【上巻】プロローグ
「世の中にはこんな言葉が存在します」
質素な椅子に座っている黒髪の女が言う。
暗いホールのような場所にポツンと座っているのが目に惹かれる。
「号泣するほどの感動は、誰かの死があることによりうみだされる。もう一つ紹介しますと、素敵なハッピーエンドや純情な愛は誰かの犠牲の下に成り立っている。」
……それらは本当に正しいのでしょうか。
「人間でない私には、少し難しいようです」
少し考えるような仕草をするが、すぐにやめる。
「それはそうだろうね。君にはこの言葉の素晴らしさは微塵も理解できないだろう」
突然声が増え、人影が現れる。
何処か道化師を思わせるような格好をした人物だ。
「素晴らしさはわかっていますよ。英雄の死。恋慕った愛人の死。それはとても美しいと思います。しかし、人が死なずとも美しいものが作れると思うのですが?」
黒髪の女は、平坦な声で問いかける。
その問いかけを馬鹿にしたように道化師は言葉を返す。
「確かに、死がない作品でも感動を生み出すことはできるのだろう。けれど、それによる感動はたかがその辺の石ころと同じくらいの価値しかない。死による感動の価値は、例えるならダイヤモンドと同等だ」
道化師は恍惚とした表情で何処かを見ている。
「そして、誰かの犠牲を下に手に入れた愛。それも大変美しい。」
黒髪の女は何も言わず、ただ此方を見るだけだった。
「そんなに疑うのであれば、一つ見せてあげようか。とびっきりの美しい作品を」
辺りがどんどん暗くなってゆく。
そこから物語が始まった。