第8話 Nerve operating Communication equipment
「それにしても、びっくりしたわよ。まさかあの早月ちゃんの待ち人が、こんな可愛らしい少年少女だったとはね。それに男の子のほうは、かなりヤリ手みたいだし」
店員改め、『BAR サンド×サンド』のオーナーであるアンジェラは、阿蓮とメディの座るカウンター席の前に、ドリンクと軽い茶菓子を差し出す。
夏の砂浜を思わせるさわやかな青色の液体がカクテルグラスに注がれている。「アルコールは入っていないわよ」と言っていたが、見た目だけなら酒場でよく見るオリジナルカクテルだ。阿蓮はその飲み物を口に含む。
「あ、おいしい……」
「甘くてすっごく爽やかです! 起き抜けの身体に染みわたります!」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ。良かったら茶菓子もつまんでね。実はそのマフィン、三番通りでは並ばないといけない程大人気のお菓子で……」
笑顔のメディにつられ、アンジェラの口元もほころぶ。どうやらかの女神さまには、自然とその場の雰囲気を和やかにさせる力があるらしい。
楽しそうに会話を弾ませる二人の後ろのソファでは、大きく気伸びをする女性がいた。
「……それにしてもアンジー。私の客人に未払い回収の手伝いなんてさせないでよね」
「いいんですよ、早月さん。私たちが望んでやったことなんですから」
「男を探して捕まえてきたのは俺で、メディは何もやってないけどな?」
二人の会話を聞いた早月は、ふふ、っと楽しそうに笑みをこぼす。
阿蓮が男を捕まえてきた約数分後、早月は「BAR サンド×サンド」に入ってきた。
結局のところ、彼女が送ってきた位置情報は間違いではなく、少し集合時刻に遅れていただけらしい。
「あんたこそ客人を待たせておいて、ちゃんと謝ったの?」
「謝ったわよ。でも仕方ないの、試作品の開発が佳境だったんだから。あれが完成するとしないとでは、明日の実入りが変わってくるのよ」
そういって早月は肩に下げていた大きなカバンから、小さなイヤリング状の機械を取り出す。
「またガラクタ作り出して……。設計思想はこの前に聞いたけど、そんなの誰が使いこなせるわけ?」
「最初に生み出した、ってのがどれだけエンジニアにとって大事なのか分かってないのよ、アンジーは。この最新型NoCeが市場で流通したら、一攫千金も夢じゃないし!」
言い合いをし始める二人。どうやらこのイヤリング状の機械を完成させるために、早月は今日の集合時間に間に合わなかったらしい。
別に遅れて来る分にはどうでも良い。そんなことよりも阿蓮の興味は、早月が取り出したその機械に向いていた。
「それは一体? 俺達が身につけているやつとは違うのか?」
「ええ、そうよ。……っていうかその前に、あなた達には現行型のNoCeについて説明しなきゃならないわよね」
早月は自分の腕に付けているNoCeから、映写機の要領で、室内の壁に映像を映し出す。
「Nerve operating Communication equipment、通称NoCe。当時広まっていた通信端末の数十倍の処理性能と、神経信号で働きかける直感的なユーザーインターフェース、そして当時は完全なブラックボックスで百年後の技術だと言われていた最新型AI。これらを兼ね備えて十数年前に突如発表されたこのNoceは、瞬く間に全世界のスマートデバイスのシェアを完全に塗り替えた。開発元は当時まだ小さなベンチャー企業に過ぎなかった、『メタ・アトラス』」
「あ、聞いたことあります。それって都市の中央に建てられてる大きなビルの片方の会社ですよね」
そうメディは言う。
「聞いたことある、で済まされるレベルの企業ではないんだけどね……。
まあいい、話を続けるわ。
歴史の転換点ともいえるNoCeの急速な普及。その時代の流れに伴い、多大な恩恵を受ける存在がいた。それがもう一つの摩天楼を拠点とする『槙島財閥』。
NoCeの性能を最大限に引き出すためには、槙島財閥が加工・保管技術を有していた『フォルテ合金』が必要不可欠だった。元となる金属の掘削権も、なぜか彼らが事前に寡占していたわ。まあ槙島財閥は、もうその時には世界的な巨大企業だったから、不思議な話では無いんだけど……。
そしてNoCeによって莫大な資産を得た二社が、各産業のコンサルティング業務や投資元としての地位を確立していくのはいたって自然な流れよ。
いまや世界に存在する99.8パーセントの企業は、この二社どちらかのグループ傘下というデータがでているわ」
アンジェラから差し出されたドリンクを一口で飲み干し、早月は続ける。
「でもね、そのNoCe特需にも陰りが出始めた。理由は『フォルテ合金』の原料が採り尽くされつつあるかもしれない、という発表が出たこと。
もしもNoCeの要であるフォルテ合金が手に入らなくなったら世界は数十年前に逆戻り。そしてその事態を何よりも恐れたのが『メタ・アトラス』と『槙島財閥』だった。
彼らは情報操作によって『フォルテ合金』の原材料の枯渇をガセだとすると同時に、新たな特需産業についての研究に莫大な資産を投じ始めたわ。今の自分たちの存在を脅かす存在が現れる前に。
そしてその研究の果てに、彼らはほぼ同時期に歴史を揺るがすほどの新たな発見をした」
早月の眼は阿蓮へと向けられる。
その視線の意味が指す通り、阿蓮の脳内にはその新たな発見について、一つの仮説が立っていた。
「それってまさか……」
阿蓮の問いかけに対し、早月は強く頷く。
「そう。その発明とは、あなたが当たり前のように使っている――『魔法』なの」
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