3人での再出発
カルは、落下のショックで意識が朦朧としていた。
真っ暗闇の中、何かが動めいているのが分かる。
音が微かに聞こえてくるのだ。
頭の中は、未だ白み掛かっているものの、少しずつではあるが、意識が戻り始めていた。
地中に溜まっていた冷気が、彼を完全に眠りからに呼びさました。
普通の冒険者であれば、ノヴァによって、体がここまで冷えきることはない。だが、カルはノヴァを使えないため、一緒に落ちた二人よりも幾分早く、意識を取り戻すことが出来た。
カルは目が覚めるやいなや、恐怖に襲われた。
胸元に何かが乗っているのだ。
しかし、直ぐに理解できた。
胸の中にいるのは、背丈からしてマーレである。
吐息が聞こえる。
マーレの体温を貰っているので、幾分胸や腹部は暖かい。
一方で、背中や頭などの地面に接している箇所は凍結しているのではないかと、思うほど冷たい。
…そうだ。
俺は二人を抱いたまま落下したんだった。
ここで、初めてエレンがいないことに気付いた。
落下の最中に、エレンと逸れてしまったのだ。
取り敢えず、現状が整理できたので、体を動かしてみる。
左腕でマーレの肩を抱いたまま、右腕に力を込めて上体を起こした。
特に痛いところはない。どうやら、怪我はしていないらしい。
これは、どう考えても、この防具のお陰であろう。
エッダ様に感謝のしようがない。
マーレにも外傷はないようだ。血の臭いがしない。
そして剣もある。
「よしっ」
自分自身に言い聞かすように呟くと、マーレの体を揺らした。
「マーレ、起きてくれ」
すると、少しモゾモゾしながらも返事が返ってきた。
「どこぉ」
一言発した途端に、俺の服裾を握る手に力が籠った。
真っ暗闇で次の言葉がでなかったのだろう。
「立てるか」
マーレは小刻みに震えている。
マーレのためにも、いざという時のために、剣を抜いておきたい。
俺は、何とか体勢を立て直そうと動くが、上手く動けない。
マーレは子供返りをして、精神年齢が5歳児程度となってはいるが、体は10代前半の少女である。流石に彼女を抱きかかえながら、立ち上がるには無理がある。
泣き出さないように、あやしながら、諭しながら、少し離れることで、何とか起き上がり剣を抜いた。
そこへ、翼音が聞こえてきた。
頭上から、何かが一直線に向かってきたのである。
マーレが短い悲鳴を上げた。
翼音が去っていく、そして、直ぐ様、もう一度、戻って来た。
そこを、俺が剣で一閃した。
「ギギィ----ギ、ギ」
地面に落下後の断末魔の声が、暗闇に響く。
暗闇だろうと『魔感受の仮面』があれば、位置を認識できるのだ。
この直後、たくさんの羽搏き音が聞こえてきた。
どうやら蝙蝠の類がいるらしい。
「マーレちゃん? カル…いるの?」
エレンの声だ。
どうやって探そうかと、思っていたところだっただけに助かった。
「エ、エレンお姉ちゃん、こっちに来てぇ」
マーレは半泣き状態である。
「エレン、灯りをつけるなら、蝙蝠みたいな魔物がいるから気をつけろ!」
「カルなの! …わ、わかった。何かあったら助けてよね」
「……」
カルは、マーレに引っ張られていた裾を直していた。
「無言なんて、酷いじゃないの~、そこはすぐに返事してよ!!」
「わ、わかった。ごめん。助ける、助ける」
エレンの大声に反応したのか、何匹かが、ギギギギと鳴いている。
「いくからね。伏せててね。」
「伏せててって、どういう意味だよ! マーレもいるんだぞ! 乱れ射ちは止めろ!」
「だから、伏せて、って言ってるでしょ」
「ライトニング・アロー」
エレンは立ち上がると、胸を張り、両手を広げた。
彼女を取り囲むように全方位に配置された光の矢が瞬時に現れる。
遠目から見ると、光の球体となっている。
辺りは一瞬で光で照らされ、驚いた蝙蝠は右往左往し出した。
球体を構成していた光の矢は、片っ端から逃げ惑う、蝙蝠を射抜いていく。
ほぼ、全ての矢が天井目掛けて発していった。
「カル~、あそこにボス見たいな特大のがいる! あれを仕留めてぇ!」
「無茶言うな! 天井にぶら下っているんだぞ! それにマーレだっているし」
「マーレちゃんは、あたしが面倒みるからこっちに連れて来て----」
「な、なんか勝手なところは、エスティルに似てるな!」
そう言いつつも、確かにあの矢の中で守られていた方が安全だと思い、マーレの手を引いて向かった。
「いい、あの蝙蝠の足元付近に矢を打つわ。そうすれば、嫌でも飛ぶでしょ。その時、絶対に何本かの矢が刺さるから、怒ってこっちに飛んできたら翼を斬って!」
「わかった!」
カルはマーレを彼女へ受け渡した。
マーレの光の矢が天井目掛けて飛んでいく。
案の定、特大蝙蝠は殺意剥き出しで、牙をひん剝いて一直線に降下してきた。
「キャアアアーーー、カル、来たーーー」
向かって来る特大蝙蝠を見て、エレンが絶叫する中、カルは、交錯間際で余裕を持って左の翼を斬り裂いた。
その様はまるで、歴戦の剣士のようであった。
片翼を失った特大蝙蝠は、そのまま地面に不時着し、藻掻き苦しんている。
カルは、容赦なく、特大蝙蝠に止めを刺すと二人の元へ歩いた。
エレンは疲れた表情である。声は若干、乾いている。
「はあ、はあ、はあ、……あ、ありがとう」
エレンは相当怖かったのであろう。
全然、酸素が足りないといった感じで、肩で息をしている。
暫くすると、そのまま、肩を落として、しゃがみ込んでしまった。
エレンから感謝の言葉を受けて、カルは彼女への印象が少し変わった。
これまではというと、自己中、雑、いい加減といった印象しかなかったのである。
良い印象を持ったのは、これが初めてであった。…敢えて、口にはださないが。
「カル、お願い。どんなことがあっても、あたしを守って! あなたのお墓は立派なものにしてあげるから」
………俺は死ぬ前提となっている。
やっぱり、相手の気持ちを考えられない、自己中な女である。
「…わかった。少し、休もう」
「うん」
エレンが魔術で光球を2つ創ってくれて、それが、今、宙に浮いている。
寒さの中でも、灯りがあると心に余裕がでてくるものだ。
マーレも、今は頑張るといった決意の表情をしている。
二人の気持ちを上向かせるためにも、どうしても、上のみんなとコンタクトを取りたい。
生存していることを伝えたい。
そんな思いもあって、何度か上に、大声を出して呼びかけてみたが、上からは何の返答もなかった。
返答どころか、轟音が響いてきた後、煙とともに熱風が吹き降りてきた。
普通に考えて、煙や暖かい風が下に吹いてくるなんて、ありえない。
魔術を使ったのだろう。
絶対に上で、何かが起こっているに違いない。
もしかしたら、俺達の救出どころでは無いのかも知れない。
そう思い、あらためて崩落現場を見上げてみる。
やはり、到底、登れるような高さではない。ましてやエレンとマーレがいるのだ。
上に行けないとなると、別に道を探さなければならない……。
ふと目を移すと、エレンが泣いていた。
どうも、シャルティエットともっと、話をしておけば良かったと、後悔をしているらしい。
静寂の中、エレンがシクシクと、ずっと泣き続けている。
最悪な雰囲気である。
そんな折、お腹がなる音がした。
マーレが少し赤くなりながら、こっちを見てきた。
考えてみれば、二人とも捕らわれていたのだ。
碌に食事をとっていないはずである。
空腹なのだ。
これでは、精神的に後ろ向きにもなる。
俺は腹ごしらえが必要だと思い、蝙蝠を調理することに決めた。
俺がいきなり、立ち上がって、剣を抜いたので、二人は何を始めるのかとこっちを凝視している。
村でメタルバックボアが調理されていたのを思い起しながら、俺は同じ要領で蝙蝠を捌き始めた。大きさや骨格は、全く然違うものの、適当に試みてみた。
適当に捌きおえると、杖で火をおこして丸焼きにする。
少し味見をしてみると、調味料なしでも意外と旨い。
小さく、切り分けて、マーレに差し出すと、ハフハフ言いながら普通に食べ始めた。
やはり、お腹が減っていたらしい。
エレンは、最初こそ、拒否していたものの、食べないと体力も魔力も戻らないし、シャルティエットにも会えないぞと話すと、暫く考え込んだ後、黙々と口にし出した。
結構な量の食事を終えた後、エレンがいきなり大声を出した。
「戻れるわ! そうよ、この子よ!!」
この期に及んで、マーレに何を頼むのかと無言を通していた。
「カル、マーレちゃんは、先々の地形とか状況を見通す特殊スキルがあるのよ」
「どういうこと?」
「だから、出口に繋がる道を探せるのよ。マーレちゃん、出来るよね」
「うーん」
「あのね。明るいところに行きたいの。マーレちゃん、どの道を行けばいい? 教えて」
そう言われて、マーレは小首を傾げながら、キョロキョロしている。
「こっち!」
マーレが指さしたと同時に、エレンがこっちを見て頷いてきた。
瞳に力がある。
希望に満ちた表情である。
エレンに訳を聞いて見ると、マーレはチームの案内役としての役割を担っていたという。
何かしらの対応が出来るスキルが、本当にあるということか。
もう、選択肢のない状況なので、俺も信じることにした。
そうなると、『善は急げ』である。
残った食糧を袋に詰め終え、3人で立ち上がった。
その時である。
ピキッ、キキキキッ、
カルの『魔感受の仮面』に亀裂が入ると、真っ二つに割れて落ちたのだった。




