102 相棒?
カルは、いきなり、聞き慣れない自分の名で呼ばれて驚いた。
と同時に、またしても無意識に仮面を外していたことにも驚いた。
「俺だ! ジョセフだ!」
ジョセフは先程まで疲労困憊の状態であったが、回復薬ですっかり傷も治り、元気を取り戻していた。
カルは接し方からして相当近い仲だったのだろうとは思ったが、無理に相手に話を合わすようなことはせず、距離をとろうとした。
エスティルの言葉を借りれば、いわゆる、『自分のことを良く知る、知らない人』という輩であり、面倒な相手である。
「覚えてないのかよ! そんなことないだろ、冷てえなぁ。士官学校では、よく、木剣で模擬戦をやっただろ」
思っていた以上にジョセフは口数が多い男であったため、カルは話すとボロが出ないか心配で、言葉少なに対応をしていた。
そこへ、見かねたエスティルが助け舟をだす。
無理やり、割って入ってきた。
「ごめんなさい。カルは魔物との戦闘で、記憶喪失になってしまっているの。あまり、たくさん話かけないで」
事前打ち合わせもなく、いきなり設定をつくられて焦りはしたものの、カルは内心ホッとし、エスティルに話をあわせる形で返事をした。
「そういうことなんだ。覚えていなくて、ごめんな。ジョセフ」
「そ、そうか、いや、すまなかった」
ジョセフは旧友に会えた喜びが一瞬にして萎んでしまったが、直に切り替えて話し続けた。
「そ、それじゃ、あらためて自己紹介する。俺の名ジョセフ・バーチカズン。お前とは士官学校時代に剣を磨きあった仲だ。俺は魔術については全くセンスがない。お前は魔力が全くない。教官には『無い無いコンビ』と呼ばれていたんだ。恥ずべき仲間関係だ。まあ、相棒だな」
胸を張るジョセフに、エスティルとアイナは吹き出した。
「『無い無いコンビ』っていうか、魔術が駄目じゃ、『駄目駄目コンビ』でしょうが!」
エスティルは一転して楽しそうである。
「と、思うだろ。それがそうでも、ないんだな。俺らは揃って剣技は一級品だったから、一目置かれていたんだぜ!」
「「 へ~ 」」
エスティルとアイナは、子供のような顔で聞いている。
カルのことなので興味深々。楽しいのである。
「けれども、成績が偏ってたからな。俺は、魔力はあったから騎士団への入団はスレスレで合格出来たが、カルは魔力が無いから、騎士団へは入団出来なかったんだ。まあ、出来たとしても、『公爵令嬢様のお付き』という職務が決まっていたから入団はしなかっただろうけれどな」
「「 ふ~~ん 」」
「へへっ、こいつの事なら何でも聞いてくれっ、君らは命の恩人だから何でも話すぞ!」
ジョセフは少しばかりお調子者であった。
彼は地声が大きく、聞く気もなかったビグルらまでもが聞かされていた。
カルと士官学校の同期で仲が良かったというだけの話しであって、ビグルらからすると、何の興味もわかない。
ここはダンジョンの中である。
彼らの関心はというと、目の前の男が戦力になるか、どうかと言う事だけである。
ビグルには相手の魔力量を推し量るスキル等はないものの、長年培ってきた経験からして、ジョセフが魔術を放つイメージは湧いてこない。
本人の言葉に嘘も見栄もなく、剣に偏った攻撃しかできないのであろうとみている。
つまりは、魔物と対峙した時は前衛職にしか使えないということになる。
実際、彼の見通しは的を得ていた。
ジョセフの魔術属性は『水』で、飲み水を出すのが精いっぱいなのであった。
攻撃魔術に至っては一切使えないと言う…。
一方で、彼の持参の大剣は水属性の剣であり、多種多様の魔剣術を繰り出せるものではあった。
「いやあ、治療してもらったからな。ハイオークは荷が重いにしても、オークであれば何とか退治してみせるから、任せてくれ!」
「…お前、仲間が二人も死んだのに平気なんだな」
「い、いや、平気ではないんだが」
ジルの言葉にジョセフも歯切れが悪くなる。
ジョセフに言わせると、一緒にいた二人の騎士とは、これまで面識があったわけでもなく、今回、たまたま、居合わせて、一緒に迷っていたという具合なのだそうだ。
なので、遺品を胸にしまい込み、軽く祈りを捧げただけで別れはあっさりとしていた。
因みに、ダンジョンの中では特に埋葬等はしない。
何もしなくても地面に溶け込み埋葬されるからである。
助けた男はもう一人いた。
大声で逃げ出してきた男である。
名をリュゴンと言う。
何でも、今回の入塔をDランク昇格への足掛かりにしようとしていたらしい。
戦闘中に、いきなり、相方の姿が消えてしまい、恐怖のあまり逃げ出そうとした時に俺達が現れたという。
何にしても、この男。ハイオークとオーク五頭に襲われてEランク冒険者でありながら、生き延びることが出来たのだ。幸運としかいいようがない。
本人も、生きているのが不思議だと、繰り返し呟いていた。
暫くすると、リグルスが戻ってきた。
この階層には、ハイオークがいたのだ。
どう考えても、ここが七層のはずがない。
『うねり』の影響で、入口辺りにある石碑の階層表示が変わっているかも知れないだろうから、彼に見にいってもらっていたのである。空中を自在に移動できるというのは本当に便利である。
リグルスの報告によると、ここは28層だという。
前回が24層だったので、4層アップしたことにある。
現在、28層となるので取りあえず、俺達は30層を目指すことになる。
転移の門は、10層、30層と特定の階層にあるからだ。
30層の階層主を倒せば、転移の門に到達できるということである。
もしも再び、4層アップとなった場合、32層となって30層を通過してしまうことになるが、そうなったら、そうなったで仕方がない。
脱出用の回避ルートも出現しないし、階層主を倒さなければ食糧が手に入らないのだ。
進むことで活路を見出すしかない。その内に低層階に出れるかもしれないし。
………留まっていると、嫌な予感がするというのも実はあるのだが。
カルとエスティルは、リグルスから報告を受けるも、皆に階層を告げることはしなかった。
告げると、煩くなるので面倒だからだ。
今回のように仲間が増えていくこともある。
二人はプラスに物事を考え、次の休憩時にでも話そうと思い、黙々と歩を進めた。
少し進んで見て気が付いた。
ここは平原地帯なので、この人数で歩くと目立って仕方が無い。
言葉を変えれば発見され易い。
身を隠せる処が少ない。
隠れられるところといえば、樹木や草むらになるのだが、そう都合よくあるものではない。
逆に周囲に敵がいないことも分かるのだが、やはり、丸見え状態は精神的によくない。
皆が警戒しながら進む中、ジョセフは全く気にせずに堂々と歩いていた。
因みに彼は地声が大きい。
「ジョセフさん。頼みますから、もう少し小さい声で話しして欲しいかもです」
アイナがお願いするも、ジョセフは全く気にせずに明るく返す。
「声の大きさなんて、そんなに関係ないだろ! 魔物は魔力量に反応するんだろ!」
「一理あるかもです。でも…魔物にも耳あるかもです」
「かも、じゃなくてありますけどね」
「煩いな! もう、お前とテッドとアイナで、1パーティーとなれ。これはキャプテンである俺様の命令だ」
「へっ?」
ジョセフは、てっきり一番偉いのは、年次やら雰囲気からしてビグルと思っていたのだ。それが荷物持ちの兎人族に指示されて、つい変な声が出てしまった。
同時に、さっき、ビグルに挨拶をした際、無下な扱いをされたのを思い出した。
ジョセフは、一番偉いのが目の前の兎人族であるために、ビグルがあのような態度をとったのだと思い込み、あらためて、一番偉い(と思える)ジルに挨拶をした。
ジルはジルで、騎士団員に丁寧な挨拶をされると、気分が良くなったらしく、今後は『ジルセンセ』と呼ぶようにと言っている。
少しづつではあるが、地味に『ジルセンセ』を広めようとしていた…。
そこへ、エスティルの声が響く。
「ジル、さっさと行くわよ」
いつまで、くだらないお喋りをしているのかと、エスティルは言わんばかりである。
「へっ?」
ジルを無下に扱うこの女性の態度を見て、ジョセフは誰がリーダーなのか、わからなくなってしまった。
「新米騎士さん、冗談はそこまでにしてくんな。…そんなことよりも、ここは絶対に24層以上だ。オークの上位種であるハイオークがいたんだからな」
ベックの目は真剣である。
それに対して、エスティルが平然と答えた。
「ここは28層よ。本に書いてあったから、廻りを見ればわかるわ」
彼女は、なぜ知っているのかと聞かれるのが面倒なので、もう、本で知っている態とした。
「な! 順当に上がっていっているじゃねえか! これ以上はもう危ねえっ、何も出来ずに殺されてしまうかも知れねえっ!!」
ベックの目が血走っている。
「なら、どうすんだよ。食い物もねえ中で、一人でここに残るのか」
ビグルは背中越しに答える。
「旦那は傭兵だから、知らねえかも知れないが30層を越えたら、地上では滅多に出会う事のないような魔物が出て来るんだ! 階層が下がるかと思いきや、上がる一方じゃねえか! そもそも、女神の騎士が如何に強かろうと、あんな剣じゃ、この先殺されに行くようなもんだぜっ、碌に準備もしてないんじゃ…」
「だから、お前はどうすんだよ」
「あぅ、……い、いや、ついて行きます…ぜ…取り乱してすみません」
「わかりゃ、いいぜ」
ベックはビグルの言葉少なの圧力に屈した感じで返事をした。
このパーティーのメンバーは、ベック以外は傭兵である。
戦時にこのような、絶望的な状況を幾度も経験してきた連中である。
外套を着ていたので、背後にいたベックからはわからなかっただろうが、ビグルは剣に手を掛けていた。
要はそれ以上騒ぐのであれば、ベックを斬ろうとしていたのだ。
……彼ら傭兵は、部隊の士気を下げるは輩は味方とは見ないのである。
ベックは殺されると迄は思っていなかったろうが、周囲の雰囲気を察して主張を取り下げてたことにより、命拾いしていたのであった。
結果的には、廻りの不安を煽るだけの会話となっていた。
だが、無理もないのである。
廻りは野原となっており、身を隠す場所がない。
どうぞ狙って下さいといった状況で固まって歩いているのである。
一方で、敵が近寄ってくればすぐに発見ができる状況であるともいえる。
緊張しながらの移動は疲労を募らせていった。
「あ、あの木の下に人が倒れていないか!」
ジルが指さした先に蹲っている人が見えた。
「ドラウッ!」
リュゴンが駆けだした。
倒れているのが、『双竜』の、自分の相棒であると確信したからである。
彼は、ただ、ただ、生きていることを信じて全力で駆けた。
けれども、その場で横たわっていたのは人間族ではなかった。




