ホーンラビットに囲まれて
2週間も経つと、エスティルは廻りに解け込んでいた。
もう、ジルをイジッテいるのだ。
「ほら~、とっときの魔法を見せてみなさいよ。俺様君~」
エスティルは余裕の表情である。
「こ、こいつ、絶対に俺のこと馬鹿にしているよな! カル!」
ジルは弄られることに慣れてないのだ。
カルは苦笑いしている。
二人の間に入りたくはないのだ。
「あら、今日は“俺様”の“様”は付ぅけないのかな~。俺様君~」
「ううう、絶対馬鹿にしている!」
リエルはそれを聞いてクスクス笑っている。
エスティルは、今日の弄りに満足したらしく、笑顔で切り出した。
「それでは、お昼も食べましたし、今日も3人で薬草採りをがんばりまっしょう!」
エスティルは、ノリノリである。
3人で行く薬草採取は、日課になりつつあった。
因みに3人とは、俺とエスティルとジルセンセである。
ジルセンセはメリーザ様に言われたために、仕方なく参加していた。
森の入口から少し進んだところに樹木のないスペースが広がっていた。
村人達に森の広場と呼ばれているこの場所は、いろいろな薬草が生い茂り、薬草採取には持って来いの場所であり、またリスやウサギなどの可愛い小動物も多く、子供達にとっても人気の遊び場であった。
エスティルは、子供達に会いたいということもあり、薬草採取の場は絶対に、ここと決めている。子供達とじゃれ合いながらの薬草採りがとても楽しいらしい。
「お姉ちゃん、こんにちわ~」
「こんにちわ、ミル、メイ、クウ。あら、みんな、今日はお母さんだけでなく、お父さんも一緒なのね」
エスティルは、村の人達とは家族ぐるみで仲良くなっていた。
「えへ、実は、今日は、おじいちゃんも一緒なの~」
いつもどおりにお母さんと手を繋ぎながら、メイが人懐っこく答えた。
皆、家族連れで来ていて、たくさんの笑い声が聞こえてくる。
家族みんなで、遊びながら薬草採取している姿はとても微笑ましい。
幸せな光景だ。
実は、俺には家族の記憶が全く残っていない。
まあ、家族に限らず、記憶は部分的に沢山欠落している。
……そう言えば、白の光が言っていた。
今の俺では、転生しても前世と前々世の記憶が混在してしまうと。
もしかしたら、前々世の記憶が戻った分だけ、前世の記憶が掻き消されているのではなかろうか。前々世の記憶とは、あの『内なる声』のことである。
と思っているだけで、実際のところ、記憶に対して明確に前世と前々世の区別が出来ている訳ではない。
ふと、一人考え込んでしまった。
ふいに、声を掛けられた。
声を掛けてきたのは、メイの父親のサックである。
サックは話好きで気のいい男だ。
彼はルデス村一番の大きい体の持ち主で、一見冒険者にも見えるが、魔力も碌になく、剣も扱えない。だが、手先が器用なため、副業で鋼細工師をしている。
「カル、どうしたんだ。ボーっとして」
「い、いや、考えごとしていただけ。何でもない。大丈夫、大丈夫」
「そうか、大丈夫ならいいけど。そうだ。前々から気になっていたんだが、その剣をちょこっと、見せてくれないか」
「構わないけど」
カルは剣を彼に渡した。
「これだ、これ、ここ、ここ」
「何だい。そんなに興奮して」
「気になって仕方なかったんだ。カルの剣って細かい装飾がされているんだよな」
「え」
カルは改めて、柄の部分を見てみた。
「確かに」
「気づいて無かったのか。立派なもんだぞ」
「本当だ。でも、剣の価値は装飾じゃないよ。いざという時に役に立つかどうかだからな」
「そりゃ、細工師の前で言うセリフじゃないぜ。わ、ははは」
「わ、悪い」
村の人達は、とても優しい人が多い。
村人たちに日々の生活をいろいろ聞いてみると、大半が農夫であり毎日が忙しいらしい。
けれど、今日みたいに仕事を中断し、大勢で薬草採りに来たりすることもあるという。今日は大イベントと言ってもいいのかも知れない。因に採取した薬草は、煮詰めて薬として作り置きし、町の商人が来た時に纏め売りをするのだそうだ。
サックは農夫なのだが、町から鋼細工の依頼を受けたりして生計の足しにしている。
細工師は別として、農夫や薬作りなら俺にもできそうだ。
この世界で、生きていく希望の光が見えた感じがして、ほっとする。
平和主義者の俺としては、やっぱり、こういうスローライフに憧れる。
召喚してくれた人達には申し訳ないが、『魔力』が少ない今の自分では、期待に添うことはできないだろう。出来れば、俺は、この先この村で普通に生きていきたい。
エスティルは、薬草採取そっちのけで、村人たちと話し込んでいた。
母親たちの間では、専ら来週にもやって来る『王都兵団』の話で持ち切りである。
みんなの話を聞きながら、エスティルはカルが話していた『魔人の話』を思い出していた。
(村人らの話だと魔人が討伐されたのは確定事項らしい。けど、未だ他にも魔人がいるかも知れないので、王都兵団が探索にやって来るという話だった。……魔人って本当にいたのね。カルが倒したっていうのも、本当だったのかしら)
彼女は、今でも半信半疑である。
一方で、ジルは少し離れた場所からみんなを見ていた。
「あーあ、こういうの、苦手なんだよな。ウサギは小さいから可愛いって言われるのであって、俺様みたいに大きいと、子供は怖がるに決まっている。泣かれると面倒だからここで隠れているのが一番いいんだけど。……はあ。少し寂し」
そう一人呟いていた時、小さな女の子が、隠れていたジル目掛けて笑顔で走って来た。
「え、こんな、こんな、お、俺様のところへ? 怖くないのか?」
涙しそうなジルであったが、言い終えた時点で全てを理解した。
女の子は、ジルの手前にいる『小さな白ウサギ』を見つけて走ってきたのだ。だが、その白ウサギには、額の中央に小さな角があったのである。
(ホーンラビットだ!)
「危ない! こっちに来るな、魔物だ! それは、ホーンラビットだぞ!」
ジルは大声で叫んだ。
少女は、ジルの大声と大きな姿を見た途端、怖くなってその場にしゃがみ込んで、泣き出してしまった。
通常、ホーンラビットは飛び跳ねてきて、額の角で刺してくる。何度も跳ねては刺して、弱って動けなくなった後に、獲物を食べるのだ。牙もあり、獰猛な肉食獣なのである。
村人達の視線はジルに注がれた。
その瞬間、女性達の悲鳴が鳴り響いた。
ジルが魔物だと思われたのである。
「メイっ!」
サックが走ってきた。
ジルは反射的にホーンラビットを取り押さえようと前に出た時、背中に激痛が走った。
もう1匹、後ろにいたのである。
「ぐううっ」
ジルの顔が、苦痛に歪んだ。
ジルを刺した大きな角のホーンラビットは、真っ赤な目で嫌らしく笑うと喉を鳴らした。「ギギギ、ギギギッ」
その鳴き声を合図に10匹くらいの仲間が現れ、ジルは囲まれてしまった。
「やばい、こいつらに滅多刺しにされたら終わりだ」
ジルは、一か八かで持てる魔術を使ってみた。ジルの体が光りだし、それを見たウサギらは驚き、わけもわからずに後退りしていった。その隙にと、ジルは移動を試みるも2匹がついてくる。
少し離れたところで、もう一度、魔術を使ったところ、驚いて引き返して行った。
「た、助かった。でも、この傷じゃ………。エスティルの所まで行かないと」
ジルは背中の傷に耐えながら彼女を探した。
エスティルが、治癒系の魔術を使えると聞いていたからである。
視線を移すと、いつの間にかホーンラビットが村人達を大まかに囲んでいた。
村人達は恐怖で立っているのがやっとだった。
子供達は泣き叫ぶというよりも、恐怖で震えて声がでない。
エンデルの森に魔物が出るなんて信じられないことなのだ。
男達は一応、剣を持ってはいるが魔物と戦った者なんていない。
とりあえず、内側に女、子供を入れ、外側に男達が剣を構えて威嚇をしていた。
ホーンラビットは、すぐに飛び掛かってくることはなく、ジリジリと距離を寄せてきている。
「無駄に剣をぶん回すな! このウサギ、自分の方が『速い』と分かったら、飛び掛かってくるかもしれないぞ」
カルの声にも恐怖が入り交じっていた。
「わ、わかった」
返事をしたのは、サックである。
「あっ、みんな、大声で威嚇しろ。耳がいい分、結構効くかも知れないぞ!」
村人の一人が、皆に聞こえるように叫んだ。
「よ、よし」
女・子供も、強弱をつけて声で威嚇してみたものの、効果があったのは最初だけで、すぐに学習したのか、元の距離まで戻ってきた。
「カル、どうにかしなさいよ!」
エスティルが気丈に叫んだ。
声が少し上ずっている。
「な、なんか、ここは、こいつらの狩場だったみたいだな」
「そんな感想は要らないわよ! 何か『案』はないの!」
「子供がいるんだから一転突破は無理だし、ボスをやっつければ、事態は好転しそうだが、あの大角のボスとの距離があり過ぎる。やっぱり、剣を構えてジリジリと村の方向へ進んで行くしかないだろ」
「じゃあ、カルもこっちに来てよ! 進行方向にいるホーンラビットを何とかして! こっちから寄って行くなんて怖過ぎる!」
「魔術は使えないのかよ!」
「使えるなら、とっくに使っているわよ! 早く来て!!」
エスティルは、極度の緊張状態になっている。
母親らは子供を抱きかかえ、男達は剣を構えた状態で、みんな汗だくになっていた。
「わ、わかったよ」
(俺に期待しているのだろうけど、『内なる声』が聞こえなければ、村人と一緒だ、いやそれ以下かもしれない。実際のところ、剣なんか扱えやしない。どうすればいいんだ。このままだと、一番先に死ぬことになりかねない。けれども、雰囲気的に行かないと)
「グファーッ!」
カルが前へ移動を開始し始めたと同時に、ホーンラビットがエスティルに襲い掛かってきた。
「きゃああっ」
恐怖のあまり、エスティルは持っている剣を動かせなかった。
「エスティルッッ!!」




