第7話 BAR サンド×サンド
「さて、昨日早月に指定された地点はこの辺りの筈だけど……」
「只の飲み屋街ですね。それもほとんど閉まってるし」
阿蓮は腕に付けたNoCeに表示されている位置情報を基に、早月と合流するはずの場所を探していた。
『Nerve operating Communication equipment』、通称NoCe。神経工学の発展と共に、筋肉の動きに伴って発生する微弱な電流信号をキャッチすることが可能になった。それらを電子端末に応用することで、より直感的で拡張性の高い操作性を保有すること出来る。
昨晩、魔法を使って即席で形成した小屋の中に、阿蓮はメディの部屋を追加で作成した。そして寝るまでの間、阿蓮はメディからNoCeの基本的な使い方を教えてもらった。
その結果、まだまだ完璧に使いこなせているとは言えないまでも、マップやニュースを見るぐらいの最低限の操作は可能になっていた。
「うーん……でもそれっぽい店も見当たらないですね。よし、待ち合わせに使われそうな店が無いか、ちょっとあそこで聞いてみましょう」
メディが指さした先の看板には『BAR サンド×サンド』と書かれてある。電気が点いていないところをみるに、どうやら営業開始時間にはなっていないらしい。
指定されたのは午前の10時で、今は丁度その時間だ。
試しにと阿蓮はバーの扉を押す。鍵がかかっているだろうと思っていたその扉は、意外なことに抵抗なくすんなりと阿蓮とメディを迎え入れた。
「あらお客さん。でもごめんなさいね、営業は夜からなの」
明かりのついていない店内から、低い声がする。
入り口から差し込む光によってようやく見えるカウンターの中から顔をのぞかせたのは、このバーの店員だろうか。
聞こえてきた和らげな口調の主に全く似つかわしくない体躯の良さ。昨晩相手した三人組や廃工場での黒スーツ達より、何重にも鍛え抜かれた筋肉だった。
「その割には鍵が開けっぱなしだったみたいですけど」
「スタッフにちょっと開けておいて欲しいって言われたの。だから店開きって訳ではないのよ。……それにしてもあの子ったらどこほっつき歩いてるのかしら。早く帰って来て店の番をしていて欲しいって言ってたのに」
「何か困ってることでもあるんですか? よければ手伝います!」
背中に隠れていたメディは、屈託のない暖かな笑顔を店員に向ける。
これだけ見た人間は、メディを清楚で純真無垢な少女と勘違いするだろう。そしてそのメディの所作を細目で見つめる阿蓮も、そう信じていたクチだった。
「実はね、先月までがツケの期限のお客さんがいたんだけど、まだ支払いに来てなくて。その回収に行きたいんだけど、お客さんも来るっていうし……だから店の番をしておいて欲しいの。
うちの小間使いが返ってくるまででいいから。もちろんバイト代は出すわ!」
「……先月っていうと、もう期限からかなりの時間が経ってますよね」
「ええ、まあね。踏み倒されたって思ったんだけど、そいつが近くで飲み歩いてたっていう情報が入ってきたもんだから。まだ近くをうろついてくれてれば良いんだけど……」
その話をきいたメディは、じっと阿蓮を見つめる。
どんなに自堕落な性格をしていても、やはり彼女の根は女神様なのだろう。放っておけないと、顔に書いてある。
どうせ待ち合わせには遅れているんだ。だったら人助けをして遅れるほうが寝覚めもいい。
「なんでもいいです、その人の特徴を教えてもらえますか?」
阿蓮は店員に訊ねる。
「特徴? ……えっと髪は七三で、見るからに欧風の血が入ってるわ。無駄にキザなワインレッドのスーツを着てるんだけど……ってこんな話きいてどうするの?」
「いや、そこまで聞ければ大丈夫です。……『探知』」
阿蓮は膝をつき、手を店内の床につける。そして彼を覆うように、薄い青白い光が発生する。阿蓮を中心としたその光は、段々とその範囲を広げながら、球状に広がっていく。
『探知』は、魔法を唱えた人物が事前に絞り込んだ条件の下で、その条件に合致した物体の位置を自動で調べることが出来る。
阿蓮は、店員からきいた男の条件に、更に独自のソートアルゴリズムを加えて、最も条件に合致した人物を高速で識別する。
「……見つけた。」
「さっすがー」
「え? 見つけたって何を?」
阿蓮は床から手を離して立ち上がると、何も言わず扉を開けて店を後にする。
状況も分からないバーの店員と、笑顔で阿蓮の背中を見送るメディ。
店を飛び出た阿蓮がワインレッドのスーツの男性の首根っこを捕まえて店に戻ってくるまで、五分とかからなかった。