公爵令嬢
=*** ウイン・エーベル王国 ***=
人間族が中心となって、長耳族や獣人族、矮小族等の多種民族とともに築き上げたこの国は、中央大陸において歴史ある大国である。
この国の北西部に広がる深き森を『エンデルの森』といい、別名『魔女の棲む森』という。
『魔女の棲む森』と聞くと怖いといった印象を抱くかもしれないが、実際のところは逆である。この森は『魔女に護られている森』なのである。
魔女は森から生じる瘴気を浄化することで、魔物の発生を抑制し、森の恩恵を周辺の村人らに分け与えていた。
この森は魔物のいない、自然豊かな安寧な森なのである。
そんな『魔女の棲む森』沿いの広場に、騎士達に護衛された馬車が停まった。
昼下がりの小休止をとるためである。
4頭の馬に引かれ、2人の馭者に操られたこの馬車は、一切の装飾がなく豪華さが抑えられた造りで、堅固な印象を受けるものであった。
ゆっくりと扉が開き、馬車の中から現れたのは、ミューラー公爵家の令息と令嬢である。
ミューラー公爵家は、この辺り一帯を治める上流貴族である。
「うーーん、ジルフリードお兄様も早く降りてきて、伸びをしてみてください。気持ちがいいです。空気もおいしいですし。気分も晴れやかになりますわ」
「そうだね、フレデリカ。でも、やはり領内はもう直ぐそこなのだから、こんなところで小休止をとる必要はなかったんじゃないか?」
「もう、お兄様。さっきも申し上げましたが、護衛のみんなが疲れきった顔をして、戻ってきたら、待っていた方々はどうお思いになりますか! 心配になるに決まっています。皆の家族や領民らに自然な笑顔を見せるために、あえてここで休みをとるのです。大事なことなのですわよ。笑顔、笑顔、笑顔です」
「まあ、それはそうかも知れないが。……ふう。そうだな。どうせ休むのなら、徹底して休もう! みんなっ!笑顔、笑顔、顔の筋肉を解そうじゃないか」
兄のジルフリードは大声で騎士達に呼びかけ、談笑を始めた。
笑顔を大切にするこの公爵令嬢の名前はフレデリカ・ラノ・フォン・ミューラーという。
綺麗に縦に巻かれた金色の髪と碧い瞳の彼女は、今年で17歳になる。
年齢の割りには大人びた容姿であるため、護衛の騎士達も、視線が合うと緊張してしまうほどである。
有力貴族が集まるパーティーでは優雅で上品な振る舞いから、目を奪われる貴族達も多く、憧れを抱かせる存在ではあるけれども、実際のところは、話好きで、とても明るい性格の女性であった。
当然、婚約の儀もすましており、婚姻後に付き従う護衛の騎士や侍女も決まっている。
今回は、彼女の小事での外出でもあるので、直属のものだけを率いて出発するつもりだったが、急遽、兄のジルフリードも一緒に出向くというので、結果、大人数での外出となってしまい、皆に気を遣っての小休止提案であった。
彼女は懐かしい目をしながら、護衛の一人に声をかけた。
「カル! 暫くぶりですね。背も凄く高くなって、……でも、当時の面影は十分残っていますわ。あなたが、卒業して王都より戻ってきた時、直ぐにお話をする機会を取りたかったのですけれども、ちょっと用事が重なってしまって、遅くなってしまってごめんなさいね。戻ったら直ぐにでも。皆で食事会を致しましょうね」
カルは同期のケリーやピートと話していたところに、急に声を掛けられて、ちょっと驚きはしたものの、丁寧に対応した。
「お気にかけて頂き、ありがとうございます。是非、出席させていただきます」
「もう! 仰々しいわねぇ。まぁいいです。食事会が終わるころには、昔のカルにしてみせますからね」
彼女には、幼い頃のカルのイメージがそのまま残っているのだろう。言葉の一つ一つが嬉しそうである。
親しさの籠る言葉にカルは、ちょっと照れながら言葉を返した。
「あ、あの、フレデリカ様。……もう、そろそろ出発をされたほうがよろしいかと」
「……ふう。今、馬車から降りて話を始めたところですよ。意地悪なことは言わないでくださいな」
「あぁ、いえ、そんなつもりでは……。申し訳ございません」
「ふふ。せっかく、休みを挟んだのですからリラックスしてください。見張りは担当の方にまかせて、ほら、笑顔、笑顔、笑顔になってください」
照れ隠しからでた言葉にも、明るく応対してくれた彼女をみて、カルは自分でも気づかずに微笑んでいた。
カルにとって、彼女は将来の主である。
そう、カルは彼女が嫁いだ際に同行する護衛の一人なのである。
カルはフレデリカの遠縁にあたるものの、ミューラー家の家名を名乗ることは許されていない。
彼は、現当主から数えて2代前のミューラー家の当主と侍女との間に生まれた子供の子孫にあたり、そのまま代々仕えてきた。
幼いころは、フレデリカとともに遊んでいたが、10歳になると主従の関係を明確にするため、周りの計らいから直接話す機会は、ほとんどなくなっていた。
その後、彼は王立士官学校へ12歳で入学すると、剣術の才能が開花し、15歳で『戦士資格』、16歳には『従騎士資格』を取得する。
彼は、フレデリカと幼馴染であったことと、その将来性をかわれ、彼女の直属の騎士3人の内の1人に選出された。
この選出については、彼女のたっての希望でもあった。
今回の護衛は、卒業後の初任務となる。
フレデリカは、カルと少し話した後、スコットにも声を掛け談笑をしていた。
スコットも直属の騎士に選ばれた1人である。
そこに、ニコニコ顔の侍女が話し掛けてきた。
亜麻色の髪を靡かせた彼女の名前は、マーレという。
フレデリカのお世話担当である。
「フレデリカ様、久々にお話をされてみてどうでしたかぁ。カル様からは『絶対に守ってみせる』という強い意思を感じますよね。まさに忠義の士って感じですぅ。お姫様と聖騎士様が出てくる御伽噺みたいで、見ていてもう、憧れてしまいますぅ」
「ちょ、ちょっと待ってください。マーレ殿、自分だってカルと同じ誓いをたてているのです。絶対に守ってみせますし、自分も忠義の士でありますです」
スコットは慌てて、割り込んできた。
出立前に、ダルクとスコット、カルの3人は時期尚早とは思ったが、カルが士官学校を卒業して戻ってきたのをいい機会と考え、フレデリカは不在であったが、あらためて、彼女へ『誓いの儀』を立て、生涯における主として仰ぐことを確認し合っていた。
このようなこともあり、彼は自分も『忠義の士』だという部分を、はっきりと主張したくなったのだろう。
「十分にわかっています。マーレは『カル贔屓』ですから、気にしないでくださいね」
フレデリカは、スコットの慌てぶりが可笑しく、クスクスと笑いながら彼に答えた。
「マーレ、カルは、あなたのことも守ってくれますよ」
「わ、私のことはいいんです」
マーレは俯いてしまった。
「そもそも、何で、さっきは付いて来なかったのですか」
「え、あ、フレデリカ様のお足が、お速くて……」
マーレは顔を上げようとはしない。
トレードマークのリボンも心なし元気がない。
「もしかして、マーレはカルのことが気になるのですか?」
彼女は気づいていながらも、イタズラ顔で話しを振ってみた。
「ちゃはっ♪」
変な声を発したマーレは、顔を真っ赤にし、手で顔を覆いながら、そのまま縮こまってしまった。
彼女は士官学校を卒業して領内に戻ってきたカルのことが、気になって仕方がなかったのである。
幼き頃はカルによく遊んでもらっており、侍女の仕事のお手伝い中でも、遠目で彼を追っていたくらいである。
「マーレ殿は、カル贔屓でいらしたのですね。覚えておきますです」
スコットも『イタズラ』に参戦してきた。
「あ----、スコット様! カル様に変なこと、絶対に言わないでくださいね」
マーレは真っ赤である。
「容姿端麗、頭脳明晰、元気と笑顔いっぱいのマーレ殿に思われるカルは、幸せ者でありますです」
「そ、そんなことは」
「スコット、その辺にしておいてくださいな。今の話はカルには内緒ですよ」
「はい、余計なことは一切言いません。心得ていますです」
フレデリカが振り返ると、マーレは俯いたままである。
「カルとのこと。協力して差し上げましょうか? マーレ」
「本当ですかぁ!!」
マーレは、声の大きい元気な侍女であった。
誤字含めて修正しました。