第4話 再会
「おっちゃん! 餃子三人前と五目炒飯、あとエビチリ三人前追加ね!」
「あいよ!」
ほんのりと赤みのついた電灯に照らされた店内の外、小路に面した屋外席に座りながら、阿蓮は店員に注文をする。
まともな食事は久しぶりだ。いつどのように金入りの用事が出来るか分からない以上、出費は最低限に抑える必要があった。だが今一時ではあるが、その金銭的な面について焦る必要はない。
「もう一度聞くけどさ、本当にいいの? こんなご馳走になっちゃっても」
阿蓮は机を挟んで目の前に座る薄紫色の髪の少女に訊ねる。
「ええ、もちろん構わない。命を助けてもらったわけだから。この程度でお礼になるなんて思っていないけど……」
少し俯くような姿勢で、彼女は言う。明かりの点いたところでみるとやはり綺麗な顔立ちだ。しかしどことなく異国の雰囲気が漂っている。
阿蓮は店内を見渡す。ここはもちろん日本ではあるのだが、百年前とはずいぶんと客層が違っていることには気が付いていた。約三分の一がいわゆる日本人。しかしそれ以外は異国の顔ぶれが並んでいる。そしてそれを、市民たちは当たり前のように受け止めていた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は真室・クーメリア・早月。早月と呼んでくれるとありがたいわ」
「うん、よろしく早月。見たところ同年代ぐらいだと思うんだけど……」
「今年で17になるわね」
「じゃあ同い年か。よろしく、俺の名前は琴吹阿蓮。これも何かのよしみだ、阿蓮って呼んでくれ」
追加で運ばれてきた料理がテーブルの上に置かれる。とてもいい香りだ。
異世界での料理も美味しかったが、やはり故郷の味付けが恋しくなることは否めなかった。いくら様々な魔法を使える大賢者といえども、料理の腕を上げるなんて魔法を覚えることは無い。存在しないものは覚えられない。
本人の腕次第ではあるのだが、生憎と、天は阿蓮に料理の才能を授けることは無かったわけだ。
「ねえ阿蓮くん、料理を食べたままで良いから聞いて。さっきのアレは何? メタ・アトラスの研究所でもあんな現象を起こせる行使者は居なかった。ガントレットを一瞬で粉々にするなんて、正直信じられない。あなた一体、どこの人間なの?」
「どこって言われても困るな。ただの一般人としか……」
「ただの一般人があんなことできるわけない!!」
机に叩きつけられた両手の反動で、料理の盛られた大皿が勢いよく跳ねる。
食器がぶつかり合う音はどうやら店内にまで届いていたようで、他の客の視線がこちらに一斉に向いた。
「……ごめんなさい。すこし取り乱したわ。でも貴方がさっき見せた現象は、現代の科学技術では説明が出来ない。似たようなことが出来たとしても、その規模と魔法式制御の精度が……」
「魔法!それだよ!」
阿蓮は早月がこぼした何気ない一言に食いつく。
「魔法ってこの時代では一般的だったのか。こっちに来てから一週間、魔法の存在なんて影も形も無かったから、君にどう説明したらいいか迷ってたんだ。でもやっぱりあるんじゃないか、魔法!」
「いやだからその魔法の質がこの世界のレベルじゃないってことを……」
「おい、喧嘩だ!」
裏小路から酒焼けの叫び声が聞こえる。
この辺りには大小多数の個人料理店が立ち並んでおり、その影響でかなり道が入り組んでいる。街灯の当たらないような暗い場所では、酒臭いどんよりとした雰囲気が漂っていた。
「どの世界でも、酒場の近くでの乱痴気騒ぎは変わらないってことか」
「やめておきなさい、どうせ酔っぱらい同士のよくある喧嘩よ。関わるだけケガするわ」
阿蓮は顎に手をあてて少し考え込む。そうしてすぐに何か思いつき、早月の方を向く。
「……いや、ちょっとついて来てくれないか。さっきの俺の魔法を説明して欲しいって言っただろ。だったらもう一度、実際に見た方が理解も早いと思う。腹ごなしにも丁度いいさ」
そう言って阿蓮は椅子から腰を上げる。全身に流れる魔力も大分身体に馴染んできた。
大通りから二回ほど曲がって街灯の届かない裏路地に入ると、酒に呑まれた大柄の男性が三人立っている。しかしどうやらその三人で喧嘩をしている訳ではない様だった。
行き止まりの奥の暗闇には、ローブに身をくるんだ小柄な人間がうずくまっている。
「へへぇっ、やっと追い詰めたぜ。散々手こずらせやがってよぉ!」
「どうしちまおうか!」
「いい働き先なら紹介してやるぜ? 姉ちゃんには耐えられないかもしれないけどよぉ!」
「うう……」
今にも襲い掛かりそうな三人の男性。
どの時代でも、形式美とは外せないから生き残っているらしい。
「おい、お前たちその程度にしておけよ」
「なんだぁ?てめえは。俺達はいま、この姉ちゃんと話をしてるんだよ!」
睨みつけるような目つきとドスの効いた声。太い体つきは、手斧ぐらいならゆうに振り回せるだろう。打たれ強そうだ、どうやら手加減は必要ないらしい。
「知覚強化、そして……時間制御」
「あれ……この魔力……まさか」
瞬間、目の前の巨漢三人の動きが止まる。
正確にはこの場の阿蓮以外の全ての時間がゆっくりと流れているのだ。後ろを振り向けば、少し心配そうな表情の早月が立ち尽くしている。
阿蓮はゆっくりと歩みを進めて一人の男の背後に回ってふくらはぎを突き、膝を崩す。それを両足、三人合わせて計六回。
そして阿蓮の『時間制御』の解除と共に、男たちは自らの体重を支え切れず、コンクリートに叩きつけられた。
「ぐおぉっ!?」
鍛えられた体躯があだとなり、侍従によってダメージを受ける三人。だがそれだけでは相手も諦めない。立ち上がり、こちらへと再度敵意を向けてくる。
「おまえ、今何を……!」
「こっちは怪我をさせるつもりはないんだ。耐えられなくなったらいつでも手を挙げてくれ」
そうして阿蓮は、また時間の隙間へと入り込む。
外から見ていた早月の眼に映るのは、立ち上がるたびに崩れ落ちる大人三人と、原理の分からぬ動きで相手を翻弄する阿蓮の姿だった。
「ははは……もうなんでもアリじゃない……」
結局、三人の男たちが白旗をあげるまでに叩きつけられた回数は10回。その間に阿蓮が先ほどの中華料理店から料理を持ってきた回数は12回だった。
阿蓮は寝そべる男たちの間を抜け、奥に座り込む人間に話しかける。
「大丈夫だったか?……えーっと『灯火』」
阿蓮は手に小さな灯をともし、震えるローブの人間に近づく。
先ほどまでは分からなかったが、どうやら体格的に女らしい。
「とにかく一度ここを離れよう。アイツらが起きたら厄介……」
「……見つけた」
「ん?」
「やっと見つけました!!!!」
ローブの中から飛び出した美しいブロンド髪の女性は、あらゆる液体をまき散らしながら阿蓮の胸元に飛び込んでくる。関心でいるというよりは、とても安心したような声音だった。
「うう……酷いです、なんで私からの連絡に応答してくれなかったんですかぁ!?」
「いや連絡も何も、君みたいな女の人、知り合いじゃないんだけど。ていうかこの時代に知り合いなんているわけないし、……あれ、まさかこの声」
阿蓮の脳内に一つの声が聞こえる。脳内とは決して比喩ではない。
異世界にいる間、毎日のように聞こえてきた女性の声。
姿など一度も見たことない、だがその声だけは異世界の何よりも馴染みのあるものだった。
「まさか……女神さん!?」
「はいぃ……そうです、女神さまです!! アレンさん、教えてください!一体ここどこなんですかぁ!!??」