炎の巨人と土の巨人
エレンの視界が真っ暗になった。
オーガの掌の中……ではなかった。
突風とともに、地面が大きく、揺れ動く。
気が付くと、オーガは岩壁に叩き付けられていた。
エレンもマーレも、何が起こったのか全くわからない。
周辺に炎が広がり、視界も悪く、さらに洞窟内の温度が急激に上がり出していた。
来た道は、ゴミ山に埋もれてしまい、大炎となっている。
この先に見える大扉は、煙で見えづらいが、閉じたまま。
火煙と土煙が舞う中、二人は、カルの姿を発見し、火の粉から逃げ惑うように駆け寄ってきた。
カルは片膝をついていた。
辛そうである。
三人で咳き込む中、カルが切り出した。
「『魔道具・ゴーレム』を出した! 俺用に創られているけど、魔力が元々少ない俺では、そう長くは持たないはず」
『魔道具・ゴーレム』は、カルの身を案じてヨルブが渡した人形の一つである。カルの魔力の少なさを考慮して作られたものであり、『僅かな量』の魔力を注がないと動かすことができない。普通の大人が、『僅かな量』を注ぐのは非常に難しく、扱うことが出来る人は限られるといった代物なのである。
実際には、事前に魔力を注いでおき、後はカルが念じるだけで使えるもので、念じると、即、廻りの土、岩、鉱物を引き寄せて、実体化する。
エレンは、まだ混乱していた。
カルの言葉を聞いても、全く言葉が分からないような反応をしている。
マーレは号泣し、エレンの服を必死に握りしめたまま、動かない。
状況が、大きく変化し過ぎて、二人の理解は追いつけていないようである。
エレンは見上げる。
すると、火煙と土煙の合間で、二体の巨人が組み合っているのが見える。
土砂で積み上がったゴーレムと、炎に巻かれたオーガである。
ゴーレムはゴミ山を吸収して出来たために、体の所々が燃えている。
一方のオーガは、いきなり、殴りつけられて、顔面の左半分が血だらけとなっていた。
二体は殴り合いを始めており、簡単には決着が着かないように見える。
「俺の魔力は、もう、尽きる! 『ゴーレム』が倒れる前に、エレンの魔術で奴の背を討ってくれ。ゴホッ、ゴホッ」
そう言われて、エレンは我に返り、正気を取り戻した。
「もう、何でもする! 任せて!」
そう言うと、泣きながらも、助かりたい一心なのか、珍しく、エレンは詠唱を始めた。
「光の神々より授かりし、大いなるこの光の力を持ちて、ゴホッ、ゴホッ、にて千矢となってその武威………、ゴホッ、ゴホッ、ええい、っもう! グレイテスッ!!」
煙で咽せたため、詠唱は不十分であったが、元々、無詠唱でもできるのだ。
エレンの放った渾身の光の矢は、途中で分裂し、流星の如く弧を描いて飛んで行く。
オーガの視界に、光は映ったが、ゴーレムとの殴り合いの中で避ける余裕などなかった。
エレンの矢は、見事な程に、オーガの背中一帯を矢で覆いつくした。
背をハリネズミのようにされたオーガは、痛みのあまり、狂ったような声で、何度も、何度も、大きく叫んでいる。
背中への攻撃が相当に効いたらしく、ゴーレムは、両膝から崩れ落ちた。
そして、そのまま、地面に片腕をつき、倒れるかのように見えた。
だが、そこから、オーガは踏みとどまると、悪鬼の形相となり、エレンを怒りの目で見据えてきた。
その目を見たエレンは、指先まで凍り付いたような面持ちとなった。
急に、オーガの角が変形をし出した。
どうやら、何かしらの形態変化をしそうな感じである。
けれども、ゴーレムは、その期を逃すことはなかった。
待つ必要など、ないのである。
ゴーレムは、両手をがっちりと組むと、大きく振り上げるやいなや、その腕をオーガの頭部に打ち付けた。オーガの目には、ゴーレムの膝が映る。
直後、オーガの頭部は、ゴーレムの両手と膝に挟まれて、無残に砕け散ってしまった。
頭部を失ったオーガは、両腕をだらりと下げたまま、力なく地面に沈んだ。
オーガは、魔人という訳ではない。
頭部が砕ければ死に至る。
再生能力も当然ないのだ。
首無しのオーガが、その場に倒れ込むと、大量の粉塵が舞い上がり、炎も大きく揺らいだ。
オーガの死を見届けたエレンが、ホッとしたのも束の間、今度はマーレが叫んでいる。
「カルお兄ちゃんが、煙で死んじゃう--」
マーレが、泣きながら杖で廻りを凍らせている。
煙を何とかしたいのである。
「煙なんかで、死なないわ。そんなに吸う訳ないでしょ。って! ……そうだ、あいつ、ノヴァが出来なかったのね」
エレンは、脱力して動けないカルを、何とか煙の少ない方へと担いで移動させた。
自分には、こんなに力があったのかと、自身でも驚くほどであった。
マーレが戻ってきた。
戦い終えた今、ゴーレムは、カルの前で、跪くと光の結晶に体が包まれ、小さくなっていった。そして、元の小さな人形に戻り、その人形はヒョコ、ヒョコとカルの前まで歩いて来ると、お辞儀をした後、座り込んで動かなくなった。
…ヨルブが創った割には、チョット可愛い。
煙のない場所へと運ばれて、カルは少し楽になっていた。
エレンとマーレに添われていることもあり、ノヴァのおすそ分けで、多少だが、煙を吸わないでいられるのもある。
流石に安心したのだろう、エレンが号泣しだした。
ゴーレムが出せるのなら、最初から教えておいてくれと言って泣いている。
確かに、事前に言うべきであったと思い、誤った。誤り倒した。
何でも、ダンジョンに入る前は、必ず自分の能力や手持ち武具等を仲間に教えるのがルールであるらしい。
今の俺達に当てはめれば、『3人の命は1人欠けたら生きて戻れない』という考え方が、冒険者の考え方であり、手の内を教えておくのが、絶対ルールなのだそうだ。
気が付けば、マーレも泣いていて、離れようとしない。
なんでも、『小さい頃のカル』が煙に巻かれて死にかけたことがあったらしい。
恐らく、ノヴァが全く使えないことを、廻りの大人達は知らなかったのだろう。
そんなことがあったので、マーレは一生懸命に氷の杖で、火を消しまくってくれていたのである。
何と健気なことか。
こんな小さな子にまで心配をさせてしまって、何とも面映ゆい。
マーレには、頭を撫でながらお礼をいった。
「ありがとうね。マーレ」
「うん」
エレンも泣き疲れたのか、俺のことを気遣ってくれる。
「カル、大丈夫なの? ポーションか魔力回復薬飲む?」
「ポーションは貰っとくけど、回復薬はいいや。イイ感じに魔力が無くなってきたから。ははっ」
「いい感じって、意味分からないんだけどぉ。飲みなさいよ! あの鎧と戦えないでしょ」
「いや、この方が戦えるんだなぁ。多分」
「多分?! 何それ、死ぬわよ! それとも、まさか未だ何か隠してるのぉ、言ってよぉ」
さすがに、あんなことがあって、何も教えないのも、不味いので、煙い中、三人で作戦会議を始めた。
『心の声』の事は言わないとしても、確信はもてないが魔力がゼロに近い状態までいくと、剣速が早くなるという話は共有した。
「なあ、エレン、さっきの光の矢で、大扉は破壊できないのか?」
「見た限り無理よ~。下手すると大扉から、あたしだけが反撃されるかも知れないし。そっちの方が恐いんですけど」
「そうか。あの二体の鎧と戦わないといけないんだなぁ。あれって、鎧の中は空なわけ?」
「多分そう。魔術で動くんだと思うのよね~」
「そもそも、どうやったら倒せるんだ?」
「…動かなくなるまで、攻撃する」
「…………………」
雑な回答に固まるカル。
「あたしに分かる訳が、ないじゃないのぉ」
…作戦会議なんて無駄もいいところ。
結局、出たとこ勝負である。
とはいえ、すぐには挑まない。
まだ周囲の火が、全て収まったわけではないのだ。
再度、マーレが氷の杖で周囲を冷やしてくれている。
しかし、戦うには熱い。
煙は大扉の隙間から向こうへと、多少流れているかもしれないが、未だ煙い。
「ゴホッ、ゴホッ…」
「……」
エレンも意外と男のような咳きをするんだな。
変なことを思いながら、カルは二体の鎧を見ていた。
右の鎧はハルバートを左手で持ち、左の鎧は右手でもっている。
要は武器を大扉側でなく、こちら側、外側に持っているのである。
並びとしては、普通こんなものなのだろうか。
それとも、この鎧らは攻撃の際、夫々右利き、左利きの動きをしてくるのだろうか。
考えて見れば、対人戦はしたことがない。
まあ、正確に言うと、鎧は人間サイズの敵であって、魔物なのだが。
今迄は、ホーンラビットやレッドベアーなどの魔物が相手であるので、極端に自分の背丈よりも低かったり、高かったりする敵と戦っていた。ゴブリンも低いし。
正直なところ、対人戦のほうが目線も同じ位置にあり、やりやすいような気もする。
そんなことを思いつつ、それでは、始めようかと剣を抜いたところ、心の声が聞こえた。
『 == 破壊するのは、性に合わん == 』
えっ、どういうこと?
……拒否された?
今から、『心の声』の力なしに戦うってことか!?
そう思った時には、敵も動き出していた。
カルの目の前の鎧は、ゆっくりと此方を向き、ハルバートを構えた。
が、もう一体の鎧は急に走り出し、エレンに襲い掛かったのである。
予想外の動きである。
矛先は、彼女の心臓を捉えていた。
エレンは声をだす暇もなかった……。




