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第5話 女神メディ

「すみませんすみません、本当に助けていただきありがとうございました。死ぬかと思いました! ……あ、すみません、ビールと餃子三人前、あとおつまみ三点セットをお願いします」


「あいよ!」


 店内からは威勢のいい返事が聞こえてくる。

 暴漢三人組が倒れている路地裏から離れた後、俺達は少し離れた居酒屋に飛び込んでいた。

 ここに来るまでの間、一歩も歩けないと言う女神さまを阿蓮は背負いながら、隣で質問攻めをしてくる早月に、出来る限りの返答をしていた。


「――それじゃあなに、阿蓮くんはつい最近まで異世界ってところに転移していた魔法使いで、やっとの思いで現実世界に帰ってきたら百年の時間が経過していたと。そしてこっちのコスプレイヤーみたいな人は、その異世界で冒険を手助けしてくれていた女神さまだって言うの?」


「そう言うことになるな。まあ俺も女神さまの姿を実際に見たことはないし、声しか聴いたことが無いから本物か疑わしくは有るんだけどさ」


「ひ、酷い! あんなに何年間も苦楽を共にしたのに! 確かに実際に顔を合わせたことは無いですけど、そもそも天界のルールでは地上の人間には姿を見せることはおろか力を貸すことすら本当は禁じられていたんです。手伝っていただけ褒めてくれたって良いじゃないですか! 

……あ、すみません。ビールのジョッキをお代わりで。出来れば大きいのにしてもらえますか?」


「あいよ!」


 そう言う女神さまに対して、早月からは疑わし気な目線が向けられる。


「私は……職業柄、異世界というものの存在を簡単に信じるわけにはいかない。だけど、阿蓮くんが現代の科学技術では説明の出来ない力を持っていること、それ自体を認めないわけにはいかない。だから貴方が神、あるいはそれに準ずる何かであることも信憑性が高いと言える。

 でも、私が知る女神様っていうのはもっとこう……品格のある存在のはずなんだけど?」


 細めた早月の目線の先には、雑多に広げられた料理の皿だった。

 もう既に五杯は空けられているビールジョッキの隣には、もう既に新品の六杯目が用意されている。そのジョッキを、まるで仕事終わりの一杯目のように一息で飲み干した女神は、とてつもない速度で食事を口の中にかきこんでいく。


「ああ、俺も予想外だったよ。どんなに挫けそうな困難の前でも、諦めずに声をかけ続けてくれた、あの美しくて清らかな女神様の正体が、こんなに馴染みやすい性格だったとはさ」


「へへへ、そんなに褒められても……!」


「いやどう考えても褒めてないだろ! 皮肉だよ! 

 なんだよこれ、俺がイメージしてた女神さまと全然違う!! 想像していた女神さまはなんというかもっと、どんな時でも笑顔で清楚、心優しくて自然と人を愛する姿だったのに! こんな仕事と社会に疲れたサラリーマンみたいな存在じゃないんだよ!」


 隣でもだえ苦しむ阿蓮をよそ目にして、早月は訊ねる。


「そういえばさっきの暴漢たちは何で貴方を追いかけていたの? ただ事ではないように見えたけど」


「ああ、あれは近くの酒場の店員さんです。一日食べていなかったので食事をしていたんですが、途中で金銭の類を持っていないことに気が付いたんです。まあでも、神からお金を取る市民はいないだろうと思ったので、そのまま店を出たんですけど何故だか凄く追ってきて……」


「それただの食い逃げ犯だよ! 『精神安定(スタビライズ)』! 『精神安定(スタビライズ)』! ちくしょう、イメージ崩壊が止まらねえ!!」


 自己のイメージと、目の前に座る現実の女神の乖離に苦しむ阿蓮。

幻想であると信じたい阿蓮は、彼女の目元に浮かぶ大きなクマを見つけると、すがるような声で質問をする。


「そ、そのクマはアレですよね、憶えてますよ! 地上の人々を天災や悪事から休みなく見守っているから最近寝不足なんだ、って。そのときについたんですよね!?」


「あ、これは女神友達と三日徹夜でボードゲームをしてたときのやつです」


「うわああああああ」


 先ほどまであんなに隙が無いように見えていた男が、こんなに醜態を晒すとは。逆を言えば、この女神とやらの存在は、阿蓮にとって余程心の支えになっていたのだろう。

 今なら私にでもこの男を征することが出来るのではないか、との想像が早月の頭に一瞬よぎった。


「それで、女神さん」


「あ、メディでいいですよ。顔を知っている相手からはそう呼ばれます」


「分かったわ。メディさん、いま私には一つ分からないことがある。もしも仮に異世界という土地が本当にあるとして、メディさんがこちらの世界に移動してきた理由は何なの? 本来の世界である阿蓮くんには帰ってくる理由が明確に有るけれど、貴方がこちらにやってくる理由が私には見当たらないわ」


 早月はメディにそう告げる。確かにメディは阿蓮が元居た王国の民からの信仰を持つ土地神だ。帝国の魔の手から王国を救うという使命を背負っていた阿蓮に対して手伝いこそすれ、その役目を終えた阿蓮に介入する必要性はどこにもない筈だった。

 メディは答える。


「リンクが……外れなかったんです」


「リンク?」


「阿蓮さんと精神をリンクしていた時間が長すぎて、その接続が複雑に絡まり過ぎていたんです。深く精神をリンクさせるというのは、肉体の主導権を相手に委ねるとことにもなる訳で。

 実はずっと気付いていたんですけど、まあめんどくさいし転移するまでに解けばいいやって後伸ばししていたら、私も転移魔法に引きずられてしまって……」


 メディは自分の不手際について正直に告げる。つまり、面倒だからとやるべきことをあと伸ばしにしていたら、不慮の事故で異世界転移に巻き込まれたと言っているのだ。

 隣に座る阿蓮はこれ以上現実を受け止めたくないようで、耳をふさいでいる。聞いていなくて本当に良かったと早月は思う。


「……まあ事情は分かったわ。それじゃあ知り合い同士で合流も出来たようだし、私はここで失礼するわね。支払いは少し多めに済ませておくから、後は自由に食べて」


 丸椅子を引き、重そうなバッグを肩にかけ早月は腰を上げる。


「あれ、もう行くのか? もうすこし一緒に食事でもしていったらどうだ」

 

 阿蓮は少し名残惜しそうな声で早月を引き留める。

 右も左も分からないこの時代を、早月にもう少し案内して欲しいという気持ちも確かにあった。だがそれ以上に、先ほどの黒スーツたちが再度襲撃してきたときに備える必要があると、阿蓮は考えていた。


「いえ、大丈夫。多分アイツらも、今日はこれ以上襲ってくることは無いわ」


「そっか。まあ君がそういうなら俺からは何も」


「……ありがとう。何も聞かずにいてくれて」


 早月は再度頭を下げてお礼を言う。


「それと、これが今生の別れってわけじゃないわ。命を助けてもらっておきながら、食事を奢って、はいおしまい、なんて礼儀知らずな人間のつもりはない。それに思想はともかく、貴方たちの様な素性も分からない人間を野放しにしておけるほど私は図太くもないし。


 ――だからこれを」


 そう言うと、早月は肩に担いだ重そうなバッグから、電子機器を一つ取り出す。おおよそ腕時計の様なサイズ感だが、それにしては少し大きい。手首に沿えると自動でバンドが巻かれ、全く邪魔にならない位置でフィットする。


「位置情報を送っておくわ。明日、そこでまた会いましょう。あなた達が知りたいこと、教えてあげるわ」


 そういって彼女は裏路地の闇へと消えていった。

 

 食事を続けるメディの隣で、阿蓮は夜空を見上げる。

 高層ビル群に囲まれたこの世界に輝く光は、異世界に比べて少し鮮やか過ぎた。


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