ハルバート(槍斧)1/4
一方、カル達は。
カルと対峙する鎧は、カルの反応が遅くなるように、ゆっくりと動き出す。
対して、もう一体の鎧は、エレンに全速力で向かって来た。
鎧は真っ直ぐにエレン目掛けて走って来ると、ハルバートを振り回し、心臓を狙って突いてきたのである。
カルの位置からは、距離もあって、どうやっても間に合わない。
エレンは、急な出来事に動くことができず、声も出せずに、つっ立ったままである。
銀色の凶器が、エレンの心臓を目掛けて襲ってきた。
しかし、ハルバートの矛先は、エレンの心臓を大きく逸れた。
鎧は体勢が大きく崩れ、ハルバートを持ったまま、エレンの右側に体が流れた。
鎧はなぜ、心臓を捉えられなかったのか、矛先が逸れたのかが分からない。
今、考え込んでいるのか、理由は分からないが、動きが止まっている。
やはり、形だけでも、作戦会議はするものである。
ここでいう作戦会議とは、お互いに手の内を明かすということである。
現に、エレンの命は救われたのだ。
エレンの前には、一切の表情を消し去ったカルが立っている。
一方で、もう一体の鎧の前には、腕から汗を滴らせ、必死の表情のカルが対峙している。
この戦場に、カルが二人いるのである。
勿論、本物は一人である。
もう一人は、ヨルブから貰った二体目の人形であった。
この人形は、いざという時、カルが逃げだせるよう、時間稼ぎのため、敵の足止め役として貰ったもので、持主の70%の能力を反映させることが出来るという優れものである。
カル達は、事前に大雑把な話し合いをしていた。
エレンが譲らないのだ。
鎧二体ともに、カルが相手して、倒して欲しいと。
実際、魔術が使えないカルにとっては、無理な話である。
現実問題、カルが二体同時に相手にすることはできない。
であれば、相手を分断して、一体ずつ倒さなければならなくなる。
順番に倒すためには、カルとエレンは二手に分かれて、距離を取って戦わなければならない。
そうすると、ここで一つ問題が生じてくる。
エレンは、この時代の冒険者としては珍しく、全く剣術が出来ないのである。接近戦ができないエレンをカバーするために、人形を持たせることにしたのだ。
カルはもう一体の鎧が、エレンに全速力で向かって行ったのを見て、すぐにエレンに持たせておいた人形に念を送った。
その結果、渡してあった人形が、カルのコピーとして出現し、敵のハルバートを剣で受け流し、エレンを救ったのである。
カル人形はエレンとマーレを守ることだけを命令されているために、反撃はしない。
鎧の方も突いた時の状態で、腕を伸ばしきったまま、先程から動きが止まったままである。
エレンは九死に一生を得て、開き直った。
正気を取り戻すやいなや、自分の安全が保たれていると分かるや、手始めに、まずは距離がとれている、カルと対峙している鎧を光矢で射抜いて、胸から上を破壊してしまった。
そして、カル人形からも、さらに遠ざかり下がった。
その後、カルは鎧と数合打ち合った。
そこで、感じたことがあった。
実際、戦ってみて、それほどの脅威を感じなかったのである。
多分、相手が魔術を使ってこないことと、所々に動きが止まることがあるからであろう。
あと、何と言っていいのか、殺気のようなものも感じない。
これまで対峙してきた魔物は、目に殺気が籠っていた。
最初のホーンラビットなどがそうだった。
そう思い直すと、案外『心の声』がなくとも、十分に戦える相手ではある。
カルと対峙していた鎧は、エレンの攻撃によって上半身は左半身のみとなっており、さらには戦いながら破損していき、バランスが悪くなり、今では動くのも一苦労といった感じである。
もう、戦うには無理があると判断したのか鎧は、カルに体当たりをかました後、残った左手で、ハルバートをもう一体の鎧へと投げた。
エレンと対峙している鎧が、それを受け取ると、両の手に夫々ハルバートを持ち、カル人形を攻撃してきたのである。先程までとは打って変わった速度で、突きと斬りを繰り出してきた。それも2本同時にである。
変則的な二刀流の槍捌きで、あっという間にカル人形は粉砕されてしまった。
エレンは、距離がとれているため、光矢を打ち込もうとするが、如何せん、相手の移動が速い。しかも、不規則なステップでエレンに向かって来る。
明らかに、エレンを狙っている。
エレンはマーレを下がらせると、自分を取り囲むように、光の矢で球体を形成し攻撃陣形をとった。
恐らくは、彼女の必勝の構えなのだろう。
彼女は、流れ出る汗も気にせず、鬼気迫る表情である。
その間に、カルは鎧の背後にせまり、斬りかかった。
しかし、鎧は人間の関節を無視した動きで、腕を逆に曲げて、ハルバートで攻撃してきた。
カルは刃先を払いのけると、肩に体重を乗せて、ぶつかり地面へと組み伏せた。
すると、かすかに唸り声のようなものが聞こえてきたのである。
その声に疑問を持った時、僅かに力が弱まったのだろう、相手の反撃を受けて、カルは剣を飛ばされてしまった。
だが、カルは飛ばされた剣を気にすることなく。透かさず状態を整えると背負いの剣を抜き、鎧の左腕を斬り落とした。
背負いの剣は、エッダから譲り受けた一品である。
カルが普段使いしている剣は、ミューラー家のものであって、特別な能力が備わっているものではない。
それに比べて、この剣は『魔力攪乱の剣』というもので、傷を負わさなくても、近くで振るだけで、魔術や魔力が害されるというものである。
具体的には、相手が思ったとおりに魔術が操れなくなったり、一時的に相手の体調が悪くなるといったもので、ある一定以上の魔力量を持つ者に対して、有効なものであり、害されない、影響がないのは、極端に魔力の少ないカルぐらいなのである。
その『攪乱の剣』が抜かれ、赤い放電とともに、腕を切り落としたのである。
すると、またもや苦しむような声が聞こえてきた。
最初にカルが相手した鎧は、床に伏したまま、動いていない。
今、左腕を斬り落とした鎧も動きが止まった。
「カル、首と右腕を斬り落として! 早く!!」
エレンが強い口調で叫ぶので、まずは首を落とした。
どうも、もう只の鎧のような。
カルの動きが止まる。
「ばか~、何、考え事なんかしているのよぉ。もう! あたしが右腕破壊するから、そこどいて!」
「ああ」
その会話を聞いた途端、カルの前にいた鎧は、すかさず反転して立ち上がり、もう1本のハルバートを右手で掴むと、ハルバートは合体して、1本となった。
「こ、こいつ!」
『待たれよ。主ら』
「「 喋った! 」」
『もとより、其方らを害する気はない』
「嘘ばっかり! わたしを殺そうとしたじゃないの!」
エレンは声の元を目で探しながら罵倒した。
『殺す気であれば殺せたのだ。槍先を胸元にでも当て、戦闘を止めようと思っただけじゃ。ゴホッ』
「その咳……エレンじゃなかったのか」
「乙女が、こんな汚い咳するわけないでしょ! あんた、あたしのこと、どう見ているのよぉ~」
…光の矢が、一斉にこっちを向き出した。
これって、声は泣き声に近いが、怒っているってことなんだな。
「あ、あの、敵はあっちだからね」
「わかってるわよ~、傷ついたんだからね。…やっぱり、カルとエスティルは嫌いよぉ~」
エスティルは、とばっちりである。
「…そう言えば、首が飛んでいるし、頭もないのに、どうして声がするんだ」
『…ここじゃ』
「うそっ」
エレンが気付いた。
ハルバートの斧部分に顔が浮かんでいたのである。
「キモイ~、喋っている~」
「生き物だったのか」
『それは、正確ではないの』
「か、顔があるよ~」
エレンは相当に気持ち悪がっている。
表情に出まくっている。
『…それよりも、お主。我の仮の主となるまいか』
「主? 仮?」
カルが聞き返す。
エレンは噴き出した。
「普通、こういう展開って、主になってくれ、じゃないの? それが、仮って」
エレンは、少し引いている。
『お主は剣の使い手であろう。じゃから我の主とはなり得ぬ』
「そもそも、そんなに凄い武器でもないのだし。主になってくれって…」
『現状は確かにそうじゃ…』
この意思を持つハルバートは語り始めた。
彼は魔人族を狩るためだけに創られた武器であり、時の名工によってアーティファクトして誕生したのだという。幾度の魔人族との戦いの中で重用され続けたが、やがて、この世から魔人族の姿が消えていくと無用の長物となってしまった。
その後、平和な時世になると、危険物と見なされるようになり、ただ宝物庫に保管されているだけでは、管理不十分と判断された結果、宮廷魔導士によって能力毎に分割されてしまったのだという。
その能力とは、「突き」、「□□」、「□□」、「□□」の4つであり、夫々の能力に突出したハルバートが存在する。
勿論、目の前にいる「突き」のハルバートが、物を斬ることが出来ないという訳ではない。ただ、本来の能力には遠く及ばないということである。
やがて、長い年月を経る内に、4本は褒美として下賜され、盗まれる等してバラバラとなっていった。だが、破壊はされていない、それだけは、ハルバート自身、分かるのだという。
因みに先程の戦いでは、2本あったが、あれは自分が分身しただけの話とのこと。
また、所々に動きが止まってしまったのは、今は魔力が碌に使えないため、周囲の状況把握ができなかったからだという。
彼は残りの3本を探し出し、必ず、元の姿に戻るという。
だが、自分だけでは移動もままならないため、俺を仮の主人として崇め、俺の身を守る代わりに、自分をここから連れ出して、元の姿へと戻るのに協力して欲しいと懇願してきた。
「一緒に行っても、いいじゃんな~い」
「警戒感ゼロだな。投げ槍というか…」
「だって、アーティファクトだもん。邪気もないしね。……名前はハルバートだからハルって呼ぶ?」
「俺と間違うだろうから駄目! 似すぎ」
「カルお兄ちゃんが嫌がるのは、だめ!」
「…何て可愛いことを」
「う~ん。じゃああ。マーレちゃんは、何て名前がいいのぉ?」
「じゃああ、『ハ』を抜いて、ルバートって呼んでもい--い?」
「いいねぇ。そうしよ、うん」
エレンは母性本能が擽られるのか、マーレには素直な反応である。
「ということなので、一緒に行こう。ルバート宜しく!」
『名前なぞは、何でもよい』
「カル、わたし武器ないんだもん。ルバートって、アーティファクトでしょ。当然、軽くもなるから、わたしに持たせてね」
エレンは、マーレの笑顔が見れたので、機嫌が良くなっている。
『……お主には、仮の主にもなって欲しくはない。持たれたくない。断る』
「あっ…」
エレンの『顔』の時間が止まった。
「な、何よぉ、馬鹿にして! この半人前でもない、1/4人前の癖に! 偉そうに!!」
『なんと!! 数多の人族の危機を救ってきた我を愚弄するとは!』
「喧・嘩・は・しないでぇぇ!!」
「う、うう」
マーレの一言に、エレンが怒りたいのを堪える。堪える。堪える。
「ふむ」
「…まあ、俺が持つよ。エレンには、この『攪乱の剣』を貸すから」
「その剣はカルしか使えないでしょ~、私が振ったら、気持ち悪くなるのよ。飛ばされた剣を貸してよぉ。因みに取って来てよね~」
俺はミューラー家の紋章が入った剣を見つけてきて、エレンに渡した。
その後に、ルバートを拾い上げた。
あらためて、対峙すると、ルバートが再び話しだした。
ルバートが言うには、俺は仮の主であるため、頻繁に力を貸すようなことはしないという。また1/4の力しかない自分は姿を晒すのも嫌だと言い放つと、ルバート自身小さく、平たく、細くなったかと思ったのも束の間、カルの左腕にピッタリと引っ付き、包帯みたいに巻き着いてしまった。
カルは、あらためて巻き付かれた左腕を見てみる。
手首辺りから肘付近まで、銀色の膜のような物が巻き付いている。
重さは全く感じない。
違和感も全くない。
さすが、アーティファクトである。
感心していると、凝視していたマーレが、急にキョロキョロしだした。
「カルお兄ちゃん、この扉の向こうへ進むと明るいところへ出られるよ」
「え、よし、行こう」
三人は、新たな気持ちで横一列に並ぶと、大扉に軽く触れた。
すると、大扉が開こうとしているのか、大きな振動とともに轟音がしだした。
…この時、微かな羽ばたき音が、轟音によってかき消されていたことに、三人は気付かなかった。




