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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第一章 エンデルの森
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困惑そして出発

「カ、カルなの!」

 突然、左の方から呼び止められた。

 女性の声である。

 当然、初めて聞く声だ。動転しているのがわかる。


 しまった。

 どうやら、元の「カル」の知り合いに顔を見られてしまったようである。


 外出の際は仮面を着けようと思っていながらも、実際に付けるのは初めてだった。

 後悔しつつも、見られたのは横顔である。

 カルは聞こえない振りをして、平然と仮面を着けた。


 女性は、その場に立ったまま動かなかった。

 どのような表情でこちらを見ているのかはわからない。

 死んだ人間が目の前にいるのだ。

 人によってリアクションは様々であろう。


「お、お前生きていたのか!」

 続けて、今度は男性の声だ。駆け寄って来て、いきなり、胸倉を掴まれた。


「な、なんで連絡をよこさなかったぁ!」

 もの凄い剣幕で、体を引き寄せられた。

 顔を見ても、当然知らない。


「待ってください!! ダルク様、その方は、ち、違います。違うのです」

 今度は少女の声が割って入ってきた。


 カルは振り返って見た。

 少女は、違うと言いながらも信じられないという表情である。

 口もとに手を添えたまま時間が止まっているようだ。


 少女の亜麻色の髪が、風で揺れている。

「こ、この方はカル様ではありません。…違うのです」

 少女は微かに足を震わせながら、立っている。


「馬鹿な、見間違う訳がなかろう。そもそも、此奴の剣を見てみろ、ミューラー家の紋章が入っているだろうが」


 カルはこの時初めて知った。

 剣に刻まれていた細工が、貴族の家紋であったことを。


「それでも、……違う人なのです」

 少女の瞳に涙が見て取れる。


「どういうことなの。マーレ」

 最初にカルを呼び止めた女性が聞き返す。


「分かりません。……カル様なのに、カル様が目の前にいるのに。魔力だけが、カル様ではないのです」

 彼女は自分の主であるフレデリカへ返答しつつ、彼のもとへ歩き出していた。


 マーレが、フレデリカの侍女として選ばれたのには幾つかの理由がある。

 彼女には、相手の情報を読み取れるというスキルがある。

 情報といっても、魔力の量や識別、相手側の好意や悪意(殺意)を感じ取れるといった程度である。これから王族の一員となり、新たに社交界へデビューするフレデリカにとっては重要なものである。


 その特殊スキルをもつ彼女が、魔力が違う、別人であると言っている。


 その上で、一歩、一歩、彼のもとへと歩んでいる。悪意は感じていないのだろう。


 エスティルとジルは、カルが転生者だと知っているため、どういう状況かは理解できたものの、どう取り繕っていいかわからない。


 そんな状況の中、シャルティエットがダルクへ手を放すよう、丁寧に告げた。


 ダルクも言われて、カルから手を離したが半信半疑である。

 何しろ、目の前にいるのはカルであると確信している。

 けれども、マーレが『魔力が違う』と言っているのだ。


 魔力は各個人固有のものであって、同じものは存在しない。

 遺伝子のようなものなのである。



 マーレがカルの頬に手を添えてきた。

 さすがに令嬢付きの侍女である。真っ白な手に滑らかな指先である。

 思っていた以上に顔も寄せてきたので、カルは仮面の下では真っ赤である。


「お顔を見せていただけませんか」


「……す、すみません。この仮面は討伐が終わるまで外すことはしません」

 ここで、仮面を外すとまた話が大きくなるのではと思いそう告げた。


「討伐が終わったら、仮面を外してお顔を見せていただいても、構いませんか?」


「そ、それは構わないです」

 カルは彼女の涙目に誘われ、つい、そう答えてしまったが、仮面の奥で困惑していた。


 この可愛らしい子は妹なのだろうか、だが自分に対して『様』付けをしている。


 彼女の瞳からは、今にも涙が零れそうである。


 関係性が深かったのだろうが、俺からすると初対面である。

 彼女の期待に添うことは、まず出来ない。

 絶対、お互いのためにならないはずだ。

 深入りは禁物である。



 そう考えなおすと、彼女らとは距離をとらなければと思った。


「必ず。またお会いしに参ります」

 マーレは、名残惜しそうにそう言うと、足取り重く、フレデリカのもとに戻って行った。


 最初に声を掛けてきた女性。彼女が、あのパーティーのリーダーだろう。

 金色の髪は、後頭部あたりで綺麗に纏められてある。戦闘を行う際の髪型なのだろう。

 彼女もまた潤んだ碧い瞳で、こちらを見つめている。


 複雑な思いに違いない。

 死んだと思っていた身内が生きていて、中身は別人だというのだから。

 頭では、そのまま理解出来たとしても、心の整理が仕切れないに違いない。



「それでは、定刻だ。チームCは先頭を頼む。出発しよう」

 キャプテンであるグレイン・フットの声が響いた。


「も、もう、出立の時間か、いいか、お前は死ぬことは許さん。討伐後、知っていることを全て俺に話せ。いいな!」

 ダルクと呼ばれていた肩幅の広い、壮年の男はそう言うと、リーダーと思われる女性と連れ立って元の配置の場所に戻って行った。


 チームCが出立の時間といっても、途中までは3グループとも一緒である。

 夫々別れる迄はC・A・Bの順で一定の距離を取りながら移動する。


 カル達は、エスティル、ジル、シャルティエットの3人を挟む形で、前衛を4人、後衛を2人として進んだ。

 前衛と後衛は交代制となっており、現在、カルとグリアは後衛にいる。


「さっきは、どうなるかと思ったわ」

 少し歩き始めると、エスティルが後ろにいるカルに切り出した。


「………」


「向こうのキャンセルした服を着てたもんだから、お前、怒られるとでも思ったのか」

 グリアが、ニヤケながらツッコんだ。


「違うわよ! 服の話じゃないわ! もう、アンタには、何があっても治癒魔術はかけないからね」

「おほ、怖い、怖い」

 グリアは気を使ってくれたのか、少しだけ茶化すとすぐに引っ込んだ。


 エスティルは自分から話を切り出したものの、カルが話に乗ってこなかったので、敢えて続けようとはしなかった。


 少女は、カルが別人であることを理解しているようだった。

 そうなると、当然、経緯や理由を聞きたいはず。

 実際、あの壮年の男は要求してきた。

 正直に対応するのであれば、『転生者』だということも話さなければならない。

 それは、絶対に避けたいはず。


 エスティルは、カルにどう声を掛けてよいのかわからなかった。


「そうだ、カル、安心していいぞ。薬は、俺様が完璧に揃えて置いたからな」

「ああ、ジルセンセ、ありがとうございます」

「いやいや。それはそうと、腰に付けている予備の仮面(ジルが渡したもの)はわかるけど、もう一つの袋は何だ? さっきからカタカタ音がしているぞ」

「ああ、これは人形が2体と、あとちょっと入っています」

「あ、ヨルブ様から貰ったものか」

「そうです。そうです」


 そうこうしていると、ホーンラビットと一戦した広場に着いた。

 3人とも、この場に立つとちょっと気持ちが覚束ない。

 いきなり包囲されたことを思い出してしまうからだ。


 一方で、我々以外は少しでもホーンラビットを狩って、稼ぎたいと思っているのだろう。逆にホーンラビットを探しているようにさえ見える。


 用心のため、シャルティエットが探索魔術で周囲を確認する。

 周辺にはホーンラビットはいなかったが、冒険者らの亡骸があった。恐らくは、儲け話に目がくらんで出かけたあげくに返り討ちにあった者達であろう。


 各自が夫々の方法で、彼らの冥福を祈った。



 獣は人肉を喰らうが、魔物は少しばかり違う。実際、見た目は喰らっているのだが、正確には、人肉の中にある魔力が目当てなのである。魔物は魔力を吸収して力を高めていくのである。それ故、一般には魔力量の多い者が狙われやすい。


 丘を越えてさらに進んだ。

 先程、亡骸を発見して緊張感が増したが、進んでも、進んでも魔物が出てくる様子はない。

 こうなると、徐々に気持ちも緩んでくるものだ。


 森の緑と空の青さといった長閑な風景が延々と続く。

 時折聞こえてくる鳥の鳴き声や羽ばたき音が、心地よくも聞こえる。


 進み具合が遅いと、後ろの2チームに怖気づいているのではないかと、思われるのも癪なので、ひたすら歩き続けた。



 振り向くと、後ろの『チームA』の気配がしない。どうやら、引き離してしまったようだ。

 チームが別行動に移る迄は、なるべく近い距離にいたほうが良い。

 この現状に、シャルティエットも少し気になりだしていた。


 前衛は4人の内、2人がさらに前にでている。

 ポジション的には、前から2:2:3:2という形である。ただ歩くだけの単調な動きをしているうちにフォーメーションが伸びきってしまっていた。

 いや、単調な動きというよりも人間関係が原因であった。

 

「前の傭兵2人はどうも気に入らねえ」

「俺もだ」


 早くも、前衛の4人は上手くいっていない。

 正確に言うと、前に出た2人組と後ろの2人組の仲が良くない。


「あいつら、2人は俺らを仲間だとは思ってねえな」

「ああ、仲間でも殺すぜ。あの目は」


 そんな会話がなされているとは、思いもよらず、エスティルが声を張り上げた。

 前衛があまりにも早く進むので、『チームA』が来る迄、少し休憩を入れようと思ったのである。


 その時である。


 大きく地面が擦れる音がした後「ビシャシャシャー」という音が鳴り響いた。

 大小たくさんの鳥たちが飛びたった。


 エスティルをはじめ、皆が廻りを見回したがそれらしき、魔物はいない。

「後ろだ! 後ろのチームが襲われているんだ!」

 カルが叫んだ。


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