魔人三人衆
2台の荷馬車が出発して、20分程が経過したころ、パルーが話始めた。
「エスティルって、呼ばれていた女性……別人だよな」
「ふむ。振る舞いを見ていると別人じゃが、容姿は聞いていた通り一致するの」
ガルツは自慢の髭を摩りながら答えた。
ジュノーとエレンは、スヤスヤと寝ている。
「でも、あの古来剣術の使い手が、護衛だと考えれば本物である可能性もある」
「じゃが、当の本人は、治癒魔術しか使えなかったからのう」
ガルツは、昨日の酒がまだ残っているようで眠そうである。
「けれど、シャルティエットは、自分は彼女の従者だと名乗っていた……」
「フウウ」
ガルツが一息する。
ふと、パルーが横目で見ると、ガルツの両瞼は閉じてしまっていた。
満足そうな顔である。
今日も一日、頑張ったという事なのであろう。
疲れているところに、話掛けて悪かったなぁと、少し反省した。
「………ふう。一人で考えても仕方がないな。俺も眠るか」
心地良く揺れる荷馬車の中、二人とも眠りについた。
一方で、カル達の荷馬車では、エスティルが魔術を習っていた。
教えているシャルティエット自身は出来ないものの、記憶が無くなる以前にエスティルが使っていた魔術の種類や方法を丁寧に伝えていた。
「あら、意外と簡単にできるわ」
「さすが、エスティル様。私目のウインドエッジよりも何倍も強力な出来栄えです。思い出しさえすれば、もっと良くなるはずです」
エスティルは、燥いでいた。荷台に座りながら、空に向かって次々に魔術を作り出して飛ばしている。
カルとジルは目を丸くして見ていた。
「す、凄いな」
「そうだ『魔術』で、今、思い出したわ! カル、あなた私のことディスっていたでしょ!」
急に振り向いて、カルに怒りの視線を投げつけてきた。
「な、何のことだよ」
「悪口はね、言われた方は覚えているものなのよ!」
狭い荷台の中、エスティルは、腰に手をあて屈みながらの仁王立ちである。
「そんな、悪口なんて言ってないよ。ど、どうしたの、いきなり」
カルも必至である。
今の今まで、エスティルの威力ある魔術を見せつけられていたのだ。
これ迄なら暴力で済んでいたが、これからは、怒らせたら何が飛んでくるのか分からないのだ。
「ホーンラビットと戦う直前に、『二属性も持っていて、魔術能力も高いのに! 魔術が使えないなんて、』って言ったわよね。それって、どう考えても、私のことじゃないの!」
エスティルの目は、さらに怒っている。
「あ、あれ、それって」
(思っていたのは確かだけど、声に出してたのか!)
「あれも、それもありません。早く、誤りなさーい」
思いっきり、両頬を引っ張られた。
「ひてててっ、ご、ごめんなひゃい」
「もう1回」
「ご、ごめんなひゃい」
「よろしい。優しい私だから許してあげるのよ」
(優しい人は、こんなことしないよ。……声にはでていないよな。よし。)
そんなやり取りをしていた時、荷馬車が急停止した。
前方を見ると、我々の前に8台の荷馬車が連なって止まっていた。そして向こうから走って逃げてくる人達が見える。
さらに奥からは、悲鳴が聞こえてくる。
彼らは、「魔人が現れた」と叫んでいる。
確かに膨大な魔力を感じる。
パルー達は既に飛び出して、前方に向かっていた。
俺とエスティルも後を追った。遅れて二人が追ってきた。
ジルは泣きそうである。
一方でシャルティエットは尋常でない面持ちで、拳を握りしめている。
先頭の馬車の前迄来ると、そこには、ダークグリーンの肌をした男が三人おり、黒外套の剣士と対峙していた。
黒外套の剣士は、その外套を頭から被っており、顔は銀の仮面で覆い隠されていた。
「お、俺様らは、魔人三人衆だ! い、命が惜しかったら、さっさと何処かへ行ってしまえ!」
中央の男が大声を出した。
「……」
黒外套の剣士は、無言で、ゆっくりと近づいた。
「に、逃げるのなら今だぞ。お、お前は、怖くないのか! 俺たちは、魔人なんだぞ」
「……」
黒外套の剣士は、黙ったままである。
……カルにも分った。
こいつ等は、魔人の名を語る真っ赤な偽物で、盗賊か何かだろうと。
お互いの体を緑に塗り、魔人と偽っているだけなのだと。
彼らからは、魔力はほぼ感じられない。故に恐怖も感じない。
正直なところ、滑稽な見世物にしか見えない。
『銀翼』のメンバーも目が点になっている。
けれども、恐れおののいている人達がいた。
腰が抜けて、逃げそびれてしまった老人たちである。
エスティルとジルが、駆け寄って声を掛けている。
先程、感じた魔力はどうやら、この黒外套の剣士のものだろう。恐らく、魔人が出たとの声が聞こえたので、一時的に開放されたに違いない。
「近づいてくんじゃねーー」
偽魔人たちは、もう無理だと悟ったのか、とうとう叫びながら逃げ出した。
しかし、逃げられるはずもなく、黒外套の剣士に簡単に捕まってしまった。
偽魔人たちは、気絶したままの状態で縛り上げられた。
この馬車8台からなる一行は、演劇の一団なのだという。街や村を廻り、旅をしながら公演を行っているという。
初老の男性が、挨拶をしに来た。
「私は、トッド・ベンジと申しまして座長を務めておる者です。この度は、道を封鎖してしまい申し訳なんだ。大騒ぎせず、すぐに用心棒さんを呼べばよかったものを……。ご迷惑をお掛けしてしまいました。お許しください」
座長は、エスティルに対して丁寧に頭を下げた。駆けつけてくれた一行の主とみたらしい。
「い、いえ、そんなご無事で何よりです。皆さんもご迷惑とまでは思ってないと思いますよ。」 エスティルも丁寧な挨拶を受け、恐縮して挨拶を返した。
「おお、それよりも逃げ出していった劇団員の方々をどうしますので、戻られないと馬車が動かせませぬぞ」
ガルツが心配している。
座長はニッコリと笑うと、お芝居で使うのだろう。銅鑼のようなものを運び出させて、劇団員に打ち鳴らさせた。
ゴ―――ン、ゴ―――ン、ゴ―――ン、
どうやら、無事だから戻って来いとの合図らしい。
この轟音は、かなりの音で、みんな耳を塞いでいる。
因みに、音に敏感なジュノーは、地面に伏せて縮困っていた。
「ガルツの声の比じゃないのにゃー」
カルは、黒外套の剣士……もとい銀仮面に声を掛けてみた。
「あなたも、魔人狩りのためにエンデルに来たのですか?」
「……」
銀仮面からは返事がなかった。
「ああ、その方は本当に必要な時しか、お話をされないのですよ。される時もこちらのお人形を使用されます」
座長が割って入って、説明してくれた。
座長が手にしている木彫りのお婆さん人形は、無反応であった。
カルは、ホーンラビットとの実戦後、相手の魔力量を感じ取れるようになっていた。
だが、感じ取れるのは、どうも相手が戦闘モードに入った時だけらしい。
通常では全く分からない。
現に今、銀仮面の魔力は一切感じ取れないのだ。
これはどういう事なのか。
疑問に思って、何か分かればと銀仮面に話かけたというのが本音である。
カルは銀仮面と話をしようと苦心したものの、人形はピクリとも動かなかった。
確かに必要な話では無いのかもしれない。
そうこうしている間に、馬車の交通整理が行われ、我々の荷馬車が通れるようになった。
座長は、劇団員が集まってくるのを、もう暫く待つという。
「そうじゃ、領都エンデルに行かれるのなら、我々の公演を見に来ては頂けないでしょうか、内の役者達が、魂の籠った演技をみせますので、どうか、どうか」
ベンジ座長は満面の笑みである。
「座長! ハードルを上げないでください!」
「そうです。そうです」
劇団員達にも笑顔が戻っている。
「是非とも、鑑賞に行かせていただきます。では、お先に。街でお待ちいたしております」
珍しく、パルーが丁寧な口調で答えた。
パルー達が乗った荷馬車が動き出す。
続いて、カル達の荷馬車も動き出した。
2台の荷場車は、劇団員達の荷馬車を後にした。
再出発したカルの馬車には、なぜか、エレンが乗り込んでいた。
「……」
「……」
「……」
「……」
エレンは荷馬車が動き出すまで、奥の荷物の後ろに隠れていたのだ。
彼女は満面の笑みで、狭い中、シャルティエットの隣に無理くり座っていた。
「何で、エレン、あんたがこっちに乗っているのよ。あっちの馬車に乗りなさいよ」
エスティルが、冷ややかに言う。
「いいじゃな~い。あたしもシャルティエットと、いろいろとお話がしたいのぉ」
「こっちは狭いのよ。あんた達の荷物もこっちにあるんだからね」
「シャルティエット、お前はやはり、あっちの馬車に乗れよ」
ジルは腕を組み、足を組み、顔を背けて言う。
因みにエスティルも、エレンとは顔を合わせず、外を見ている。
「繰り返しになりますが、私目はエスティル様の護衛を兼ねておりますゆえ」
「カル、何とかしなさいよ。私は魔術の練習の続きがしたいの」
「ぐーー」
(寝たふり、寝たふり)
「カルッ!」
「……」
「シャルティエットったら~、もうお♡」
荷馬車は変な雰囲気のまま、領都を目指していた。




