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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第一章 エンデルの森
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急襲

 少し距離があるものの、濃緑色の巨大な蛇が見えた。

 大蛇は今にも、何かに襲い掛かろうとしているように見える。


 カルの脳裏に先程の少女の顔が過った。

 彼女は何とか助けてあげたい。

 彼女とは、もっと話をしてみたい。

 

 そう、咄嗟に思った。


 確か、彼女のいる『チームB』は最後尾の配置だったはず。とすると、今、襲われているのは『チームA』だ。いや、もしかしたら、一緒に襲われている可能性もある。


 カルが駆けだそうとしたその時、グリアに腕を掴まれた。

「そんな余裕はないんだよ!」

 声に緊張感が乗っている。

 振り返ると人間の2倍程ある大きな熊が、前方に5頭出現していた。

 既に最先頭の2人が交戦している。


「レッドベアーだ! 応援に行くぜ」

 グリアの表情が強張っている。当然だ、相手は5頭。下手すると、こちらも全滅する可能性もある事態である。

 

 レッドベアーの名前の由来は、首から上がワインレッドに染まっているが故である。獰猛な魔物で、パーティーの中に一人でも魔力量の多い者がいると、必ずといっていいほど、襲いかかる習性がある。


 ジルが慌てている。

 必死に、凄い形相で、大きな動きをして、何か訴えている。

 こんなに近くにいるのに、なぜか聞こえない。


「あっ!」

 カルは、グリアの右腕を力の限り引っ張った。その後は、何かに押されるように二人は、縺れて地面に倒れ込んだ。


「あっ、ごめっ」

「気にするな!」


 カル達のすぐ傍にもレッドベアーがいたのである。

 レッドベアーは右腕を地面に投げつけるように、大爪をたてて攻撃してきた。

 先程、倒れ込んだのは、カルがグリアを引き寄せた際に、風圧を受けたからであった。


 あらためて、相手を見ると、このレッドベアーは両腕が太く長い。

 普通に立っていても両腕が地面に着いてあまりある長さである。

 空腹で苛立っているのか、目は血走り充血して、口からは唾液が流れ落ちていた。


 2撃目がきた。今度は左腕である。

 慌てて立ち上がり、2人別々の方向へ飛び退いた。


 何度か攻撃を躱していて分かった。

 なまじ、腕が長すぎるため単調な攻撃しかない。腕が重くて負担になるのか、上から振り下ろす縦の動作はなく、横に大振りしてくるだけだ。

 これだけ分かれば十分である。


 再度、大爪が襲ってきた。

 腕が伸びきったところで、グリアは難なく懐へ飛び込み、手の甲に付いている4本のクローで左目を斬り裂いた。

 左目を失ったレッドベアーは痛みに耐えきれず、大きく反りながら唸り声をあげた。

 さらにその直後、カルが左手を切り落とした。

 カルは、さすがに自分の魔力量ではあの太い腕を切り落とすことはできないだろうと手首に狙いを付けていたのである。


 本能的に敵わないと悟ったのか、この長腕のレッドベアーは背を向けて逃げ始めた。


 二人は、レッドベアーの逃げ去る姿を確認したのち、前方へと走った。

 まだ前方に5頭もいるのである。


 この時、ファイアボールが後方で3発宙に放たれた。

 緊急要請の合図である。

 後方からである。恐らく、『チームA』であろう。

 これで、合図を見た応援部隊が駆けつけてくれるはずである。


 前方のレッドベアーはというと、頭部が2つあったり、腕が2本多く付いていたりと、目を疑うような熊ばかりである。

 五頭の攻撃は激しく、もし、判断を誤れば、あの大爪の直撃を受けて即死するのは間違いない。

 先程からエスティルが、後方よりヒールを使って、懸命に味方を治癒していたが、その甲斐もなく、既に一人が血だらけになって地面に伏しているのだ。


 乱戦とも言えるこの場において、ヨルブ様から貰ったこの『魔感受の仮面』は本当に心強い。この仮面、相手の攻撃を完全予測とまではいかないが、相手の悪意(殺意)ある攻撃は必ず伝わってくる。

 さっき、咄嗟にグリアを引っ張ることが出来たのも、正直この『魔感受の仮面』のお陰に違いない。


 今、前方のレッドベアーには前衛3人で対応している。

 圧倒的に不利な状況である。


 カルとグリアが駆け寄る。

 エスティルらも続いたことで、伸びきったフォーメーションが修正された。


「相手は5頭だ。倒そうとするんじゃないよ! 追い払うことを考えな!」

 グリアが叫んだ。


 身体強化(ブースト)をかけているのだろうが、グリアは凄い身体能力である。

 カルよりも早く戦闘に加わり、飛んで跳ねて攻撃をしている。

 あの5頭のレッドベアーの攻撃に順応しているところは、さすがに獣人である。


 カルが戦闘に加わった直後、グレアに余裕ができたのだろうか、彼女はレッドベアーの左足を切断、とまではいかなかったが、あの4本のクローで切り裂いた。

 大量の血飛沫が舞う。

 レッドベアーは狂ったように爪をたて、腕を振るってきた。


 あのクローは、恐らく魔力を込めた分だけ、切れ味が増すのだろう。鉄製とかそんなレベルの武器ではないはずだ。


 一方で、カルには期待しているものがあった。


 そう、例の『心の声』である。

 この声さえ聞こえれば、グリア並みの動きができるはずである。

 だが、今のところ、『任せろ』という言葉は聞こえてこない。


 前衛が5人に対し、レッドベアー5頭、内1匹が左足の手負いであるが、形成はやや不利ではある。


 何しろ、距離をとって攻撃回避をしないと、風圧で体が蹌踉めくのである。

 5人が体力を削られていく中、エスティルが声を発した。

 エスティルは、先程仲間が即死したことに対してショックを受けて、茫然としていたが、ジルに怒鳴られ、今正気を取り戻したところだった。


「魔術で対処するから少しの間、離れて!」

「わ、わかった」

「お、おう」

「直ぐに離れる」

 返事をしながら、仲間らが下がり始めた。

 カルも威嚇しながら距離をとり始めた。

 グリアは既に空中から安全なところへ着地をしている。

 

「ファイアウォール!」

 仲間に聞こえるよう、大きく叫ぶとレッドベアーと味方との間に炎の壁が現れた。

 轟音とともに凄い熱気である。


 成功したエスティルはホッとした表情の一方で、カルとジルは驚きの表情である。

 壁の厚さや高さにも驚いたが、それとは別に驚ろかされたことがあった。


「お、お前、属性は『風』と『水』だろう。なんで火魔術を使えるんだ」

 横に立つ、ジルは怯えた表情にも見える。


 カルも同様に異属性の魔術の発動に驚いていたが、魔道具を使ったのだと勘違いしていた。

「す、凄い魔道具だな!」

 笑みを含めてエスティルらの方に声を掛けた。


「あんな、凄い魔道具なんてその辺で売っている訳ないだろ!」

 ジルが返すも、カルには聞こえていなかった。

 いや、むしろ耳には入ったが、目の前にレッドベアーがいることもあり頭に入らなかったという方が正しいのかもしれない。


「これは、エスティル様の精霊魔術である」

 シャルティエットがジルに答えた。


「精霊魔術も使えたのか」

 ジルも知らなかった。

 

「当然だ」

 シャルティエットは冷ややかだ。


 魔術には、誰もが生まれながらに有する自然魔術の他に、精霊魔術というものがある。

 精霊魔術とは精霊との契約に基づき、使うことが許されるものであって、主にエルフが得意とする魔術であり、人間族と獣人族は使えない。

 因みにエスティルは、四大精霊魔術『土』『水』『風』『火』全てを使いこなすことができる。


 木の上にいるグレアが何か騒いでいる。というよりも怒っているようだ。

 

 エスティルは、シャルティエットの献言に従い、ファイアウォールを既に消している。というのは、レッドベアーらが逃げ出したからだ。


 グリアが凄い剣幕で戻って来て、エスティルに怒鳴った。

「何で、正面と両サイドにファイアウォールを設けて、後ろに作らないんだ! 何か理由があるのか、後ろにも壁があれば、囲って全頭焼き殺せただろうに!」


「何言っているの! あんたが追い払えって言ったんじゃないの!」


「馬鹿か! それは全部相手に出来ないからだ! 殺レルならヤレや! 次また襲って来るだろうが!」


 その可能性は多分にある。戦い方からみて、あのレッドベアーに知能がないはずがないのだ。


「追い払えって言ったから、何かあるのかと思ったのよ!」

 エスティルも言われて理解はしたものの、頑張った直後に文句を言われたので、頭に血が上っている。


「大体、馬鹿って、誰の事よ!」

「お前に決まっているだろ!」

「何ですってー!」

 ………2人は当分収まりそうにない。

 一方でジルとシャルティエットは周囲を警戒している。


「…喧嘩すんなよ。助かったんだからよ」

 そう言って、ロングソードを担ぎながらゆっくりと一人傭兵が戻って来た。

 名前はモルトン。傭兵と名乗っていたが、雰囲気的には冒険者っぽい。


 エスティルは、モルトンの血まみれの姿を見ると、驚いてヒールをかけてあげた。

「ありがとう。お嬢さん。それにしても参ったね。いきなり、地中から5頭も現れたんだからな。待ち伏せだな、ありゃ」


 この一言を聞いて、ジルとシャルティエットは唇を噛みしめた。

 2人は、いきなり襲われることのない様に細心の注意を払っていたのだ。

 ジルは目を凝らし、耳に意識を払い、シャルティエットは探索魔術を都度行っていた。

 それにも拘わらず、急襲を受け、犠牲がでてしまった。

 要は地中に潜られると、この2人では見つけられないのだ。

 敵は知ってか、知らずか良い選択をしてきたのである。


「モルトン殿、そこへ案内して下さい」

 シャルティエットの眦が厳しい。


「おい、後ろに助けに行くのが先だ!」

「いや、こちらの確認が優先だ」

 シャルティエットはエスティルを危険をさらしたことに腹をたてており、引かない。

「な、……良し分かった、お前達はここにいろ、俺一人で行ってくる!」

 カルは一人で駆けだした。

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