第3.5話 闇夜に紛れ
「ふう……追って来る理由は……ないですね」
身体中を調べても目立った外傷は見当たらない。
だが、内臓が裏返っている様な吐き気と倦怠感が消えることは無い。正直これ以上、距離を取ることは困難だった。追手を差し向けられたらひとたまりもなかった。
撤退命令のあと、散り散りになった部下のうち同じ方向へと駆けだした数人も、調べてみたが症状は同じようだった。いや、むしろ部下たちの方が体の不調の影響は少ないらしい。
あのとき少年の身体からは、小規模な爆風を伴いながら廃工場一帯を覆うほどの強烈な閃光が放たれた。それが一体『何』なのか、男の知見だけでは詳細な判別をつけることは出来ない。
「笠木さんに詳しく調べてもらいますかね……」
男はこめかみに手をあて、コールのイメージを始める。コンマ程のずれと共に秘匿回線でのコールが始まる。これからいくら技術が発展したとしても、電話という名称の名残は消えないのだろうと、男はふと考える。
「ああ、私です。申し訳ありません、彼女を捕らえることに失敗しました。……解析は終わっていたから元々彼女を捕らえる必要はなかったと。
……はい、なるほど分かりました。それでは失礼します」
空洞の木材を叩いたような軽快な音と共に、通話が切れる。
いくら『順位持ち』といえども、この部隊の最終的な決定権は彼にはない。命令されれば従うし、そうでないならどこまでも待機だ。いつの時代も、中間管理職は現場との板挟みの宿命にある。
「目黒さん……」
黒スーツの男のうち一人が、気遣う様な声をかける。
「……今日の業務時間は終了です。竹屋でも行きますか。奢りますよ」
出動中の部下に業務終了命令を出し、男はきつく締めていたネクタイを緩めた。