エスティルを救え!?
「な、何て言った!」
「二人は、この辺りに居たはずなのにゃ」
ジュノーは獣人である。
人族よりも嗅覚は格段に優れている。
そのジュノーが、付近にエレンとマーレの他にゴブリンの臭いが残っているという。
周囲には争った形跡はない。
背後から殴りつけ、気絶させて運んだのだろうか。
カルは周囲を警戒した。
『魔感受の仮面』に反応がない。ということは、今、周囲にゴブリンはいないということだ。
………生還できた喜びも束の間だった。
チームBのメンバーは、どん底に突き落とされてしまった。
エレンとマーレの2人が連れて行かれてしまったのである。
パルーは、唇を噛みしめていた。
ゴブリンの知能は低い。何者かが指示したに違いない。
魔物を統率している者がいると予想をしていたにも拘らず、この失態である。
次々と魔道具を持ったゴブリンを射抜く二人に対して、別動隊を送ってくることぐらい予想出来えたことだ。痛恨の極みである。
そこへ、洞窟のあった場所を確認しに行っていたガルツが戻って来た。
遠目での確認だが、既に扉は無くなっていたという。
すぐさま、パルーは状況報告をしようとしたが、雰囲気は最悪であった。
フレデリカが号泣していたのである。
「私の、私の責任です。………やはり、マーレは連れて来てはいけなかったのです」
フレデリカは絞りだすように後悔を口にした。
「マーレとエレン殿が死んだと決まったわけではありません。連れ去られただけです。必ず生きております」
ダルクが、熱く、諭すように答える。
「僕も…そう思います。必ず、二人とも助け出して見せます」
怒りを滲ませ、発せられた声は女性のものであった。
スレンダーで長身の彼女は、二本の剣を使いこなす従騎士で、水色の美しい髪を靡かせていた。
彼女の名は、イシュルミット=アンセットという。
フレデリカが、巨大赤コブラを倒すために詠唱を行っている間、ゴブリンを一番狩っていたのが彼女である。マーレを妹のように可愛がっている一人である。
「フレデリカ様、僕をあの『仮面のカル兄』と一緒に行かせて貰えませんでしょうか、彼に何かあったら、マーレが戻って来た時、悲しむと思うので護衛が必要………」
イシュルミットの言葉は、パルーにかき消された。
「駄目です。あなたはフレデリカ様の護衛に必要な方です。行くのならジュノーが適任です」
ジュノー自身も、元から行くつもりであった。
カルに一緒について行き、もう少しこの森を知りたいと思っていたのである。エレンが攫われた今となっては猶更である。
実際、ジュノーのほうが目鼻も効くので、余計な戦闘を避けたり、情報収集ができたりと適任である。
「それじゃあ、カル、一緒にいくのにゃ」
「あ、ああ。よろしく」
二人は廻りを無視してサッサと行ってしまった。
イシュルミットも正論を突かれたため、次の言葉がでなかった。
実際のところ、彼女も回復しきれていなかったというのもある。
カルとジュノーは崖上に沿って、エスティル達の方へ向かっていた。
歩き出して暫くすると、ジュノーが一度足を止めた。
それに気が付いたカルは、剣に手を掛けた。
ジュノーは何もなかったかのように、すぐに歩き出す。
「走るにゃ」
「お、おう」
カルは、今のジュノーの行動に疑問を持ちながらも、走りだした。
暫くすると、獣が吠えているのが聞こえる。
レッドベアーに違いない。
二人は急いだ。
音を頼りに、ジュノーが先頭を走る。
ジュノーは凄いスピードで移動するので、カルは着いていくのがやっとである。
途中、ゴブリンが出て来ても、鮮やかに斬りさばく。
ジュノーが振るうレイピアは、剣身全体が光を帯びており、さながら細いビームサーベルといったところである。
彼女の魔剣術の能力はそれだけではない。
戦いの最中、相手を斬らなくても、剣先でなぞったラインが紫色の糸状で宙に残る。そのラインに触れたものは、肉体を斬られてしまうという独特の魔力操作ができるのだ。
この紫糸線とスラッシュの連動で、次々とゴブリンは倒れていく。
このため、カルは走ることだけに専念できた。
カルは、初めてみる魔剣術に驚いていた。
「こ、これがジュノーの魔剣術か、……凄い」
咆哮が大きくなってきた。
もう、近くまで来ている証拠である。
足元が悪くても気にならない、風を突っ切って、ジュノーの後を全速力で追っていた。
「やはり、レッドベアーだ」
カルにもレッドベアーの大きな背中が見えてきた。
その奥で、エスティルが倒れていた。
ジルが寄り添っているのが見える。
薬草か何かを飲ませているのだろうか。
治癒魔術が使えるのはエスティルだけである。
もしかしたら、それが理由で一番先に狙われたのかも知れない。
近づくにつれ、疲労しているものの、何とか立って威嚇しているグリアの姿が、見え隠れする。
さらに加速したジュノーは、木々を抜けると右に跳んだ。
その際、レッドベアーの足にウインドエッジを3発放つ。
ワンテンポ遅れてやって来たカルは、真っ直ぐに飛び込み、ジュノーが狙った足とは逆足のアキレス腱辺りを切り裂きながら、エスティルの傍まで駆けた。
「も、戻って来てくれたのか! カルッ」
「当たり前です、遅くなってごめん」
「ホントにギリギリなんだよ」
ジルは感極まっているが、グリアは怒っている。
今、レッドベアーは両足に傷を負い、背中から倒れ込んで、その場で藻掻き苦しんでいる。
どうやら、立ち上がれないようである。
バタつかせている長い腕を見ると、左手首より先が欠損していることに、カルは気付いた。
見覚えがある。
顔を見ると左目も斬られていた。
先程、グリアが手甲のクローで斬った傷だろう。
カル達を襲ってきたレッドベアーに間違いなかった。
「こいつ、逃げ去ったかと思ったが、再び襲ってきたのか」
レッドベアーは、肘を使い起き上がろうとしていた。
カルはその姿を目にすると、即座に剣を構えると、跳びあがり、レッドベアーの胸元に剣を突き立てると、すぐにジルとエスティルの下に戻ってきた。
「エスティルは大丈夫なのか!」
この場では、エスティルしか治癒魔術は使えない。つまり、エスティルが怪我をした際は、彼女を治癒できる者はいないのである。
心配したカルは、すぐさま駆け寄り、エスティルの手を握った。
「すー、すー、すやすや」
「………あ、あれ。もしかして、寝てる?…の」




