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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第三章 天塔迷宮(トゥルス・ダンジョン) Ⅰ
101/137

101 24層

 ラーキンガム総長は、両腕を組んだまま一人机で熟考していた。


 これまで、『うねり』は、ダンジョン内の魔力が不足した時に発生するものと考えられてきた。

 騎士団らの討伐直後であるからして、ダンジョン内の魔力の量が少なくなっているのは事実である。

 けれども、今回の討伐も今まで通りで特別なことは何もない。

 60層を越えていった訳でもない。

 なので、ダンジョン内の魔力が騎士団の討伐によって、極端に不足したとは考えられないし、そのようにも感じない。


 ラーキンガムは額を両腕に擦りつけながら、首を左右に振り出し、自分に言い聞かすように口を動かした。

 逆じゃ。逆なのじゃ。

 ダンジョン内の魔力量が増加しているように感じられるのじゃ。

 何かしらの要因で、ダンジョン内の魔力の量が急激に増加しているのじゃ。

 それ故に、現状のままではいられなくなり、異常現象を起こしているに違いない。


 もし、この仮説が正しければ、少しでも多くの魔物を屠らなければ、ダンジョンは元に戻ることはない。

 恐らくは、今後、あらたにダンジョン内で創られる魔物はこれまでよりも多く、狂暴なものとなる筈。

 そう、ラーキンガム総長は結論づけると、この仮説をもとに緊急要請の連絡を行った。




 -------------------------


 天塔迷宮トゥルス・ダンジョン 24層


 カル達は階層主の部屋をでると、暫くその場を動かないでいた。

 ここが、何層だかわかるまでは、迂闊に移動するのは危険だと考えたからである。

 ジルは用心深く、周囲を見渡す。


 天井はそれ程高くはないが、道幅があるため窮屈な感じはしない。

 だが、これまでとは違って、ここの洞窟は乾いた感じがある。

 実際、土を触ってみると良く分かる。

 水分が抜けているのだ。


 洞窟の奥から、乾いた風とともに偵察に出ていたリグルスが戻って来た。

 個人的な見解だが、暗闇から幽霊が漂ってくるのは、見ていて結構恐い……。


「ここは七層と書いてございました」

「七層?」

「は、はい。そ、それよりも、奥の開けたところで戦闘が行われております」

「魔物の数は?」

「オークらしきものが二頭」

 リグルスの姿は全員が見える訳ではないので、この会話は小声で展開している。

 何も知らない人が見ると、カルが独りで喋っているとしか見えないためである。

「駆けて五分かかりません」

「今、行けば助けられるか」

「恐らくは」

「わかった」

 カルの言葉に、エスティルは頷く。

 彼女はすぐに号令をかけた。

「全速力で駆けるわよ! 襲われている仲間を助けにいくわ!」

 テッドやアイナからすると、探索系魔術もつかわずに、なぜ、そんなことが分かるのかと疑問もあるが、置いていかれては大変と駆け出した。

 『鉄戦士』にいたっては、もう従者同様の扱いで、号令を聞くや当然の如く駆けだした。


 リグルスの先導のもと、駆けていくと、すぐに開けた空間に出た。

 目の前に広がる平原。

 やや乾いた風が向かって吹いてくる。

 強いと言うほどの風ではないが、目があけづらい。なので進みづらい。


「途中で石碑に七層って文字がありましたが、あそこに立っている魔物は、ハイオークですぜ、旦那!」

「それって、可笑おかしなことなのか」

「上位種の魔物が出てくるのは早くても十層を越えてからな筈なんで。『うねり』の影響で、ここは魔物だけ入れ替わってやがる!」

 ベックはそう言いながら、投斧を手にした。

 この男は傭兵ではない。

 ビグルが天塔迷宮トゥルス・ダンジョンを探索するにあたって、最近仲間にした冒険者である。


「そんなこともあるのかよ」

「実際に、そうなってますんで…」

 二人の会話を耳にしながら、みんな、向かい風に顔を打たれつつも、敵を見据えていた。


「デカいな。立っているのは二頭か。あっ、左の奴は逃げ出したじゃねぇか」

 ビグルは冷静である。


 ビグルの言う通り、並んでいたハイオークの内、左のハイオークは単独で駆け出した。

 残ったもう一頭のハイオークはというと、駈けだしたハイオークには一切目もくれず、冒険者に対して鎚を振るい続けていた。

 このハイオーク、身長が3m程で、ガッシリとした体格をしており、鎚を振り回す速さは遠くから見ていても相当なものである。


「ブボオオオオーーーーーッ」


 俺達の存在に気が付いたハイオークは一吠えしてきた。

 分かり易い威嚇である。

 さらには、鋭い眼光で俺達のことを睨みつけてくる。


 冒険者らは、ハイオークの視線で俺達の存在に気が付くと、何の躊躇もせず、敵に背を向け、慌てて、こちらへと走ってきた。


「た、助けてくれーーー! も、もう、俺達には余力がないんだーーー!!」

 言葉通り、疲労が蓄積しているのか、足腰をふらつかせ、若干変な走り方でやってくる。

 追い風ということもあってか、なんとか倒れることもなく、走り続けている。


 何振り構わず、逃げてくる彼らの姿に目を奪われていたジルであったが、草むらから聞こえてきた音は聞き逃さなかった。

「ひ、左の草むらに何か隠れているぞーーーーーーー!!」

「あの辺ね!!」

 ジルが指さした方向に、エスティルがウインドエッジを放った。


 ビシャ、シャ、シャ、シャ、


「グガアアアッ!」

 叫びとともに、出血したオークが草むらから姿を現す。

 奥から逃げてきた冒険者らは、いきなり現れたオークを見て腰が抜けたのか、とうとう倒れ込んだ。


 左に伏兵があったことから、カルは『エンデルの森』でのホーンラビットとの一戦を思い起こした。

 まずい、ここは狩場かも知れない!

 であれば、すぐに、指示役を倒さなければならない。

 時間をかければ、かける程に不利になる。

 敵の強さも、数も把握していない状況で、考えなしで、単純に助けに入ってしまったことに若干の後悔もあったが今更である。取りあえずは、ボスと思しき、あのハイオークを倒さないと状況は好転しそうにない。


 全員で、ハイオークを目指して駆けた。

 風が味方をしてくれたらしい。

 フウウッと、風が止んでくれた。



「おい、ありゃまずいぞ!」

 ビグルの声を聞き、左側を向くと、伏せられていたのは、二、三頭ではなかった。

 五頭もオークがいたのである。

 戦力が分断される! だが、あいつらを食い止めないと挟撃されてしまう。

 どうするか。


 こんな時、シャルティエットがいてくれれば、駆けている間に正確な敵の数と配置を教えてくれただろうにと、無い物ねだりをしている自分が嫌になる。


「私達でやる! カル達はハイオークを仕留めて!」

「わ、わかった!」

 エスティルの即決に、俺は驚くも勢いで即答する。

 左へは、エスティルとオルガ、フェルビーが向かった。


「残りは、正面の敵にあたる!」

「了解だ!」

 ビグルらが後についてくる。

 テッドは、只管に大声を出しながら全力で、後から追ってきている。


「あいつは、俺が正面から相手する! ビグルは皆を率いて奴の右足だけに狙いを定めろ!」

 そう告げると、カルは相手の正面へと駆ける。

 ハイオークは持っていた鎚を上段から、タイミングよく、カル目掛け、思いっきり振り下ろしてきた。


 ドスーーンッ


 鎚は地面を抉りとり、砂煙が舞う。


 カルは無駄のない動きで鎚を躱すと、ハイオークの伸びきった左腕をその場で半回転して横一文字に斬り裂いた。

 斬り口はそれほど長くはないが深い。

 ハイオークは激痛に表情を歪ませつつも、両の目は怒りに満ち満ちている。

 すぐさま、カル目掛けて鎚が襲ってきた。

 が、さらなる激痛が、ハイオークに走った。


 砂埃で視界が悪くなったのを利用して、何とビグルが右足を斬りつけたのである。

 そして、残りのメンバーも、ワンテンポ遅れで右足を斬りつけた。

 さらには、ジルが杖で傷口に火魔術を放ったのである。


「グゴオオオオオーーーッ!!!」


 ハイオークは激痛のあまり、カルから目をきり、自分の右足もとに鎚を振り下ろそうとするも、軸足である右足に力が入らずに崩れ落ちた。


 ハイオークは必死に体勢を整えようと、鎚を強く握りしめ、鎚を支えに体を起こそうとするも、斬り裂かれた左腕に力が入らず跪く。

 立ち上がろうと左腕に力を込めると、深く斬られた腕から大量の血飛沫が噴出した。


 赤く染まった砂埃が舞う中、ハイオークの叫びがこだまする。


 ハイオークは痛みに耐えながらも、ギラついた目でビグルを睨みつけてきた。


 ビグルの動きが一瞬止まる。


 だが、それは敵に恐怖を感じたからではなかった。


 ハイオークの背後に人影が現れ、それで目を奪われたのだ。



 カルであった。

 背後に廻っていたカルは、ここぞとばかりに大きく振りかぶり、ハイオークの首筋に剣を振るった。

 だが、ハイオークの肉体が思っていた以上に硬く、剣の勢いが途中で削がれる。


 斬られたハイオークは吐血をするも、目を見開いたままである。

 だが、流石に立ち続けることは出来ず、その場で倒れ込んでしまった。


 赤い砂埃の中、敵の動きが止まった。


 けれども、未だ致命傷には至ってはいない。その証拠に魔石に変化していない。

 それどころか、再び立ち上がろうと腕が動き出したのである。


「ググ、ウオオオッーーーーーー!!」

 立ち上がられては厄介だと、背に乗っていたカルは、残っている力を絞りだし、ハイオークの首から左肩を深く斬り裂いた。


「がはあああっ」

 ハイオークは断末魔の咆哮を響かせ、光輝くと魔石へと変化した。

 ジルがそつなく、回収をする。


 アイナも敵が消え去ったのを見るやいなや、逃げ出して来た男とは別に、途中まで奮闘していた冒険者のもとへと駆け寄った。

 奮闘した冒険者は仰向けになって倒れていた。

 フェルビーほどではないが、大柄であるために、アイナひとりでは起こすこともできない。

 まだ息はあるので、急ぎ回復薬を飲ませてみる。

 まだ、全ての魔物を殲滅した訳でもないので、余裕がないのか、彼女の動きは慌ただしい。


 こちらは何とか片が付いた。


「エスティルは?!」

 すぐさま、カルは助けにいこうとするが、ベックに止められた。

「騎士の旦那、女神様はあのとおり」

 心配する必要もなかった。例え相手の数が倍であったとしても、結果は同じだった感じさえする。


 三人は胸を張って、ゆっくりと歩いてきたのである。

 考えてみれば、エスティル一人だけでも強いのに、加えてシャルティエットが武闘派として推す護衛がついているのである。

 多分、槍使いのオルガは相手が強い魔物ともなれば、俺が今迄見てきた以上の攻撃を繰り出すに違いない。

 そんなことを思っていると、エスティルの声が聞こえてきた。


「ジル~、周辺に敵はいる~」

 エスティルは余裕である。

 ジルセンセは、探索魔術が使えない。地味に目と耳で敵を探すのだ。

 だが、探索については『エンデルの森』の頃とは違い、俺達にはもう一つ手段がある。

 カルは真上を見上げると、リグルスがOKサインを出してきた。

 俺達は上空からの探索も可能となったのだ。


「いない、大丈夫だ」

「じゃあ、少し、休憩しましょ。カルが仕留めたの?」

 休憩を始めると……途中まで、エスティルは機嫌が良かったのだが、アイナがカルの活躍を自慢するが如く、嬉しそうに話すので、見ることが出来なかったエスティルはイマイチ、つまらない。

 少し、イライラが積もる中、回復してきた冒険者が気先ずそうに話しかけてきた。

「あ、あの、助かった。本当に助かった。皆さん、ありがとう」

「ですけど。お仲間の方は、もう、手遅れで…」

 一転してアイナが、伏目がちに答える。

「あ、ああ。さっきの戦闘中に遺品となりそうなものは回収した。騎士団に持って帰る…。そ、その、実は、俺は遭難中の騎士団の者でな…………」


 そんなやり取りも何のその。

 カルは全く話しを聞かずに、独り、また考え事をしていた。

 いつものように独り呟く。

 マンティコアの時のルバートの言葉が思い返してくる。

 俺は守られる側ではなく、守る側の人間…。



 認めたくはないけれど、それだけの『力』はある。

 この「認めたくない」というのが問題なんだ。

 どうしても、守られたいと思ってしまう。


『力』があるのに、守られたい人間。それが、今の俺。


 まだある。

「特殊な力」を持つ者には、それだけの責務があるのだと、自分で言いながらも、いざ、自分がその立場に立つと足が竦む。

 自分の言葉と正反対の行動をとってしまう……本心では逃げ出してしまいたいのだ。


 受け入れられない現実と自分自身の弱さが対峙している。……自覚してはいる。


 だが、今は悩んでいる場合ではない。

 天塔迷宮トゥルス・ダンジョンの中に、今、まさにいるのだ。

 魔物が次々と湧いてくる………。



 カルの様子が変なので、エスティルが声を掛けようとしたところ、騎士団の男が先に声を掛けてきた。

「カ、カルか! お前、カルミュースじゃないのか」

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