ゴミ山の罠
カル達の体も暖まってきた。
竈の中の火が名残惜しい。
けれども、いつまでも、こんなところにいる訳にもいかない。
もう、そろそろ歩き始めようかと思ったところ、隣でマーレが怪訝な顔をしながら、モゾモゾと何やら変な動きをしている。
服の中に手を入れたり、出したりしている。
その内に、諦めたらしく、涙目で訴えてきた。
「胸がモゾモゾするの~、エレンお姉ちゃん、脱がしてえ」
「え、じゃあ、防具外すわね」
「うん」
エレンが防具を取り外し始めた。
「カル! 向こう、向いてなさいよぉ、体は5歳じゃないんだからね」
「あ、ああ、ご、ごめん」
カルは、慌てて背を向けた。
エスティルであれば、絶対にボディに一発は貰っていたはずである。
そう考えると、エレンは暴力がないのでホッとする。
そんな事を考えていたが、気が付くと、ずっとエレンが黙り込んでいる。
「何か、あった?」
「……え、あ、胸あてに魔法付与されたチェーンメイルを装備していて、それがズレていただけ…」
「ああ、そう。…どうかしたんじゃないのか、何かあるなら言ってくれ!」
「そ、そうね。ダンジョン内では、仲間に不信を抱かせちゃいけないもんね。言いかけたことは言わなきゃいけないって、冒険者ルールがあるものね」
「それは、知らないけど大丈夫か?」
「大丈夫よ。……あのね。マーレちゃんって、子供みたいな顔して、思ったよりも、おっぱいが大きいの…」
「おいっ!!」
何を言うのかとおもったら……。
エレンの声の落ち込み度からすると、当然マーレのほうが大きいのだろう。
しかし、これほど沈黙が長いとは。
フォローができない。
……出発が長引きそうである。
沈黙しているので、チョット振り返ってみる。
マーレが不思議そうにこっちを見ていた。
何で、二人が黙っているのかが、分からないのだろう。
……静寂が続く中、エレンが立ち上がった。
どうやら、踏ん切りがついたらしい。
「そ、そうよ、そ。ゴブリン以下の魔力量で、ノヴァも使えない奴だっているんだもんね。私は幸せな方よ。頑張ろう! うん」
……多分、悪口となっていることに気付いていない。
……まあ、立ち直ってくれたので良しとしよう。
俺達は火を消すと出発した。
歩き出して少し経つと、突如、轟音が鳴り響いてきた。
洞窟内なので、音の伝わり方が凄まじい。
少し、地面も揺れたように感じた。
この洞窟そのものが、崩れるのではないかと心配になるほどである。
轟音が鳴った際、3人は咄嗟に身を屈め、灯りを消していた。
そして、暫く身動きせず、聞き耳を立てた。
何かがこちらへと来る気配はない。
『魔感受の仮面』が割れた今となっては、カルは敵の動きを察知することができない。
マーレが教えてくれた。
「あのねえ。マーレ達が落ちたところに人が落ちてきたのぉ」
「「えっ! 」」
「もしかして、助けが来たんじゃないの、カル」
「違うのぉ、人族じゃないの」
「敵だ! ゴブリンか」
「ゴブリンよりも、ずっと大きいし、強くて怖いの。でも凄い怪我をしていて、すぐに死んじゃいそう」
若干、マーレは怯えている。
人族ではないのだから、敵なのだろう。
気にはなるが、既に死にそうな状態であるのだ。
それなら、放っておき、前進したほうが良い。
俺達は、話し合った訳ではないが、目で合図しただけで、進みだした。
マーレは眠そうな顔をしてても、文句もなく、一緒に歩いてくれる。
精神は5歳児でも、体は10代なので、それなりに体力があるのである。
むしろ、エレンの方が厄介である。
自分は捕らわれていたから足が弱っている。敵が来たら、負んぶして逃げてくれとか、泣き言が多いのだ。
聞いていると、エレンが子供返りしているのでは、と思ってしまう。
大体、エレンを負んぶするとして、マーレはどうする?
問いただすと、抱っこすればいいという。
……敵がきたら絶対に逃げ切れない。逃げ切れる訳がない。
はたから見て、負んぶと抱っこで走っていたら、罰ゲームにしか見えないだろ。
何か異変があれば、マーレが気付いてくれるという安心感が、頭にあるためか、会話がどうしても緩みがちなものになっている。
まあ、マーレがいなくても、エレンは元々こんな感じなのかもしれないが。
……でも、こんな感じがいいのかも。
考えて見れば、真っ暗な洞窟の中を無言で、ただ只管に歩き続けるなんて、耐えられない。
エレンの灯りがあって、マーレのスキルのお蔭で外へと出られる希望が、もてている。
さらに、おしゃべりがある。
…結構、二人には、精神的に助けられているのだと、カルは思い直し、少し反省した。
エレンが、急に立ち止まった。
何か変化に気付いたのか、光球を追加し出したのである。
10個の光球が辺りを照らすと、そこには広いスペースが広がっていた。
状況の変化に戸惑い、俺はマーレを見るとヘトヘトになっていた。
なるほど、気が付かないはすだ。
「……何か、引き返したくなるくらい、嫌な予感がするんですけどぉ」
エレンは、マーレを抱き寄せた。
この場から、直進したところに、高さ10mはあろうかという大きな扉が見える。
「あれって、ボス部屋のいる大扉にしか見えないよ~。しかも、大扉の両脇に立っている鎧の騎士の置物は絶対に、扉の守護者だよ~」
エレンは絶対無理といった表情である。
「やっぱり、あの鎧は、通ろうとすると襲ってくるのかな?」
「当然でしょ! それもあそこ迄、辿りつけたらの話よ」
「それは、右手にあるゴミの山から敵が襲ってくるってこと?」
「わからないけど、出て来ても、おかしくはないじゃない!」
「でも、あの大扉を通らないと外へ出れない」
「わかってる~、チョット戻ろ! このまま行くと、危ない! 準備しよ」
「わ、わかった」
三人は広場にでず、少しばかり、来た道を戻って打ち合わせをしだした。
まず、カルが持っていた杖は、全てエレンとマーレに分けてあげた。
そして、マーレには敵の位置や数を確認してもらう。
すると、右のゴミ山には、ゴブリンが三匹しかいないと言う。
それならば、エレンの光矢で十分である。
俺が行ってもいい。
左のゴツゴツした岩壁には、魔物はいない。
そうなるとあとは、大扉の両サイドにいる鎧である。
ゴブリンが三匹しかいないということは、鎧はそれだけ強いのだろう。
当然、扉の前に行ったら二体同時に襲ってくるはず。
「エレン、あの鎧の力量なんて、わからないよなぁ」
「何言ってのよ---、斧槍を握ってるのよ、あれって、花形武器よ。強いに決まっているでしょ!」
エレンの中では、ハルバートを持っている騎士はエリートであるらしい。
「そ、そうなんだ。そんなもんなんだね。…でも、エレンの光矢なら何とかなりそう?」
「それは、やってみないと分からないわ。射るけど、効かない可能性もあるんだからね。カルは二体とも倒すつもりでやってよ」
「わ、わかった」
「あたし、遠くからの援護しかできないわよ。近づいたら、必ず殺されるもん」
「………ま、まずは、ゴブリンをやっつけてから、またゆっくり考えよう」
「マーレちゃん、カルお兄ちゃんが直にゴブリン退治してきてくれるからね~」
…ゴブリンは、俺がやるの決定か。
「人使い荒いところは、エスティルに何か似てるな」
「………」
返事がない。
仕方ない。直ぐにとりかかろう。
こんなところに長くいたら、いずれは頭がおかしくなってしまうだろうし。
一度は、光球で辺り一帯を照らしたのだから、向こうも警戒はしているよな。
今度は、光球を二個にして周囲だけを照らして進む。
俺は、マーレから教えて貰った場所へと単独移動した。
ゴミ山の裏側にである。
目がなれたのか、意外と光球がなくても見える。
ゴブリンはすぐに見つけた。確かに三匹いる。
何か話し合っているようで、どうやら、俺の存在に気付いてはいないようである。
先手必勝と斬りかかろうとした時、足元のネズミが動き、微かだが音がした。
ゴブリンに気付かれはしたものの、構わず斬り込んだ。
二匹は逃げずに向かって来たものの、一匹は背を向けて逃げ出した。
すぐさま、俺は二匹を斬り伏せた後、急ぎ逃げた奴を追う。
三匹の反応からして、こいつらには別々に役割が課せられていたようである。
逃げたゴブリンは、小さな台座に辿り着くと、赤い鉱物の欠片を台座の中央に置いた。
すると、破片を置かれた台座は瞬時に光ったかと思うと、炎が巻き起こり台座とその場にいたゴブリンをも燃やしてしまったのである。
目の前で、ゴブリンが炎に包まれて苦しんでいる。
ゴブリン自身も想定外だったようだ。
ゴブリンが、ここにいた理由が何かあるはず。
等と考える間もなく、ゴミ山の所々から赤光が漏れ、洞窟の天井を赤く照らしだした。
それを見たカルは、急いでエレン達のもとへ走り出した。
何か、考えがあった訳ではない。
何かが起こると、直感したからだ。
全力疾走で、ゴミ山を迂回していると、今度はゴミ山が音をたてて崩れ出す。
転がり落ちてくるゴミを回避しながら、カルは走り続けた。
そして、何とか地面にしゃがみ込んでいる二人を見つけ、駆け寄った。
「だ、大丈夫か」
「こ、怖い…も、戻る」
「わかった」
想定外のことが連続して、起きているのだ。
ここは、撤退も仕方ないと思い、来た道に目を移すと3人は凍り付いた。
もと来た道が、ゴミで塞がれてしまっていたのだ。
「ウオオオオオッーーーーーー」
ズザザザッ、ザザザザッ
突如、咆哮が響いたかと思うと、ゴミ山の中から巨人が立ち上がった。
オーガである。
7、8mほどある褐色の体躯は、カル達を威圧するには十分であった。
「こいつが、大扉の番人だ」
「わかんなかったの---、ごめんなさいいいいっ--」
マーレが泣き出した。
「分かるわけない! あのオーガは封印か、何かされてたのよ!!」
エレンが叫ぶ。
実際、オーガの足元には大きな魔法陣が描かれており、その外周円の形に添って、赤光が上に向かって発せられていた。
赤光が終息すると同時に、オーガは全身に炎を纏う。
オーガ自身、まだ肉体を思うように動かせないようである。
動けないのは幸運なことだが、存在自体が災害そのものである。
纏った炎が周囲のゴミへと飛び火して、あっという間に燃え広がってしまった。
カル達は、もう戻ることが出来ない。
入って来た洞窟を塞いだゴミも炎に巻かれているのだ。
「もう、前に行くしか…」
エレンは戻れないことがショックなのか、弱気な声を出している。
オーガは、立ち上がったものの、まだ碌に動けない。
こちらの存在に気が付いていないようである。
ならば、無視をして大扉まで行くか、いや、扉まで行った際に、背後を取られる可能性がある。鎧と挟撃されたら、十中八九、殺される。
動けないオーガを倒してから扉へ行くのが、最善策だろう。
けれども、オーガの姿を見上げていると、とても敵いそうな相手に思えない。
……選択肢は一つしかない。
「オーガを倒す!」
「やめてよ~、カルに、そんな余裕ないでしょ! 鎧はどうするのよ~」
エレンは半泣きで叫んでいる。
もう、考えなんてなかった。
「だからって、鎧と戦っている間に背後取られたら全滅だろ!」
「もう、駄目よ~、死んじゃうよ~」
洞窟内は広いスペースとはいえ、煙が充満してきている。
この煙を外へ出すには、大扉を開くしかない。
オーガは空腹であった。
そこへ、泣き叫んでいるエレンを見つけた。
オーガとエレンの目があう。
オーガの顔に、微かな笑みが浮かんだ。舌舐めずりをしている。
動かなかった体が、急に動き出し、血走った目で寄ってきた。
大樹のような太い、褐色の腕が、マーレを抱くエレン目掛けて伸びてきた。
「い、嫌-----------っ!」
エレンは半狂乱となって叫んだ。
捕まったら、手足を引き千切られて、喰われると知っているからである。




