マーレとイシュルミット
領都・エンデルの街外れに孤児院がある。
貧民街と迄はいかないが、決して裕福な層が住むような立地ではない。
だが、思いの外、敷地は広い。
建物はというと、継ぎ足し、継ぎ足しで増築されてきたこともあり、使い勝手や外観は良くないのだが、広さは申し分ない。
因みに隣地内には教会もあり、孤児の心のケアにも配慮がなされている。
孤児たちは、10歳になると希望者は基本教育を受けることができる。
希望しない者は、冒険者になるような者くらいである。
とはいっても、希望者の大半は挫折する。
孤児院では、一人前と見なされる15歳になると当然出て行かなければならない。
だが、この孤児院をでると、比較的就職口は良いのである
それもそのはずである。
この孤児院は、公にはされてはいないが、ミューラー家の強い意向の元、多額の援助がなされ、成り立っているのである。
それ故に才能ある者は、いち早く取り立てられ、仕事が斡旋されていた。
ミューラー家の私設騎士団等は、その最たるものであった。
特に、魔術の才がある者にいたっては、10歳未満でも公爵家に使えることが出来たのである。
話は、今から10数年前に遡る。
修道女らの朝は早い。
真夜中。
月が照らす頃合に起き出す。
一人の修道女が、教会の前を掃こうと扉を開けると、そこにはバスケットの中で、寝具にくるまれた赤ん坊が置かれていた。生後数か月といったところであろうか。
捨て子である。
特別な光景ではなかった。
修道女は赤ん坊をバスケット毎、胸に抱えると神父に報告へ行った。
赤ん坊の小さい手元には、一枚の紙が添えられていた。
紙には名前と生年月日が記載され、それ以上の情報はなかった。
そして三日後、二歳児が教会の前で一人泣いていた。
こちらも捨て子であった。
先に捨てられていた赤ん坊が、マーレであり、二歳児がイシュルミットである。
マーレは良く笑う子であった。
マーレは、お喋りが出来るようになると、修道女に探し物の在処を、その都度教えてあげるなどし、特別な能力を発揮しだしていた。
そのような能力の話が、公爵の耳にも届いたのであろう。
いつしか、マーレの廻りには、ジルフリードやフレデリカの兄妹やカルやケリーらが遊びに来るようになり、仲良くなっていったのである。
そして、マーレは五歳になると、侍女見習いとして公爵邸に席を置くことになる。
勿論、五歳児であるので、見習いの、見習いの、見習い侍女といった待遇ではある。
一方、イシュルミットは、マーレとは対照的な性格で、内向的で表情も暗く、口数の少ない子であった。自分が捨て子である事が、ショックだったのかも知れない。
彼女は11歳となった頃。
普通この頃になると、多少は異性を意識するものであるが、彼女は違っていた。
異性には捉われないのである。
基本的に、好きなものと、嫌いなものがハッキリしており、恋愛も同様であった。
女性だろうと男性だろうと構わないのである。
異性の話はさておき、彼女はこのような性格であるため、友達をつくっていくことが苦手であった。好きと感じた人としか仲良く出来ないのである。言い換えると、好きと感じない人は全て嫌いなのである。
そんなイシュルミットの唯一の楽しみは、マーレ達の訪問であった。
マーレは侍女見習いとなり公爵邸で生活するようになった後も、カル達と一緒に施設によく遊びに来ていたのである。非番の日も、僅かなお給料で買ったお菓子や公爵邸の残り菓子を持ってきて、一緒に食べたりしていた。
イシュルミットは、ジルフリードやフレデリカにも優しく言葉を掛けてもらうだけで、幸せな気分になった。
勿論、マーレとお喋りする時間は最高の一時であったのだった。
彼女の人生において、楽しい時間は、ほぼ、これ位であった。
また一人で、良く思い出すのは、幼い頃に二人で、じゃれあって遊んでいたことである。
マーレがまだ、自分のことを『マーレ』と自称していたころの話である。
「イシュお姉ちゃんのほうが年齢は2コ上だけど、孤児院ではマーレのほうが3日先なんだからね」
「3日なんて、ないも同じだよ」
「うぅん。マーレは生まれてから10日で捨てられたもん。捨てられたのはマーレのほうが長いもん!」
……自虐ネタである。
唯一といっていい、イシュ姉よりも凄い処とマーレ自身が思っている事であり、マーレの最大の返し文句であった。
イシュルミットは、自分の性格からして一般の職業に就くことは困難だと思っていた。そのため、自分なりに考えた末、生涯をかけて剣の腕を磨き続けることを決意していた。
選択肢の少ない中で、選らんだその道は、強ち間違いではなかった。
彼女には剣の才能があったのである。
彼女の身長は直ぐに伸び、長い腕でも、優に二本の剣を使いこなせるようになっていた。
その結果、14歳の時に公爵家から『剣士見習い』としてお呼びがかかり、マーレと同じ公爵邸へ行くという夢が叶ったのである。
望外の喜びであった。
イシュルミットは、この時、初めて心から神様に感謝をした。
孤児院でのお別れの日、これまで見守り続けた修道女たちでさえも、初めて彼女の満面の笑顔を見たほどである。
そんな最高の思い出である大好きな人達が、公爵家の人たちが、魔人の手に掛かって死んでしまった。
そして、令嬢フレデリカから笑顔を奪い、マーレまでも攫っていったのである。
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現在に戻って、ダンジョンの中。
今、この瞬間、イシュルミットは、憎悪の念を持って剣を振るい続けていた。
目を釣り上げ、怒声をあげ続けているうちに、狂気にのまれていった。
イシュルミットの二剣は唸った。
目の前の敵を次々と切り刻む姿は、味方にも恐怖を植え付けるほどであった。
廻りにいるのは、瘴気を帯びているゴブリンである。その辺にいるゴブリンよりも数段手強い。ましてや、ホブゴブリンともなるとオーガ並みの力がある。
捕まったら最後、体を引き千切られてしまう。
兵士達も必死の中、辺り周辺は壮絶な戦場と化していた。
味方側の死者も多くでたものの、何とか殲滅させることができた。
だが、ゴブリンを全て殺した後も、イシュルミットの狂気は消えることがなかった。
敵がいなくなると、味方の兵士にまで刃を向けてきたのである。
そこへ、いきなり、彼女の腹部に一撃が入った。
「ゴブリン相手に我を忘れるとは、情けない」
一撃を受けたイシュルミットは、その場で昏倒した。
「シュトラウス!! お前がなぜ、ここにいる。……ま、まさか」
ダルクは辺りを見渡して気が付いた。
「その、まさかです」
ニチカ・シュトラウスは、残念そうに返した。
「閣下! なぜ、このようなところへ」
「それは、こちらが聞きたいわ。そもそも、療養中のフレデリカが、なぜにここにおる」
「「「あ…」」」
「御祖父様、こ、これは……」
「……まあ、良い。フレデリカよ。……む、何じゃ、マーレは連れてこなかったのじゃな。連れてこなくて、正解じゃ。ふむ」
「も、申し訳ございませぬ。……自分めが、ついておりながら、マ、マーレは敵方に攫われてしまいました。…この責は自分一身にございます。勝手なお願いとは重々承知の上でございますが、どのような責めも負いますが故、今、暫く救い出す迄はこの身に時間をお与えください」
大きな肩が小さく見えてくるような、ダルクの物言いであった。
もとい、彼もこの一件が終わったら、報告をし、責任を取るつもりではいた。
主であるフレデリカの言葉に従ったとはいえ、婚姻を控えている令嬢を止めることができず、このような戦場で共をしているのである。
「責任は取ってもらうぞ、ダルクよ」
「はっ」
「して、そうじゃの。それでは、マーレを取り返しにいこうかの。それだけを今回の目的とする。よいな。遂行後は撤退じゃ」
「「「ははっ」」」
公爵は、ダンジョンの扉の位置を把握していた。
そう。『都市・エンデル』の防壁上からルーリットン侯爵の合図を見ていたのである。
一行は、公爵と二人の騎士を加えて、早々に、この場を後にした。
「公爵様とか、貴族を初めて見たにゃ」
「ジュノー、閣下って呼んだ方がいいよ」
「ふにゅ、呼び方なんてあるのかにゃ。…パルーは何でも知っているのにゃ」
「『にゃ』も止めたほうがいいかも」
「にゃ、にゃ、…そうなのにぃ」
「語尾が若干、変になっておるのう。はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、」
ガルツの場違いな笑い声が響き、さすがにパルーも冷や汗ものである。
当然、『銀翼』の目的は、エレンの救出へと切り替わっている。
皆、ポーション等で回復するとダンジョンの扉へと向かった。
イシュルミットは、ガルツに背負われ揺れていた。
DUをお読みいただきまして、ありがとうございます。
冒頭から全然違う話となり、すみません。
イシュルミットの話を入れるところが、なかなか、思いつかなくて、今回差し込みました。
マーレとの関係性だけでも触れて措きたくて。
今、現在にも、少し、話を戻していますので、よろしくお願いいたします。。




