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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第一章 エンデルの森
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思惑が外れる人、あたる人

 エスティルは得意げになっていた。

 なにせ、みんなに『女神様』だと囃し立てられているからだ。


 自分の描いた通りの二つ名で呼ばれているのだ。

 肉癢ゆさもあるが、『もっと呼んで貰いたい』と思っていた。

 それどころか、カルとジルにもこの光景を見せたいし、そう呼ばせたい等と思い、一体どこにいるのかと辺りを見回すも二人を見つけられなかった。


 血相を変えて、ソリアが寄って来た。

「お姉さま、正面からも敵が攻めてきています。お力添えをお願いいたします」

「え、ええ」

 再度『お姉さま』と呼ばれて、戸惑うエスティルをソリアは前線へと連れていった。


 茫然としていたのは、シャルティエットである。

 脱出口と目論んでいた転移の台座が、あろうことかエスティルの手に寄って灰燼と化してしまったのである。

 他にこの場から脱出するには、もうカル達が落下していった崩落現場しかないのだ。

 困惑する中、目の前をソリアとエスティルが走り抜けていったのである。


「あの、小娘!」

 シャルティエットが怒ったのも無理はない。

 台座を破壊する段取りをしていたのも、ソリアなのだ。次はあろうことか、あの緑の皮膚の男の相手をさせようとしているのだ。


「エスティル様!」

 シャルティエットは彼女の腕を取った。


「どうしたの?」

「大変です。カル殿が崩落に巻き込まれて、下層へと落ちていかれました」

 シャルティエットは是が非でも、敵の方へ行かせたくなかったため、逆方向へ誘導しようとした。


 エスティルは、カルは足を滑らせて落ちたのだろうけど、直に登って来るだろう。くらいのものと考えていた。

「エレン殿も一緒なのです。助けに行かなければ!」

「何で、あのおバカ女と一緒なのよ! もう、イラツク! あなたが行って、ここに連れて来て! こっちは、私が行かないと犠牲が増えるわ!」

 

 エスティルはそう言い渡すと、先に行ってしまったソリアを追った。

 シャルティエットは仕方なしにカルの状況だけ確認しに行った。

 助けられそうであれば、引き上げて、エスティルの加勢をさせようと考えたからだ。


 到着するやいなや、エスティルはゴブリンと戦っているビグルを見つけて怒鳴った。

「バカなの! ビグルあんた、ハンマーでも借りて、そこの滑り台の入口をとっと壊して塞いで! じゃないと増える一方じゃない!」


「ゴブリンがこれだけいるのに、うちの指揮官は簡単に言ってくれるぜ。でも、早くやらねえと、確かに増えるんだよな」

 ビグルのいつもの、小声の一言である。


「早くしなさいよ! 出来ないなら私がやるわよ」

 エスティルの一言に、この場にいた中で、ビグルだけが「ギョッ」とした。

 洞窟の扉を溶かした炎槍が、頭に浮かんだからだ。


 こんなところで、あの炎槍を放たれでもしたら自分もタダでは済まない。

 最悪、消炭みである。

 また、冗談抜きで本当にやり兼ねないのが、エスティルなのだ。

 体感した分、あの炎槍はリアルに恐ろしい。


 これは、早く実行せねばと、ビグルは、一時戦闘から身を引いた。

 そして適当なドワーフの戦士を見つけ「天井を壊せ」と一言伝えると、自分を身体強化(ブースト)させ、ドワーフを天井辺りの壁面へと投げつけたのである。


 投げられたドワーフも、ここぞとばかりに懇親の一撃で鎚矛を振り抜いた。

 すると、岩壁に大きな亀裂が入り、大きく裂けると、瞬く間に天井が崩れ落ち始めた。

 大小の岩がゴブリンの頭上を襲った後、入口は完全に塞がれてしまった。


 自分でも感心する程の見事な働きに、ビグルはどうだと言わんばかりに指揮官の方を向いたが、既に指揮官の姿はなかった。

 この状況の変化が影響して、指揮の上がった味方は、圧倒的な強さでゴブリンを一掃し始めた。



 グレインは苦戦していた。

 いや、正確にはグレイン達は苦戦していた。

 この緑の皮膚をもつ敵の擬古ちない動きも、戦いが進むにつれて少しずつ解消されていたのである。

 

 今、グレイン、グリア、モルトン、兵士らで相手をしているが、不利な状況であった。

 特にグレインは深手を負っており、プレートアーマーは鮮血に塗れていた。

 

「気を付けろ、こいつ動きが擬古ちないからと思って、剣で挑んでも強ええっ、そんでもって魔術は発動が早えんだ! 剣で牽制してないと魔術を打たれちまう」

 駆けつけたエスティルに対して、グリアが状況説明をしてくれた。


 だが、三人。

 いやここにいる皆で囲っているのに倒せない状況に、エスティルは納得がいかない。

 なので、試しにウインドエッジで攻撃をしてみた。

 すると、放ったウインドエッジを凍らせ、そのまま氷塊となって、エスティルを襲ってきたのである。


「なるほど、こういう反撃を受けたために、こちらに被害がでているのね。発動だけじゃなく、放出速度も速いわ。って速過ぎるわ」


 この時、グレインは敵が氷塊を放出した際に生じた隙をついて斬り込んだのだが、逆に返り討ちにあってしまい、肩を突き抜かれ、倒れ込んでいた。


「シャルティエット! カルはまだ登って来ないの!」

 エスティルは、彼を見つけると緊く言い放った。


 実際のところ、カル達は下層まで落ちていってしまったのだが、彼女はこの時点でも、未だすぐに登ってこれるものだと解釈していた。


「そ、そのっ」

「あの、おバカとまだいるの! 私の騎士なのに!」

 エスティルは苛つくと同時に、パルーの言葉を思い出していた。


 前衛の彼だけど、おもしろいね。

 剛剣で打ち込む時もあれば、凄まじい剣速で斬り伏せる時もある。

 これも、二刀流っていうのかな。ハハ。

 剣速だけでいったら、間違いなくランクAの実力だよ。

 と言って、エレンを連れて帰ってくれたことがあった。


 この言葉が頭に浮かび、剣で互角に戦えるのは、カルしかいないと思って、呼ぼうとしているのだが、未だ上がって来そうにない。


 イライラが募っていた。


 そして、彼女は苛つきが収まらず、気が付いたら剣を抜いて敵に飛び掛かってしまっていた。


 エスティルの剣術は、ソリア同様エルフ流である。

 そのため、敵の剣速にも何とかついていけた。

 だが、すぐに押し込まれ始めた。

 傍から見ると、一方的に後退しているようにしか見えない程である。

 

 極度の集中力を要するため、エスティルも一人で相手をするのは、やはり厳しい。


「ソリア、背後から攻撃ィ!」


 ソリアはエスティルの剣術に魅入ってしまっていた。

 突然、エスティルの怒声で、彼女は我に返って参加した。


 既にグリアらも深手を負って動くことができない。

 状況は悪化の一歩である。


 例に寄って、ソリアは地(土)魔術を使いながら剣を振るった。

 足元の地面を変化させ、相手の体のバランスを崩し、その隙を突こうとしているのだが、相手の反応が早くて、完全に崩し切れない。


 一方で、敵方にも変化が生じていた。

 少しずつではあるが、皮膚の緑色の部分が増え出していたのである。

 状況に応じて、体をいろいろと動かしていることにより進化していたのだ。


 一方的に、敵に押し込まれたエスティルは、結構な距離を移動させられていた。


 前にはエスティル、後にはソリアと挟撃の形をとっているのだが、以前として不利な状況は変わらない。

 どうしても、敵は先にエスティルを仕留めたいらしく、執拗に剣が追いかけてくる。

 そして、ソリアの集中力が、切れ欠けようとした時。


「ここよ! 落としなさい!!」

 エスティルが左手で地面を指さした。

 ソリアは、分かっていなかったが、咄嗟に指された箇所をへこませた。

 実はその先には、さっきの崩落で出来た直径15m程の大きな穴があったのである。


 想定どおり、敵はバランスが崩れ、後ろに倒れそうである。

 敵は何かをしようと腕が動いた時であった。


 既に、エスティルは地面の変化も見ずに、圧縮衝撃波(エアーインパクト)を見舞っていた。

 それは、今、彼女が瞬時に発動できる風魔術の中で、最大・最速のものであった。


 敵は、近距離で圧縮された空気塊を胸部に受け、地中へと吹っ飛んでいった。


 一瞬の間をおいて、大歓声が起こった。

 魔人らしき敵に一方的に押し込まれていた状況から、みんなのヒロインが劇的な逆転劇を演じたのである。

 歓声が起こるのも当然であった。

 この場にいる者達は、一般人ではない。兵士、傭兵、冒険者らである。

 言い換えれば、素人ではないのである。


 あの敵には勝てないと絶望の淵にいたところを、彼女は態と追い込まれた振りをし、崩落地点まで誘導して、下層に叩き落したのだと、皆が理解したからである。

 

 今度は、その戦略を賞賛し、『軍神様、万歳!』等と聞こえてくる。

 コールが鳴りやまない。

 お気に入りは『女神様』なので、不満気なエスティルであったが、さすがに今は脱力モードである。


 そんな消耗しきったエスティルのもとに、ジルが泣きながらやって来た。

「カルが…」

「まだ、上がって来ないの?」

「上がって来れるような高さじゃないんだよ! 生きているかだって分からないんだ!」

「な、なんですって!!」

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