死をのり越えて、生を願って
一方、森の中では。
ラルフリード・ラノ・フォン・ミューラー公爵の一行と『銀の翼』達、そしてグッペン率いる王都兵団らは、発見したダンジョンの扉へと向かっていた。
ルーリットン侯爵の本隊が合図を送ってくれた場所は、それほど遠くない場所であった。
一行は、戦闘可能な者だけで進んでいた。
今、ジュノーは先行して森の中を一人駆けている。
嫌な予感しかしない。
それもそのはず、進むにつれて血の臭いが風にのって、段々と濃くなってくるのだ。
樹々の中を抜けると、開けた場所に出た。
激戦だったのであろう。
目の前には、人族とゴブリンの無残な死体が連なっている。
奥に見えるのは丘だろうか、少し盛り上がっているように見える。
多分、あの辺にダンジョンの扉があるのだろう。
ここから見る限りは、奥で戦闘がなされているようには感じないし、そのような音も聞こえない。
確か、本隊は140名ほど、いたはずである。
相手はゴブリンなので、王都兵士団ならば、500匹いようとも何とかなるはずである。
ジュノーは樹上に登って、先を眺めてみた。
ダンジョンの扉は直ぐに発見出来たが、なぜか開放状態になっている。
早く、中に入って来いと誘っているのだろうか。
ジュノーは、直観的に一人で進むのは危険だと感じ、皆が来るのをこの場で待った。
暫くして、一行が到着した。
皆、目の前の無残な光景を見て固唾を飲んだ。
公爵は、やや右の目尻を上げながら上を指さした。
「原因はあれじゃろ」
皆が空を見上げると、遥か上空にレッサーワイバーンが旋回していたのである。
レッサーワイバーンは、先程仲間が撃ち落とされたことから、警戒を強め、通常よりもさらに高い位置で、上空を旋回して状況を窺っていた。
さすがに高度がありすぎて、この場にいる誰もが、魔力探知を出来なかった。
「あ奴は、儂らがいなくなるのを待っているだけじゃ。正面に特に変な魔力は感じぬので、進むこととする」
「「「 ははっ 」」」
主だった者らが返事をする中、公爵に申し出た者がいた。
グッペンである。
彼は貴族としては珍しく、声が大きく、裏表のない、ざっくばらんな性格の持主であり、部下にも良く慕われ、情に厚い武人としても有名な男であった。
彼は、死んだ兵士らが、レッサーワイバーンの餌となるのが耐え難く、この場で埋葬させてほしいという。そのため、埋葬の為の要員として兵士を数人置いていきたいと言うのだ。
公爵は彼からの申し出に許可を下すと直に進んだ。
これでグッペン配下の数は30名程となった。
一行は扉の近くまで来て、衝撃に見舞われた。
ここまで、歩いてくる間に味方兵士の死体は幾度と見てきた。
だが、目の前で倒れているは、ルーリットン侯爵であったのだ。
侯爵は地面に大の字にされ、両手、両足に剣を刺された状態で動けなくされていた。
だが、彼にはまだ息があった。
「父上--------!!!」
長子、グッペンは、大声で駆け寄った。
「お、おおっ! こ、これは奇跡か、最後にお前と会えるとは」
「最後などでは、ありません。 これから幾らでも会えまする、お気を確かに!」
「馬鹿を申すな。この出血だ、もう、もちはせん」
グッペンは父・ルーリットン侯爵の両足を良くみると、切断されていた。
流した血の量からして、もう助からないのは火をみるよりも明らかであった。
「な、なんと言う事を!! ウオオオオーー」
「熱くなるな。お前達兄弟は、揃って直ぐに熱くなる。父の死など、容易に乗り越えて見せよ。…何事にも冷静にな。落ち着いて物事を見るようにせよ。…それが、父の願いだ。よいな。そして、お前達の母を、家を頼むぞ、グッペン」
ルーリットン侯爵は、公爵の姿を目にした。
「閣下、王都兵団を預かりながら、このざま。不甲斐なく、言葉も御座いません」
「卿よ。何も気にするな。儂よりも、息子に少しでも多くの言葉を掛けてやれ」
「あ、ありがたく……くふっ」
「うむ」
再び、侯爵は息子へと目を移した。
「よいか。これより、閣下の言葉は、父の言葉と思え。よ…いな…。取り乱すな。取り乱してはならぬ。兵…が見てお…るのだか…ら。くっ」
そう言い残すと、侯爵はこと切れた。
突然訪れた、永遠の別れである。
肉親との永遠の別れは、特段辛いものがある。
何も考えられずに涙が溢れてくる。
死にゆく時は、誰もが一人でいくとはいうものの、最後に愛する息子と話すことができただけでも、侯爵は幸せだったのかも知れない。
グッペンは歯を食いしばるものの、涙が止まらない。
悲しい。悔しいでは、収まらない。
直属の配下の者らも泣き崩れている。
「……酷いことをする。この前まで捉えた人族を大事に運んでいたかと思えば…」
パルーは、それ以上言葉が続かなかった。
その言葉を耳にしていたフレデリカの瞳にも、涙が溢れんばかりとなっていた。
この場において、礼を欠いているとは思いながらも、マーレのことを案じていたのである。
だが、泣くことはなく、その表情には強い意思が現れていた。
絶対にマーレは生きている。
殺されてなんか、いない。
大丈夫。私が必ず助け出す。
それまで、待っていて。
必ず、生きていると、一心に信じ、フレデリカは両の拳を強く握りしめた。
一行は、罠を警戒しながらも、ダンジョンの中へと入って行った。
扉をくぐると、そこにはやはり、ゴブリンが待ち構えていた。
奥にはホブゴブリンが見える。
そこへ、片耳のゴブリンが前に出て来て、人語を話し出した。
知性があるゴブリンなのであろう。
しかし、話すといっても、片言である。
「も、もう、お前ら…大事いしない。……皆…殺す」
言葉が終わるやいなや、ゴブリンどもが一斉に襲い掛かって来た。
いや、ゴブリンらよりも、早く攻撃を開始したものがいた。
イシュルミットである。
彼女は両の剣を抜き、飛び掛かっていた。
相手の数も、力量も関係なしに、再び狂乱して斬りまくった。
侯爵のあの姿を見た後である。
フレデリカ同様にマーレの事を心配しているイシュルミットにとっては、万が一にも、マーレが戻ってこないのでは等と考えると、気が狂いそうになる。
実際、今、フレデリカの護衛の任など、忘れてしまい、一人猛進し続けていた。
フレデリカも剣を抜いてはいるものの、ほぼ、ほぼ、魔術でゴブリンの頭を吹っ飛ばして、前に、前に進んで行った。
二人とも、時間がないように感じて、仕方がなかった。
奥にいるホブゴブリンは全部で五体。内一体が奥で状況をじっくりと見ていた。
左目に剣傷をもったホブゴブリンである。
ガルツとホブゴブリンが得物で打ち合いを始めていた。
大斧同士の打ち合いである。
討ち合う金属音も重い。
そこへ、ジュノーがやって来た。
加勢しましょうかと言わんばかりの表情である。
彼女は既に一体倒しており、一番近いガルツのもとに取りあえず来たらしい。
それを見たガルツは、少し不機嫌となったのか、要らんと言わんばかりの渾身の一撃で薙いだ。
斧を振りかぶった状態であったホブゴブリンは、上半身と下半身がズレて、血が噴き出すまで、胴廻りを斬られたことに気が付かなかった。
三体目は、ダルクとフレデリカの前後の連携で、四体目はパルーが仕留めていた。
如何に強化されたホブゴブリンといっても、投網魔道具がでてこないと確信した彼らにとっては、相手にならなかった。
両軍戦闘の中を、ゆっくりと歩いてくる者がいた。
先頭はニチカ。その後に公爵の二人である。
ニチカは、敵の正面までくると、冷たい眼差しと短槍の矛先を向けた。
左目に剣傷をもったホブゴブリンは、嬉々として吠え出した。
相手が強いことがわかり、嬉しいのである。
戦場では投網魔道具で人族を生きて捉えることが第一目的であったため、彼への命令は投網魔道具を守ることのみであった。
それが、守るべき魔道具は既に存在しない。人族を殺しても良くなったのだ。
彼は、最強のホブゴブリンとして、マスターに生み出されたものの、いつも投網魔道具を守る役割であったために、戦いに飢えていた。
消極的な役割であるにも関わらず、負わされてしまった左目の剣傷は、人族を見る度に疼く。この疼きは、溜まりに溜まり、大きな怒りの衝動へと変貌していた。
その衝動が、今、やっと、解き放つことが出来るのである。
思う存分、人族を殺すことができるようになったのだ。
彼は嬉々として、その有り余る力で、やや担ぎ気味の体勢から棍棒を振り下ろした。
棍棒は、目の前の槍使いを捉えることは出来ずに空振りとなった。
だが、その威力は凄まじく、石張の床が砕け散り、衝撃で棍棒以上の大きな穴が出来ていた。
彼は、自分がつくった大きな穴を見て、自分自身の破壊力に快感を覚えた。
その勢いで、二度、三度と棍棒を振るう。
地面には幾つもの大きな穴ができていくも、槍使いには擦りもしない。
当たらないので、速めてやろうと目いっぱいに、力を込めて棍棒を振り回すが無駄であった。
相手が悪かった。
彼は息切れをし始め、棍棒を両手から片手に持ち替えた時、
ニチカは表情を変えずに、前に出て一閃した。
左目に剣傷をもったホブゴブリンは腹部を突き抜かれ、瞬時に引き抜かれた後、激痛が走ったかと感じるやいなや、内部から爆発が起こり肉体が吹っ飛んでいた。
ニチカの魔法属性は『雷』である。
彼女の突きは、稲妻の如く、相手を貫く。
そして、貫くと同時に小指程の雷球を魔物の中に埋め込み、発雷させ内部爆破させるのである。
彼女は相手の肉体が四散するのを想定して、自分らに魔物の肉片が飛んでこないよう透明な障壁を施していた。
公爵にかかったら大変だからである。
ノヴァの強化が遅れたのは、ガルツだけであった。
四散した肉片を浴びてしまっていた。
「さ、最悪じゃ」
「技に見入り過ぎなのにゃ。汚いから、絶対に寄らないで欲しいにゃ。臭いにゃ」
「分かっておる!」
不機嫌な事が続き、ガルツは、少しキレ気味であった。




