覚悟を決めて
「エスティル様ッ!」
男の声が響いたその瞬間、襲い掛かってきたホーンラビットは、首から血しぶきをあげて地面に落下した。
「エスティル様、ご無事ですか?」
「えっ、だ、誰?」
「え? 私目です。シャルティエットです。今、お助けいたします」
「えっ、あっ、助けなさい! はっ、早く!」
「はっ、こちらへお移りください」
シャルティエットは、彼女を自分の背後へと誘導すると、直にホーンラビットへと向き直った。
「ウィンドエッジ!」
彼がそう声を発すると、空中に風の刃が形成され、目の前のホーンラビットの喉もとを切り裂いた。
すると、直に村人達から歓声が上がった。
シャルティエットの放った風魔術を、幾人かが見ていたのである。
もう、これで何とかなる、助かる、そう村人達は思い、表情にも変化が生じ始めた。
彼らの目には、シャルティエットが勇者の如く映ったのだろう。
だが、現実は異なった。
「お早く! 私目の魔力では、そう何度も通用しません」
「えっ? 何を言っているのよ、全部倒しなさいよ」
「無理です。退却致しますので、お急ぎください」
その時、1匹のホーンラビットが角を押し出して、飛び掛かってきた。
角は、シャルティエットの左腕に刺さり抜けなくなっている。
「ちょっと、あんた左腕に角が刺さっているわよ!」
「大丈夫です。義手ですから。それよりも、お下がり下さい」
シャルティエットは、右手の剣で左腕のホーンラビットを斬り捨てると、剣で威嚇しながら、何とか脱出できる方法を探っていた。
「女、子供を先に行かせろ!」
カルは大声で村人を誘導している。
(助けが来た。助かるかも知れない。……出来ることはやらないと。)
「ああっ!」
シャルティエットが叫んだ。
脱出先と考えていた方向に、大角のホーンラビットが2匹も待ち伏せしていたのである。
右手奥の丘には、大きく反り返った角のホーンラビットが『狩り』を楽しむように気味悪く、笑っている。
「あの『大反り角』が、本当のボスだ! 利口な奴だ。逃げ道を抑えてやがる!」
ジルの声がした。背中に受けた傷は、先程一度、エスティルが発したエリアヒールで既に治っていた。
「感心している場合かっ、逃げ道が塞がれたんだぞ!」
叫んだカル自身も、何も出来ていない。
(助けに来てくれた男は戦ってくれている。け、けれど俺は口だけだ。………ここは、もう、覚悟決めて、お、俺も前に出て戦わないと。)
2匹の大角のホーンラビットらは涎を垂らして、エスティルとシャルティエットに詰め寄ってくる。
「2属性も持っていて、魔術能力も高いのに! 魔術が使えないなんて、……ってあれ、治癒魔術は使えたよな。なら怪我しても。…ええい、それなら、何とかなるだろっ!」
カルは、恐怖を押し殺して叫びながら斬り込んだ。
「うおおおっーー」
命の覚悟を決めての斬り込みだったが、動きに固さはなく、むしろ、思った以上に動けた。
この肉体は、魔力は少ないが、剣術は十分な程に身に着いているのだ。
体が覚えている。
思っている以上にホーンラビットの動きに反応できる。
カルの鋭い斬撃は、薙ぎの一振りで、向かってきた小さなホーンラビット2匹の首を刎ねた。
「凄い」
シャルティエットは目を見張った。
自分の放ったウィンドエッジでは、ホーンラビットの喉を切り裂くことしか出来なかった。それに対し、目の前の男は、魔力を一切使わずに剣のみで首を刎ねたからだ。
この一瞬の出来事に、2匹の大角のホーンラビットが後退りしている。
とその時、「ザザザッ」と音がして、さらに後方から何者かが飛び上がった。
そして、もの凄い速さでこちらに移動して、剣を振るっている。
途中、立ちふさがった魔物は、次々に血飛沫をあげて倒れていく。
その者は、ホーンラビットが跳ねる速度よりも、速く動き、蹴散らしている。
「エスティル様、応援が来ました。助かりますぞ」
シャルティエットは、安堵の表情で言う。
ワンテンポ遅れて、銀髪の剣士もやってきた。
「さすがに早いね。ジュノーは」
「パルーが遅いのにゃ」
ジュノーは、パルーが追い着いたのを確認すると、既に状況を把握していたらしく、ホーンラビットの囲いを解こうと移動し始めた。
突如として、自分らの後方に敵が現れて、焦った大角のホーンラビット二匹は、夫々パルーとカルに襲い掛かった。
パルーは、いとも簡単に大角のホーンラビットを切り捨てると、ジュノーとは逆廻りで動き出し、囲みを解きにかかった。
ボスである『大反り角』のホーンラビットは、二人が村人の包囲を解きにかかっていることに気付くと、目を吊り上げながら、大きく唸った。
「ギャウ、ギャウアーーー」
この唸り声は、攻撃の合図であった。
全てのホーンラビットは、一斉に動き出した。
ジュノー、パルー、カル目掛けて、角を押し出し飛び掛かってきたのである。
攻撃の対象は3人であったのだ。
「ちょっ、ちょっと、どういうことにゃ!」
ジュノーは少し焦っていた。
致命傷を与えたにも拘らず、光に包まれたホーンラビットは、皆復活してきたからである。
乱戦状態となりつつなる中、カルは長爪を振るってきた大角のホーンラビットを一刀両断に切り伏せた。
全身から汗が噴き出す。
そんな時、男の声が聞こえてきた。
声の方へと目をやると、奥の方からフルプレートアーマーの戦士と大斧を担いだ戦士二人が走ってくるのが見えた。
「彼らの仲間か。これなら、みんな、助かる」
生還できると思ったその時、奥の戦士から、たくさんの光の矢が放たれてきたのである。
光の矢は、多くのホーンラビットを射抜いたものの、カルの右肩にも刺さった。
「グウ、無差別か! 味方じゃないのか」
剣を握れない程の痛みであったが、エスティルが即座にヒールで治療してくれた。
「大丈夫?」
「何とか」
「あの『大反り角』が『ボス』だ。彼奴をやっつけないと。逃がすと、また直ぐに増えるんじゃないか」
カルは『ボス』の方に目をやっていた。
「それは次の機会にいたしましょう。今はこの場を脱出するのが先決です。この場は未だ安全とは言えません。お早く!」
「お早くって! シャルティエット、あなた、後ろには未だ子供もいるのよ! 残して逃げられないでしょう」
「う、ははっ、ではここで、今暫く持ちこたえましょう」
「ごめんなさ~い。さっきの光の矢、当っちゃてなかったー 」
フルアーマーの戦士は、エレンであった。
何とか追い付いてきた感じで、緊張感は全くない。
エレンは『光』の属性を有する魔術師であり、冒険者としては極めて稀な存在である。
「あんた、カルの肩を射抜いてたわよ」
エスティルは睨んでいる。
「やっぱしぃ。あの、ごめんなさいね。魔物がいっぱい、いたから、とりあえず撃っちゃったの。でもお陰で、この辺の魔物は殆どいなくなったわよね」
エレンは、あっけらかんとしている。
カルは右腕で剣をしっかりと握れることを確認すると言い放った。
「それじゃ、あの『ボス』を何とかして来る!」
(何で、こんなに強気なんだ。俺は。)
『 == 強気、大いに結構。任せろ == 』
以前に聞いたあの声が心の中に響いた。
「この声は」




