後、俺の右腕の裾をつまんだ。
進んでいくと、前方に明かりが広がっているのが見えてきた。
耳を澄ますと、風の音、水の音が、心地よく流れてくる。
未だ少し距離があるものの、俺達は目に入った景色に驚ろかされた。
そこには、泉のようなものが見えたのだ。
どこからか、水が流れてきているのは分かる。
泉の中心辺りには、雄々しく大樹が聳え立つ。
そして、泉を取り囲むように、果実を実らせた樹木がたくさん並んでいた。
天井から差し込まれる光は美しく、澄みきった水面を照らしている。
到底、魔物が蔓延るダンジョンの中とは思えない光景が、今、目の前に広がっているのだ。
マーレはその光景に見とれ、エレンは涙を流して見ていた。
今さっきまで、炎に巻かれ、土煙の中にいたのだ。
感動するのも、当然なのかもしれない。
三人は、汗ビッショリで汚れており、すぐにでも、泉の水で汗を拭い、汚れを落とし、一息入れたくなっていた。
だが、歩を進めるとそんな気持ちは霧散してしまった。
遠目で見えた樹木の果実だと思っていたものは、産み落とされる寸前のゴブリン等の魔物だったのである。
「何よこれ---!」
エレンは叫びながら、カルの背から降りると、廻りの樹木に光の矢を放ちだした。
一方で、カルは咄嗟に中央の大樹へと走りだしていた。
見た瞬間から、気になって仕方がなかったのである。
だが、大樹の傍まで来ても、直には近寄らなかった。
警戒しながら、正面へと移動した時、幹の中に人が埋まっていることに気が付いた。
「リエルッ !!!」
カルは、捕らえられているのがリエルだと確信すると、彼女のもとへと走り出した。
大樹の正面には顔らしきものがあり、明らかに威嚇してきている。
そして、その顔の、やや下部分にリエルが埋め込まれていた。
「い、今、助けるから!」
カルがそう言い放ち、駆けだすと、地面から太い根が飛び出して、鋭い先端が、カルの太腿を目掛けて襲ってきた。
枝や葉も、攻撃体勢に切り替わっている。
『トレントじゃ!』
「名前なんて、なんでもいい!!」
素早く、カルが腰の剣を抜くと、すぐに、トレントは苦しみだした。
『攪乱の剣』は先ほど抜いたときよりも、さらに激しく、赤い電撃を放っていたのである。
太い根は攻撃どころではなくなり、ただ、ただ暴れて、地面を打ち続けている。
カルは構わずに、凸凹になった地面を駆け抜け、根を避けながら、トレントの目の前までくると横一閃で、リエルが埋め込まれている部分より上を斬り倒した。
斬り倒された部分は、大きな音をたてて地面に滑り落ちると、藻掻き苦しみ始めた。
斬り倒した部分には目もくれず、急ぎ、カルは樹木の中から、リエルを優しく抱き寄せる。
「俺がわかるか!」
リエルに反応はない。
表情だけでなく、体全体が衰弱しきっているのが手に取るようにわかる。
精気が感じられないのだ。
『…成程』
左腕が呟く。
「何が成程なんだ、ルバート!」
『やっていることは同じじゃ。人族から魔力を吸い取っていたじゃろう。それと同じじゃ。ドライアドからも精霊魔力を吸い取り、またドライアドを使って、森全体の魔力や精気を吸い取って、魔物を精製しておったのじゃ』
「リエルは、大丈夫なんだろうな!」
『効くかはわからぬが、回復薬は飲ませてやったほうが良いじゃろ』
エレンは廻りの果実を片付けている最中である。
マーレが、火の杖で果実を焼き払いながら、こっちへやってきた。
すぐさま、俺はマーレが差し出してきた魔力回復薬のガラス瓶の蓋を開けて、飲まそうとするも、当人に意識がないので飲ませられない。
後で、リエルに何か言われるかもしれないが、この際仕方がない。
もしかしたら、一刻の猶予もないかもしれないのだ。
リエルには多大な恩義を感じている。
絶対に死んで欲しくはない。
俺は口移しで飲ませた。
リエルの喉が鳴る。飲み込んでいる証拠だ。
飲ませ終わると、リエルの傍に小動物がいるのに気が付いた。
小動物は体を登ってくると、彼女の頬を二度、三度と舐めている。
すると、リエルの瞼が微かに動いた。
ゆっくりと瞼が動く。
意識が戻ってきたようだ。
小動物は、小さな声で啼くやいなや、淡い翠の光を発しだした。
治療をしているのだろうか。
リエルが微笑んでこちらをみている。
「カルではありませんか。助けてくれたのですね。ありがとうございます。あら、あなたも」
リエルは気を使って、無理して話そうとするが止めさせる。
安静にしていてほしい。
暫くして、エレンが樹木を一掃して戻って来た。
エレンが持っている回復系の薬も飲ませ、やっと、表情が和らぐ、楽になってきたようである。
「凄い景色に成り代わりましたね。でも、これで、魔物も増やせないでしょう」
リエルが呟く。
ルバートの推論どおりなのであろう。
リエルが簡単に説明してくれた。
リエルを体内に入れていた中央のトレントがハブとなって、リエルや森から吸収した自然魔力や精霊魔力を、根を通して、廻りの樹々に分配することで、魔物を生みだしていたという。また、分配された魔力を使って樹々との間で、邪な結界が作られ、リエルを苦しめていたのだ。
リエルは、先程の小動物を抱きながら話続けた。
聞いていて思い出したのだが、この小動物はエスティルが連れていたあの石化していた子である。ずっと、リエルの傍に一緒にいて、どうも、リエルに治癒魔術をかけ続けていたらしい。
今、エレンがリエルを介抱している。
エレンは、リエルの神秘的な美しさに、少し見惚れていた。
そんな中、カルが、泉で顔や腕を洗い終えて戻って来た。
声を掛けられて、エレンは我に返った。
マーレは、水が気持ちいいのだろう。パシャ、パシャと遊びだしている。
「エレンも洗って来なよ」
「う、うん。そうだ。思い出した。…あ、あの一応、誤っておくね、一応ね」
「どうかした?」
「マーレちゃんに明るいとこへ行きたいって、言ったのは、あたしだから。あたしが悪いの。ごめん。……地上に出たいとか、お家に帰ろうとかって伝えていれば、こんな深層に迄来ることは無かったから」
「何言っているんだよ。お陰でリエルを助け出せたんだから、感謝してるくらいだよ!」
「そ、そう。良かった。…だから、一応って言ったの。それでも、一言誤りたかったの」
「ありがとう。気持ちは伝わったよ。大丈夫」
「うん。あたしも少し洗ってくるねぇ。シャルティエットに会った時、汗臭いと嫌だから」
そう言うと、小走りにマーレの方へ向かった。
リエルがクスッと笑った。
「どうしたの?」
「いいえ、なんでもありません。…そうでした。ジルやエスティルは無事ですか?」
「多分、大丈夫だと思う。二人共このダンジョンの中にいるけどね。皆でリエルのことを探しに来たんだよ」
「…ご迷惑をお掛けしていたんですね」
「…迷惑って、俺もエスティルも記憶がない中で、君に優しくしてもらって、今があるんだ。多分、ジルセンセだってそうだったんだろ。…リエルに何かあったと思ったら皆で探すのは当然だよ」
「ありがとう…ございます…」
リエルは少し、涙ぐんでいるようである。
二人が、エレン達の方へと目を移すと水遊びが始まっていた。
暗闇で、寒かったり、熱かったりする中で、命の危険が何度もあったのだ。
いい、気分転換なんだろう。燥いでいる。
カルは二人の燥ぎ声を聞いているだけで、癒されていた。
暫くして、マーレが駆けてきた。
「カルお兄ちゃ---ん」
満面の笑顔である。
汚れも拭えたので、嬉しいのだろう。
「えっ、」
マーレの後方で、槍が宙に浮いているのが見えた。
いや、槍を持った『腕』も浮いている。
「マーレ! 伏せろ!!」
その『腕』は大きな動作で、持っている槍を投げつけてきた。
マーレは、カルの大きな声と反応に驚き、咄嗟に後ろを振り返った。
「はあぐっ!!」
投げられた槍は、マーレの腹部を貫いた。




