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第3話 大魔法

「あんた、大丈夫か!」


 そういって駆け寄る彼女の後方で、七度目の炸裂音が響く。

 衝撃に吹き飛ばされた少女はコンクリートの床に激しく体を叩きつけられる。いくら阿蓮が寝床にしているといっても、ここの床は固く冷たい。受け身をとれなかった彼女は大きくせき込み、肩で大きく息をする。


「……おや、お仲間ですか?」


 闇の奥から聞こえ出る声は、低くそして紳士的な男性の声色だった。

 同時に複数人の黒スーツが暗闇から姿を現す。スーツ越しに分かる体格の良さは一般人のそれではない。

 しかしながらその中で、先ほど声をあげた男だけは暗闇から姿を現さない。相手に顔を見られるのを嫌がっていることが分かる。


「この人間は関係ないわ……。さあ、刺すならとっとと止めを刺しなさい」


 少女は引きずるように体を持ち上げて男に言う。


 止めを刺せ。

 阿蓮はその響きに少し懐かしさを感じた。異世界に飛ばされるまでは、物語の中でしか聞くことの無かった台詞。しかしいつ命を奪われるかも分からない異世界で、その言葉に出くわすことは珍しくなかった。

 だがこの現代世界で聞くその台詞は、少し異なる緊迫感があった。


「別に私も堅気の人間を殺したくはないんです。それに殺してしまっては“アレ”のありかを吐かせることも出来ないでしょう」

 

「……誰が槙島財閥なんかに教えるもんですか」


「ふふっ、これは嫌われたものだ」


 男は小さく笑い声をあげる。しかしその声音に油断の色はない。


「こちらに渡すつもりが無いのであれば仕方ない、か。アトラスに売られる前に処分するとしましょう」


 男の前方に並ぶ黒スーツたちの雰囲気が変わる。臨戦態勢だ。

 彼らは右手に付けたガントレットのようなものを少女に向け、何やら力を籠め始める。


 ――あれは、魔法?


 

異世界に飛ばされて数年、常に魔法の研鑽を続けてきた阿蓮が、魔法と科学技術を見間違えるはずもなかった。

収束した魔力がガントレットを介して物理現象となる。多分あれは、異世界の杖の様な役割を果たしているのだろう。収束の際に漏れ出るエネルギーロスの余波がこちらにも伝わってくる。

阿蓮はもはや肌で感じるだけで、その魔法式の練度を感じ取ることが出来た。


大衆用(ハウスレンジ)ってとこか……。)


 一般市民にも使用が許可されていた魔法式『大衆用(ハウスレンジ)』。誰しもが無意識のうちに身体全体を魔力の障壁で覆っているあちらの世界では、子供同士のじゃれ合い程度にしか使用されることは無い。

 だが魔法など空想の産物でしかないこちらの世界では、その最低限の魔力障壁を纏う者など存在するわけがない。

そして魔法を使えない今の阿蓮も同じくそうだった。直撃を食らったら致命傷どころでは済まない。


だからこの状況を打破する方法など、今の阿蓮にはあるはずがなかった


身体を持ち上げるので精一杯の少女は目を瞑り、ボロボロの唇をかみしめる。

 後ろで高く上げられた男の手が振り下ろされ、黒スーツたちはその少女に向けてそのエネルギーを解き放とうと――。


「すいません、流石にそれはやり過ぎだと思うんですけど」


 魔法を解き放とうとした黒スーツたちの視線がこちらに向く。明らかな殺気。

だがこの程度であれば、アチラ(・・・)の世界でいくらでも向けられてきた。


「あんた、まだいたの!?」


「いや流石に目の前で人が殺されそうになってたら声ぐらい上げるって」


 当然のこととばかりに阿蓮は言う。

 そうして阿蓮は自然に彼女の元へ詰め寄り、黒スーツと少女の射線上に入る。

 

 暗闇に潜む男性は、小さくため息を吐く。


「きみ、今の状況分かってます?」


「大の大人が、寄ってたかっていたいけな少女をリンチしようとしてるってことだけは、なんとなく」


「でも私たちと彼女の関係性は分かりませんよね。本当は彼女が大悪人で、私たちがその悪を追い詰めているのかもしれません。そして貴方はそれを幇助しようとしてるのかも」


「それでも構わない。ていうか事情なんて関係ない。ここはやっと見つけた俺の寝床だ!これ以上壊されたら、明日から俺が寝る場所はどうなる!」


阿蓮はそう高らかに宣言した。

寝床も身寄りもない阿蓮にとって、この廃工場はやっとの思いで見つけた雨風をしのげる場所だった。ここを滅茶苦茶にされることは彼にとって死活問題だ。


暗闇に紛れる男は小さく笑い声をあげる。


「力のない善は悪に等しいですよ」


「力を持った悪は善だとでも?」


「勝てば官軍、とはよく言ったものです。……私たちは今までそうやって力をつけてきました」


 男が何やら口を開いたあとすぐに、数人いた黒スーツのうち一人が、男の方へ駆け寄る。


「……検証結果出ました。どのデータベースでも照合しません。スラムの人間かと思われます」


「うーん、じゃあここで口封じしても問題ないわけか」


 どうやら男は阿蓮の身元を調べるために少しの間の猶予をくれていたらしい。そして当たり前に、百年前の人間である阿蓮はこの時代の戸籍データに登録されていない。


「……君、逃げた方が身のためだよ」


 背中の少女が息絶え絶えに口を開く。


「逃がしてくれるなら俺だってそうする。でもこんな状況を見られたのに口封じをしないわけがない。そして多分、あいつらはそれが出来る立場だ」


 阿蓮は先ほどの爆発によって風穴を開けられた夜の街に目を向ける。いくらここが街のはずれの廃工場だと言っても、あんな大轟音が響いたというのに人気が無さすぎる。明らかに大規模な人払いを済ませている。


「それじゃあそろそろ終わりにしましょう。申し訳ないですが、この後も残業なんです」


 男がそう告げると、黒スーツたちは再度魔法の矛先を阿蓮と少女に向ける。今度こそ、割り込めるスキはない。


 後ろで少女の声がする。

 阿蓮は振り向く。そういえば最期を共にするこの少女の顔を見ていなかった。

 美しい薄紫色の髪に、白い肌、長い睫毛。手入れされていれば、街中のスクリーンに映し出されていたモデルなんて話にならない程の造形だった。

 

「……ねえなんで私を庇ったの? よく見れば身体も鍛えられている。一人なら十分逃げられる可能性があったのに」


「さっきも言っただろ。ここが俺の寝床なんだ。滅茶苦茶にされたら、明日から住む場所が無くなっちまうからな。……それに、目の前で女の子が助けを求めていたら手を差し伸べたくなるもんなんだよ」


 阿蓮はそこまで言って、彼女から視線をはずし、黒スーツの方を向く。

 ああそういえば、異世界に転生してすぐにも似たようなことがあったな。


 初めて訪れた街で、盗賊の集団に襲われていた女の子。その子を助けるために初めて魔法が使えるようになったのだ。

その当時『勇士用(バトル・レンジ)』だったあの呪文は、阿蓮が異世界を旅立つ頃には『大戦用(エンド・レンジ)』まで昇華していた。


――確か、こんな感じだったかな。


異世界では簡略化していた詠唱を、阿蓮は持ち前の生まれ持った思考速度を用いて脳内で高速詠唱する。


その瞬間(・・)だった。


 大気中のマナと、体内の魔力が急速に入り混じる感覚が阿蓮の体内を襲う。その急激な魔力の奔流は、眼前の黒スーツが放った省エネルギー弾をも易々と飲み込み、阿蓮の魔力の糧として変換される。

――余談ではあるが、本来、約三百節もの詠唱と莫大な魔力制御が必要な『大戦用(エンド・レンジ)』を、戦況が目まぐるしく変化する実戦に用いることが出来たのは、王国3000年という長い歴史の中でも、『転移者アレン・コトブキ』ただ一人だけである。


 状況が呑み込めず混乱する黒スーツたちをしりめに、阿蓮は異世界から帰ってくる前に女神と交わした会話を思い出す。


『いいですか、アレンさん。最終魔法は肉体を魔力に変換する必要があるため、その反動で暫くの間魔力を使用することが出来なくなります。その間完全に無防備になるので、気を付けてくださいね』


『はいはい。まあでも現実世界で命を狙われることなんて無いから関係ないけどな』


 本当に必要が無いと思っていたから完全に忘れていた。これは忠告していてくれた女神さまにあとで謝っておかないといけないな。


「あ、貴方はいったい……」


 阿蓮は振り向かず、それでも出来る限りの優しい声色で答える。

 

「琴吹阿蓮。魔法を使うしか能がない、ただの大賢者だよ」


「各自! 即時撤退体勢を――」


「――ルーン・ホワイト」




 そして夜の世界は閃光に包まれた。


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